(3)金色の翼は自由に空を舞う
女神のように超越した美をそなえた幼女は、うれしそうにわたくしの手を握った。
「ありがとう。あなたが、新しい祠になってくれるのね」
「え? 祠?」
「そうよ。前のはずいぶんと蔑ろにされてしまったもの」
「前の……」
わたくし、エリシャ、ミエラの三人がちらりとゴミ山を流し見る。
サフロランは『祠』と言った。
では、祠に住んでいた彼女は……?
「サフロランさんは」
「フローちゃんでいいわよ」
「……フローちゃんは、どうしてここに」
「うふふ。立ち話もなんだから、移動しながらにしましょう。さあ! いらっしゃい!」
「「「!!」」」
風がごうと鳴る。
とっさにふたりの娘を胸に抱いて庇ったが、気がつけばふわりと浮遊感。すさまじい勢いでぐんぐんと体が上へのぼる。
やがて、ほわっとした大きな羽にくるまれたわたくしたちは薄い雲を突き抜け、はるか高みへ。小さくなった山並みや街を一望し、あぜんとした。
「……っ、すご……」
「すごーーい! わたしたち、鳥さんに乗ってる??」
そう。鳥である。
見渡せばサフロランの髪色のようにきらきらとした金の羽毛が風になびき、黄金の穂波のようだった。
とてつもなく大きな鳥だ。わたくしたちは何らかの力に守られ、ちょこんと鳥の背に座っている。
そこへ、あたたかな背中を通じてサフロランの声がした。
《アウルメリア、エリシャ、ミエラ。行きたいところが決まるまでお散歩でもしましょうか》
❖
散歩という名の空中飛翔のあいだ、身の上話を聞いてわかった。サフロランは神鳥の雛だ。
彼女の感覚でいう「少し前」、気まぐれに降り立った噴水で小鳥のふりをして遊んでいたところ、ダンヴィル子爵家のちいさな女の子がやってきて、あのドールハウスをくれたという。
神鳥とは、天上においては鳥の姿をした神。
地上では人間の信仰対象となるか、だれかと親交を結んでヒトの姿を得る。
サフロランは、少女と親交を結ぶこと――つまり、噴水のほとりに彼女だけの祠を置いてもらうことで地上の女神になった。
少女は婿を取り、寿命をまっとうするまでサフロランを大切にしたそうだ。
《けど、ちょっと前に酔っ払いの人間の男がふたりやって来て》
「ああ……」
なんとなくわかってしまった。
わたくしは悲嘆の声をもらす。
曰く、彼らは酒を嗜んだあと庭を散策し、祠を見つけて「不用品が廃棄されている」と勘違いしたらしい。こともあろうに、わざと蹴り飛ばして。
サフロランは、ぷんすかと憤慨した。
《私、頭にきちゃって》
「ああ〜……」
サフロランは戒めの雷を彼らに浴びせようとしたが、誤って噴水を破壊した。紳士ふたりは叫びながら館に逃げ込んでしまった。
翌日片付けに来た使用人らは、剥がれたタイルや破片を転がった祠の上に集めた。おまけに屋敷内の不用物まで捨て置かれることになった。
そうして、今日まで撤去されることなく過ぎ去ったのだ。
《ちなみに、神を害したものには報いがあるのよ。仕方ないわよね》
「な、なるほど」
大いなる鳥の背で、わたくしは深く頷いた。
報い。
それは、かつてのダンヴィル子爵と我が父、パーウォール子爵を襲った突然の事故だろう。ダンヴィル子爵の長子だった、バルテ様の兄上にも余波は及んで。
(おとぎ話みたい。でも、本当のことなのね)
わたくしの人生の大半もそれに費やされたのかもしれない――いままでは。
「……お母さま?」
「起こしてごめんねエリシャ。もう少しおやすみしましょう」
「はぁい」
膝の上のちいさな頭を撫でると、寝息はすぐに始まった。空の上でしばらく興奮状態だった娘たちは疲れ果て、すやすやと寝入ってしまったのだ。
眼下にはなつかしい王都が見える。生家があるであろう郊外も。
《ところで。行きたいところ、できた?》
「そうですねえ……」
《私ならどこへでも連れて行ってあげられるわ。天上の、私の宮でも》
「それはさすがに畏れ多いかと」
いつの間にか敬語になったわたくしに言葉遣いを注意するでもなく、鳥の姿のサフロランは背をぷるぷると震わせた。笑っているのだろう。伝わる声が楽しそうだから。
《欲がないこと。じゃあ――えいっ!》
???
わたくしは仰天した。彼女の気合いの言葉と同時につむじ風が生まれ、ふたつの方向へ散ってゆく。ひとつはダンヴィル子爵領。ひとつはまさかの王都だった。
「な、何を……?」
《あなた、ひとが良すぎるのよ。私、ぜーんぶ聞こえていたのよ? あの女は事業なんかしてない。街で入れ込んでる役者がいるだけ。旦那さんにいたっては釈明の余地もないでしょ》
「いえ、だから何を」
《あなたの正当な財とか、取り上げられたぶん? あなたが産まれる前に、ほんとうのお母様が作ってくれた装身具とかを、盗っ人や偽りの持ち主から引っ剥がしてるの。――あらやだ。全然足りないわ》
「えええっ」
このお幼女、どこまで見えて知っているのだろう……?
やがて、風に運ばれてぽとぽとと落ちてきた金貨や宝石に目を瞬いた。そのなかにはたしかに、母の形見のネックレスもあって。
遠い海でとれたという小粒の真珠と、母の緑の瞳のような宝石が連なったうつくしいそれを手にとった。
ぽろりと雫がこぼれたのは仕方ないと思う。
「ありがとうございます。だいじな、品です」
《いいのよ》
今、彼女がヒトのかたちなら「えっへん!」と可愛らしく胸を張ったかもしれない。そんな姿を想像し、くすくすと笑う。
《じゃ、あなたが気に入る場所で私も暮らすわ。探しに行く?》
「……そういうことなら……はい、よろこんで。のどかで、平和なところがいいですよね」
頷いたわたくしの胸元には、握りしめた思い出の品。両膝にはぜいたくなことに、宝物がふたり。
海か。高原もいいかもしれない――どこか、知らない町でも。
風がやさしく頬を撫でる。金の翼のサフロランは新天地をめざし、自由に空を舞った。
〜つづく〜




