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魁と雪乃  作者: ポテから
第一話
2/3

第一話 2 人間だもの


 赤神探偵事務所は都心から離れた郊外の街で開業している。

 事務所のビルは四階建てで、近くには小さな商店街がある。

 駅から少し離れているため、事務所へ相談に来る依頼者は、やや不便に感じることだろう。

 一階がガレージ、二階が事務所、三階と四階が居住区で、三階に玄関があり、リビング、キッチン、風呂など。

 四階は寝室とその他の部屋がある。

 また、珍しく地下もある物件で、地下はトレーニングルームと倉庫を兼ねている。

 ガレージには、素行調査などで使用するグレーの地味な国産セダンと、地方へ赴いての【特殊調査】で使うことの多いピックアップトラックが格納されている。

 他にもバイクらしきものが数台に牽引車もあるが、シートが掛けられている。


 GWも過ぎた五月の中旬。

 かいは、浮気調査の依頼者である女性に調査結果の報告をしていた。


 この依頼者は、初めて事務所に来た際、目立たない化粧に地味な服装だった。

 次の面談ではメイクは派手になり、大きく胸元の開いた服を着て、二つ三つ声のトーンが上がっていた。

 その後も、回を追うごとにそれはエスカレートしていった。

 最近では、露出の多い派手な身なりで度々事務所に現れては、猛烈なアタックをかけてくるようになった。


 だが彼女は知らない。


 人間には、決して魁を攻略できない、という事実を。


 今日は調査の結果報告日だった。

 依頼人への結果説明は三〇分もかからず終了していたが、依頼者の女性はまだ事務所に居座っていた。

「そうよね、こんな地味で夫に浮気されるようなオバサンだものね。私、夫と別れてから、どうしたらいいのかしら・・・誰かに寄り掛かりたいの・・・身近にそんな素敵なひと、居ないかしら・・・ぐすっ・・・さみし・・・」


 ここで、依頼者女性は "奥義! 頭を垂れて前屈みになり大きく開いた胸元からたわわな膨らみを見せつけて嘆きながら潤んだ瞳で切なげに相手を見つめて縋るように呟く" を繰り出した!。


 だが かい には こうか が ない!


「残念ですが、ご紹介できるような知人は居りません」

 依頼者の"奥義"を一顧だにせず、手早くテーブルに並んだ調査結果をまとめてファイルに閉じ、それを両手で丁寧に差し出して話を締めくくった。

「調査結果がお役に立てば幸いです」


 話が終わりそうなので、依頼者女性は慌てた。

「あ、あの・・・調査して頂いたお礼に、今夜食事でもご一緒に!」

「費用は既にいただきましたし、夜は別件の張り込みがあるので、遠慮させていただきます。それに、間もなく次の依頼者と面会する時間なので、そろそろご退出いただけますか?」

 魁は時計を見ると、そそくさと出入口の扉へ向かい、開けた扉の横に立って微笑みながら退室を促す。


 数日後に事務所の定休日があるのだが、食事に行く気はないので、こちらの予定は提示しない。


「・・・連絡、待ってます」

 未練の一言を置いて、女性依頼者は帰っていった。


 探偵事務所を開業して、まだたったの二年だが、それなりに忙しい日々を送っている。


「【特殊調査】の仕事は、いつでも丁度いい案件があるわけじゃねえ。

 生活のことも考えて、探偵業も疎かにするな。

 一見関係ねえような事柄も、思わぬところで繋がってたりするもんだからな」


 と、師匠のとどろきから厳しく言われており、最近は素行調査や尋ね人探しなどの依頼者も委託されている。

 

 仕事が増えて収入が安定するのは喜ばしいのだが、依頼者が女性の場合は魁にただならぬ好意を持ってしまうことがある。

 大した用事も無いのに、度々相談と称して会いに来るのが困りものだ。


 指定外の面談には相談料を取れば、用もないのにやってくることもないだろうと踏んでいたが、考えが甘かった。

 我ながら忘れていたのだ。

 ただ会って話すだけのために金を払う層も、少なからず存在することを。

 キャバクラ、ホストクラブ、元気な老人の病院通い・・・


 そう。魁も、以前は猫カフェに入り浸っていたのだから。


 それから数日後。事務所の定休日だ。

 急ぎの依頼も無かったので、市内の城跡公園へデートに出かけた。


 雪乃には昼食用にちょっといい猫缶と"ちゅーる"。魁はフライドポテトとサンドイッチだ。


 木陰のベンチに腰を下ろし、横に座る雪乃を優しく撫でる。


「GWはあまりかまってやれなくて悪かったな。世間が休みだと忙しいのは、サービス業の宿命だ」


「にゃーにゃ にゃにゃー」


 と応え、喉を鳴らしながら、撫でる手に擦りついてきた。


「そうか。ありがとう」



 明るい日差しの下でしばらく雪乃と戯れていると、いつの間にか昼を過ぎていた。

 丁度いい時間なので、持ってきた軽食を食べることにした。


 猫缶を皿に出し、栄養のためにカリカリも少し添える。

「にゃーあ」

 雪乃は、あまりカリカリが好きではないらしく、無表情で一番先に平らげた。


 嫌いなものは先に食べ、おいしいものを後から食べる派だ。


「よしよし、えらいぞ。薬だと思って、毎食少しずつでも食べるんだ」


 意思疎通ができると、食事に限らず様々な行動に対して理由を説明できるので、とても助かっている。


「にゃ~ん」


 雪乃は撫でられご満悦。

 カリカリはもう食べたので、あとは待望の猫缶と"ちゅ~る"だ。


「たまには外で食べるのも、気持ちいいもんだな」


 雪乃の背を撫でながら、フライドポテトとサンドイッチを食べる魁。

 雪乃はデザートの"ちゅ~る"も美味しくいただいた。


 ゴミをまとめて片付けると、雪乃は肩に乗ってきた。


「にゃー にゃにゃにゃーにゃ」


「おいおい、まだ昼だぞ・・・嬉しいけどな」


「にゃ~ぁん」


 魁が雪乃の頭を撫でると、雪乃は目を閉じて魁に顔を擦り付けた。自然と魁も笑顔になる。


 その魁の様子を、チワワを連れた若い女性が目撃し、密かにわめき散らす。


 (ヤバい! めっっっちゃ好み!! ヤバいヤバいあれヤバい。動物の飼い主同士だとナチュラルに話しかけられるから、ホントこういう時だけは犬飼ってて良かったって思うわー!)


 先を歩いていたチワワが飼い主の女性を一度振り向いたが、チワワには目もくれず、夢中で魁達のベンチへと向かう。

 そしてその女性は、魁と雪乃のラブラブ空間へと足を踏み入れた。


「あの、こ、こんにちは! かわいい猫ちゃんですね! 首輪してないですけど、飼われてるんですよね?」

(ヤバ! 顔小っちゃ! 何この人!? モデル!? 俳優!? 貴族!? いや、王子!? 中東辺りの国の王子なの!?)

 話しかけたはいいものの、近くで見るとあまりにも好みの顔だったため、動揺してしまう。


「・・・ええ。首輪は、必要ないので」

 魁は、無表情で、短く返答した。


「へ、へぇー。猫なのに逃げちゃったりしないんですね。飼い主大好きなんだー」

(ヤバいヤバい声もヤバい! あーヤバい! 私も! 私も貴方が好きよ! 王子様!)

 漫画だったら目がハートになっているところだろう。


 一般的にペットは「飼う」と表現するが、魁は雪乃を「飼い猫」扱いはしない。

 ただ、雪乃以外になら「飼う」と表現することもある。

 したがって、相手がどう表現するかについて意見することはしない。


「キャン! キャン! キャン!」

 魁がどう返答すべきか思案していると、突然女性の連れているチワワが吠えた。魁はチワワを見る。

「ニャーオ ニャア」

 いつもと違って、いかにも猫といった感じで鳴く雪乃。

 それはチワワへ応えるような様子だった。


 雪乃とチワワが何度か鳴き声を交わしてから、ようやく女性がチワワをなだめにかかる。

「あ、あら、どうしたのマロンちゃん。喧嘩しないの。ね?」

 慌てながらチワワを撫で、声をかけながらポンポンと叩くと、それから何度か鳴いて静かになった。


「ニャーア ニャッ」

「・・・にゃあ。にゃんにゃんにゃ」

 雪乃は、チワワが静かになってから、いつものような鳴き声を発した。

 その最後の鳴き声に小さく頷く魁。


 女性の方は、さっきとは違う意味で動揺していた。

「す、すみません! 普段はそんなに吠えないんですが・・・もう、どうしたの急に!」

 魁に謝罪を述べてから、チワワを軽くたしなめるように言葉をかけていた。


「いえ、お気になさらず」


 魁も社交辞令的な言葉を返すと、チワワが魁の方へ尻を向けた。

 そして、ぷるぷる震えだし、ぷりぷり捻り出し、ぷう、とおならをした。

「うそーーー!! もう、ちょっとは空気読んでよ!?」

 犬の行動としては、それ程おかしな事をした訳でもない。

 だが、魁の目の前で自分の犬が排泄をしたことが恥ずかしかったらしい。

 真っ赤になりながらチワワの糞を始末し、

「も、申し訳ありませんでした! 失礼しますね!」

 と、女性は足早に去っていく。


 最後に雪乃とチワワは「ニャー!」「キャン!」と一声交わした。

 

 チワワと飼い主が遠く離れてから、

「彼、なんだって?」

「にゃー」

「そうか。空気を読んでくれたのか。ありがたい。しかし、なかなかの演技派だな、彼は」

「にゃーにゃ」

「ああ、それは、あの飼い主の顔に書いてあったからな。俺でもわかるさ」


 魁は、どんなに人間の女性にモテようとも、嬉しくもなんともない。


 人間だもの。



 魁は雪乃の言葉が理解できるが、他の猫の言葉や、犬など他の動物の言葉は理解できない。

 また、雪乃が他の動物と話している時の、雪乃の言葉もわからない。

 他の動物と話す雪乃の声は単なる猫の鳴き声だが、いつもと違って何か尖ったような印象を受ける。


 以前雪乃に色々聞いてみたが、動物言語とかそういうものは無く、なぜか相手の言っていることがわかるらしい。


 雪乃自身、動物と話す場合と魁と話す場合で特に話し方を変えておらず、ただ「魁に伝えたい」を一番に考えているかどうかの差だという。


 それらを考慮すると、動物同士の会話や、魁と雪乃の会話は、一種のテレパシーのようなものではないか、と考えられた。


 もう少し深堀りすれば、凄い発見ができるかもしれない。

 だが、魁は今のところ、それ以上動物のコミュニケーションについて検証する気はない。

 魁は、雪乃と話せればそれでいいのである。


「食事も済んだし、少し歩くか」

 雪乃に声をかけ、まとめたゴミを手に立ち上がる。

 肩に乗っていた雪乃は後ろ足を魁の右肩に移動させ、再び襟巻のような態勢になる。

 移動時は、肩に乗るよりこちらの方が安定するのだ。


 お互いの顔は間近にあるので、小声で囁き合いながら散歩を楽しむ。

 しばらく歩いて森の中にある城跡に辿り着く頃には、人とも出会わなくなった。

 

 城跡は高台になっており、その周囲をぐるりと囲うように遊歩道がある。

 また、遊歩道とは別に城跡の高台を登るための石段もあり、上は展望台になっている。

 遊歩道外れると道もない自然の山になるので、遊歩道までが公園として管理されている範囲だ。


 魁達は遊歩道を一周してから石段を登り、展望台へ到着した。

 展望台のエリア内を見回すと、杖を手にした白い髭の老人が、設置されたベンチで休憩していた。

 この展望台は、杖を使うような老人が登るには少々険しいのではないかと思ったが、現に老人はそこにいる。


 小声で雪乃と話しながら街を眺めていると、その老人が話しかけてきた。


「こんにちは。 ・・・おや、襟巻ではなく、猫ですかな?」


 ゆっくりとした挨拶の後、よく見ると首に巻いているのが猫と知って、少々驚いたようだ。


「こんにちは。 ・・・ええ、雪乃です。肩に乗るとバランスが悪いのか、自然にこの形になったんですよ。俺の方も雪乃をすぐに撫でられるので、一石二鳥ですね」


 外出した解放感か、それとも他の要因なのか、魁はやけに饒舌だった。

 老人の問いに答えながら雪乃を撫でる魁。


 老人は、そうかそうか、といった風に頷き、白い顎髭を撫でる。

「なるほど、面白い抱き方ですな。それにしても、その猫は余程貴方を信頼していると見える」


「俺も雪乃を信頼しています。きっと、それが伝わってるんでしょう」

 目を閉じて微笑み、雪乃の頭を引き寄せて自分の頬に押し付けた。


 老人もその様子を眺めていたが、思いついたように魁へ問いかける。

「貴方はまだお若いようですが、いつから、その猫と一緒に居なさる?」


「まだ一年は経っていませんよ。去年の秋からですね」


 老人は魁の言葉に少し驚いたような表情を見せてから魁と雪乃をじっと見つめ、そして目を閉じた。

「なるほど、なるほど。そうでしたか。一年足らずでそれ程に信頼を築けるとは、素晴らしいことですなあ」


 老人は顎髭を撫でながら、また頷いた。

 その後もしばらく、魁と老人の和やかな会話が交わされた。

 

 ひとしきり話しをすると、老人はベンチから腰を上げ、ストレッチのように腰を反らせた。

「んん・・・ふう。年寄りの暇つぶしにお付き合いいただき、ありがとうございました。またいずれ、お会いしましょう」

 老人はゆっくりと頭を下げると、杖を突きながら展望台から降りて行く。


「こちらこそ。足元にお気をつけて」

 後ろ姿に声をかけて見送るが、ふと気づくと、雪乃は老人が去った方向をじっと見ていた。


「どうした? 何か気になるのか?」


「にゃあんにゃ」


「そうか。俺も、なんだか気になるんだが・・・よくわからないな。話しやすいお爺さんだったとは思うが」


 魁と雪乃は共に、老人に対して何か不思議な印象を受けた。


 だが、それは悪いものではなかった。


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