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【④-5/6】【16】目が覚めたら


 とどろき雪乃ゆきのの保護に向かった頃、雪乃はようやく目を覚ました。


 雪乃が目を開くと、視界には薄暗い森が広がっていた。


「……なんで森で寝てるんだっけ……里の近く……?」


 極度の疲労と怪我による気絶だったため、頭がうまく回っていなかった。


「体もなんかおも――  い だ い……」


 起き上がろうとした瞬間に激痛が走り、再び倒れ込む雪乃。


 うめき声を上げると同時に現在置かれている状況を思い出し、慌てて左手を口に当てた。


 横になったまま顔を動かして辺りを見回し、化物の姿を探す。

 化物の姿は無く気配も感じないが、付近には魁の姿もない。


かいは、あいつを、倒したの……?

 でも、倒したなら、なんで私はひとりで寝てたの……?」


 雪乃は右の手足に加え背中の痛みにも耐えながら、左側の手足を使って上半身を起こす。

 雪乃の全身は土で汚れた上に枯葉や樹皮が絡みつき、純白に輝く被毛は見る影もない。


「それとも、魁はやられちゃって、あいつがどこかに行っただけなの?

 今どうなってるの? どうすればいいの? 魁……」


 雪乃は不安にさいなまれ、狼狽うろたえて辺りを見回すと――

 

 目覚めた場所より下った参道の茂み。



 "つるっとしたもの" が "ぴょこっと" 

 飛び出しているのが見えた。



 それは、酷く重い足音を伴い、こちらへ向かってきている。


 このとき雪乃は、不安に駆られて正常な判断ができなくなっていた。



「あれ、あいつの―― あいつの頭のとこだ!!!」



 茂みから飛び出した化物の頭らしきものを見てた雪乃は、魁が殺されたのだ、と認識した。

 そして、今度は自分を殺すために戻ってきたのだと。

 そうでなければ、あの化物が参道を上って来るはずがないと。


「……魁……私も、すぐ行くからね……」


 すぐに覚悟は決まった。


 蒼く輝く美しい瞳が引き絞られて釣り上がり、ギラリと鋭い光を放つ。


 もう魁があちらに行ってしまったのであれば――

 あの化物に爪を突き立ててから、魁の元に行くまでだ。


 だが、まともに動くのが左手と左足だけでは化物に飛び掛かることもできない。

 ならば、木の上から落下して襲撃すればいい。


 魁が死んでしまった世界の雪乃は、もう痛みなど感じなくなっていた。


 右の手足に力が入らない。

 左の手足と二本の尻尾を使って木を登り、手頃な枝の上から参道の様子を窺う。


「きた……」


 木を登るのに手間取ったため、ターゲットは既に参道の一段下まで接近していた。

 相変わらず、茂みから見えているのは、つるりとした "頭の無い頭部" だけ。


 作戦などありはしない。


「魁……今、いくよ……」


 あと一歩でターゲットの全身が見える、というところで、雪乃は枝を離れて空中へ躍り出た。


 全身の毛を逆立て、どこまでも深く貫くため、左手の爪を長く長く伸ばした。


 木の枝を飛び出した雪乃は、放物線の頂点から落下に差し掛かる。

 このまま落下すれば、現れたターゲットを串刺しにできるはずだ。



 魁と出会った雨の路地裏。

 気持ちが通じたクリスマス。

 一緒に過ごした日々。どこへ行くのも一緒だった。

 猫又になって、やっと、ひとつになれたのに。

 あいつは、私から魁を奪った。



 雪乃は壮絶な叫びを上げながら落下した。


「ニギャアアアアアアアアアア!!! ……あああ?」


 だが、姿を現したのは、"つるっとした頭" のとどろきだった。


 直前で気付いたものの、自由落下は止められない。

 辛うじて爪だけは引っ込めた。


 轟の方でも、絶叫に乗って襲い来る雪乃に気付く。


「ん!?」


 驚きながらも、落ちてきた雪乃の胴を両手でがっしりとキャッチした。


「ゆき――」


 轟が口を開いたのに被せて、雪乃が絞り出すように叫ぶ。


「遅いよ轟さん! 魁は!! 魁はもう……」


 最後の一撃が空振りに終わり、糸が切れたようになった雪乃。シクシクと声も無く泣き始めた。


 雪乃は今、轟に"高い高い"されて、手足ぶらぶらの状態だ。


 轟は、雪乃の言葉に怪訝けげんな表情を浮かべる。

 助けに来るのが遅かったのは確かで、言い訳の余地もないが――


「魁が……どうしたってんだ?」


 言っていることが理解できない。自分の目線まで雪乃を下げ、とりあえず話を聞くことにした。


 雪乃からすると寝ぼけたことを聞いてくる轟に、

「魁は化物にやられて死んじゃったんだよ……

 もう、死んじゃったんだよ!!!

 みぎゃあああ! 私も死ぬ!

 魁が死んじゃったなら私も死ぬううう!!!」


 初めは涙を流す死体のようだったが、徐々に悲しみが自棄に変化し始めた。

 轟の手の中で全身の毛を逆立て、泣きながらもがき暴れる。


「おい。怪我してんだから、暴れんな」


 もがく雪乃を諭そうとするが、

「どうせ死ぬんだから怪我なんてどうでもいい! もうおりる! ぎゃおおおおん!」

 興奮して手が付けられない。


 混乱して状況把握ができていないのだと判断し、轟はあくまでも冷静に雪乃へ問いかける。


「……だいたい、なんで魁が死んだと思ってんだよ」


 興奮冷めやらぬ雪乃はまくしたてる。

「だって! 今さっき、"あいつ"のつるつる頭が見えたんだもん!

 そんで、こっちに来たの! 私を殺しに!

 魁が死んじゃったってことじゃん!

 ふぎゃああああ!」


 轟にもなんとなく話が見えてきた。


「……"あいつ"って、あの実体化した怨念のことだろ?

 今さっきこっちに来たっつう、その"あいつ"はどこ行ったんだよ?」


「そんなの!!! そんなの……あれ???」

 頭が、こてん、と横に倒れた。

 

「目が覚めて、頭が見えて、魁が死んじゃってて、木に登って、頭に向かって飛び降りたら、轟さんが来てた」


 首を横に倒したまま、目覚めてからの出来事を順番に並べる雪乃。


 閉じた口の形を山型にして、むーう、と唸りながら、出来事の繋がりを整理する。

 すると、突然雪乃の首が真っ直ぐに戻り、轟のつるつる頭を凝視しながら驚愕きょうがくの表情で叫んだ。



「……轟さんの頭だ!!!!!」



 雪乃は、か細い呻き声を漏らしながら全身を震わせ、目も口も張り裂けそうな程に開かれていた。

 同時に、裸身の雪乃が被毛の内に湛えたる巨大な双丘そうきゅうも、たゆたゆと波打つ。


「お。やっとまともになったか。

 ヤツは俺が退治した。

 魁も下で休んでるぜ」


 轟の一言に、裏返りそうな程、更に目と口を開放する雪乃。

 そして、怒。


「最初に言ってくださいよ!! 魁が生きてるって!!!」


「いや、言っても理解できなかったと思うぜ。

 オメェ、ちょっとおかしくなってただろ」


「にゅ……そうかも……

 でもそれ聞いたら、きっと正気に戻ったもん!」


 雪乃は轟の腕を叩いて抗議しようと左手を上げ――


「い だ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛」


 無事なはずの左腕を動かしただけで背中に激痛が走る。


 精神的な極限状態から抜けて脳内麻薬が切れたため、痛覚が戻ってきたのだった。

 しかも、ボロボロの状態で無理に動いたため、怪我は悪化していた。


「ヤツの鞭食らったんだろ?

 なら、オメェはかなり重傷のはずだ。

 あんまし動くんじゃねえ」


「ううっ……はい……」


 魁が生きていたこと。

 轟が助けに来てくれたこと。

 安堵あんどと疲労から、雪乃は頭がぼんやりとしてきた。


 轟は、丸くなった雪乃を左腕に抱え、あまり揺らさないように注意しながら参道を下り始める。


 いつしか、雪乃は眠りに落ちていた。


◆◆◆


 ――眠った雪乃を片手に、魁の居る場所まで戻ってきた轟。


「雪乃は連れてきたぞ。

 体が全力で回復しようとしてんだろうな。寝てるぜ」


 眠っている雪乃を見ると、魁は安心と心配半々といった表情を見せた。


「ありがとうございます。

 ……轟さんから見て、雪乃の状態はどうですか?」


「手足を酷くやられてるが、見た感じ命に別状はねえと思う。

 さすが獣人だな。本能的に、手足犠牲にして体を守ったんだろ」


「そうですか……」

 やや、緊張から解放されたように息を吐く魁。


「で、魁。オメェはまだ立てねえか?」


「すみません……まだ、多少動ける程度です。

 這って移動するくらいはできそうですが……」

 足を動かして見せるものの、膝を立てるくらいしかできなかった。


 それを聞いた轟は魁に歩み寄り、

「そうか。まだ動けねえとなると……仕方ねえ。

 寺に頼んで、事務所の部屋貸してもらうしかねえな」

 身長一九〇㎝以上ある魁を軽々と持ち上げ、右の肩に担ぐ轟。

 それは魁が雪乃を肩に乗せる"だらり式"と同じ形だ。


「す、すみません。ご迷惑をおかけします」

 魁は体に力が入らないというだけなので、担いで運ばれるのが少々照れ臭かった。


「なに、気にすんな」


 右肩に魁、左手に丸くなった雪乃。

 轟は、変わらぬ足取りで参道を下った。


◆◆◆


 二人を担いで現れた轟を見て住職は色々と驚いていたが、想定外の事態が起きたという事情を話すと、事務所の部屋を使うことを快諾してくれた。


 事務所は寺の一角にある平屋建ての日本家屋だ。

 最初に話を聞いたのは、この事務所の居間にあたる部屋だったが、今回は奥の四畳半に入った。


 轟が畳の上に雪乃を寝かせる。


 目立った外傷はないものの、実際はかなり重症なのだ。

 事務所まで来ても、雪乃はずっと眠ったままだった。


 魁も室内の壁に背を預けて座らせてもらった。


 部屋に入ってすぐ、タオルやお湯などを携えた作務衣さむえ姿の中年女性が部屋にやってきた。

 雪乃の体を清めてくれるそうで、屏風びょうぶをまわして畳の上に寝ている雪乃の姿を隠した。


「妖怪といえども女性ですからね。

 相手が誰でも、特に男性には、こういった姿は見られたくないものですよ」


 魁と轟に告げてから、屏風の向こうで雪乃の体を清め始めた。

 時折、雪乃の呻きや女性が雪乃にかける声が聞こえてくる。


 雪乃の介抱が終わると、作務衣の女性は布団を敷き、雪乃を布団に寝かせた。


「色々と、ありがとうございます」


 魁が女性の去り際に謝意を伝えると、女性はゆったりと会釈を返して部屋から出て行った。


 女性が部屋を出ると、入れ替わりに住職が部屋へとやってきた。


「この辺に、協会関連の診療所とか無いすかね。

 あいつ結構重傷なんで、あんま動かせないんすよ」


 屏風の向こうで寝ている雪乃へ視線を向けながら、轟が住職に問う。


「この近辺は、久しく危険な妖怪などは現れておりませんからなあ……なかなか……」

 住職は済まなそうな表情で答える。


「そうすか……」


「お力になれず、申し訳ございません。

 容体がかんばしくないようでしたら、こちらと隣の六畳間はしばらく使って頂いて結構ですので」


「部屋を貸してもらえただけでもありがてえす。

 医者のほうは、こっちで協会に問い合わせますんで」


 轟が頭を下げると、住職もそれに応じて手を合わせて頭を下げ、部屋を出ていった。


「近くには居ねえか……

 協会に連絡して、都合がつく先生に来てもらうしかねえな。

 今日中に来てもらえっかどうか……

 時間も結構遅いし、最悪明日だな」


 寝ている雪乃に配慮したのだろう。

 轟は難しい顔をしながら、医師を手配するため部屋を出ていった。


 魁が今できるのは雪乃を静かに見守ることくらいなので、黙って瞑想めいそうでもして過ごすことにした。


 魁は竹林の風景と音に触れると心が落ち着く。

 瞑想では風の吹く竹林へ没入することにしている。


 誰かに習ったわけではないので正しい方法なのかは知らないが、何となく落ち着くのだ。


 壁に背を預けたまま胡坐あぐらをかき、腹の前で手を組んで目を閉じた。

 脳裏に竹林が浮かび、さらさらと風に揺れる竹の葉が囁き始める。

 手足の知覚がぼんやりと曖昧あいまいになり、宙に浮いているような感覚に包まれた。


 そうしてしばらく瞑想していると、轟が戻ってきた。


「腕のいい心霊医が、訪問診療で隣の県に来てるらしい。

 それが終わったら、こっちに来てくれるってよ。

 ただ、到着は夜になってからって話だった」


 雪乃が寝ているので、音量は控え目だ。


 瞑想から戻った魁が、口を開いた。


「そうですか……それは良かったです……

 重ね重ね、ありがとうございます」


「なあに、元はといえば俺のミスでこうなったんだしな。

 それに、身内のために動くのは当然だろ」


 轟は魁へ頷いた。


「あと、その先生に状況説明して応急手当でもできねえか聞いたんだが、患者が獣人なら、とりあえず寝かせとけとさ」



 今のところ、できることは無いようだ。


 魁は、屏風の向こうに寝ている雪乃を想い、しんみりと笑った。


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