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【④-3/6】【14】一般的でない訓練場


 かい雪乃ゆきのが道を下り始めてから三〇分程経過した。

 大木がある参道の角を曲がったところで、木々の隙間から中間地点の石碑が見えてきた。


 初めに"黒い塊"を散らした場所の近くまで下ってきたのだ。


「雪乃、そろそろ作業再開みたいだ」


 雪乃にそう声をかけ、折り返した道を進もうとしたとき、背後にある大木の向こう側から鋭い鳥の鳴き声が聞こえた。


 あまり聞かない鳴き声だったので何気なく振り返ってみたが、視界の大部分は参道端の大木で遮られ、向こう側は見えなかった。


 どんな鳥なのか少々気になった魁は、道を戻って参道から抜け出し、大木の横に移動する。


 その場所から鳥の鳴き声がした森の奥を見てみたが、絶妙な配置で木が重なっており、奥の方までは見通すことができなかった。


「鳥は見えないが、この気配は……?」


 奥の方は見えなかったが、そちらからは、この山や参道付近の"黒い塊"とは異なる暗い気配をかすかに感じた。


「にゃ! にゃ!」

 魁を追って大木の横に来ていた雪乃も同じものを感じたのか、鋭く声を上げる。


「ああ。何か……ありそうだな」

 鳥の声で偶然参道の外側に注意を向けたからこそ、微かな気配に気付けたが、そうでなければ素通りしていただろう。


 実際、社へと上っている最中はこの気配に気付かなかった。


 魁には【あやかし】の知識も経験も皆無なので、この気配が何なのか推測はできなかったが、放っておいていいものでもなさそうだった。


 雪乃を"すわり式"で肩に乗せ、参道を外れて大木の向こう側へと踏み出す魁。

 見通しが利かないだけなので、通り抜けられない程に木が密集しているわけではない。

 多少歩き辛くはあるものの、それ程苦労せず進むことができた。

 気配の元を雪乃と確認し合いながら奥へ進むと、程なくして異質な気配の源を発見した。


 それは、空間に開いた穴のような"闇の塊"だった。


 じっと見ていると意識が吸い込まれてしまうのではないかと錯覚する程に、一見して危険な代物だと理解できる禍々《まがまが》しさだ。

 だが不可解なことに、その禍々しさに反して外側に漏れ出ている気配は、参道の入り口どころか、すぐそこの参道からですら気配を感じ取れない程に微々たるものだった。


 まるで復讐の時まで隠れ潜んで力を蓄えているかのような、そんな印象を受けた。


 雪乃は、その気配を感じていたのだろうか。

(感知能力が高いのか、単なる勘なのか。それとも何か別の理由なのか……?)


 魁が考えに沈みかけると、雪乃が声を上げた。

「にゃあ……!」

 雪乃は全身の毛を逆立てて警戒している。


「ああ。これはあまりいいモノじゃなさそうだ。雪乃が感じてたのは、これだったんだな」


「にゃ……にゃあ」

 見るからに禍々しい"闇の塊"に怯んだのか、ためらいがちに同意する雪乃。

 

 魁は、眼前の禍々しい塊を観察しながら思案していたが、"何かあったら戻ってこい"という轟の言葉に従うことにした。


「……一旦戻って、轟さんに報告しよう。下手に手を出したら、まずい気がする」

「にゃっ」

 "闇の塊"に背を向け、二人が参道へ戻ろうとしたとき、


「ニ ガ サ ヌ――」


 聞く者の魂に突き刺さる様な怨嗟えんさの声が、魁の背に浴びせられる。

 そして、もとより薄暗かったこの山を覆うように、より暗く深い影が差した。


 魁達には知る由もないが、その影は参道の一帯を覆う"結界"だった。



 "ニガサヌ" ための。



 それと当時に、"闇の塊"に赤黒い裂け目が現れ、その裂け目から、腐った血液のような赤黒い液体が大量に地面へ吐き出された。

 吐き出された赤黒い液体からは、先程までの隠れ潜むような気配とは打って変わって、隣の山からでも感知できそうな悪意と殺意が放射されていた。


 おぞましい声、山を覆う影、殺意にまみれた醜悪しゅうあくな気配。

 全ては、あっという間の出来事だった。


 魁が異変に気付いて辺りを見回した瞬間、その赤黒い液体溜まりから鞭のような触手が伸び、横薙よこなぎに魁を襲う。


 雪乃は一瞬で獣人に変化し、魁の肩を蹴って空中へ飛び上がった。


「魁!」


 頭上からから雪乃の声が走る。

 

 魁は、雪乃の声が届くより前、雪乃が肩を蹴った瞬間から回避動作を始めていた。


 膝をついて体を屈め、頭上に攻撃をやり過ごす。

 そして、素早く体勢を立て直してから杖を構え、敵に向き直った。


 魁を捉え損ねた鞭が魁の背後にある木の表面を打つ。

 樹皮が弾けて花が咲いたように引き裂かれた。


「嫌な感じがしてたのは、さっきの黒いのじゃない!

 中に隠れてた、こいつの方だよ!」


 雪乃は木の高い位置に張り付いたまま叫ぶ。

 瞳孔は大きく開かれ、全身の毛が逆立ち、手の爪は鎌のように長く伸びていた。


 雪乃の言葉が確かなら、ここで取るべき行動は――


「轟さんに――」


「やだよ!!!」


 ――知らせに逃げろ、と言いかけたところで、拒否の叫びを返された。


 声に反応してか、液状の化物は木に張り付いた雪乃へと標的を変えた。

 風を切って鞭が迫るも、雪乃は素早く近くの木に飛び移って回避する。


 雪乃を捉えられなかった赤黒い鞭は、再び樹皮の花を咲かせた。



 猫又の里で療養中、雪乃は猫又として生きる上での教えを受けていた。

 生活についての知識や、猫又の間で取り決めたルール。

 そして、その驚異的な身体能力の活かし方。



 木々の間を縫うように飛び回り、およそ人間では不可能な立体機動で次々繰り出される鞭をかわす。


「私はしばらく、だいじょぶだから! 魁は早く行って!」


 魁は一呼吸の間逡巡(しゅんじゅん)したが、意を決して化物に背を向け、参道へ向かって斜面を斜めに駆け降りた。


 ただ躱すだけでは、いずれ雪乃にも限界が来る。

 つまり、魁と雪乃の二人に攻撃を分散させて負担を軽減する必要があるのだ。


 だが攻撃対象を分散させるといっても、魁が足場の悪い参道の外で狙われた場合、攻撃を回避することはできない。

 したがって、雪乃がおとりになってくれている間に一刻も早く足場のしっかりした参道に戻る必要がある。


 単に斜面を下って最短距離を逃げるだけではダメ。

 参道上を道に沿って逃げるのは、いくら足元の状態が良くても時間がかかりすぎる。

 参道の端だと足場の悪い茂みが長く、参道まで戻った意味が無い。


 しかし、くねくねと蛇行した参道の中央部分は、端よりも参道間にある茂みの距離が短く、およそ等間隔になっている。


 魁に攻撃が向いても素早く茂みを抜け、足場の確かな参道上で回避できると踏んだ。


 一段下の参道へと辿り着いた魁は、素早く参道の中央付近まで移動した。


 間断なく鞭の攻撃は続いており、そこかしこで樹皮の破片が舞っている。

 少し離れただけで雪乃の姿は捉えられなくなっていたが、化物の攻撃が続いているのは雪乃がまだ無事な証拠だ。


「雪乃! 逃げるぞ!」

 魁は、樹上を飛び回っているであろう雪乃に向けて叫ぶ。


「わかった!」

 どこからか返ってきた雪乃の声を確認し、魁は参道中央付近の茂みを真っ直ぐ駆け下り始める。


 雪乃の方も樹上を飛び回って攻撃を避けていたが、魁の声を潮にふもとへ下る方の木に飛び移る先を変えた。


 ある程度距離が離れて化物の姿が見えなくなると、雪乃への攻撃は止んだ。


 とはいえ、木が生い茂った山の斜面は視界が悪い。まだ五〇mも離れていないだろう。


 相変わらず強烈な殺意は放射され続けていたが、今のところ、その出所に変化はない。


 気付けば、雪乃はいつの間にか追いついており、魁の頭上に張り付いていた。


 激しく動き続けていたことに加え、突然化物に襲われるという恐怖と緊張で、雪乃は息が上がり始めている。


「追ってこないねー! あきらめてくれたかな?」


 雪乃も"そんなわけない"と理解している。

 "そうであってほしい"という願望だった。


 だがこの状況では、気休めを口にしている場合ではない。

「俺が遅くて悪いが、轟さんと合流するまで後方の確認を頼む!」


 魁も人間としてはかなりハイペースなトレイルランをしているのだが、樹上を飛び回る雪乃よりもはるかに遅いことは確かだ。


「わかった! がんばるから! あとで、ごほうびね!」

 間近の樹上から、気を入れ直した雪乃の声が降ってくる。


(なんとか、少しでも下に――)

 魁がそう考えた矢先に、早くも異変が起きた。


 周囲を覆うように放射されていた殺意まみれの醜悪な気配が、突然収束し高密度なものに変化したのだ。


 それは明らかに魁と雪乃へ向けられており、どんどん近づいてくる。


「雪乃! 追って来たぞ! 早い!」

 魁はペースを落として走りながら振り返ったが、まだ目視での確認はできなかった。


「多分、すぐに追いつかれる! 姿が見えたら教えてくれ!」


「わかった! とりあえず今のところは、まだ見えないよ!」


 少しでも先に進むために魁は再びペースを上げるが、いくらも進まないうちに雪乃の声が響く。


「あ! 見えた! さっきみたいに、にゅるっとしてない!

 大きくて頭の無いカマキリみたいなのが、地面走ってくる!」


 雪乃の報告が、木の上から届く。


「……よし! 今度は俺が当たる!」


「私はどう動けばいいの!」


「雪乃は隙を見て何か投げて攻撃してくれ!

 雪乃に注意が向いたら、今度は俺が攻撃して注意をく!

 俺に攻撃が向いたら、また雪乃が攻撃だ!」


 雪乃には先に轟と合流して欲しかったが、先程と同じく拒否されるだろう。

 二人で相手をすれば雪乃も余裕をもって動けると判断し、交互に敵の相手をすることにした。


「これだけの気配なら、轟さんも気付いてこっちに向かってるはずだ!

 轟さんが来るまで、慎重に立ち回ろう!」


「うん! わかった! 必ず一緒に帰ろうね! だいすき!」


「当然だ! ……さあ、来るぞ!」

 魁は茂みを抜けて参道の上で身構え、雪乃は魁の頭上で身を潜めた。


 斜面の土をえぐりながら、木々の間を縫って二人へと迫る化物。


 全体の色彩は変わらずに赤黒いまま。

 雪乃の言った通り、"全身赤黒くて頭が無いカマキリ"のような物体だった。


 化物の高さと尻の先までの長さは、共に約三m。カマキリのようなフォルムのため、横幅は細身で一m強か。

 頭があるべき場所には、つるりとした突起があるが、顔らしきものは無い。

 前脚は鎌の形をしており、片方の鎌はだらりと垂れさがって鞭のようにも見える。

 カマキリ同様の形をした細長い胴体からは、硬質で尖った脚が六本生えている。

 昆虫のカマキリと違い、鎌と鞭が付いた腕のような前脚を入れると、全部で八本の脚があった。

 それと、カマキリとの差異がもう一つ。

 本来カマキリは胴から脚が生えているのだが、この化物が胴から生えているのは腕のみで、カマキリなら柔らかな内蔵の詰まっている、腹から六本の脚が生えていた。


 昆虫的な形状故に線が細い印象を受けるが、何しろ大きさが尋常じんじょうではない。

 野生動物の体格に当てはめると、足が長く鎌を持った機敏なサイ、といったところだろう。

 体重がサイと同程度とすると、体重は二t以上――あの愛らしいトラやライオンの十倍程度の質量を有していることになる。



 ――魁達を追う勢いのままに突っ込んでくる化物。

 今回の標的は、のろのろと地面を走って逃げる魁の方だ。


 相手をしながら逃げるという作戦だったが、突っ込んでくる化物を後方にはかわせない。


 ひとまず参道の上を横方向に移動して化物の進行方向から逃れた。


 突進を回避された化物は停止のため地面に足を突き刺すが、山の斜面はそれ程強固な足場ではない。

 茂みの植物をなぎ倒し、地面を抉りながら魁より一段下の参道まで滑り落ちる。


 化物が自身の停止にかまけている間、魁は素早く参道を駆け下りて右側面から化物に接近する。

 横から接近した魁に反応し、魁の首を狩るべく魁へ向けて鎌を振る化物。


 接近しながら間合いを測っていた魁は、この鎌は届かないと判断した。

 鎌を振りきった後におそらく隙ができると予測し、化物へ飛び込む態勢で鎌を待ち構える。


 だがその目論見はあっさりと覆され、鎌の刃が突然長く伸びた。

 魁を攻撃範囲内に捉え、首筋に鎌が迫る。


「なにっ!」

 慌てて頭を下げ、辛うじて鎌を避ける魁。

 

 化物は鎌を振り切った後に隙ができたが、魁も体勢が崩れて反撃できなかった。

 だが、魁は一人で戦っているわけではないのだ。


「雪乃! 今だ!」

 雪乃は化物の背後に身を潜め、手近な枝を切り取り尖らせた棒を手に、機をうかがっていた。

 魁の声に応え、気合いと共にカマキリの腹部分へ尖った棒を投擲とうてきする雪乃。


「にゃぁろめぇぇぇっ!」


 雪乃が投げつけた尖った棒は、ほんのり光を帯びていた。

 おそらく雪乃の妖力が宿っているのだろう。


 ぐぶぐぶと汚泥に飲み込まれるような粘性の湿った音を立て、雪乃が投げた棒が背中側からカマキリの腹を貫いた。


「キェェェェェェェェェェェェェ!」


 ガラスや金属を引っ掻いたような不快な叫びが響き渡り、化物は棒に貫かれた腹からどす黒い液体を噴き上げ、地面や周囲の木を黒く汚していく。


 ダメージがあったようには見える。

 何より、叫び、もがく化物は、隙をさらしているのだ。


 この液体を浴びても害は無いのか。

 魁は一瞬迷ったが、今が攻め時と意を決した。

 化物の体液に構わず素早く踏み出す。


 同時に、魁の体と杖を包む白い炎が一際激しく燃え上がる。


 勢いを乗せて化物の右前脚に杖を叩き込むと、瓦が割れるような音を響かせ、脚の外殻が砕ける。


 魁は、化物へ一撃入れてから気付いた。

 体が軽く、いつもより動きもキレている事に。


「まだいける!」

 魁は杖を引かず、突き刺さったままの杖を更に蹴り込むと、外殻の砕けた化物の脚に杖が食い込んだ。


「まだだ!」

 間髪入れず蹴りを放つ魁。

 更に深く杖が食い込む。


 そこで一呼吸置き、化物の様子に注意を払う魁。

 雪乃が投げた木の枝は刺さったままだが、腹から派手に噴き出していた液体は勢いを失い、どろどろと流れ出る程度になっていた。


 化物が動き出す気配は、まだない。


「よし! もう一発!」

 化物にまだ動きがないと見て、三度目の蹴りを繰り出し、より深く杖を食い込ませる。


 おそらくは、あと一歩。


「これで……どうだ!」

 激しく気合いを乗せた声を発し、トドメとばかりに化物の脚に食い込んだ杖へと回し蹴りを繰り出す魁。


 再び瓦が割れるような音を響かせて脚の裏側に残った外殻が砕け散ると、遂に化物の脚が千切れ落ちた。


「キェェェェェェェェェェェェェ!」


 化物は、また耳障りな絶叫を発した。

 脚を一本奪われた化物はバランスを崩し、傷口からはどす黒い液体を撒き散らしながら魁の方へと倒れ始める。


 その時魁は、一瞬足から力が抜けるような感覚に襲われた。

「くっ! なんだ……!?」

 地面に片膝を突いてしゃがみ込む魁。


 その間にも、化物の体は魁目掛けて倒れ込んでくる。

 

 幸い、脱力はほんの一時のものだった。


 魁は化物の体の下を抜けて参道の茂みへと抜け出し、そのまま一段下の参道まで移動することができた。


("力"を使った反動か、或いは"力"が尽きかけてるのか……)

 断定できる材料が無い以上、考え込んでも意味が無い。


「雪乃! 今のうちだ! 距離を稼ぐぞ!」

 魁は雪乃に向けて叫び、一足先に下り始める。


「うん!」

 雪乃は張り付いていた木を蹴り、化物の上を飛び越えようとしたが――


 魁と雪乃は、この得体の知れない化物に対する認識が甘かった。


「ニガ……サヌ……」


 怨念と殺意に満ちた声と共に、鎌が鞭のように変形し、空中の雪乃を襲った。


 雪乃は咄嗟とっさに体を丸め、腕と足で腹部を守るよう防御態勢を取った。

 鞭で打たれた部位から、"バリバリバリッ"と、霜柱を踏み砕くような音が響く。

 雪乃は右腕と右足を打たれて吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。


「うぐうううううぅ……」

 うめき声を上げる雪乃。


 麓の方向に殴り飛ばされたのが、せめてもの救いか。

 魁が向かう先に、木に叩きつけられた雪乃が落下してきた。


 魁は雪乃に駆け寄り、抱き起こす。

「雪乃! どこをやられた!」


「ううっ……あはは~……しっぱいしちゃった~……」


 雪乃の体を手早く改めたが、幸い流血や裂傷などは見当たらない。

 あの音は、硬質化した被毛が砕ける音だったらしい。

 魁が思っていた以上に被毛の高質化は防御能力が高く、致命傷は免れたようだが、右腕と右足が力なく投げ出されたままになっており、被毛がむしり取られたように乱れていた。


「毛を全部かた~くすると、あんなに動いても、胸もじゃまにならないんだよ!」

 無理に明るく振る舞う雪乃が痛々しい。

 化物の形態は違うが、鞭の攻撃は木が爆ぜる程の威力だったのだ。無事なはずがない。


 しかし雪乃のやせ我慢も限界らしく、次の言葉は、か細く弱い声だった。

「……折れてるかはわかんないけど……すぐに動く感じはしないから、もう……」


 それを最後まで言わせず抱き上げると、雪乃から苦痛の声が漏れる。

「っ……」


 防御しきれず体内まで伝わった鞭の衝撃に加え、木に叩きつけられて地面に落下したダメージもある。

 しばらくは動くことさえ難しいだろう。


 魁は、うめく雪乃を曲がり角にある大木の裏にそっと寝かせ、

「……雪乃はここで、じっとしてるんだぞ」

 そっと口づけた。


「魁……死んじゃやだよ……逃げ、て――」

 その言葉を最後に、限界に達した雪乃は気を失った。



 雪乃の顔の被毛は、流れた涙で、しっとり濡れていた。


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