気付けば道化
「ごめんなさい!」
「んあ?」
実家へと帰る流を見送った翌朝。
起きぬけに遊貴から土下座された。目覚めてすぐ、目が合った瞬間の早業だ。止める間もなかった。
どうやら俺が目を覚ますのを待っていたようで、最初から床に正座していた。
「……何、どした?」
寝起きで動きの鈍い体をなんとか起こしつつ状況を整理するが、体同様に回転の鈍い頭では思考がうまく纏まらない。
「えっと……その、昨日の。……あんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」
そう言って一旦は上げていた頭を再び下げる遊貴。
遊貴の言う昨日のとは、俺が彼を押し倒した事だろう。
気持ちが弱っている時に押せばいけるはずだと少々強引に事に及んだ。
そして遊貴は俺の目論み通りに流されてくれたわけだが。
天井を仰ぎ見る。
そうか。俺は今、振られているのか。
漸くそれだけは理解した。
「……とにかく頭上げろよ。ちゃんと話そう」
額を床に擦りつけたままの遊貴に土下座をやめるよう促す。
一回振られたくらいでは諦めるつもりはない。そんなに簡単に引き下がれるなら、初めからそうしている。
出来なかったから俺は今ここに居る。
俺に言われて遊貴が顔を上げた所で仕切り直しを要求した。
起きてすぐは頭が回らない。そんな状態で大事な話はしたくはない。
正直な所、ふて寝でもしたい気分ではあるが、拗ねるような真似をするのも嫌だった。
とりあえず朝食でもと簡単に身支度をすませていく。
半月、部屋主が留守にする事もあって食料品が殆ど残されていない。外に行かないと食事にありつけないのだ。
昨日の夕食は流が作り置きしていった料理があったが、さすがに朝食の分までは用意されていなかった。
コンビニに向かう道すがら、世間話から始まりお互いに趣味などを話していく。
「へえ、ジョギングか」
「うん。体動かすのは何でも好きだけどね、ジョギングが1番好き。走っている時の頭がからっぽになる感じがいいんだ。切人は?」
「バスケ。試合でシュート決めれた時とか、すっげー気持ちよくて最高だ。遊貴は武道もやってるんだろ? 何をやってるんだ?」
運動が好きなら1on1に誘ってみるのもいいかもしれないな。
あからさまにデートっぽいのだと警戒されそうだし。
「古武術だよ。引っ越しで道場にはもう通えてないけどね。鍛練は続けてるけど、時間が余り気味で困っちゃう」
「なら今度、俺と一緒にバスケやりに行くか?」
考えたそばから早くも機会が。
内心の緊張を悟られないよう慎重に言葉を重ねる。
「ここからだと距離があるが、バスケ好きが集まって1on1や3on3やって遊んでる所があるんだ。勝ち抜き戦やったりとかな」
心臓の音が煩い。自分の声が酷く遠く感じる。
友人を誘うような気安さをちゃんと装えているだろうか?
意識されないのも辛いが警戒心を持たれて避けられるのも嫌だ。
少しずつでいい。確実に距離を縮めていきたい。
「えっ! それ楽しそう!」
「来週イベントもあるぜ? いつも盛り上がるから、イベントの時はバスケ関係なく人が集まるんだ。見物してるだけでも楽しいぞ」
「面白そう! 行く行く!」
よし、食いついた!
とっさに腰の横で小さくガッツポーズを作る。
それからは日時を教えたり待ち合わせ場所を決めたりと、とんとん拍子に約束を取り付けれた。
そうこうしている内にコンビニに着いた。
飲食物を適当にいくつかカゴにほうり込んでいく。
意外だったのは遊貴だ。俺と同様に買うものを即決している。
手に取った物が何なのか確認しているか気になる速度だ。
「……多い、かな? 少し減らすね」
「え? ああ、遠慮するなよ。ほら、それもカゴに戻せ」
しまった。見詰め過ぎてた。
頬を染めて恥ずかしそうにする姿にハッと我に返る。
遊貴が棚に戻した商品をカゴに入れ直していく。焦って手元の動きが乱暴になってしまった。
さっさと会計を済ませて外に出る。
「あ、切人。お金、半分出すよ」
「いいよ、このくらい」
「ありがと。じゃあ荷物は僕が」
財布をしまうとコンビニの袋に手を伸ばしてくる遊貴。
その手を思い切って取ってみた。
寝起きに拒絶されたばかりだ。
手が、震える。
「帰ろ」
繋いだ手を軽く引いて遊貴を促した。
「――うん」
緩く握り返されて俺の方が驚いた。
手の中に留まる温もりに、涙が込み上げる。
この震えが、俺の気持ちが、繋いだ手から少しでも伝わってほしいと思った。
※ ※ ※ ※ ※
買い込んできた食料を平らげた所で、ローテーブルから体を横にずらした遊貴がおもむろに拳を床に付けた。
「ストップ! 何しようとしてんだ」
何をしようとしたのか判って止めた。
俺に制止された遊貴は頭こそ下げるのを止めたが、手はまだ床に付けたままだ。
「僕は昨日、卑怯な真似をした。切人の優しさに付け込んだんだ。だからちゃんと謝らなきゃって」
「は?」
俺の、優しさ? 付け込むって、何をどうしたらそうなる。
思いがけない単語にこれまでの行いを振り返るが、特にこれといって心当たりはない。
昨日の事にしても、泣き出した遊貴を俺が押し倒したのであって彼が特に何かしたわけじゃない。
どう思い返してみても付け込んだのはこちらだ。
というか、謝らなきゃって何をだ。
遊貴との間に色々と齟齬が生じているのは判るが、何をどうすればいいのやら。
俺が混乱している間も遊貴はとつとつと話していく。
「縋り付けば……切人は、縋り付かれたら突き放せやしないって、判ってた。判っていたのに、縋った。……だから、本当に、ごめん。流が居ないからって馬鹿な事して、ごめ」
「流が居ないから?」
出てきた名前に反射的に遮っていた。
「居ないからって……何だよ、それ。昨日のは、俺は、流の身代わりだったって事か? お前らってそういう関係だったのか?」
昨日は流の代わりに部屋に残ったのを思い出した。アイツからも留守の間、遊貴の面倒を見るよう頼まれた事も。
代わりって愚痴を聞くだけじゃなくて、最初からアレも込みだったって事か?
何だ、それ。マジで何なんだよ!
二人して今まで俺をおちょくっていたのか!?
「ち、違う! そういう意味じゃなくて」
「どう違うってんだよ! いつもアイツとやってるって事じゃないのか!?」
「してないよ! 流とはそんなんじゃない!」
涙ぐみながらの否定に、これ以上怒鳴る事も出来ず口をつぐむ。
遊貴の方へ乗り出していた体を床に降ろした。
顔を上げていられず、俯く。
泣きたいのはこっちだっての。くそっ。
「誤解だよ。ホントに、違うんだ。……えっと……だから、その……どう言ったらいいか」
「……俺の立場って、何なんだ。お前達二人に虚仮にされてるだけじゃねーかよ」
膝の上、自分の手を見たまま出した声は涙声になっていた。
情けなくてよけいに泣けてくる。
堪えきれずこぼれ落ちた涙が手と膝を濡らした。
はっ。だせーな。ちくしょう。
ぐすっと鼻を啜った所で、ローテーブルを回り込んできた遊貴に両手を取られた。
振り払おうとして彼の手が震えているのに気付く。
「切人。……僕は、切人が好きです」
思わず顔を上げた。
俺はすでに泣いているが、遊貴もまた目に涙をためていて今にも泣きだしそうな顔をしていた。
好きって、俺を? 一体何を言っているんだ。遊貴は流を好きなはずだろ?
演技にも見えず混乱する。
真意が知りたくて、とりあえず遊貴の言葉に耳を傾けた。
覗き込んだ瞳に泣き顔をさらす自分が見えていた。
「告げるつもりはなかった。同情でもいいから、切人との思い出がほしかったんだ。だ、だから居ない間にって。……だけど、朝起きて、よく考えたら……切人を、困らせてるんじゃ、ないかって、思えて」
途中から涙をこぼしだした遊貴。
つっかえながらもそれでも真っ直ぐ言葉を紡ぐ彼にたまらず、取られていた両手を振り払う。
払った勢いのまま腕の中に小柄な体を抱き込んだ。
話すのを止め身じろぐ遊貴を逃がさないよう強めの力で抱きしめる。
好き、思い出、居ない間に。
そして初めに聞いた、付け込んだという言葉。
俺は流が留守にしているこの機会に遊貴と距離を詰めようと思っていた。
遊貴も俺と同じだった?
信じても、いいのか?
「もう一度。俺の事を、何だって?」
信じたい。聞かせてくれ。
「好き。大好き」
少し体を離して顔に唇を寄せる。
涙を辿るように頬に目元に。
「僕は切人が好きだ」
至近距離で見つめ合ったまま告げられた言葉は、俺の口の中に消えた。
※ ※ ※ ※ ※
泣き出すという醜態を曝してから少し。温めの湯をはった浴槽に二人で浸かっていた。
俺にもたれ掛かった体に泡立たせたスポンジを滑らせていく。
「お客さん、どこか痒い所はございませんかー?」
「んーん。気持ちーよー」
妙に間延びした返事にもしやと遊貴の顎に手をやって少し振り向かせると、瞼と瞼がくっつきそうになっていた。
一見、眠たそうに見えるだけだが、今は入浴中だ。
「……のぼせたか?」
「ううん。ちょっと眠いだけー」
「そうか。泡流すから、もう少しだけ我慢しててくれ」
「ん」
この様子ではじきに寝てしまうだろう。さっさと上がろう。
もう少しゆっくりしたかったが、昨日に続き、また彼の体に負担を掛けてしまったのだから仕方がない。
浴槽の詮を抜いた。シャワーの蛇口を捻って温度を調節する。
排水はまだ終わっていないが、遊貴を立たせて肩からお湯をかけていく。上から順に背中側と前側を交互に。
ほんのりとピンクに染まった肌の上を白い泡が滑り落ちていく。
その様に、喉が鳴った。
熱を持ちかけた箇所に遊貴の手が触れ欲を煽るように動きだしたのを、手を掴んで止める。
「そんな事しなくていい」
「でも」
「いいから。頼むから気にするな」
寝落ちしそうになっているくせに。
そうまでして気を遣われると、腫れ物に触るような扱いをされているようであまり気分がいいものじゃない。
理性が切れる前にと手早く泡を落としきり、ベッドで寝てろと浴室から追い出した。
シャワーの温度を水に設定して頭から浴びる。
熱くなりかけた体を冷ますのはこれが1番早い。
たっぷり時間を掛けて自分を鎮めてから、下だけ服を着て浴室を出る。
ベッドでは遊貴が体を丸めるようにして寝ていた。
小柄な彼がさらに小さくなって眠る姿に和む。
時間を確認すると正午を過ぎていた。
よし、昼メシでも買いに行くか。
よく寝ている所をわざわざ起こす事も無いと静かに身支度を済ましていく。
濡れている髪を肩に掛けていたタオルで拭くだけに留め、手櫛で軽く整える。
この気温だ。外に出ればすぐに乾くだろう。
裸だった上半身に衣服を身に付けつつ、眩しいだろうとカーテンを閉めにベッドの横を通った。
「……流……」
遊貴が小さく呼んだ名に、その瞬間、体が凍りついた。
頭を巡らしてベッドを見遣るが、彼の瞼は閉じられたままだ。微かに開かれた唇からは規則正しい寝息がもれていた。
ドクン、ドクン、と自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
呼吸を止めていた事に気付き、ゆっくりと再開する。不快な音を奏でる胸を宥めるように。
カーテンを閉め、財布と遊貴のキーケースを掴むと急ぎ足で部屋を出た。
やはりな、と頭のどこかで冷静に思う。
気持ちが届いたと繋がったと思ったのは幻想で、俺はただ一人でくるくると踊っていただけだ。
そしてそれは、これからも続く。
「……無様だな」
遊貴が預かる合い鍵。
ドアを施錠しながらキーを持つ手に力が篭る。
少しだけ。ほんの少しだけだが、暴力に走った誰かの気持ちが判った気がした。
end
一年と数カ月前に断念した部分を書き上げられました!
視点が遊貴から切人に、前回更新から半年近く掛かったりしてますけども。
でもラブが書けれたんです!(感涙)
2014.12 岩石
拙い作ですがここまで読んで頂けて嬉しいです。
今までありがとうございました。
2015.3 岩石




