見えてきたモノ
後半部分、少し改稿しました。
2014.9
言葉での説得は不発に終わった。低く恫喝しても、ダメ元で短く命令してみても無理だった。
最終手段の、本気の睨みすら効かなかった以上、俺にはもう打てる手は無い。
背けていた顔を戻して流に向き直った。
「……判ったよ。大人しく待てばいいんだろ、待てば」
「悪いな。……あー、その、悪いついでに頼みたい事があるんだけど……」
「……何?」
悪いと本気で思っているなら、場所を吐けと言いたい。
「今後の春紀の動向がちょっと気掛かりなんだわ。でさ、出来ればでいいんだけど、しばらくは切人も遊貴の様子をそれとなく気にしてやってほしいんだ」
「アイツが何かしてくるかもって事か?」
「いやまあ……取り越し苦労だとは思うけどさ。一応、頭の隅にでも入れといて」
「わかった。こまめに連絡とるようにする」
なくはないか。コイツが春紀にした事が本当なら。
それにこれなら流に変に思われずに遊貴と接触できる。
「ありがとう。助かるよ。ああそれと、春紀が何かするかもって事、くれぐれも遊貴には教えるなよ」
「あ゛? ふざけてんのか? 危険性を知らせずに、どうやって身を守らせるつもりだ」
「遊貴が知ったら、絶対に自分ひとりで何とかしようとする。かえって危険だし、薮蛇になりかねない」
「……そうかもしんねーけどさ……」
ひとりで……確かにその方が危険か。薮蛇ってのも判る。春紀が遊貴との関係を絶つなら、こっちが何かすると逆に余計なトラブルを呼び込む事になる。
判りはする。判りはするが、しかし。危険がなくなるわけじゃないし。
「遊貴は腕が立つ。大丈夫だ。信じろ」
「なら、口実はどうする? 危ないかもってのは言わない方がいいんだろ?」
「気分転換にってだけで大丈夫。実際、夏休み中は気分が浮き沈みしてるだろうから。切人の都合がよければでいいんだけど、遊びにも連れ出してやってくれると嬉しい」
「……ふ〜ん……お前がそれで構わないならいーけど……」
遊貴をデートに誘えと? つまり、恋人公認で堂々と浮気していいって事だよな?
つーか、俺らだって二人だけで遊んだりした事ねーんだけど。その辺りはどうでもいいのかよ。
そりゃ言い出したのも頼んだのもお前なんだし、嫉妬される謂れはないけどさ……なんか地味にムカつくわ。
「……迷惑だよな? ごめん。さっきの話は聞かなかった事に」
流は片手を上げて謝ってきた。
どうやら俺は無意識に流を睨みつけていたようだ。
嫉妬されないのは、かえって都合がいい。この絶好の機会を利用しなくてどうする。
意識して眉間から力を抜く。かるく頭を振って思考を切り替えた。
「別に迷惑じゃねーから気にすんな。適当に声、掛けるようにするわ」
「悪い、面倒かける」
「おー。貸しにしとくから、そのうち何かで返せよ?」
「あいよ。……お、ちょうど来たみたいだ」
話がまとまった所で、タイミングよく階段をかけ上がる足音が聞こえた。
あの足音が遊貴のものなら、少なくとも、彼には走れる元気があるという事だ。
また怪我を負わされるのではと思っていただけに、少しだけホッとした。
※ ※ ※ ※ ※
やって来た遊貴は、怪我もなくニコニコと明るい笑顔を振り撒いている。
別れた直後の悲壮感は無く、いっそ晴々とした表情をしていた。
まとう雰囲気が物語るように春紀との別れ話もすんなりいったらしい。
何事もなくて何よりだ。
俺達に気をつかっているのかとも思ったが、どうやらそういう訳ではなさそうで漸く安心出来た。
「ほらなー。だから大丈夫だって言っただろ? 切人は心配し過ぎなんだよ」
遊貴のあっさりとした報告を聞いて流が俺にドヤ顔を向ける。
普段無表情のくせに、こういう時だけはしっかり顔を作る流に少しイラッとした。
「結果論じゃねーか! 危険人物と一人で会わせた事はかわんねーだろ。偉そうにするな!」
「もう済んだ話だろ? わざわざ蒸し返すなよな」
「反省、という言葉、知らねぇ? 知らないなら教えてやろうか。お望みなら、懇切丁寧に解説してやるぞ。理解出来るまでジッッックリなぁ」
蒸し返したのはお前だ、流。
それに無事だったとはいえ、お前が遊貴を危険にさらした事にかわりは無い。
「うげっ。いりません。俺が悪かったです。ごめんなさい」
全く悪びれもしない態度に軽く脅しつけてやれば、流はすぐさま謝ってきた。
ネチネチと説教されるのは流石に回避したいらしい。
すごく嫌そうだ。
「謝意が感じられねーが、まあいいだろう」
珍しいものも見れたしな。
ここまではっきりと表情が変化する所を見たのは初めてだった。
「もう荷造りは済んでるんだよな?」
「ああ。つっても着替えはあっちにもあるし、貴重品くらいしか荷物ないんだけどさ」
沈黙がおりた所で遊貴から声が掛かった。それに答える流。
二人の視線を辿ってみると、部屋の隅に置いてある鞄が目に入った。
俺は何も聞いていない。どういう事だ?
「なんだ、どこか行くのか?」
「あ、言ってなかったっけ。ちょっと家に帰ろうかと思って」
「家の人に夏休みくらい帰って来るように言われたんだって。ほら、流は高校に入ってから全然帰って無いからさ」
「そうだったのか。てか、思って、じゃねーだろ。ちゃんと言えよ、そういう事は」
言ってなかったっけって、いくら何でも白々し過ぎるだろ。
言う機会はいくらでもあったじゃねーか。ったく。
しかも何気に遊貴の中で俺が可哀相な人になっているような気が……はぁ……。
「悪い。それと、こっちに帰って来るのは月末になるから」
「え? 登校日、休むの?」
「ああ。もう担任には連絡してあるし」
月末? 休む?
まるで流が何処か遠くにでも行くみたいな二人の会話に首を傾げた。
そういや俺、流の家がどこにあるのか知らねーな。
今まで遊貴の家の近くだと思い込んでたけど、ひょっとして遠いのか?
いやでも、こいつら幼馴染みだし近所に住んで――。
「そう。……じゃあ、しばらく会えないんだ」
住んで、ないんだな。
じゃあ遊貴が来る直前の会話は何だったんだ?
気にかけてくれとか、遊びに連れ出してくれって…………まさか!?
「なあ、お前達って幼馴染みだろ? 流の家は遊貴の家の近くなんじゃないのか?」
自分の予想に半ば確信を持ちながらも、確認のために聞いてみた。
「家は中学卒業と同時に今住んでいる家に引っ越したんだよ。流の実家はここからちょっと遠いんだ」
話しながらションボリとする遊貴。
そんな彼の様子に自分の予想が当たっていたのを確信した。
うわ、やっぱりそうか。遊貴が淋しがるから代わりに相手してろって事かよ。
なら初めからそう言え! 普通に頼めばいいだろうが!!
瞬間的に沸き上がった怒りのままに口を開こうとして、動きが止まる。
文句の一つも言ってやろうと向いた先には、俺が見たことのない柔らかな笑顔を浮かべる流がいたからだ。
「だから、今日くらいは遊貴とゆっくりとしたくてさ」
「……流……」
流はどこの三流ドラマだと言いたくなるようなセリフをはきながら、遊貴の頭を撫でていく。
よほど嬉しいのか、目を細めうっとりとしている遊貴。目元をほんのりと朱に染め微笑むその表情は、まさに恋をしている人間そのものの顔だった。
遊貴は今、自分がどんな顔をしているか気付いているのだろうか?
流の名を呼ぶその声が甘いのは?
見つめ合う二人の甘い雰囲気に耐え切れず、流の手を叩き落とした。
「だから! 二人の世界作るなっての!」
付き合いの浅い俺ですら判ったのに、流が遊貴の気持ちに気付いていないとは思えなかった。
応えるつもりも無いのに突き放そうとしない。気付いているのに、何も知らないフリして他の誰よりも甘く囲い込む。
そんな無意味に希望を持たせ続ける事がどれだけ残酷か、コイツはまるで判っていない。
ギッと睨みつけると、シニカルな笑みを浮かべる流と視線がぶつかった。
その、余裕があるような、他人を見下すような顔が心底カンに障る。
「流。問題も片付いたし、もう大丈夫だから。こっちの事は心配いらないからさ。ね?」
割って入った声に、俺と流は同時にそちらを向いた。
「おばさん達にも何ヶ月も会ってないだろ。きっと淋しがってるぞ」
俺達を交互に見ながら遊貴は流へと言葉をつむぐ。
どうやらまた彼に気を遣わせてしまったようだ。
遊貴の視線が流に定まったところを見計らい、怒気を鎮めるために細く長く息をはく。
二人に気付かれないよう、そっと静かに。
それにしても、春紀関連の話は何だったんだか。まさかと思うが、俺に断られにくくするための作り話か?
いやいや。いくら何でもそこまでしないだろ。たとえ流でも。
…………いや、やりかねないな。コイツなら。
それに、もしそうだとするなら、遊貴には何も教えるなと念を押されたのも頷ける。
全てデタラメとまでは思わないが、話半分に聞いておく方がよさそうだ。
「ね? 切人?」
「あ、おお?」
「何で疑問形? 付き合ってくれないの?」
何の同意を求められたのか聞いていなかったが、クスクスと小さく笑う遊貴につられて自分の口角が持ち上がるのが判った。
「俺でよければいくらでも」
「ありがとう、切人」
ニコリと笑う明るい表情に、ほんのりと心が暖まる。
数日前に見た疲れきった顔よりも、やはり、笑顔の方がずっといい。
少し優しい言葉を掛けるだけでこの表情を引き出せるのに。
なのに暴力で押さえ付けていた春紀も、この愛らしさに気付かない流も、心底馬鹿だ。本当に。




