(2)庭のドールハウス
「よし。あとは石畳を掃いて……と。今日は庭を全部は無理そうね」
体感として二時間はかかったろうか。残る面積を見渡し、可能な作業量を弾き出す。そうして植え込みのそばを見渡すと、なんと娘たちがいなかった。慌てて駆け寄って茂みをかき分ける。すると。
「!」
草を抜いて平らになった地面の向こう、噴水の残骸裏側にちょこんとしゃがむ小さな背中が見える。わたくしは、ホッと息を吐いた。
「よかった。そこにいたのね? エリシャ、ミエラ」
「お母さま」
「かあさま! おわった?」
「いいえ。でも、今日はそろそろおしまいにしましょう。怪我はない? たくさん綺麗にしてくれてありがとう」
「んふー」
「どういたしまして」
得意満面のミエラはちょっぴり頬を汚しているし、おしゃまに立ち上がって覚えたてのカーテシーを披露したエリシャのスカートからは、草の欠片がはらはらと落ちた。
その愛らしさに(夕食までにお風呂)と、やることリストを追加しておく。
――まぁ、そんな予感はしていたので、たいして問題はない。
❖
石畳を掃き、ついでとばかりに姉妹の努力の跡も綺麗に片付けると、エリシャとミエラはうれしそうに拍手をした。それから、ふと『おいでおいで』をする。
(?)
招かれるままに壊れた噴水の裏へ回ると、そこにはタイルや陶器、古びた木箱が散乱していた。おとなの膝丈はあろう小山はやや崩れ、なかから扉のようなものが覗いている。どうやら娘たちはこれに幼心をそそらしい。わたくしは改めて首をひねった。
「なあに? これは」
「わかんないー」
「よく見つけたわねえ。ほとんど埋もれてるのに」
「隙間からね、小さな扉が見えたの。それで、おもちゃのお城かなって。内緒で直して、お人形の秘密基地にしようと思ったのよ」
「それはすごいわね」
わたくしは長女の目論見の大胆さを称賛し、内緒でなくなった点については触れずにおいた。話しながらタイルや木片などを慎重にどかしてゆく。
そうして出てきたのは、たしかにお人形サイズの両開きの扉。もとは真っ白だったのだろう。汚れていても丁寧な造りで鍵穴はない。これならひらきそうだ。
しゃがんだ状態でそっと振り返ると、娘たちは期待に満ちたまなざしでこちらを見ている。
(ええと)
躊躇うわたくしに、子どもたちはにこにことした。――なんてわかりやすい!
エリシャははにかみながら小首を傾げた。
「私たちじゃ無理そうだったから、お母さまに開けてほしいなぁって」
「……」
「おねがいしようと思ったの」
「……そうよね。そうなるわよね……わかったわ。えいっ!」
覚悟を決めて両方の取っ手を引っ張ると、なかなかに手ごわい。
が、次の瞬間。
(!!)
――光がこぼれた。
まぶしさに驚き、目を閉じたわたくしは手元から吹き出した何かによって派手に尻もちをつき、背中をエリシャとミエラに支えられた。
きゃあ! という声にまぶたを上げると、膝の上にはふんわりとした重み。見たことのない幼女が乗っている。
(は? 誰?? どこの子?)
わたくしは、ぽかんと口を開けた。
流れる滝のような金の髪はあどけない白桃の頬を滑り落ち、腰下まで垂れて渦を巻いている。長い睫毛に縁どられた大きな瞳は澄んだ清水の蒼。かたちの良い、つんとした鼻梁も、花びらのような唇も、シンプルな白いドレスに包まれた華奢な体つきも、もちもちのお手々までもが極上の美に彩られた女の子。
いま、この場においては三人目というべき幼女が現れている。あの扉から。
わたくしは、どぎまぎと問いかけた。
「まさか。と、閉じ込められていたの?」
「閉じ込め…………ええ、そうね。そうとも言うわ。あなた、名前は? 私は『サフロラン』」
「名前」
あまりの突拍子のなさに目をぱちくりさせる。
彼女が名乗った名の、異国風な優美さもさることながら。
――わたくしの名前。
もう、何年も誰からも呼ばれていない、ひっそりと捨て置かれたような名を。
固まるわたくしに、ふしぎな幼女はぐいぐいと迫った。
「名前。ひょっとしてないの? つけてあげましょうか」
「あ、いいえ。あります。『アウルメリア』というの」
「アウルメリア」
……アウルメリア、アウルメリア。彼女は口のなかで何度かわたくしの名前を転がし、パッと顔を上げた。
「すてきね。知恵の象徴の鳥と、だれかの幸せを願う花みたいにやさしい響きをしている。助けてくれてありがとう、アウルメリア」
「どういたしまして。あ、でも、見つけたのは娘たちなので」
「知ってるわ。可愛い子たち。ふふっ、おお母さまが大好きなのよね? お声はぜーんぶ聞こえていたわ。 エリシャ、ミエラ」
ばちん! と、長い睫毛が音をたてたかのようなウィンクに、娘たちはそろって「きゃああっ」と照れて叫ぶ。――――なにこれ可愛い(真顔)。
失礼、と膝から降りたサフロランは居住まいを正し、コホンと咳払いをした。
「助かった……と、言いたいところだけれど。困ったことに、私、おうちがないの」
「まあ」
手袋を取った片手を頬に当て、さまざまに思案を巡らせる――――“おうち”とは、まさか、そのドールハウスでしょうか? など――――わたくしとは真逆に、あれよあれよと幼女たちの距離は縮まる。
サフロランに走り寄ったエリシャとミエラは、おのおのの感情を迸らせた。
「なんてかわいそう!」
「サフロランたん、うちの子になる?」
「こ、これ、エリシャ。ミエラ。あのね、サフロラン……さんにも、きっと事情が」
「え、いいの? やったあ!!」
(ええええーーっ!?!?)
心の声を爆発させたわたくしは、穴が空くほど金の髪の幼女を見つめた。
いいえ、その。もちろん、我が家に迎えるのに吝かではないのですが。
(お義母さまななんと仰るかしら……? 迷い子を保護した、で通せればよいのだけど!)




