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【⑥-3/4】【26】お兄ちゃん……(涎)


 最寄り駅で真除まさはらの荷物を回収。


 時間に余裕があるというので、高速には乗らなかった。


 大宮駅へ向かって車を走らせている間も真除の会話訓練は続き、かいの車が話題に上る。


「そう、いえば、凄く大きい、ですね。この車……」


 後部座席で小さくなり、自分の荷物を掴みながら、懸命に会話を続ける真除。


 シートベルトはしたものの、座席が広過ぎて落ち着かない様子だ。


「うん。大きすぎて、駐車場とか色々問題あってね。

 もう一台の小さい車と使い分けてるんだ」


 苦笑交じりで魁が答える。

「……? 問題、あるのに、この車、乗ってる、ですか?」


 車は赤信号で停車した。

 目の前を走っていく警邏けいら中のパトカーを目で追いながら、魁が口を開く。


「俺が扱う【特殊調査】って、山で何か探したりすることが多いんだ。

 まあ、【特殊調査】だとは知らされず、師匠に依頼されてたんだけどね。

 でね。山の中だと、道はあっても悪路だったり狭かったりで、車じゃ進めなかったりするんだよ。

 そこで閃いたんだ。そういう道はオフロードバイクで行けばいいんだ、ってね」


 信号が青に変わり、魁はアクセルを踏む。


「えっ、と……?」

 車の話からバイクの話になったため、戸惑う真除。

 魁はそのまま話を続ける。


「つまり、【特殊調査】で山間部なんか行く場合、荷台にバイクを積むんだよ。

 山の中で寝たりする場合もあるから、アウトドア用品が必要だったりするしね」


「あ、ああ……そう、なんですね……それで、こんなに、大きい、車……」


「工夫すれば、この車でなくてもバイクは載せられたんだけどね。

 実際、少し趣味も入ってるかな?」


 真除の反応は薄かった。

 魁は、女子がこの手の話に興味がない事は十分理解している。

 興味のない話題に当たり障りのない返答をする訓練をさせるため、えて話したようなところもあった。


「赤神さん、お金持ち……ですね。車も、バイクも」


「師匠が【特殊調査員】の仕事回してくれてるし、探偵業もあるからね。

 真除さんも、沢山仕事を受ければ結構お金になると思うよ?」


「そう、なんです、ね……がんばり、ます」



 ――魁は【特殊調査員】の仕事が全て実入りのいいものだと思っているのだが、これは勘違いである。


 実際、"乙級"の報酬は、精々アルバイトの日給程度なのだ。


 轟が魁に渡している【特殊調査】の依頼。

 "乙級"ではなく、"甲級"の調査依頼であること、まだ魁は知らない。



 ――そうして訓練を兼ねた会話を続け、ようやく大宮駅へ到着した。


「じゃ、気を付けて。機会があれば、またね。

 真除印の薬、調べてみるよ」


「は、はいっ! あり、がとうございます!」


 大きなキャリーバッグと、くろすけが入る"クレート"を下ろし、真除は勢いよく頭を下げる。


 まだ緊張がとれず、肩と腕を曲げ忘れた。

 カチコチのガルウィング。



 ――真除を駅まで送り届けた魁は、最後に微笑みながら手を挙げ、去っていった。



 大きく息を吐く真除。

「あー緊張したー。赤神さん、いい人だったなあ……」


 発車までまだ大分時間がある。

 キャリーバッグの上にクレートを乗せ、ガラガラとバッグを引いて移動する真除。


 魁を想いつつ時間を潰すためにファーストフード店へ向かう真除へ、後ろを歩く、くろすけが一言。


「にゃ?(まさか、惚れてないよな?)」


「な、ななな何言ってんの、くろすけ!

 確かに年上で身長高くてカッコよくて優しくて猫のマスターでハードボイルドな探偵さんだけど……」


 否定しつつも魁を褒めちぎる真除。

 ハードボイルドな探偵というのは、真除の妄想だ。


「にゃぬ(……あのニーサンは……ダメだ)」


「……うん。さすがにわかるよ……

 真除家は"おタマ様"が居るから猫好きな親族多いけど、あんなに強烈で狂った"猫好きオーラ"は見たことないし……

 あの異常な程の猫好きで有名な、親戚の導安どうあんおじさんより凄かったよ……」



 丹降におろし 導安どうあん 六〇代。独身。真除の親戚。

 猫が好きで好きで好き過ぎて、何十匹も猫を飼育した結果……猫の奴隷と化した人物である。


「にゃい(わかってるならいい。馴染むのが早かったから、一応確認しただけだ)」


「うん。あ、でも、赤神さんのことは大好きだよ。

 あ、こっそりお兄ちゃんって呼んじゃお!

 うふふ……お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


「にゃう(……ほんとにわかってるか? あのニーサンはダメって)」


「わかってるって。

 もう、乙女の妄想に茶々入れないでよ!

 ……あ、もしかして妬いてる~?」


「うにゃ(心配してるだけだ。お嬢は家族だからな)」


「あ……うん……ありがと。

 家族以外とあんなに話したの初めてだから、ちょっと舞い上がってただけ」


「にゃ……(そうか……友達ができてよかったな。友達というか、保護者みたいなものだったが)」


 不意に立ち止まり、片手を胸に当てて目を閉じる真除。


「うん……初めてが、大好きなお兄ちゃんで、よかった……ぐへへ……」

 言葉は可憐な感じだが、その表情は少女にあるまじきものだ。

 目は焦点が合っておらず、妄想の世界を見ている。

 そして、口はだらしなく緩んでよだれを垂らしていた。

 美少女が台無しである。


「にゃ……(……お嬢、外でその顔は止めておけ。あの優しいニーサンでも、さすがにドン引きだぞ)」


「はっ!? う、うん」


 真除は、慌ててハンカチで涎を拭った。


 ハンカチをしまいながら気付く。

 もうショッピングモールの入り口まで来ていた。


「くろすけ。屋内に入るから、悪いけどこれに入って?」

 クレートの扉を開け、くろすけを促す。


 手入れの行き届いた黒い毛並みが躍動する。

 音もなく、しゅるりと"クレート"内に滑り込むくろすけ。

 最後に尻尾が収納される"と、くろすけから声がかかる。

「にゃー(閉めていいぞ)」

 くろすけは中で丸くなり、落ち着いたようだ。


「後でアップルパイあげるから、我慢してね」


「にゃる(わかった。飯のついでならナゲットも付けて欲しいところだが、今回は時間潰しだからな。我慢しよう)」


 くろすけは完全に妖怪化しているため、食べ物に制限は無い。

 それでもやはり、猫の頃の名残で、"ちゅーる"は大好物だ。


 モール内のエスカレータに乗ったとき、ふと思い出したように、くろすけへ問う。


「そういえば、雪乃ゆきのちゃんとは、どんな話したの?

 何か話してたみたいだけど、びっくりしてなかった?」


「にゃぐ(ちょっと粉掛けてみたんだが、"マスター大好きオーラ"が強烈でな。あれは無理だ。犬系の使い魔でも見たことがないレベルのゾッコンラブだった)」


「そこまで!? 凄く仲良いとは思ったけど……

 お兄ちゃんとそこまで会話できるんだから、きっとお兄ちゃんの先代使い魔だった頃からずっと一緒なんだね……」


 雪乃から魁へ向けられる愛情の深さに、驚きを隠せない。

 人間の"猫大好きオーラ"を感じ取れる真除も、猫からの"マスター大好きオーラ"を感じることはできないのだ。

 しかし、長く一緒に暮らせば、そうなる事もあるだろうと納得もした。


「……にゃ(二歳そこそこ、らしい)」


「え? 何が?」

 "二歳そこそこ"に該当しそうな存在に考えを巡らす真除。


「雪乃ちゃんの孫、曾孫、もっと先の子……? にしても今言い出すのはちょっと違うし……ま、まさか……!」

 息を飲む真除。最も可能性が高そうな存在に思い当たり、恐る恐る口にする。


「お兄ちゃんの……子供……!?」

 それも雪乃の子孫と同程度に脈絡のない話だが、真除にはそれくらいしか思いつかなかった。


「にゃう(違う違う。雪乃の年齢だ)」


「猫又になって、ってこと? それだと、色々計算が合わないよ?」


「にゃご(いや、生まれたのが大体二年くらい前で、ニーサンに会ったのが去年、猫又になって三か月だそうだ。もっと言うと、猫又になる前からニーサンと話せたらしい。

 自分で言ってても胡散臭いが、本当だと思う。つい先日押された、里の印もあった。東の里のものだったが)」


「んー……」


 エスカレーターが終わり、またキャリーケースを引いて移動を始める真除。

 ずっと唸っていたが、半信半疑に口を開く。


「……くろすけがナンパしてきたから、適当なこと言って、ごまかした……とか?」


「にゃる(そんなバレバレの嘘は付かないだろう。嫌われているならまだしも、対応は好意的ではあった。何より里の印が新しい)」


「えまって。じゃあほんとに二歳くらいってこと? そんな猫又の話、聞いたことないよ!?」


「にゃむ(俺も聞いたことがないし、"おタマ様"に聞いても同じだろう。騙されたんだって笑われるかもな。俺が驚いた理由もわかるだろう?)」


「うん。私も驚いた。何者なんだろうね、あの二人……」


「……にゃ?(それがあったから、お嬢に言うか迷ってたんだが……関わるのは止めておくか?)」


「……は? 何言ってんのくろすけ?

 お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだからお兄ちゃんはお兄ちゃんのままだよ?

 だって、お兄ちゃんはもう魂家族ソウルファミリーなんだもん」


 冷静な口調ながらも早口でまくし立てる真除。

 その様子には "闇" と同時に "病み" を感じるが――

 

「にゃあっ(お嬢。ニーサンに迷惑はかけるなよ)」


「そんなの当然でしょ?

 緊張してまともに会話もできないのに、どう迷惑かけられるのよ……」


 先程の勢いはどこへやら。徐々にしぼみ始める真除。

 テンションが上がっていただけで、病んでいるわけではないようだ。


「それに……また会えるかどうかもわかんないから、せめて妄想の中だけでもって……」


 真除は魁に恋をしたように見えるが、そうではなかった。

 真除にとって初めての、"仲良くなれた友人"であるだけなのだ。

 魁が女性だったとしても、概ね同じ行動を取っていただろう。

 恋に発展しなかった理由はもちろん、魁の放つ、"狂おしい程の猫好きオーラ"である。


「にゃう(名刺があるんだから、とりあえず電話で連絡取ればいいだろ。それから別の番号でもメールアドレスでも聞けばいい)」


「そそそそんなのむりだよ!

 くろすけに助けてもらえないじゃない!」


「にゃー?(でも、お兄ちゃんと話せるんだぞ? もしかしたら、遊びに行く約束ができたりするかもしれないぞ? ネズミーランドとか行きたくないか?)」


「お兄ちゃんと、遊びに……うへへ、うへへへ~」

 交通費、その他費用、魁の予定など、全ての問題を無視して、再び妄想の世界へトリップした真除。


 くろすけから、また顔の指摘を受けて涎を拭く。

 そして、一大決心をする。


「よし! お兄ちゃんと遊びに行くために、わたしがんばる!」


 決意を口にし、ファーストフード店へ消えていった。



 いつ電話をかけるか。

 話す内容はどうするか。

 携帯電話の番号を聞いてしまうのか。

 或いは家族しか登録されていないSNSを使うか。

 いきなり遊びの約束をしてしまうのか。

 くろすけをダシに使うのはどうだろう。


 そんな妄想とシミュレートを爆発させて涎を垂らしていたら、新幹線に乗り遅れそうになった。



 何度も涎を拭いたハンカチは、絞れる程、びちゃびちゃになっていたという。


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