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【③-3/3】【11】父は密かに、母はバーン!


 あかねが声をかけると、静かにふすまが開いた。


 そこには、上が白で下が水色の神官服に身を包んだ、魁の父の姿があった。



 赤神あかがみ 鎮政しずまさ 六〇歳。魁の父。

 身長一八二㎝、白髪交じりの短髪で、厳めしい顔つきをしている。

 赤神家伝統の杖術と合気術に加え、代々赤神家当主に伝承される退魔と解呪の術を会得しており、【特級ロ種・特殊調査員】に認定されている。

 動物全般が好きで、神社の裏山に鳥の餌台や、野生動物の餌置き場を作っている。



「父さん……隣の部屋で盗み聞きするくらいなら、最初から部屋に居ればよかったのに……」


 魁は父の存在を察していたので、あまり驚いた様子ではなかった。


 だが雪乃ゆきのは周りを気にする余裕が無く、隣の部屋の気配に気付いていなかったため、目を大きく見開き、耳と尻尾をぴんと立てたまま固まっていた。


 蒐が座る場所を変え、鎮政は蒐が元居た魁と雪乃の正面に座る。

 そして、じろりと雪乃を睨んだ。


「雪乃よ。思いの外、早く猫又になったな。

 魁が見染めたのであれば、否とは言うまい。

 だが、赤神の嫁となるからにはだな。

 礼儀正しく、おしとやかに、三歩下がって夫を立て――」


 鎮政が雪乃に訓示を与えている最中、突然、勢いよく襖が開かれた。


 襖は、そのままの勢いで柱に叩きつけられ、

 "バーン!"

 と激しい音を立てる。


「ゆきのちゃ~ん!」


 白い長袖シャツに青いロングスカート。

 それに、チューリップが刺繍ししゅうされた赤いチェック柄のエプロン。

 魁の母、陽子だった。


 鎮政曰く、礼儀正しくお淑やかな、赤神の嫁である。



 赤神あかがみ 陽子ようこ 五六歳。魁の母。

 身長一五八㎝、長い髪には少々白髪が見え隠れ。良く言えば天真爛漫てんしんらんまんな性格で、いつもにこにこと笑っている。

 実家は退魔師の家系で【特殊調査員】についても理解しているが、陽子本人は【特殊調査員】ではない。

 この年になってもあまり落ち着きが無く、かわいいものを見ると見境なく大騒ぎするような子供っぽい性格。

 しかし家事スキル全般は完璧で、着物の洗い張りや仕立て直し、自家製の味噌や漬物作成など、現代主婦に失われた様々な技術まで網羅もうらしている。



 陽子は、どたどたと足音を立てて雪乃へ駆け寄ると、立ち膝になって雪乃を抱き締め、

「雪乃ちゃん、獣人さんになったのね! 獣人さんの雪乃ちゃんも、かわいいわね~!」

 と、大騒ぎし始めた。


「私、獣人さん初めて見るの! 本当に大きい猫ちゃんなのね! 毛並み真っ白で素敵ね~ おめめも猫ちゃんの時より大きくて、どきどきしちゃう! おてても触っていい? おっきい肉球ねえ~ ぷにぷに~きもちいい~! わ~尻尾も二本!ふとい!もっふもふ! お洋服も似合ってるわ~ しかも、すっごい細くてスタイルいいわね~ なのに、こんなに胸が大きいなんて、嫉妬しちゃう! じぇらし~めらめら~! ……私なんか、年のせいかお腹周りが弛んできちゃって、胸だかお腹だかわからくなっちゃったのにね……」


 雪乃に頬ずりし、頭を撫で、手を触り、尻尾に興奮し、一歩下がって雪乃を眺め、たわわな膨らみに嫉妬してから、遠い目で庭を見た。


 カチコチだった雪乃は、鎮政のには声も出なかったが、陽子の和やかな雰囲気に、辛うじて、

「あ、あの、こんにちはです。お義母さま」

 あまり適切な言葉遣いではないものの、遠い目で庭を見る陽子へと、ぎこちなく挨拶をする。


 その挨拶に、陽子はゆっくりと雪乃に顔を向ける。

 物憂げだった表情は、徐々に笑顔へと変わっていく。


「お義母さまだって!

 鎮政さん、お義母さまだって、お義母さま!

 あ~ 声もかわいいわ~」


 と、そこで鎮政が、

「今雪乃ちゃんに、赤神の嫁としての心構えを伝えているところだから、ちょっと待ってなさい」


 と、陽子に注意をすると、

「あら、そうだったのね~ ごめんなさいね~」

 陽子は口に手を当て「うふふふ~」と笑い、立ち膝のまま、すすっと鎮政の隣に下がり、座った。


 魁は、鎮政が今、"雪乃ちゃん"と口にしていた事に気付いたが、黙っていた。

 猫の頃から雪乃をかわいがっていたので、さもありなん、といったところ。


「さて、雪乃ty ゴホン! 私には、何か挨拶はないのかね?」


(父さん、今、また"雪乃ちゃん"って言いそうになったな)


 怒涛どとうの展開に、もう何が何だか分からなくなってきた雪乃。

 だが、ここで蒐の言葉を思い出した。

 

(――それを言うのは今じゃないし、言う相手はアタシじゃなく、魁の両親だ)


(これ……今、だよね!)

「お義父さま、お義母さま!」

 雪乃は、背筋を伸ばし、耳もピーンと立てて、前方に手を突き、



「フツツカモノデスガナニトゾヨロシクオネガイイタシマス」



 全身全霊で例の呪文を唱えながら、美しい所作で"礼"をした。


 ……沈黙。


 陽子は叫び出したい衝動を必死で堪えるため、上半身が前後左右にゆらゆら揺れていた。


 そして、鎮政は――


「うむ!」


 "お義父さま"と呼ばれた事に満足し、大きく頷いた。


 ―と同時に、陽子から歓喜の声が上がる。


「きゃ~~~! 嫁・入・宣・言! もう式挙げちゃいましょ! 思い立ったが吉日って言うでしょ! ね! 蒐ちゃんも居るし! とどろき君も呼ぶの! 神前よ! 神・前! 神・前! 神・前・よ! 鎮政さんは新郎の父兼神主ね! そうと決まれば準備準備! あ、花嫁衣裳も出さないとね~ 私の白無垢着れるかしら~ あと他に必要なものは~――」


 歌うように語り、弾むように部屋を出ていく陽子。


 魁は立ち上がりかけたが、追うのを諦め、ため息を一つ。


 雪乃は"礼"の姿勢から体を戻し、ぽかーんと口を開けたまま呆気あっけに取られていた。

 終始、陽子の勢いに圧倒されていたが、緊張は取れたようだ。

 

 そこで、ずっと黙っていた蒐が口を開く。


「陽子さんも相変わらずだね。

 まあ、今すぐ結婚ってのは後で説得するとして。

 嫁の件、アニキもいいよね?」


 半ば、こうなることを予感していたのか、蒐は落ち着き払っていた。


「うむ。結婚はしない、と言って家を出たからな。

 まさか獣人の嫁を連れてくるとは思わなかったが……

 魁は自由に生きればよい。

 魁……雪乃ちゃんが悪い妖怪でなくて、よかったな」


 もう、躊躇ためらいなく"雪乃ちゃん"と呼ぶ鎮政の言葉に、魁は頭を下げる。


「ありがとう、父さん」


 魁は、人間と結婚することは無い、と宣言してから家を出たのである。

 自分が人間の生殖本能に背いた、世間的な異端であることは理解していた。


 今日は嫁取りの話で来たわけではないが、最終的には説得するか実家と絶縁するかの二択になると思っていた、"雪乃は俺の嫁"イベントが片付いてしまったので、流れに逆らうことなく受け入れた。


 魁が長男だったら、こうもすんなりと事は運ばなかったことは間違いない。


 続いて、雪乃も手を突いて"礼"をする。

「ありがとうございます、お義父さま」


 顔は威厳を保ったままだが、"お義父さま"と呼ばれると、満足気に、うむ、うむ、と何度も頷く。


「そうだ、アニキ。そろそろ陽子さんを説得しに行った方がいいんじゃない?

 テンション上がって、チビ達に"これから魁と雪乃ちゃんの結婚式するのよ~"なんて話されたら、取り繕うのが面倒だよ」


 鎮政は少しの間思考を巡らせ、

「確かに、ありえるな……」

 鎮政はやや慌てた様子で急いで立ち上がる。


「アニキ、鎮也しずなりと美佳ちゃんも呼んできてよ。

 どうせだから、みんな顔合わせさせとこう。

 ああ、チビ達は、アニキに任せるよ」


「うむ。声を掛けてこよう。

 ――では雪乃ちゃん、また後でな」


 そうして鎮政は、速足で部屋から出て行った。


 鎮政が襖を閉めるのを見てから、

「母さんが何を吹き込んでも、俺は一向に構いませんが?」

 落ち着いた様子で、蒐へと告げる。


「いやあ、チビ達にも、そのうち伝えることになるんだけどさ。

 まだ、こっち側に来てないからね。

 言えない決まりなんだよ」


 先程聞いた蒐の説明から、状況を理解し、魁は頷いた。


「ところで蒐さん。

 こういう展開にするために、実家に来るよう指示したんですか?

 俺としては、難関イベントが片付いて助かりましたが」


 蒐は感情を消し、目を細めて魁を見ていた。


「まあ、半々だね。

 万が一雪乃が悪い方に傾いてたら、こうはならなかったよ。

 それとなくアンタ達を道場に連れてって、アンタをボコって動けなくしてさ。

 雪乃を処分するか、痛めつけてから長殿に引き渡そうと思ってたんだよ。

 ――そうならなくてよかったよ。ほんとにね」


 それまで終始和やかな雰囲気であったが、無条件で許容されていたわけではなかったのだ。


「まあ、正月に見た時は問題なかったしね。

 それに、アンタのとこで猫又になったんだから、あんまり悪い方に心配はしてなかったよ。

 あくまで、念のため、ってとこだね」


 一転して、からりと笑う蒐。


 実際に人間を欺いて食らうような【妖】も存在する以上、冷酷なようでも蒐の対応は正しいのである。


 魁は、【特殊調査員】という職業の厳しさを、改めて実感した。


「まあ、アタシもアニキも承認したんだ。

 雪乃に関しては、もう色々と問題ないよ」


「そうですか……よかったな、雪乃」


「う、うん……」

 起きたかもしれない場面、処分――

 を想像し、雪乃は全身の毛をぞわぞわさせていた。


 話が一段落すると、ずっと遠くで陽子の声がした。

 鎮政による説得が成功し、魁の兄夫婦を伴って奥座敷に来るのだろう。


「鎮也達と会ってから、居間の方に行って休んでいきなよ。

 悪いけど、チビ達には猫の姿でね」


「はい。そうします」

「はぁ~い」


 廊下から聞こえる陽子の声が、徐々に近づいてきた。

 雪乃は背筋を伸ばし、少しだけ緊張した様子で廊下の声に耳を動かした。


 陽子達が部屋に来るまで、まだ少し猶予ゆうよがあったので、

「そうだ蒐さん。もう一つ聞きたいことがありました」

 場繋ぎ程度で、咄嗟とっさに思いついたことを聞いてみることにした。


「ん。なんだい?」


「俺を轟さんの事務所に紹介したのは、どういう意図だったんですか?」


「……そうだねえ。

 一番の理由は、アンタが一般の社会で生きていくのは、嫉妬やら偏見やらで辛いだろうと思ったから、かねえ」


 暫し言葉を失い、俯く魁。


「探偵とか便利屋なら、その場限りの浅い付き合いで済むだろう?

 依頼側も、自分の汚い部分を知られてる相手とはそうそう深い交流はしたくないだろうしさ。

 それに、轟はアンタの嗜好しこうなんか気にするタマじゃないしね。

 あと、もしアンタが【妖】に狙われても、必ず轟が助けるからね。

 とにかく轟に預けるのが、全てにいて都合が良かったのさ」


「……蒐さん……」


 蒐が語った目論見通りに人生を歩んできたことが判明したが、魁は嫌な気はしなかった。

 今が幸せならそれでいい。

 下げていた目線を蒐に戻して、感謝の言葉を口にする。


「蒐さん。ありがとうございます。俺は今、幸せです」


 自然と、隣に座る"幸せ"に目がいく。

 魁の視線に気付いた雪乃が、魁へと微笑む。


 既に、目的であった蒐との話し合いは終わっている。

 父と母も雪乃との関係を認めてくれた。

 試験は、きっと努力でどうにかなるだろう。


 反対されれば絶縁も覚悟し、確固たる決意で雪乃と生きていくと決めていた。

 だがやはり、どこかで不安もあったのだろう。

 魁は、思いがけず、そしてつつがなく話し合いが終わった今の状況に安堵あんどしていた。



 廊下からは何人かの足音と、陽子の声が聞こえてきた。


 陽子達は、すぐそこの角を曲がったようだ。



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