【④-6/6】【17】それから
「ところで……色々聞きたいことがあります。
ここは雪乃が寝ているので、隣の部屋に行きましょう」
「おう。俺も、ヤツと出くわした状況とか聞かなきゃなんねえからな」
轟が魁を運ぼうと手を伸ばすが、
「いえ、屋内なら自分で這って移動しますよ」
体の力が幾分かでも戻ってくると、轟に運ばれるのも気恥ずかしい。
魁は苦笑しながら体を前に倒して膝を突き、ゆっくりと四つん這いで移動する。
隣の部屋の敷居を越えながら、魁は轟に問いかけた。
「……俺は、どのくらいで全快するんですか?」
頭をぶつけないよう腰を屈めて部屋に入りながら、轟が答えた。
「かなり個人差があるんで正確にはわかんねえが、今日一杯は歩くので精一杯、ってとこだと思うぜ」
轟の言葉を聞きながら部屋に入った魁は、壁に背を預けて座り、大きく息を吐いた。
「あんなにすぐ息切れするのに……皆、俺みたいにならないんですか?」
轟は押し入れから座布団を出して魁の下に滑り込ませ、自分も座布団の上に胡坐をかいて座った。
「戦闘中ガス欠になったら、動けなくなって死ぬからな。
そう簡単にガス欠にならねえよう、普通は"力"を増幅して使うんだ。
ただ、それは覚醒してから使えるようになるもんだからな。
オメェは知らなくて当然だ」
「つまり、俺はとんでもなく燃費の悪い方法で戦ってたから、こうなったと」
他に例えようのない、全身の脱力状態に、苦笑する魁。
「そういうことだ。"力"に目覚めてからじゃねえと"力"の使い方は教えられねえから、まずは安全な訓練場所で"力"を覚醒させんだが――」
何度も口に出すと、魁が気にしそうだ。
轟は、自責の言葉を飲み込んだ。
「基礎技能だからな。試験の前に、"力"を増幅させる方法も教えてやる。
それ自体は一度コツを掴めばすぐできるが、そこから先の研鑽は自己鍛錬次第だ」
「はい。精進します」
魁は神妙な顔つきだった。
「で、次は何が聞きてえんだ?」
轟は腕組みをして魁に問う。
「いえ。他の疑問はこれからの話で出てきそうなので、その時に。
先に轟さんの話をどうぞ」
魁は、手振りで轟の話を始めるよう促した。
「そうか。じゃあ、俺が行くまでの話をなるべく詳しく聞かせてくれ」
「はい。わかりました」
轟へ頷きを返してから、今回経験した出来事を順に話し始めた。
参道の中間地点付近で"力"に覚醒し、最初に"黒い塊"を消したこと。
塊があった場所に黒い糸が残っていたが、それはすぐ復活するので放置したこと。
「それでいい。糸は元を断たねえと消えねえんだが、この場所はそれができねえから定期的に掃除すんだ」
「なるほど。やっぱり、どうしようもないんですね」
判断は間違っていなかったようだと、小さく息を吐く。
引き続き、道の塊を消しながら参道を上って社に到着し、社の周りを一回りしてから下り始めたこと。
参道を下っていたところで、偶然、他とは違う気配に気付いたこと。
道から外れた、見通しの利かない場所に場所にそれがあったこと。
その後、轟に報告するためその場を離れようとすると、"闇の塊"が液体状の化物に変化して邪悪気配を発し始めたこと。
「参道にある塊より明らかに禍々《まがまが》しい、"闇の塊"って感じの見た目でした。
まるで隠れてるみたいに、すぐ近くまで行っても感じる気配は弱いんですよ。
……あれは、何なんですかね」
「それについてだが、住職に話を聞いてきた」
「何か、わかったんですか?」
「ああ。かなり昔、ここいら一帯で暴れてた【妖】を退治したらしいんだが、その【妖】の影響なのか、裏の山に"陰の気"が溜まるようになっちまってな。
このままだと一帯に悪影響が出るってんで、山の上に社を建てて、この寺と社に"陰の気"を散らす術をかけたんだと。
それで今の状態に落ち着いて、訓練場として利用するようになった……っつう話だった」
「つまりあの化物は、その【妖】に関係してるってことですか?」
「多分その【妖】の怨念が、"陰の気"やらなんやら吸収して実体化したんだろうよ。
狡猾で獰猛な【妖】だったらしいって話だから、怨念になっても本能的に隠れて力を蓄えてたんだろうな」
「それと、化物の発した言葉で、ニガサヌ……という単語が聞き取れました」
「怨念は基本的に知能が高くねえからな。
単純に"獲物をニガサヌ"って程度の意味だろうよ。
まあ、協会の方で調査するときの役に立つかもしれねえから、一応報告書に書いとくが」
魁は、なるほど、と頷いて、説明を続けた。
それから山を下って逃げることにしたが、姿を変えた化物が追ってきたこと。
ただ逃げるだけでは、と考えて反撃したが、雪乃が鞭でやられたこと。
「化物に、ある程度のダメージはあったと思ったんですが……」
「ああいう怨念が実体化したような系統の【妖】はなあ。急所がねえんだ。
ダメージ与え続けりゃ中に詰まってるもんが出てきて縮んでくが、一気に行くには、バラバラに解体するか術で消すかしかねえ。
俺は、殴る蹴るぶちかます、以外は得意じゃねえからな。
ああいう手合いを相手にすると、ちょいとスプラッタな現場になっちまう」
「やっぱりあれが最善の倒し方なんですね。
轟さんは大雑把ですが乱暴なワケではないので、ああいう方法しかないんだなとピンときました」
「……いいから、続きを話せ」
魁の言葉に、轟は少々照れたらしい。強引に話を打ち切った。
「はい。すみません」
(轟さんは照れるとぶっきらぼうになるんだよな)
魁は密かに苦笑した。
轟への報告はまだ続く。
雪乃を木の陰に寝かせ、挑発しながら雪乃から引き離したこと。
やけに体が軽く、しばらくは化物の攻撃を回避できていたこと。
「身体能力の向上は"力"の影響だな。
その辺は俺の専門分野だからよ。今度みっちり鍛えてやる」
なんといっても、あの大きさの化物を素手で受け止め、軽く投げ飛ばし、素手で破壊し尽くしたのだ。
轟の戦いぶりを見た今、専門分野という言葉に何の疑いもない。
それからしばらく応戦していたが、"力"が枯渇しかけ、化物の攻撃を回避しきれなくなって死を覚悟したこと。
――そして、全ての"力"を集めて最後の一突きを繰り出したこと。
「そこで、轟さんが来てくれました。
後は轟さんもご存じの通りです」
「なるほどな。概要は掴めた。助かったぜ。
気配を感じて、俺の方でも参道に向かったんだがな。
参道の入り口に強力な結界が張られててよ。
何の準備もしてなかったもんで破るのに手間取っちまった。
それで助けに来るのが遅れたんだ」
「結界、ですか。準備って、こう、解呪のお札とかですか?」
映画や漫画のイメージをもとに、推測を口にする魁。
「まあそんなようなもんだが、今回はそんなもん使うと思ってなかったからな」
「道具が無いのに、どうやって結界を破ったんですか?」
口に出してから、轟の答えに予想が付いた。
質問を取り消すのもどうかと思うので、轟の答えを待つ。
「そりゃあ、殴って結界ぶっ壊すしかねえだろ」
――やはり、予想通りの答えだった。
◆◆◆
魁がなんとか歩ける程度にまで回復したので、二人は夕方のうちに町へ出た。
買い出しついでに夕食を取り、帰りにスーパー銭湯で汗を流してきた。
規格外過ぎる二人は、どこへ行ってもかなり目立っていた。
特にスーパー銭湯では、色々な意味で皆の視線が轟に釘付けだった。
「ペットボトル……」
そんな囁きが聞こえたとか聞こえなかったとか――
寺に帰ってからは、轟はノートPCに向かって報告書をまとめ、魁は静かに瞑想を始めた。
呟きながら報告書をまとめる轟。
「後で現場も確認してこねえとな……判断は協会がするだろうが、できるだけ調査の提案はしねえとな……」
その横で瞑想する魁。
轟の電話が鳴る音で目を開いた。
「はい轟。あ、お疲れ様す。ええ、そうす。了解す」
電話を切った轟は、ノートPCを閉じた。
「心霊治療師の先生が寺の近くまで来たらしい。
俺は出迎えのために駐車場行くからよ。
事務所の職員と住職に伝えてきてくれや」
「了解です」
轟の指示を受け、事務所の職員と住職に医師が来ることを連絡して部屋に戻ったのだが、医師はまだ部屋に到着していなかった。
それでは自分も出迎えに、と、駐車場へ向かおうと廊下へ出て玄関へ向かう廊下を歩いていると、何やら玄関の方が騒がしい。
「しかしまた、轟君もでかくなったのう~。
何食ったらそんなにでかくなるんじゃ~?」
「先生、会う度にそれ言ってますよ。いつの俺と比べてんすか」
「そりゃ、かわいいチェリーボーイの頃じゃよ~。
あっちの方も、さぞかしビッグに育ったんじゃろ~?」
おそらく、轟と医者の先生は知り合いなのだろう。
賑やかな老人と、冷静に対応する轟の声だった。
そして魁も、この声とハイテンションなトークには心当たりがあった。
その場で二人を待っていると、廊下の角から白衣を着た小柄な老人が姿を現した。
「お! 赤神さん! 大変じゃったの~!」
足早に魁へ近づき、魁の腕をばしばし叩く。
魁はまだ足元がおぼつかないので、少々ふらついた。
「おっとと……やっぱり湯川先生でしたか。
轟さんと面識があるなんて知りませんでしたよ」
湯川 万藏 八〇歳、独身。
身長は約一五〇㎝。髪は真っ白だがフサフサ。
昔は人間相手の整形外科医だったが、今は魁の事務所近くで動物病院を営んでいる。
口数が多く、男女共にからかうようなセクハラ紛いの発言を繰り返すが、実際に手は出さない。変態紳士。
掌に眼を作って体内を透視するとともに、"気"の流れから体の状態を把握することができる。
また"気"を送り込むことで患者の回復力を高める心霊治療も可能。
それら特殊な能力のため、魁の父、鎮政と同じ【特級・ロ種】に認定されている。
ふらつく魁を見て、湯川は魁の顔色や体の様子をチェック。
事前に轟から聞いていた通りの状態で特に問題ないと判断したため、魁の状態に言及はしなかった。
「赤神さんは普通に動物病院の患者じゃったしの~。
轟君が、赤神さんの家の近くに開業しとる獣医と知り合いなのは、ちょっとおっかし~じゃろ~?」
「確かに……轟さんは動物と接点が無さそうですしね」
「じゃろ~? ま、こっちの関係者になったんじゃから、今度から赤神さんのことは"魁君"と呼ぼうかの~。
赤神一族は沢山おるから"赤神君"じゃ紛らわしいしの~」
「はい。改めて宜しくお願いします。
……では、こちらへ」
魁は頭を下げてから、湯川を伴って雪乃の寝ている部屋へ向かった。
「そうじゃな。
雪乃ちゃん大怪我したんじゃろ?
早速見せてもらおうかの」
轟は魁と湯川のやり取りを苦笑しながら見ていたが、湯川の大きな鞄を手に、二人の後に続いた。
「ほいじゃあ、まずは診察するんでな。魁君はそこに座っとってくれ」
魁は頷き、そっと雪乃に声を掛ける
「雪乃、先生が来たぞ。診てもらうから起きるんだ」
耳を動かした後、雪乃はゆっくり目を開け、魁を見てから隣の老人へと視線を移す。まだぼんやりしていた。
「あれ……湯川せんせ……ここ、せんせの病院?」
少しの間湯川を見ていた雪乃は、もぞもぞと布団の中に潜った。
「魁~。猫に変われない~。ばれちゃう~」
雪乃は寝ぼけていた。体のダメージが大きくて猫に変われないことを、布団の中から魁に訴える。
「まだ寺の事務所だ。
湯川先生は雪乃のために来てくれたんだ。
獣人のことは知ってるから心配ないぞ」
「あ、そうなの?」
ひょこっと布団から顔を出す雪乃。
少し目が覚めてきたようだが、思い出したように痛みも戻ってきた。
「うううう……いだい……」
「あまり動くな。まずは、状態を確認してもらうからな。布団取るぞ」
「はあい……」
雪乃は裸だったが、医療行為という意識下なので恥じらいは無い。
というより、雪乃は二人きりの空間で魁に見られることが恥ずかしいのであって、他の誰に見られても、それ程気にならない。
先程身を清めてもらったので、全身の被毛は白く光り、綺麗に整えられていた。
さて肝心の患部はというと、腕と足がかなり腫れていた。
雪乃の見事な体を見ても、今日の湯川はいつもの軽口を叩かず医療行為を始めた。
「ふむ。では始めるぞい。
雪乃ちゃんは、体の力を抜いてリラックスするんじゃ」
湯川が雪乃に両手をかざすと、両方の掌に一つずつ、ぎょろりと、眼が開いた。
顔についている方の目を閉じた湯川。
雪乃の頭から順に、掌についている方の目で確認しながら呟く。
「ふうむ。結構やられとるのう」
仰向けで足まで診た後雪乃を俯せに返し、また頭から足まで掌をかざして雪乃の病状を診た。
「さて。これで一通り見たかのう」
湯川は掌の眼を閉じ、顔の目を開いて大きく息を吐いた。
「右足と背中側の肋骨は亀裂骨折じゃが、右腕は完全骨折じゃな。
きれいに折れとるし、すぐくっつくじゃろ。
あと全体的には靭帯やら筋肉やら損傷しとる。
損傷は右手と右足が一番酷いかのう」
「わかる……んですね」
魁は、レントゲンも撮らず、触ることもなく診断を下した湯川に対して驚きを隠せない。
「うむ。そういう能力じゃからな。
魁君も重傷を負ったら、なるべくワシのところに来るんじゃぞ?
【妖】由来の傷は、普通の病院じゃ対処できんこともあるからの」
湯川は魁へ頷き、白衣の袖をまくった。
「さて、次は治療じゃ。今度はちと痛いが、我慢するんじゃぞ」
仰向けのまま湯川に頷く雪乃。
湯川が両腕を前に突き出して念じると、湯川の全身から水が溢れ出し、湯川の体を包み込んでゆく。
魁は炎、轟は岩だったが、湯川の"力"は水だった。
「雪乃ちゃん、腕の骨合わせるからめちゃくちゃ痛いぞい!
舌噛まんように口閉じるんじゃ!」
がくがくと何度も頭を上下させ、口と一緒にぎゅっと目も閉じる雪乃。
魁は、雪乃の左手を包むように握る。
「いくぞい!」
湯川は折れた腕の両側を掴んで目を閉じ、骨がぴったり噛み合うようくっつけた。
その腕を固定したまま、体の周囲に漂う水で雪乃の腕を包み、強く念じ始める。
低い唸り声を上げながら苦痛に顔を歪め、歯を食いしばる雪乃。
そうして五分程雪乃の腕を水で包むと、雪乃の腕から水を取り除いた。
「ふう~。これで骨はくっついたぞい。
仮止めじゃから、後でギプスはするがの~」
「……え!? もう、くっついたんですか!?」
驚きの声を上げる魁。
「あったりまえじゃろ~? 伊達に協会認定の心霊医やっとらんわい」
湯川は魁へニヤリと笑みを向けた。
「さあ、残りもどんどんやってくぞ~い」
その後湯川は全ての患部に治療を行い、骨折している何カ所かにはギプスによる固定を行った。
治療の効果は抜群で、筋肉や靭帯の損傷部位の腫れもかなり引いていた。
「しかし、獣人の治癒力は凄いのう~。
人間じゃ、ここまでは回復はせんぞい」
雪乃の患部を全体的に再確認しながら呟く湯川。
「じゃが、ギプスが取れるまでは猫になっちゃいかんぞ~?
ギプスがゆるゆるだと、意味がないからの~」
道具を片付けながら、雪乃に注意点を説明する湯川。
「はあ~い!」
治療と共に痛みも大分引いたらしく、元気に返事をする雪乃。
「治療はしたが、骨折れとるからの~。
明日辺りから何日か熱が出るが、頑張るんじゃぞ~」
「はあ~い……」
げんなりした顔で返事をする雪乃。
「怪我はそれなりの状態まで治療したからの。
熱が出て移動は苦しいかもしれんが、明日には家に帰って療養してもええぞい。
一週間程したら様子見に行くんで、都合のいい日を連絡するんじゃぞ~。
それで大丈夫そうなら、ギプス取っちゃうからの~」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
深々と頭を下げる魁。
「今夜は町のビジネスホテルか何かに泊まるでな。
万一何かあったら呼ぶんじゃぞ。じゃあまたの~」
湯川は手を振り、軽やかに部屋を出ていく。
「俺は先生の飯に付き合ってくるからよ。オメェは無理せず休んどけ」
湯川の大荷物を担いで、轟も部屋を出ていった。
既に夕食を食べたはずだが、轟にとっては些細な事なのだろう。
話好きで賑やかな湯川との食事なら、おそらく何時間かは戻ってこないはずだ。
そして部屋には、魁と雪乃だけになった。
「かなり良くなったみたいで、良かったよ。湯川先生に感謝だな」
雪乃の頭を撫でてから薄手の布団を掛け、今度は布団の上からぽんぽんと雪乃を叩いた。
「さあ、治療は終わったし、雪乃はもう休んだ方がいい」
魁は布団に寝ている雪乃に声をかけた。
顔の上半分だけを布団から出し、じっと魁を見つめる雪乃。
顔の横には、布団の端を掴んだ手が見えている。
周囲の音を探るように、耳も動いていた。
「どうした? 雪乃」
魁は、雪乃の様子に何かを感じた。
「……おなかすいた……」
布団を通して小さな声が漏れ聞こえた。
「ああ、ずっと食べてなかったもんな。猫缶とか買ってきてある――」
「……"かいちゅ~る"が食べたい」
――遠くで、扉の閉まる音がした。
本作品をお読みいただき
ありがとうございます
もし気に入っていただけたのであれば
評価や感想など
何かしらの反応をいただけると
とても嬉しいです




