【③-2/3】【10】実はみんな関係者
「――そんなワケで、猫又の長様に、蒐さんと会うよう指示されたんです」
魁の話が一段落したところで、蒐が口を開いた。
「正月来た時、アンタと雪乃が意思疎通できてる感じはしてたよ。
あの時もう、雪乃と話せてたんだね」
なるほど、といった様子の蒐。
「それにしても、猫又にそんな掟があったんだね。
その話、身内以外に口外すんじゃないよ。
試練を受けた本人だから話してくれたんだろうけど、おいそれと漏らしていい話じゃないはずだ」
鋭く忠告する蒐に、魁は頷きだけを返して次の言葉を待った。
「……で、話を戻すけど、これからどうするつもりだい?」
「雪乃と一緒に生きていきます」
主語も何もない蒐の問いかけに、魁は間髪入れず答えた。
「そうかい。妖怪と一緒になろうなんてね。
ほんと、ぶっ飛んでるよ、アンタ」
蒐はしみじみと魁を眺めてから、雪乃に対する親族の見解を解説した。
「アンタが雪乃に取り憑かれたのかと思って、アニキと相談したんだけどね。
その時点では雪乃から邪悪な感じはしないってことで、とりあえず様子見することにしたのさ」
つまり猫又になる前から雪乃には注意を払っていた、ということだ。
「俺は、雪乃が猫又になるなんて思ってもみませんでしたよ。
そもそも、雪乃が猫又になるまで妖怪が実在するとも思ってませんでしたし。
でも、なぜそれを俺に伝えてくれなかったんです?」
「"だから"、だよ。
基本的に妖怪なんかの存在は秘密なんだ。
それに、仮にそれを知ったとしてさ。
アンタは雪乃を捨てたり遠ざけたりするのかい? しないだろう?
なら、教えても無駄じゃないか」
「……確かに。それを聞いても、いつ猫又になるんだろうな~なんて話のタネになるだけですね」
雪乃は少々萎れたままではあったが、魁の言葉に反応するように目を細めて魁を見た。
「それで様子を見てたら、あっという間に雪乃が猫又になったワケだけどさ。
アンタが雪乃と一緒になるのには、とある国家資格が必要なんだよ」
「国家資格、ですか?」
雪乃と国家資格の関連性が見いだせず、魁は理解に苦しんだ。
「そうなんだよ。雪乃が猫又になったからね。
【人外管理責任者】って、国家資格が必要になるんだよ」
「人外 管理 責任者……?」
魁は、聞いたことも無い資格名に戸惑いを隠せない。
「一般には公開されてないからね。知らなくて当然だよ」
「あの、その資格は……どういう?」
「文字通り"人ならざる存在"を管理する資格だよ。
といっても、動物とかのことじゃないよ。
妖怪、魔物、幽霊、悪魔、その他諸々のことさ。
そういう存在の総称を、日本では【妖】って呼ぶんだけど、まあ、お国が付けた名前だからね。
そこはお堅く、"人外"になってのんさ」
蒐の言葉から、妖怪だけでなく幽霊や悪魔までも実在することに衝撃を受ける魁。
しかも"管理資格"なのだから、それらを捕獲、もしくは何らかの形で管理下に置ける、ということだ。
「そういった人外の存在は、一部を除けば人間に害があるからね。
管理下に置くには、管理責任能力を認められた【人外管理責任者】の資格が必要なんだよ」
蒐の説明を聞き、魁は神妙に頷く。
「で、だ。その【人外管理責任者】を取得するにはね。
まず【特殊調査員】の"乙級"資格が必要なんだよ」
「また別の資格ですか……」
なかなか込み入った話とみて、やや身構える魁。
「【特殊調査員】ってのはね。一般的イメージで言うと、陰陽師、霊媒師、エクソシスト、ゴーストスイーパー、ヴァンパイアハンター……みたいな、とにかく人外に関係する職業に対する、日本国内の総称だね」
何となくわかった、という表情で、魁は何度か頷いた。
質問が出ないようなので、蒐は更に話を進める。
「じゃあ【特殊調査員】の仕組みについて、ざっと説明しようか。
さっき挙げた職業名のイメージ通り、【妖】関連の依頼である【特殊調査】に対処するための資格でね」
そこで【特殊調査】の言葉に反応する魁。
轟から流れてくる依頼のことではないか。
蒐は、魁の様子に構わず説明を続ける。
「国家資格なんで、ランク分けもされてるよ。
一番上が"特級"。実力と実績で認定される"特級・イ種"と、稀少な特殊技能持ちの"特級・ロ種"があって、"特級"の下には"甲乙丙"の級がある」
そこで蒐は魁を指差す。
「で、アンタは今"丙級"だ。"丙級"は監督者が申請するだけで取得できるから、助手の資格みたいなもんだね」
魁は自分が既に資格を持っていることに少々驚いたが、【特殊調査】の件を含め、何となく話の筋を察した。
「ここまで話したら察したと思うけど、アンタの"丙級"申請した監督者は轟だよ」
やはり。といった様子で頷きを返す魁。
「それでね。アンタが"乙級"を受験するには"討伐実績証明"が必要なんだけど、証明を発行するのは監督者だからさ。その件については轟のところに行きな」
了解、といった様子で頷きを返す魁。
「ついでに言っとくと、轟と鎮也(魁の兄)は"甲級"。
アタシは【特級・イ種】。
アニキ(魁の父)は【特級・ロ種】だよ」
衝撃的な事実が、次々に明らかになっていく。
蒐は当然として、父や兄までも関係者となると、さすがに驚きが大きかった。
「……じゃあ、母さんや美佳さん(兄の妻)は……?」
思わず、質問が口をついて出てきた。
「ああ、陽子さん(魁の母)と美佳ちゃんは違うよ。
違うけど、当然この業界のことは知ってる。
二人共その筋の家系だし、赤神に嫁いで来るなら知らないワケにはいかないよ」
「俺が知らなかっただけで、身近な人は皆関係者だったんですね……」
魁は唖然とした。
「まあね。でも、アンタが蚊帳の外だったのには、ちゃんとした理由があるんだよ」
ちなみに、雪乃には人間世界の難しい話なんてよくわからない。
ここまでの話を、ただぼんやりと話を聞いていた。
「この業界に入る切っ掛けは主に二つあってね。
一つ目が、跡継ぎに技術を継承したり、一族で【特殊調査員】を生業にしてるようなケースさ。
赤神家は長男が跡継ぎだから、アニキとか鎮也だね」
「なるほど。それで父さんや兄さんが【特殊調査員】なったと」
「そういうこと。
で、二つ目は、何らかの理由で【妖】の存在を知った場合なんだけどさ。
殆どの人間は、【妖】に襲われて存在を知るんだよね」
「じゃあ、蒐さんも襲われたってことですか……」
蒐は無表情で頷く。
「アタシは"力"かなりが強かったらしくてね。
そこいらの低級な【妖】には狙われなかったんだ。
そのせいで、それまでずっと【妖】を知らずに生きてたんだけどさ。
大学の夏休みに北海道旅行に行ったら、旅先で強力な【妖】に襲われたんだよ。
何とか命は助かったんだけど、かなりの重傷でね。
半年も入院したよ」
初めて聞く蒐の過去に、魁と雪乃は返す言葉も無かった。
蒐は意に介さず続ける。
「退院してから赤神について聞かされてさ。
すぐに【特殊調査員】の修業を始めたんだ。
……まあ、昔の話さ。
アタシを襲った奴は、資格取ってすぐ、ぶっ殺したよ」
蒐は、冷ややかに笑った。
蒐の重い話を聞いたので少々戸惑ったが、このまま黙っていても話が進まない。
「【特殊調査員】にはその"力"が必要なんですよね?
雪乃への愛なら宇宙一ですが、俺は幽霊とか全く見えないですよ?」
魁の言葉に、蒐は首を振る。
「現時点で見える見えないは関係ないよ。
アンタが見えないし干渉することもできないのは、全ての"力"を守りに充ててる状態だからさ。
だからアンタがちょっかい掛けられても、そうとは気付かないんだよ」
「そんな、バカは風邪引かない、みたいな……」
げんなりしている魁に向け、蒐は声を出して短く笑った。
だが、すぐに笑顔を消して鋭く魁を見る。
「今まで【妖】を認識してなかったからこそ、アンタは何の影響も受けなかったんだ。
でも"見えるようになる"ってことは視覚に影響を受けてるワケだからね。
見えた時点で【妖】に対する抵抗力は落ちるのさ」
「つまり、風邪をひけるようになるんですか」
「まあ、そういうことだね。
それに、【妖】の存在を公にしない理由も、そこにあるんだよ。
【妖】が存在するって認識してると、何かの弾みで"見えて"しまう可能性が格段に上がるんだ。
"力"の無い一般人が"見えて"しまったら、それまでは何て事なかった弱い【妖】でさえ危険な存在になるからね」
魁は神妙に頷き、雪乃は、なるほどな~といった雰囲気で調子よく頷いていた。
「話としては大体こんなもんだろうね。
轟には雪乃の件含めアタシから連絡しとくけど、討伐の日程は轟と相談して決めな」
「わかりました。ありがとうございます」
蒐へ深々と頭を下げる魁。
雪乃も魁の真似をして、正座をしたまま両腕を伸ばし、ぺたんと前に倒れる。
すると、雪乃の仕草を見た蒐が口を開いた。
「違う違う。雪乃、アタシは"お殿様"じゃないんだよ。
それじゃ"ひれふしてる"みたいじゃないか。
"礼"の時は、頭より上に手は突かないの」
話が一段落したので、約束通り雪乃に"礼"の形を教え始める蒐。
「一回起きな。
で、少し前屈みになって、顔の下辺りに手を突いて……
頭は地面につけない。付けたら土下座になるからね」
教えられた"礼"の動作を真剣に繰り返す雪乃。
「もう少しゆっくり。 ……そう。よし、そんなもんだ。
今のを忘れるんじゃないよ」
「はいっ! 蒐さん、ありがとうございますっ!」
感謝の言葉と共に、習った通り"礼"をする雪乃。
特に問題ないようだ。
「魁の意向は確認したし、雪乃はちゃんと"礼"も覚えた、と……
これで、準備はできたかね」
意味深な言葉を呟き、廊下の反対側にある襖へと顔を向けた。
「話は終わったよ、アニキ――」




