【④-2/6】【13】一般的な訓練場?
翌日。
轟の事務所を出てから約四時間。
途中で昼食を取り、ようやく目的地である北関東の都市近郊にある寺へ到着した。
時刻は午後一時を過ぎていた。
訓練場の麓にある寺自体はそれ程大きくないが、駐車場は広い。
轟の車である"ハンヴィー"は装甲車のように大きくゴツいが、魁の車も"ピックアップトラック"なので、荷台付きでかなり大きい。
幸い駐車スペースに困ることは無かったので、轟とは少し離れた場所に、余裕を持って車を停めることができた。
魁は、轟の事務所で働いていた頃に渡された、胸に"轟組"と刺繍がある黒のツナギを着ていた。
それに加え、魁が杖術の稽古で使っている長さ一五〇㎝程の"赤樫の杖"を持参している。
「前に渡したツナギと、オメェが使い慣れてる武器を持ってこい」
という轟の指示に従い、準備してきたのだ。
杖を手に猫姿の雪乃を肩に乗せて車から降りる魁。
八月下旬。季節はまだ夏だ。
雪乃が魁の首に巻きつくと、お互いに暑い。
試行錯誤の結果、片方の肩にだらりと乗ることになった。
この運搬方法は、雪乃と協議の末"だらり式"と呼ぶことにした。
雪乃は全身真っ白な毛並みなので、遠目で見ると肩にタオルを掛けているようにも見える。
魁と同じ黒のツナギを着た轟も車から降りてきた。
轟は手ぶらだ。
「一応依頼者に話通すからよ。一緒に来いや」
轟は魁を伴って寺の事務所へと向かった。
住職の話が始まってからの数秒間で、菓子盆に盛られた結構な大きさの大福が、幾つか轟の胃袋へ吸い込まれた。
「最近、清掃や参拝で社へ向かう途中で体調が悪くなったり、転んで怪我をする方が増えてきまして」
「結構溜まってきたんすね。じゃあ、裏山の社に向かう"参道の掃除"で、いいんすね?」
住職に確認を取りながら、大福を吸い込む轟。
「はい、左様です。宜しくお願い致します」
「了解です。こいつの修業兼ねてますんで、ちょいと時間が掛かりますが。
終わったらまた顔出しますんで。
――ごちそうさんでした。美味かったです」
両手を合わせて礼を述べ、立ち上がる轟。
いつの間にか、菓子盆に積まれた大福は全て消え失せていた。
事務所の玄関で手を合わせて頭を下げる住職に会釈を返し、魁と轟は本殿の裏へと向かう。
社に向かう参道の前まで来たところで、轟は足を止めた。
「ここが参道の入口だ」
参道に石畳や階段は無く、崩れないよう道の周囲が簡単に補強されているだけだった。
その道が、つづら折りで木の間を縫うように社まで続いており、生い茂る草木で見通しが悪く薄暗い。
それ程険しくはないが、道のりとしてはかなり長いだろう。
魁が入り口から参道を見上げていると、腕を組んだ轟が一言。
「よし。行ってこい。改めて言うが、鍵は"集中"と"気合い"だ」
魁は轟へと頷き、道へ向かって一歩踏み出す。
と、轟から声が掛かる。
「ちょっと待て」
それは、魁に向けられた言葉ではなかった。
「おいおい。雪乃は残れよ。一応試験の一環だからな。昨日説明しただろ」
ぴくりと耳を動かしてから、魁の肩の上で大きなあくびをした。
それから、言葉が理解できないような素振りで毛繕いを始める雪乃。
「今更猫のフリしてどうすんだ。
"わかったにゃん☆"って言ってたじゃねえか」
ぴたりと毛繕いを止めて魁の肩の上に座り直す雪乃。
「にゃ~???」
前足を口元に当て、そんなこと言ったっけ? といった様子で首を傾ける。
「とぼけてもダメだ」
今度は反対側に首を傾げ、轟を見つめて切なく鳴き声を上げる。
「みゃぁん……?」
その瞳は吸い込まれそうな程に蒼く、轟の心を溶かし――
「媚び売ってもダメだ」
「……シャー!!」
万策尽きた雪乃は牙を剥き出して轟へ威嚇するように唸るが、それも無駄だと悟った。
魁の肩から降りて轟の足元へ近寄ると、
「に゛ゃ~~~~~」
低音で鳴いてから、轟の汚れたコンバットブーツを更に汚すべく、後足で砂をかける。
「魁はオメェのために試験受けんだぞ。オメェが邪魔してどうすんだ」
その言葉に雪乃は動きを止めた。
雪乃が魁を見ると、魁は微笑んでいた。
「にゃあ……」
雪乃は耳をぺちょりと倒し、しょんぼりとその場に座り込む。
「大して危険はねえし、何時間かで終わるからよ。その辺で遊んでろや」
腕組みのまま、足元の雪乃を見下ろした。
「……にゃあ」
ひっくり返りそうになるほど頭を上げて轟の巨体を見上げ、一声鳴く。
轟には、猫状態の雪乃が何を言っているのかさっぱりわからない。
だが、魁と一緒に行きたいという意志はひしひしと感じた。
「悪い予感がするらしいです。
それに、危険は無い、というのも腑に落ちないみたいです」
魁が、雪乃の言葉を轟へ伝えた。
「つってもなあ。ここは昔からある訓練場でよ。
それこそ何百って人間がここで訓練してるはずだが、なんかあったって話は聞いてねえし、社の手入れなんかで一般の人間も来てるんだよなあ。
……魁、オメェは何か感じるか?」
感知能力だけなら、轟より魁の方が精度が高い。
轟は魁にも意見を求めた。
「俺は"異常な気配"がどういうものかを知らないので、何とも言えませんが……
山全体から、かなり強い気配がします。
……ただ、かなりはっきりと感じるので、これは轟さんも感じているものだと思います。
俺は、こういう複雑な判断をする経験が無いですからね……
正直なところ、細かい分類まではできていないと思います」
轟と魁の言葉を聞いても雪乃の意志は変わらないようで、轟を見上げたままだった。
少し考え込んでから、
「ふーむ。野生の勘ってやつか?
……わかった。じゃあ、魁と一緒に行ってこい。
ただ、明らかにやべえ事にならねえ限り、アドバイスしたり手ぇ出したりすんじゃねえぞ」
とうとう轟が折れた。
「にゃん!」
雪乃は、しゃきっと背筋を伸ばして敬礼をし、一声鳴いた。
「いいんですか? ずっと何も起きてない場所なら、突然何か起きたりはしないと思いますが」
「雪乃は言葉が通じるからな。
手は出さねえだろうし、別に問題ねえだろ。
それに、ここでなんかあったって話はねえが、獣人を連れてきたって話もねえからな。
人間じゃわからねえ何かがあるんなら、その原因が判明するかもしれねえだろ」
轟は、ちらりと雪乃を見てから改めて山に漂う気配を探る。
探すのも調べるのもやや苦手な轟は、違和感を感じ取ることはできなかった。
しかし妖怪の雪乃が言うのなら、本当に何かあるのかもしれない。
それで、念のため雪乃を同行させたのだった。
「ま、行ってこい。何も起きなきゃそれでいい。何かおかしな事が起きたら逃げて来いよ」
轟の言葉に頷き、背を向ける魁。
今度は肩に乗らず、魁の後ろに続く雪乃。
二人は、昼でも薄暗い参道を登り始めた。
◆◆◆
――しばらく参道を上ってから、傍らに建てられた石碑の前で立ち止まる魁。
轟から、頂上までの中間地点に石碑が立っている、と聞かされていた。
この石碑がそうなのだろう。
「今のところ、何も起きないな……」
一息ついてから、辺りを見回して呟く魁。
何事もなく中間地点まで来てしまったようだ。
後ろを歩く雪乃は、道の端に寄ったり突然ジャンプしたりと遊びに夢中。
轟からサポートを禁じられたため、話しかけて来ることもない。
住職の話にあった眩暈や立ち眩みなど、何か体に影響を受けてから……と考えていたのだが、このままでは何もないまま頂上の社に着いてしまいそうだった。
何も見えないし何も影響を受けないのだから、もう適当にその辺を観察してみることにした。
("ここ"に何かあるという意識で……)
何もないように見える空間を意識的に凝視すると、視界の端に薄らと黒い何かが見えた気がした。
「ん……?」
集中が途切れると、黒い何かは見えなくなった。
もう一度集中して問題の場所を観察すると、また黒い何かがぼんやりと見えてくる。
「本当に、見えた……きっと、これなんだろうな……」
正体不明の黒い何かが見えたことに、魁は少々興奮していた。
それは、黒い煙のようなモノが直径五〇㎝程の範囲に集まっていた。
濃淡の具合から、その内部が対流している事がわかる。
「普通の煙なんかじゃないことは確かだな……」
明らかに尋常な物体ではないことは明白である。
"黒い塊"に近寄って杖で叩いてみたが、ゆるゆるとうねる動きに変化はなく、現時点では魁が影響を及ぼせるものではないらしい。
魁は、ここで初めて、この黒い何かが【妖】関連のモノであると確信を得た。
そのとき、魁の世界に対する認識が大きく変わった。
一度見えてからは、少し目を凝らすだけで"黒い塊"が見えるようになった。
社へ向かう参道を見上げると、点々と存在する"黒い塊"が見える。
「にゃあ?」
そこで初めて、雪乃から声がかかった。
「ああ、見えたよ」
後ろの雪乃を振り返ってみると、雪乃のすぐ後ろにも水溜りのような"黒い塊"があった。
見える範囲で麓の方も見てみると、道の片側を完全に塞いでいるものや、一定の速度で参道を移動しているものも見えてきた。
それらの"黒い塊"がある場所は、雪乃が飛んだり跳ねたりしていた辺りだった。
「雪乃は"黒い塊"を避けるために、あんな動きをしてたんだな。
退屈で遊んでるのかと思ったよ」
魁は雪乃の前にしゃがみ込み、雪乃を撫でる。
「にゃあ!? にゃー!」
遊んでいると思われていたことに対し、雪乃は抗議する。
「悪かった。夕食に剥きエビを付けるから、許してくれよ」
「…………にゃ」
夕食のおかずによって、和平交渉は成功した。
"黒い塊"が見えるようになったので、今度はどう"力"を覚醒させるかである。
轟は「気合を入れて殴れ」と言っていたが――
「できることを、やるしかないか……」
眼前の黒い塊に対して右足を引き、杖を握った左手を前に構える。
(心静かに、ただ無心に……)
杖術の稽古で叩き込まれた父と蒐の言葉が、体の隅々まで染み渡る。
構えの姿勢から精神を整えると、魁の体から、そして杖からも白い炎が上がる。
(おそらく、この白い炎が"力"なんだろうな)
この白い炎は、魁自身にもはっきりと見えていた。
魁は、あっさり"力"に覚醒したらしい。
思えば、父や、蒐や、轟が、魁が、暗に指導を行っていたのだろう。
また、代々赤神家の人間が武術を修めるのもスムーズに覚醒するための準備なのだと理解した。
「よし、やってみるか」
今の状態が"覚醒した状態"なのかは断言できない。
魁は意を決し、杖を強く握り直してから体を低く落とす。
短い気合い声と共に杖を突き入れると、"黒い塊"は、風船が割れるように弾けて消えた。
残心。緩やかに杖を引き戻し、静かに息を吐く。
「みゃあ!」
一連の動作が終わると、雪乃が歓声を上げた。
「できた、な」
雪乃を振り返り、笑顔を返す。
「みゃああん!」
雪乃も、何やら得意気になって魁を褒め称える。
「そう褒めるなよ。今、やっと第一歩を踏み出したところだぞ」
そう言いつつも、魁も心なしか表情が明るい。
確認のために再び"黒い塊"があった場所へ近づくと、細く黒い糸が数本、その場所に向かって伸びつつあった。
試しに杖で糸を一本切断してみたが、少し時間が経つとまた糸が伸びてきた。
(これが、轟さんの言う"陰の気"が溜まる仕組みなのか?)
雪乃も素早いネコパンチを繰り出して糸を切断してみたが、結果は同じでまた糸が伸びてきた。
「にゃ~???」
初めから"黒い塊"が見えていたものの、この糸をどうすればいいのかは、雪乃も知らないようだ。
定期的に対応をする必要があるというところからして、糸が張って少しずつ"陰の気"が滞留し、また"塊"になるのだろう。
少し考えてみたが、これ以上どうしようもなさそうだ、という結論に至った。
(戻ってから、轟さんに、これでいいのか確認するとして……)
目下、社へ向かう道を"掃除"することが先決である。
「行こう雪乃。ダメだったなら、出直せばいい」
「にゃん!」
見える範囲の塊を散らしつつ、曲がりくねった道を上っていく魁。
"掃除"に関しては、一度覚醒してしまえば後は楽なものである。
無造作に杖を突き入れれば"黒い塊"を散らすことができたので、特に手間取ることもなく社へと到着した。
山頂付近には背の高い木が無いため、社からは山の周辺を見通すことができる。
社自体は一辺が五~六m程度の大きさで、建物自体はかなり古そうだったものの手入れは行き届いており、みすぼらしい印象は受けない。
二人は周囲の景色を眺めながら社の周りをゆっくりと歩き、正面まで戻ってきたところで麓の寺を探してみた。
寺はすぐに見つかったが、生い茂る木に隠されて、今通ってきた参道は見えなかった。
そこで魁は、上ってくる途中、参道両端の曲がり角に大木が何本もあったのを思い出した。
山頂からもその大木は確認できたので、大まかにどの範囲が参道なのかを知ることができた。
(こうして上から見ると、参道がある範囲はそれ程広くないんだな)
ぼんやりとそんなことを考えていたが、いつまでもこうしているワケにはいかない。
「さて、あと半分だ。帰りながら残りの"掃除"していくか」
「にゃぁん!」
元気な返事が返ってきた。雪乃も、まだまだ元気そうだ。
社への道を上り始めてから、既に二時間程経過していた。
上りは色々あってかなり時間が掛かったが、"力"に覚醒した中間地点までの"掃除"は終わっている。
駆け足で下りれば、半分程度の時間で済むはずだ。
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