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【④-4/6】【15】決死の訓練場


 かい雪乃ゆきのに背を向け、駆け下りるのに適した参道の中央に移動した。


 それは、雪乃を寝かせた場所から離れるという意味もある。

 

 その間に、魁が浴びた液体が黒い煙になって霧散していく。

 体液というよりも、"陰の気"が濃縮されたものなのだろう。

 幸い、今のところ気分が悪くなったり痛みが出たりといった症状はない。


 参道の中央から、何段か上の参道でうめく化物を見上げる魁。


 化物は未だ健在。


 腹部に刺さっていた棒を排出して体勢を立て直しつつあるが、依然として脚と腹部からはどす黒い液体が流れ出し続けている。


 化物が動き出すまで僅かに余裕があると踏み、今後の行動についての作戦を練る。


「雪乃から引き離しながら、隙を見て脚を一本ずつ落としていけば――」


 自分の攻撃が通用するなら、時間を掛ければ化物を倒せるのではないか。

 敵の脚を破壊したという事実に、魁は多少なりとも高揚しており、攻める、という選択肢について考えていた。


 だが、その考察は全く無意味だった。


 よろよろと立ち上がった化物から、ずるり、と新しい脚が生えたのだ。


 何度も攻撃を加えてやっとの思いで破壊した脚が、またすぐに生えてきた。

「再生、するのか……」


 見れば、いつの間にか化物の腹部にあった傷も塞がっており、体液の流出も止まっていた。


 魁は、そのとき理解した。

 どれだけ脚を砕いても文字通り"足止め"にしかならず、自分だけでは倒しきる事などできないと。


 そうなると、残った選択肢は逃げることだけだが――

 今、負傷した雪乃を木の裏で休ませている。


 魁が化物と距離を取り過ぎると雪乃に注意が向く可能性があるため、今度は魁がおとりになって雪乃から遠ざけるように化物を誘導する必要があるのだ。


 それに、今回は雪乃のサポートもない。

 魁は、雪乃のような防御能力を持っていない。

 攻撃を食らえば、おそらく致命傷に近いダメージがあるだろう。


 今正に、決死の逃走が始まろうとしていた。


「さあ来い! 俺はここだ!」

 杖で近くの木を叩き、化物を挑発する魁。


「クラ……ウ」

 化物も魁を認識したのか、地面を踏みしめるような足の動きでゆっくりと前進する。


 化物は、そうして数歩進んだところで体を屈め、突然魁に向かって跳躍した。


 予想外の行動に、魁は一瞬動揺(どうよう)する。

「うおっ……」


 魁は動揺から素早く立ち直ったが、初動が遅れた。

 冷静且つ的確に対応しなければ、待っているのは死だ。


 雪乃を寝かせた木からは離れるよう、参道の下り方向に横っ飛びで逃げる魁。

 先程まで魁が居た地点に落下した化物は、回避した魁へ鞭を飛ばす。


 受け身を取り、化物の鞭による攻撃を認識した魁。

 しゃがみ状態から、続け様に参道上を横へ跳び避ける。

 ギリギリの回避なので全く余裕はないが――


「そんなもんか? ほら、当ててみろ!」

 それでも雪乃の安全のため、挑発を繰り返して自分の存在をアピールする。


 化物の攻撃を回避しながら、魁は自分の体に起きている変化も再認識した。

("力"の放出を意識すると身体能力が上がるみたいだな……)

 なんとか立ち回れているのは、おそらくその恩恵だ。


 魁目掛けて跳躍し、着地後に魁が離れていれば鞭で、近ければ鎌で魁を狙う化物。


 挑発しながら薄氷はくひょうを踏む思いで化物の攻撃を避け、付かず離れず参道を下る魁。


 一連の応酬を何度も繰り返すうち、化物から雪乃を引き離すことはできたが――


(マズイな……)

 魁は、徐々に体が重くなっていくのを感じていた。

 山道である参道を往復し、化物相手に激しく動き回っているとはいえ、体力が尽きるには早すぎる。


(やっぱり限界が近いのか……脚への攻撃が無駄になったのは痛いな)


 魁のまとう炎が、どんどん弱まっていく。


 魁の"力"が衰えてゆくことを喜ぶでもなく、化物は淡々と攻撃を続ける。


 辛うじて鞭はかわし、続く化物の跳躍も、なんとか落下範囲から外れた。

 鞭の追撃に備える魁。


 だがここで化物は、木に脚を掛けて落下軌道を変えてきた。


「なにっ!」


 化物の重量に耐え切れず、足場になった木に亀裂が入る。


 魁が避けた先へと軌道修正し、化物が魁の頭上へと迫る。


 魁は、再度横に跳んで落下範囲から抜けるが、体勢を崩す。


 続く鞭の攻撃は転がるように回避するしかなかった。


 鞭を回避してから顔を上げて化物を見ると、間もなく魁の頭上に差し掛かろうとしているところだった。

 魁は地面に横たわった状態で、対応する猶予ゆうよも無い。


 どうやら、ここまでのようだ。


 今から回避行動を取っても間に合わない。

 落下してきた化物に圧し潰されるか鋭い脚で串刺しになるかのどちらかだろう。


「どうせなら、最後に一撃……!」


 とどろきが来るまで雪乃が襲われないよう、少しでも時間を稼げれば――


 そんな思いで最後の力を振り絞ると、僅かに白い炎の勢いが戻った。


 上半身を起こしながら、辛うじて落下してくる化物目掛けて杖を突き出すことができた。


 だが、魁と化物の間に巨大な影が割り込んできたため、魁の突きは化物に届かなかった。



「遅れて済まねえ」



 化物の体を両手で受け止めた大男は、涼しい表情のまま魁を振り返った。



とどろき……さん……」


 魁は、思わず突き出した杖を取り落とした。


「今までよく耐えた。姿が見えねえが、雪乃も無事だな?」

 化物を受け止め、持ち上げたまま魁に問う。


 轟は全身にゴツゴツとした岩を纏っていた。

 どうやら、この岩は轟の"力"が実体化したものらしい。

 よく見ると、その岩は、ほのかに透けており、轟の体がうっすらと見えていた。


 だが、一見すると本物の岩のように見える辺り、それだけ轟の"力"が強大である証拠なのだろう。


 化物は、ようやく轟を認識した。

 すぐに鋭い脚の先端を内側に向け、抱き込むように脚を閉じて轟を刺し貫こうと蠢く。


「轟さん!」

 化物に動きに声を上げる魁。


「おっ、と」

 無造作に、ポイっと化物を投げ捨てる轟。


 落下の大音響を伴って地面に転がった化物は、仰向けになって、じたばたと脚を動かす。

 とりあえず、起き上がるまで攻撃はしてこないだろう。


 魁は、化物を軽々と投げ捨てた轟に瞠目どうもくする。


 轟も魁と同様に自身を強化しているのだろうが、轟の力は明らかに人間の限界を超越しており、魁とは比べ物にならない。


 衝撃冷めやらぬままではあるが、轟への報告が最優先にした。


「雪乃は怪我をしていますが、無事です。 ……こいつの鞭を食らって動けなくなったので、少し上ったところにある、木の陰に寝かせています」


 地面で仰向けになったまま、力なく告げた。


 魁は怪我こそないものの、最後の一撃に全ての"力"を使い果たしてしまい、這いずるか転がるかくらいしかできそうにないのだ。


「そうか。無事か……」

 魁に頷く轟の表情が安堵に緩む。


「……オメェはそこで休んでろ」

 轟が化物の方を振り返ると、起き上がって体勢を立て直しつつあった。


「そいつは、突っ込んでくるか、ジャンプして上から潰してきます。

 その後間合いが近ければ鎌で、少し離れていれば鞭で追撃してきます。

 それと、なんとか脚を一本折れたんですが……すぐ再生しました……」


 化物と対峙する轟に向け、化物の攻撃パターンと、再生能力を伝えた。


「再生か。だろうな。何にしても、了解だ」

 魁へ軽く頷くと、轟の重い足音が化物へと走り寄る。


 それに気づいたのか、態勢を立て直した化物が轟に向けて鞭を飛ばす。


 魁は鞭を避けていたが、轟はそれ程機敏ではないようで、強烈な鞭の攻撃をまともに食らってしまう。


 咄嗟とっさに打たれた部位へ手を当てて立ち止まる轟。

 だが、纏っていた岩にビシリとヒビが入ったものの、轟本体にダメージは無いらしい。

 轟が気合いを発すると、岩はすぐに修復された。


「強えな。なんでこんなヤツがここに居んだ?

 こんな気配は無かったってのによ。

 何か曰くがありそうだが……まあいい。考えんのは後だ」


 強烈な鞭の攻撃をものともせず、化物に肉薄する轟。


 大きく振りかぶって拳を振り下ろすと、外殻の砕ける音を伴って轟の拳が化物の胴体を貫いた。


「ギィェェェェェェェェェェェェェェ!」


 大音量の不快な絶叫。

 顔をしかめながら肘までめり込んだ腕を引き抜くと、轟の腕はどす黒い液体にまみれていた。

 胴体の大穴からは、盛大にどす黒い液体が吐き出される。


「うるっせえなあ……怨念とかそういうヤツは、襲う側だと一言二言しか喋らねえのによ。反対の立場になると、そうやって喚き散らすよなあ」


 更に一歩踏み込んで轟が右に左に拳を振るうと、化物の腹から生えている一番前の脚が一本二本と千切れ飛ぶ。


 前方の体重を支える脚を失ってバランスを崩した化物が前のめりに倒れ込んだ。


 轟の猛攻は続く。


 前のめりの状態から鎌を振ろうと振り上げた両腕は、轟によって引き千切られた。

 不快な絶叫を垂れ流し続ける化物に、再び顔をしかめる轟。


「そんなに退治されるのが嫌なら、襲ってくるんじゃねえよ」


 大穴が開いている胴体をもぎ取って二つにねじ切り、それぞれ遠くへ投げ捨てる。


「また生える前に、終わらせねえとな」


 腹と足のみになった化物に雑な蹴りを入れると、腹部の前半分が砕けた。

 更に踏み込み、頭上で組んだ両手を腹部へと振り下ろす。

 外殻の砕ける音と共に腹部の上面は両断され、内部にあった液体が辺りに流れ落ちる。


 轟の前には、脚が四本残った腹部の残骸。

 ぐったりして動きを見せないが、このままではまた再生してしまう。


「仕上げだ」


 化物の脚を一本掴んで持ち上げると、残り三本の脚と腹部の残骸が、だらりと地面に広がる。

 掴んだ足を残りの脚や残骸ごと乱暴に振り回し、勢いがついたところで――


「砕けろ!」


 一番近くに生えている木に化物の残骸を全力で叩きつけると、残骸は粉々に砕け散り、轟の手には千切れた脚の先端のみが残った。


 次の瞬間、粉々になった残骸も、轟の手に残る千切れた脚も、一斉に黒い煙へと変化し始めた。


 同時に、森のあちこちから、もうもうと黒い煙が上がり始める。


 一時的に辺りは黒い煙で覆われたが、風が参道を一撫ですると、黒い煙は消えてなくなった。


 素手で化物を解体した結果、化物の体液を全身に浴びた轟の姿は凄惨せいさんなものになっていた。


「よし、終わったな」


 轟が両腕を下に向けて振り抜くと、轟の腕に付着していた化物の体液が地面に飛び散った。

 だが、それもすぐ煙となって消滅した。


 魁は、大きく息を吐く。


(再生する前にバラバラにするのが正解ってことか……

 俺は、あんなのとやり合おうと思ってたんだな……

 無謀にも程がある……)


 魁は、結果的に愚行に走っていた自分自身に苦笑した。


 轟は辺りを見回したり地面を調べたりしていたが、問題ないとみて魁の方へ戻ってきた。


 やはり、一歩ごとに化物の体液は黒い煙となって消えていく。

 魁の傍まで来た頃には、轟の体から化物の体液は消えていた。


「雪乃の勘は正しかったな……すまねえ」

 横たわる魁の傍らにしゃがみ込み、謝罪の言葉を口にする轟。


「あの強烈な悪意の塊みたいな気配に変わる前は、まるで隠れてるみたいで、かなり近寄らないと感知できませんでした。

 あんなのは、相当近寄らないとわかりませんよ」


 横たわったまま、魁は応じる。


「監督者として、気付かなかった、じゃ済まねえんだが――」

 轟は、魁の状態を確かめながら渋い顔をする。


「もう、いいですよ。俺達、生きてますし」

 起き上がることはできなかったが、轟へ手を振って意思を伝えた。


「ん。わかった」

 轟は頷き、魁もまた頷き返した。


「よし。じゃあ、ひとまずこの話は終わりだ」

 轟は魁の上体を起こし、手近な木に寄り掛からせた。


「オメェは怪我もねえみてえだし、単なるガス欠だ。しばらく休んでろ」

 轟は、魁の肩に手を置いた。


「俺は雪乃を連れてくる。参道の向こうの方か?」

 轟は、そのまま目顔で方向を問う。


「はい。そちら側の角にある、大木の裏側です。

 気を失ったので、呼んでも返事は無いかもしれません。

 ……すみませんが、雪乃を宜しくお願いします」


 木にもたれて座ったまま、頭を下げる。


「おう。雪乃の方は怪我してるんだろ。早く手当しねえとな」



 轟は魁に頷いてから立ち上がり、のっしのっし、と参道を上って行った。


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