疲れる会話
遊貴編、8月後編あたりです。
「だから、協力者が必要なんだよ。こういうケースは別れ話するっていっても、相手にほだされて別れられなかったりするから。そうならないように第三者が同席した方がいいって言ってんだ」
せっかくの夏休み。
遊びの相談ならいざ知らず、なんで狭いワンルームのアパートで男と二人、顔を付き合わせてDV談議なんてしていなければならないんだ。
それもこれも、目の前の奴がさっさと口を割らないからだ。
マジでそろそろ溜め息がトレードマークになりそうだ。ああ嫌だ。
「要は、そうならない状況を作ればいいってだけだろ? ほだされない、暴力も振るわれない。そんなシチュエーションを」
「は?」
思わず眉間に力が入る。
簡単にいうなと言いたい所だが、流の真面目な様子に口を挟むのをやめた。
「遊貴自身が別れる意志を持った以上、春紀に身を引かせるだけで全部丸く収まる。ほだされるってのは、春紀が遊貴と別れたくなくてごねるから、だよな? だったら春紀自身に関わりたくない、と思わせればいい。違うか?」
おいおいおい! 何を企んでんだよ、お前。いや、この言い回しはもうすでに何かした後か。
「…………お前、なにしたの?」
「察しがいいな。遊貴は春紀の個人情報を知らない。本名すらな。何故だと思う?」
「春紀が隠してるからだろ。……そういう事か」
隠し事をする奴はそれを暴かれるのを嫌がる。
そして今それを問うという事は、コイツは春紀の個人情報を掴んでいてそれを利用したという事だ。
「そうそう、そーゆー事なの。遊貴には言うなよ。アイツは何も知らないし、これからも知る必要のない事だから」
「わざわざ言わねーよ。で、具体的には何したんだ? バラすって脅しでもしたか?」
それほど短絡的ではないだろうと思いつつも念のため聞いてみた。
否定してくれよと祈る。
「してない。危機感あおり過ぎるとかえって危険だし、脅しはリスクが高すぎる」
「まあな」
流の返答に内心でホッと胸を撫で下ろした。
だよな。流石にそこまで馬鹿な行動はしないよな。
「だから匂わせただけだ。具体的には、遊貴に春紀が勤めてる会社近くにアイツを呼び出させた。で、その場所を勧めたのは俺だって事を春紀に伝えろって言っておいた」
「つまり、春紀の個人情報と二人の関係を第三者が知ってるぞって暗に示したと」
「うん。そう」
「なるほどな」
身元が割れていると遊貴を使って間接的に伝える事で、春紀にプレッシャーかけたわけか。
……うん、じゃねーよ!! 十分、危機感あおってんじゃねーか!
春紀が理性的に対応するならいい。だが、予想以上に小心者だったら? 短絡的で考えなしな男だったら?
追い詰められた人間は何をするか判らない。
馬鹿が、と怒鳴りたい所だが、今は遊貴の居場所を聞き出すのが先決だ。
「……いい手だとは思うけど、もしお前の想定より神経質な奴だったらどーすんだ? ……せめて近くで見守るくらいはした方がいい」
「念のために場所は人目も人気もある所にしたから大丈夫だ」
「キレた人間が周りを気にするとでも?」
言葉の終わりと同時に目に力を入れて見据えるが、俺に睨まれた当の本人は涼しい顔のまま首を左右に振る。
「人目は抑止力じゃなくて、もしもの時の目撃者を作るためだよ」
「は!? 作るためって、それはどういう意味だ!」
聞き捨てならない言葉に、流の胸倉を掴み上げた。
引き寄せた時に鳴ったガツンという音と、一瞬だけしかめられた表情には気付かなかった事にする。
流は遊貴が暴行を受ける前提で語っている。受けたその後で彼が有利な立場になるようにしたのだと。
言い換えればそれはつまり、有利に事を運ぶためには遊貴が暴行される必要がある、という事だ。流の計画では。
そこから導き出せる結論は。
「お前、まさか、わざと」
上手く喋れず続く言葉が出てこない。
どうして平気な顔で危険な目に合わせられる! 仲のいい幼馴染みじゃなかったのかよ!?
俺に掴まれたまま流は緩く首を振る。落ち着いた声でそうじゃない、と言った。
「もしも、の話だ。もし春紀が暴れるような事があれば、遊貴は実力行使するだろうから。その万が一が起こった時に、正当防衛だって証明できる人が欲しいんだよ」
「実力行使? 遊貴がか?」
思わずオウム返しにしてしまった。
実力行使って、あんな華奢な体格で何が出来るんだ。護身術くらいは使えるのかもしれないが、自分よりデカイ相手に力ずくで来られたらいいようにされるだけだろ。
「ああ。で、その場に友人の俺達がいたら、集団暴行事件になるだけだ。証明できるのは無関係な第三者。俺達は邪魔にしかならない」
「衝撃! 高校生、白昼堂々集団でサラリーマンを襲う、って感じか?」
思わず揶揄していた。
あほらしい。そんな強気な対応が出来るなら、今までも怪我なんてしていない。
出来ないからこそ、先日のような事態になったというのに。
根本的にいろいろと思い違いをしている事にコイツは全く気付いていない。そもそも、春紀が鈍くてこちらの意図に気付かない可能性だってある。
急に馬鹿馬鹿しくなり流から手を離した。怒鳴ってやろうかとも思ったが、その気力も無くなった。
俺に掴まれた事で乱れた胸元を整えながら、大真面目な顔で頷く流。
そんな流を前に出そうになった溜め息を堪えて言葉を紡ぐ。
「あー、なるほどなるほど。まあでも、近くに行かなきゃ平気だろ。途中まで迎えに行こうぜ」
「で、場所を聞き出そうってわけだ。教えねーつってるでしょ」
「あ゛あ゛? 判ってんなら教えろよ。性格悪いな」
「やだね」
やだってガキか。お前マジでいい加減にしろよ。
居場所を直に尋ねても答えない。ならばと妥協してみせれば、あっさり切り捨てられる。
どうやら流は、なんとか吐かせようと俺が足掻いていたのを承知の上で、今までわざわざ押し問答に付き合っていたようだ。
こんな事なら真正面から説得なんて試みるんじゃなかった。幼馴染みが大切なら、そこをつつけば考えを変えられると思ったのに。
流の性格を完全にヨミ間違えた。
別の話題を振ってから、頃合いを見計らって軽い感じで質問するべきだった。初めからそうしていれば、多分、楽に情報を引き出せていただろう。
しかし、いまさら悔いても遅い。
拳をにぎりしめて自分の足に押し付ける。
一呼吸おいて内心の苛立ちを散らしてから口を開いた。
「……あのな、俺が下手に出てる内に喋った方がいいぞ」
「お前がいつ下手に出たんだ?」
まぶたに浮かぶのは数日前に見た無惨な姿。
狭い個室に独特の臭い。暴行の痕跡をありありと残す肢体に、憔悴しきった表情。
脳裏に焼き付いたその記憶は、当分の間、忘れられそうにない。
お前はあの時の遊貴を、あの姿を直接は見てないから。
だからそんな余裕でいられるんだ。
「言え」
「断る」
「…………」
「………………」
ビビられる事の多い俺の睨みにも、流は怯まないし引かない。
淡々とただ視線を合わせたままにするだけだ。
「…………ちっ……」
無意識に出た舌打ちに、気付けば俺の方が先に目を逸らしていた。
流のあの、何を考えているのか掴めない表情は、正直、苦手だ。静かに見詰め返されるだけだと、どう反応すればいいのか判らなくなるから。
睨み返されたのなら、こちらも引くものかと意地にもなれるのに。
堪えきれなくなった溜め息が口をついて出ていた。




