Trick or Treat 〜カボチャ小話を召し上がれ〜
――♪、♪
――ざっざ。ズルズル……
「あらあら、かわいらしいお化けさんたちだこと!」
市場で買い物中のおばさまたちの声に、ミエラは心得たように一回転。真っ白なシーツの即席衣装はドレスのように波打ち、優雅なドレープを描く。
否、もちろんドレスではない。
目出し穴を開け、慎ましく頭から被っている――
❖
今日は、ローランシアのお化け祭り。
少し前にお家を飛び出すことになったミエラたちが「ひとまずここで暮らしましょう」と決めた、島の街。そこに古くから伝わるユニークな行事だ。
お作法は簡単。子どもはお化けの格好をして街を練り歩き、大人はお化けにお菓子を振る舞う。由来はいろいろ、諸説あるらしいが。
ざっくりまとめると、実りの秋は亡くなったご先祖様が異形となって遊びに来るから、気づかないフリでおもてなしをしてあげましょう……、とか。
ミエラは左手で高々とちいさなバスケット籠をかかげ、うろ覚えの挨拶をした。
「とりーとー♡」
「まあ! お菓子が欲しいのね。はい、どうぞ」
くすくすとご婦人がたは笑い、それぞれのポケットにしまっていた飴の包みを取り出して籠に入れてくれる。
それを見て、連れ立って練り歩いていたもうひとりのシーツお化けがやって来た。
彼女は手に何も持っていない。「絶対ひとりになってはだめよ。みなさんに失礼のないようにね』との母の厳命が、姉妹で籠ひとつというタイトな装備品に落ち着いている。
ちょっと背の高いシーツ――姉のエリシャ――は、やんわりと囁いた。
「ミエラ、『とりっくおあとりーと』でしょう? お化けのご挨拶」
「うん! とりっくー!」
「もう……」
仕方のない子、と言いたげな溜め息は苦笑混じり。
エリシャはおとなっぽいお姉さんだが、それはフリだけで、お祭りをちゃんと楽しんでいるのは明らかだった。おいで、とやさしく手を引いてくれる。
ミエラは、とてとてと姉についていった。
シーツにくり抜いた目の形の穴ぼこからは、おしゃれな煉瓦畳の大通り。お祭りだからか、いつもより掃き清められてピカピカだ。もちろん馬車が通る真ん中を避けて端を歩く。
数歩先には、お化けらしく無言を貫いているらしい、新しい姉のフローがいた。
「ねえ、フローちゃん。待ってったら」
「……Treat?」
くるりと振り向いたのは、ずんぐりとしたオレンジのカボチャ頭。真っ黒なマントに青いチュニックをまとっている。
(すっごい、気合い入ってるぅ!)
どこからどう見てもお化けなうえ、異国の言葉を自在に話せるのだと感心し、ミエラはふんすと籠を差し出した。
「フローちゃんのおかげだね。もう、こんなにもらっちゃった。どうする? まだ回る?」
「……Thanks」
「! あっ」
カボチャ頭のフローは、不思議な発音のことばとともにチカリと光り、ばいばいと手を振って消えてしまった。
ああ〜、とエリシャがシーツから悲嘆の声を出す。
「んもう。しょうがないなあ、フローちゃんは。あんなにお母さまから、『お外で神様のちからを使ってはいけませんよ』って念押しされてたのに」
「ねー!」
察するに、フローはどうやら先に帰ったらしい。
わけあって一緒に暮らすことになった金色の髪の少女は、もとは鳥の神様だけあって、とんでもなく自由だ。エリシャはやれやれと肩をすくめた。
「帰ろっか」
「うん!」
そうして家路につく。
あたらしいお家は街はずれの長閑な丘の上。
あの日……気がつけば、フローの翼のちからでびゅんとひとっ飛び。見たことのない世界のほうぼうへと連れ出された、夢のような一日の終わりに。
たどり着いたのは茜色の夕暮れどき。
長く尾を引く影を背にしたお母さまは、ぽつんと建つ一軒家をみとめ、オレンジの瓦屋根とアイボリーの漆喰が可愛くて気に入ったと言っていた。ミエラも同感だ。――おそらくはエリシャも。
「ただいま帰りました」
「ただいまぁ」
「〜〜おかえり! ああ……っ、良かった。ふたりとも明るいうちに戻って来て。もう少しで探しに行くところだったわ」
「大げさね、お母さまったら。途中まではフローちゃんがいたのよ」
「よー?」
「えっ」
「おかえりー! ん? 呼んだ?」
「「へ」」
ふたりは同時に目を丸くした。
そこにはカボチャ頭じゃない、素顔の美少女フロー。お気に入りのワンピースにエプロンを着けている。両手にミトン。流れてくるのはほっこりと甘い焼き菓子の匂い。
それは、たった今までアウルメリアとパンプキンパイを焼いていましたよ――。そんな風情である。
おそるおそる、エリシャが問う。
「フローちゃん、カボチャお化けの格好は?」
フローは、こてんと首をかしげた。
「カボチャ……? 食べるやつじゃなく? わたしなら、ずっとここにいたけど」
「「!! えええっ」」
―― Trick or Treat ――




