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【④-1/6】【12】もち吸い小僧 現る!?


「オメェは? 何個だ?」

 コーヒーサーバーからマグカップにコーヒーを注ぎながら、とどろきかいへと問う。


「とりあえず一つ、でいいと思います」

「一つでいいのか? よし」


 轟はマグカップをテーブルに置いた。

 そして、菓子箱からテニスボール大のいちご大福を取り出し、魁の皿に、どすっ、と一つ置いた。


 ここは"轟便利屋事務所"の裏にある轟の家で、そのリビングである。

 魁と獣人姿の雪乃ゆきのは並んでソファーに座り、轟の声を聞いていた。

 あかねの指示に従い、雪乃と二人で轟に会いに来たのだ。



 とどろき 剛輔ごうすけ 四〇歳、独身。

 身長二一〇cm、体重一五〇㎏。筋骨隆々のスキンヘッドで目つきは鋭く、口数は少な目。

 行動の邪魔になるので、サングラスやアクセサリなどは身に着けない主義。

 魁が学生時代にバイトしていた"轟便利屋事務所"を営んでおり、魁はそのまま轟の事務所に就職したため、色々な意味で魁の師匠である。

 基本的に大雑把だが、むやみに暴力を振るったりはせず、面倒見も良い。

 見た目のイメージに反して酒・煙草をやらないのは「煙草は体力が落ちるしよ。酒飲んでるとき襲われたら死ぬだろ」とのこと。

 好物は大福や求肥ぎゅうひなど、もっちりした食感の和菓子。それと肉だ。

 少年の頃に【あやかし】絡みで蒐に命を救われたため、【特殊調査員】になることを決意して蒐に弟子入りした。

 現在の階級は"甲級"であり、その中でもかなり上位の評価を受けている。



「雪乃は……大福食っていいのか?」


 轟は、魁と雪乃両方に向けて問う。

 一応、雪乃の前にも皿は置かれている。


「他のコは色々食べてましたけど……

 私は食べて、いいような、わるいような……」


 獣人姿の雪乃は、頭を右へ左へと交互に傾けて悩む。



 今日の雪乃は、ボタンのないグレーのふわっとしたブラウスに、ネイビーのフレアパンツだ。

 服はオンラインショップで注文しているが、人間とは体のバランスが違うため、最終的には、多少魁が手直しする必要がある。

 近々、オーダーメイドで服を注文しようかとも考えていた。



「コーヒーはダメですが、大福は……

 試しに、俺のを少し分けて食べさせてみます」


「あ、食べたことないから、ちょっと気になってたんだ~。にゅふ」

 魁の方を見ながら、小さく笑う雪乃。


「そうか。まだあるから、もっと食うなら言えよ?」


 轟の前には、コーヒーのマグカップと、いちご大福が山と積まれた皿。

 横には、いちご大福の箱。


「コーヒーがダメなら、雪乃は冷たい麦茶でいいか?」


 魁の前にマグカップを置いてから、冷蔵庫から麦茶を持ってくる轟。

 持ち手のついたグラスに注いだ麦茶を雪乃の前に置く。

 ノンカフェイン、熱くない飲み物、持ちやすいグラス。


「ありがとうございま~すっ!」

 雪乃は、ニコニコ顔でぺこりと頭を下げた。


「俺達が普通に食べ終わる頃には、その箱は空になってるんじゃないですか?」

 和やかな空気に笑顔を浮かべ、いちご大福にフォークを入れる魁。


 魁の言葉につられて、いちご大福の箱を見た雪乃。

 まだ二つ、いちご大福が残っていた。

 そして、次に轟の皿へ視線を移す。


 ――轟の前にある、いちご大福山の頂が、既に欠けていた。


 轟が、いちご大福を食べたような素振りは無かったはずである。

 テーブルの上を見回すが、この大きないちご大福が転がっているはずもない。


 気のせいかな? 雪乃は首を傾げる。


「オメェが来るから買った大福だし、全部食ったりしねえっつうの。

 ああ、あと"すあま"も買ってあるぜ」


 轟は、みっしりと"すあま"の入った箱を取り出し、魁を見る。


 魁は少し迷いを見せたが、轟に向かって人差し指を立てた。


 轟は頷き返し、魁の皿へ"すあま"を一つ乗せた。


 雪乃は"すあま"が箱から取り出され、魁の皿に乗るまでを観察していた。

 直径約十㎝、厚さ約四㎝程と、結婚式の引き出物などに入っていそうな、分厚く大きいものだ。

 そのまま、まばたきもせずに魁の皿に乗った"すあま"を見ていたが、別に消えたりはしなかった。


「やっぱりもう一種類ありましたね。

 だろうなと思って、いちご大福を一つだけにしたんですよ」


 魁が轟に笑顔を向ける。

 魁は"すあま"の方をメインと捉えているようだ。


 雪乃は、ちらりと魁を見てから魁の皿に視線を戻した。

 "すあま"も、いちご大福も、皿の上から消えてはいない。

 やっぱり見間違いかと、雪乃は"すあま"の箱の方へ視線を移すと――


「あっ!」


 雪乃は思わず声を上げた。


 "すあま"の数が、明らかに減っていたのだ。


 たまりかねて、轟の皿を指しながら魁に訴える雪乃。


「ねえ、魁。轟さんの皿と"すあま"の箱から、いつのまにか――」

 雪乃がその指先にある轟の皿を見ると――


「こっちも減った……」


 いちご大福山が山体崩壊さんたいほうかいを起こし、富士山のように斜面がえぐれていた。


「どうした雪乃? 何かあったのか? 轟さんの皿がどうかしたのか?」

 雪乃の様子に声を掛ける魁。


 雪乃は再び魁の方を向き、懸命に訴える。

「ほら! 轟さんの皿の上にあった大福が減ってるよ! 箱の"すあま"も!」


「ん? ああ、そうだな?」

 なぜか、魁の反応はあっさりしたものだった。


「轟さんも、気付いてないんですか!?」

 今度は被害者である轟へと訴える。


「気付いて? 別に、"変に"減ったりはしてねえぜ?」

 轟からも、あっさりとした反応しか返ってこない。


 ――雪乃は、なんだか恐ろしくなってきた。


 いつのまにか、日常的に"いちご大福"や"すあま"が消えていく世界線に迷い込んでしまったのだろうか。

 だからこそ、この世界線の轟は、あんなに大きないちご大福を山のように盛りつけたのだろうか。


 ――いや そんなワケが無い


 激しく頭を振ってその考えを追い出し、雪乃は奮い立つ。

 一緒に、ぷるぷると耳も震えた。


 きっと、"もち吸い小僧"とか、そういう類の、餅菓子を吸い込んで消してしまう妖怪の仕業に違いない。


 そんな妖怪の存在は聞いたこともなかったが、そうに違いないと無理矢理納得した。


 異常に気付いているのは自分だけなのだから、諦めたらそこで迷宮入り……というのが雪乃の心境だ。


 決意も新たに大きく頷き、耳を立てて顔を上げる。

 雪乃の目に飛び込んできたのは、轟の皿。


 その皿を見て、雪乃は目を疑った。


 体感で、ほんの十数秒、目を離していただけなのに。

 皿の上には、いちご大福がぽつんと一つ残るだけになっていたのだ。


「これでもまだ、おかしくないっていうの!?」

 轟の皿を指差し、再び魁へと訴える雪乃。


 雪乃は高らかに宣言しながら、すっくと立ちあがる。

「皆さん! これは、"妖怪・もち吸い小僧"の仕業です!」


 雪乃の様子に、魁は、はっと気が付く。


「ああ、轟さん、そういえば雪乃は……」

「ん? ああ、そういうことか」


「魁、轟さん。私が必ず、消えたいちご大福と"すあま"を――」


「なにいってんだあ? 雪乃。いちご大福なら、ちゃんとあるぜえ?」


 雪乃の凛とした声をさえぎり、やけにゆっくりとした語調で口を挟む轟。

 轟は、何かを説明しようとしているようだ。


 轟から、なにか異質なものを感じないでもない。

 鋭い視線を送る雪乃に、轟が軽く苦笑した。

 雪乃の目には、それが、ねっとりとした笑みに見えた。

 そして、轟の口から紡ぎ出されたのは――


「俺の……腹の中にな!」


 雪乃は一瞬どういう意味なのかを考えたが――


「そ、そんなわけ!!」


 あんな大きないちご大福や"すあま"を、一瞬で食べられるワケがない。

 反論しようと身を乗り出す雪乃。


「まあ、こういうことだ。見てろよ」


 と、轟は箱からテニスボール大のいちご大福を取り上げ、口に放り込む。


 口元が一度動いたように見えたときにはもう、いちご大福は、腹の中へと吸い込まれた後であった。



 その間、僅かに一秒。



 ポカンと口を開け、呆然ぼうぜんとする雪乃。

 犯人は、もち吸い"小僧"などではなかったのだ。



「も、もち吸い"入道にゅうどう"だ!!!」 

 ※入道:坊主頭のバケモノなどのこと


 びしり、と轟に人差し指を突きつける雪乃。


「人間」

 首を振る轟。


「今のでも、ゆっくり味わって食べた方だぞ?」

 魁は、のんびりと皿の上の"すあま"を切り分けながら雪乃へ補足した。


「そういうワケでな。特におかしなことはねえんだ」


 落ち着いた様子でマグカップを傾ける轟。


 雪乃にとって驚愕きょうがくの出来事ではあったが、轟と魁にとっては、ごく普通の事象であった。


 意外な真相に、雪乃は全身から力が抜けてしまった。


「にゃ~んてこったぁ~

 いちばんこわいのは人間でした~

 ぐえ~」


 投げやりな感じで天井をあおいでからソファーに倒れ込み、雪乃はそのまま笑い出す。


「あははははははは! 轟さん、食べるの早すぎ!」


 その笑いにつられるように、皆笑い出した。



 ――皆でひとしきり笑ってから、和やかな空気で雑談が始まった。


 雑談中、雪乃はいちご大福を食べさせてもらったが、

「甘いね。確かに結構おいしいけど……"かいちゅ~る"の方がおいしいかなあ」

 それほど興奮した様子もなく、普通の感想だった。


 轟は"かいちゅ~る"を、猫用おやつの一種だと思ったらしく、

「やっぱ猫は、"そういうもん"のほうが好きなのか」

 怪しむ素振りもなかった。


 そんな調子でしばらく雑談を続けていると、そろそろ本題に入ろう、という空気になった。


 蒐から説明された、"討伐実績証明"の件である。


 轟は前屈みになって足に肘を乗せ、話し始めた。


「この証明はな。【特殊調査員】に必須の、【妖】が見えて退治ができることを証明する為のもんだ。

 そんで、【妖】を退治するには"力"に覚醒する必要があるが、それにはまず"見える"ようになる必要がある」


 そんな轟の言葉に、疑問をぶつける魁。


「俺は今、何も見えないんですが、"見える"ようになるには、どうすれば?」


「集中しろ」


「……じゃあ、見えるようになったとして、"力"に覚醒するにはどうすれば?」


「気合い入れろ」


 極限まで無駄な言葉を省いた、スマートな教えだ。


「えー……」

 スマート過ぎる説明に、げんなりした表情を浮かべ、轟を半目で見る雪乃。

 一方の魁は、意味ありげに頷いていた。


「……魁、今のでわかったの?」


 疑いの視線を送る雪乃へ、魁は苦笑しながら、

「いや、全然わからん」


「えー!? じゃあ今わかったっぽい感じ出してたのは、何だったの!?」


「詳しい内容は全然だけど、どういう性質のものなのかは理解できたんだよ」


 轟は、教えられる場合はちゃんと教えてくれるし、わからない場合はわからないと言う。

 そして、言えない場合は言えないとはっきり言うのだ。

 では、そのどれでもない場合は――


 魁は轟に向けて口を開く。

「……詳しく教えても意味がないんですね? 個人の感覚による、とか」


 轟は、おもむろに頷く。

「今のは基本的なイメージで、あとは自分に合った方法を見つけるしかねえってことだな」


「やっぱりそうですか……」

 果たしてスムーズに覚醒までこぎつけることができるのかと、難しい顔をして唸る魁。


 その間に、また一つ"すあま"が轟に吸い込まれた。


 そしてすぐに口を開く轟。


「ま、とにかくやってみろ。

 討伐実績用の【特殊調査】依頼はもう受けてあんだ。

 明日行くから、オメェも車で来い」


 何事もなかったかのごとく、静かにマグカップを傾ける。


「そうですね。悩んでも意味がないなら、やってみるしかないですね」

 思考を切り替え、こちらもマグカップを傾ける魁。


 雪乃も麦茶のグラスを傾けるが、やはり"飲む"ことに慣れないため、ぴちゃぴちゃと麦茶を"舐め"ていた。


「じゃあ次は、明日行く場所について説明すんぞ」


「はい。お願いします」


 魁は頷き、いちご大福の一片を口に入れた。

 轟も、また一つ"すあま"を吸い込んでから説明を始める。


「そこいら一帯は昔から"陰の気"が溜まりやすい場所でな。

 "陰の気"が一点集まると人間に害を及ぼし始めて怪我人が出たりするんで、俺達みてえなのが"掃除"すんだ。

 こういう場所は全国にあって、早めに対処すりゃ何てこたあねえから、駆け出しの訓練場になってんだ」


「なるほど。それで、その"掃除"というのは、具体的にどんなことを?」


「"陰の気"が集まって塊になってっから、そいつを散らす作業だな。

 ただ、まだオメェはその塊が見えねえから、見つけるとこからだがな」


 二人の会話を聞きながら麦茶を舐めていた雪乃が、ひらめいた! といった様子で顔を上げる。


「そうだ! 私は妖怪だし、多分それ見えるよね!?

 なら、私がここだよって教えたらいいんじゃない?」


 ドヤ顔の雪乃に、轟から非情な一言が告げられる。

「雪乃。オメェは魁と一緒にゃ行けねえぞ」


 ドヤ顔雪乃は次第に耳が倒れていく。

「えー……なんで、だめなんですか?」


 轟はやや厳しい表情を見せた。

「これができなきゃ話にならねえレベルの初歩だからなあ。

 一人でやらねえと、対応できるって証明にならねえんだ」


「うー……」

 完全に耳が倒れ切って俯き、しょんぼりしていたが、すぐにぴこーんと耳が立った。


「!! はあ~い! わかったにゃん☆」

 俯いていた顔を上げ、笑顔で返事をする雪乃。あっさりと引き下がった。


(雪乃、何かたくらんでるな……)


 魁は雪乃の様子に何かを感じたが、

「物分かりがよくて助かるぜ」

 轟はそこまで察していなかった。


 それから、明日の準備や"力"の覚醒についての話などを終えると、時刻は午後六時を過ぎていた。


「さて。あらかた説明は終わったが、オメェから何か質問はあるか?」

 轟はそう言って、最後の"すあま"を吸い込んだ。


「特にないですね。あとはやってみないとわかりませんし」

 マグカップを傾け、コーヒーを口にする魁。

 長い話になったので、コーヒーはすっかり冷めていた。


「そうか。じゃあ、今日のところはこれで終わりにすっか」


 轟が箱に残った最後のいちご大福をつまみ上げたところで、魁は思い出したように質問を投げる。

「ああ、そういえば、明日は何時に来ればいいんですか?」


 いちご大福をつまみ上げたままで問いに答える轟。

「そうだな。九時にここを出る予定だからよ。その少し前くれえでいいだろ」


 轟は一瞬で菓子類を吸い込むため、こうして普通に菓子を持っている姿は、やや珍しい。

 テニスボール大のいちご大福も、轟が持っていると鶏卵けいらんサイズに見える。


「了解です。じゃあ、八時半くらいには来ますね」


「おう。それでいい。

 じゃあ、飯食いに……と思ったが、雪乃が店に入れねえか。

 また今度、庭で肉でも焼いて食おうや」


 言い終えると、轟は最後のいちご大福を吸い込んだ。


 轟の配慮をありがたく受け入れ、魁は軽く頭を下げた。


「では、今日はもう帰って明日の準備をします。ありがとうございました」

 ソファーから立ち上がる魁。


 それを見て雪乃も立ち上がる。

「あ、帰るんだよね? じゃあ、猫になるね」


 服が引っ掛からないよう、ゆっくり猫へと変化する。

 完全に猫に変わると、服の中から雪乃がするりと抜け出してきて、魁に何事か伝えた。


「にゃ~」


 魁は雪乃に頷くと、手早く雪乃の服を畳んで鞄に入れ、雪乃を肩に乗せて玄関へ向かった。


「明日はよろしくお願いします」

 玄関で靴を履いてから轟へ頭を下げ、玄関の扉を開ける魁。


「おう」

 腕を組んで仁王立ちの轟。


「にゃにゃ~」

 魁の肩の上から、轟に向けて前足を振る雪乃。


 魁の姿が玄関から消えると、轟が呟いた。



「腹減ったな。肉でも食いにいくか」



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