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ピ・エ・ロ ~流の場合~  作者: 岩石
切人の場合
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三度目の

閑話『切人と流』の直前です。


 歩道に立ったまま、女性が車の運転席に乗り込むのを見届ける。

 彼女はオレが中学生の時から色々とお世話になっている人だ。俺は『ミナさん』と呼んでいる。彼女の本名を俺は知らないし、俺も彼女に名乗っていない。

 歩道側、助手席のウィンドウが開き、運転席から身を乗り出したミナさんが見えた。


「駅まで送らなくていいの?」


「反対方向だろ? のんびり歩いてくよ」


「そう。……ところで、良い報告をもらえるのは、まだ先になりそう?」


 ニンマリ笑うミナさんが聞いてきた。

 彼女はいわゆる腐女子なるものらしい。片思いの相手が男だと彼女にばれ、参考文献だと薄い本を読まされたのはまだ記憶に新しい。

 俺に腐女子である事をカミングアウトしたミナさんは、それ以降その趣味を隠しもしなくなっていた。


「鋭意努力中。彼氏いるって聞いてるし、どうなる事やら」


「あらぁ略奪愛ってステキ……うふ……ふふふ……」


 両手を合わせて喜色満面なミナさん。悦に浸ったかと思えば、すぐに気を取り直したように運転席に座り直した。


「それじゃまたねぇ」


 挨拶もそこそこにミナさんは車を急発進させる。返事をする間も無かった。

 ミナさんが何故そんなに急いだのか、理由はわかっている。初めて彼女が腐女子でよかったと思えた瞬間だった。

 車を見送って俺は出てきたばかりの公園内へ戻る。

 目指す先は公衆トイレ。ここからほぼ反対側の園内を横切った所にあるそこに向かって俺は走りだした。


 少し前、身支度を整えるために女子トイレに入ったミナさんを待つ間、俺も男子トイレに入った。

 一つだけ閉まっていた個室のドア、トイレ内に篭る匂いと音で中で何をしているのかすぐに判った。場所は違えど直前まで俺とミナさんも同じ事をしてたから。

 だから邪魔をしないよう静かに用を足したんだが、問題はその間かすかに聞こえていた二つの声が両方とも男の声だったって事だ。

 そもそも俺がミナさんを連れてこの公園に来たのは、夕方に遊貴が園内に入って行くのを見たからだ。

 もちろん、会えると思っていたわけじゃない。ただ何となくだった。

 だけど二人の男と遊貴が俺の中で結び付いてしまった。二人の内どちらかが遊貴なのではと。

 根拠の無いただの妄想。しかし『もしかして』と思ってしまったらもうダメだった。


 トイレが見えてきた所で、足音をたてないように走るスピードを緩めた。そのまま中へと立ち入る。

 聞こえてくるくぐもった小さな声は、やはり男のものだった。聞き間違いであればよかったのに。

 せめて別人でありますように、と願いながら俺はドアに向かって拳を振り上げた。



※ ※ ※ ※ ※



 少し離れた場所からトイレの入り口を見詰める。中の人物を確かめるために、ここから様子を伺っているのだ。

 ドア越しにやり取りした相手は遊貴ではなかった。しかし、話した相手はひとりだけ。口を開かなかったもうひとりが遊貴ではないとは限らない。

 我ながら自分の行動が気持ち悪い。

 トイレ内で誰かが男同士でセックスをしてたから、だから何だって言うんだ。

 遊貴だと決まったわけじゃないし。そもそも仮に遊貴だったとしても、知り合ったばかりで二回会っただけの俺が、彼のプライベートに口出し出来るはずもない。

 判っていてもトイレから目を離せずにいると、ようやく人影が出てきた。

 しかしその数は一つ。

 もうひとりは? 相手はどうしたんだ?

 何かがおかしい、と俺はトイレに向かう。

 落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回していた男は、俺の姿を見るなり弾かれたように駆け出した。


「なっ……おい待て! ……ちっ……相手はまだ中か」


 追おうとするも、もうひとりの事が気になり躊躇する。僅かな逡巡の間に男の姿が闇に溶け込み見えなくなった。

 男を追うのを諦めて、俺は急いでトイレへ向かう。人を見て逃げ出すなんてただ事じゃない。

 まさか、と思いながら入った先は予想通りの惨状で。

 開いていたドア。そこには汚れた下半身を剥き出しにした少年が座り込んでいた。

 もぞもぞと何かをしていた少年が俺の気配に気付いたのか顔を上げた。


「……れ?」


 ひゅっと息をのむ。


「……ゆう、き……」


 なんで。なぜ彼が、こんな。

 ずっと会いたくてたまらなかった。姿を見掛けただけで追ってきてしまうほど。

 だけどこんな状況を、こんな彼の姿を望んでたわけじゃない。

 遊貴は立ち上がろうとしているようで、緩慢な動作で動いている。俺は手を貸さなければと動きの鈍い足を何とか動かして遊貴に近づいていく。

 よろけた遊貴をとっさに抱き留めた。

 流の所へと、ひどく聞き取りづらい声だったが確かに彼はそう言った。


「わかった」


 俺は震える手でトイレットペーパーを巻き取ると、怪我をしている個所になるべく触らないように汚れを拭っていく。

 ざっと拭き取ると衣服を着させて遊貴を背負った。




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