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祠の女神を引き取りまして 〜雛神様の養育者〜  作者: 汐の音
前章

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(1)不遇の子爵夫人






「じゃあ、あとはよろしくね!」


 きつめの美貌に迫力の赤いドレス。きらびやかな宝石で身を飾った義母は靴音も高らかに馬車へと乗り込んだ。

 ご婦人たちとのお茶会であれば、あれは不相応な装いの気がするのだけれど……

 ここ、ダンヴィル子爵邸においてはこれが日常。

 わたくしはエプロンドレスの裾をつまみ、恭しくカーテシーをする。


「はい。いってらっしゃいませ」


 返事はない。代わりに無造作にドアが閉まる。

 やがて響いた蹄の音にカラカラとかさなる車輪の音。黒塗りの箱馬車はあっという間に去って行った。


 鉄柵のこちら側。がらんと広がるのは埃っぽい石畳に荒れ放題の庭。わたくしは両手を腰に当て、ふうと息を吐く。


「さあて、やりますか。草抜きに掃き掃除、それから夕食の支度……」

「お母さま、エリシャ手伝う!」

「わたしもー!」


 うしろで元気に挙手をしたのは長女のエリシャ。ぴょんぴょん飛び跳ねて存在を主張したのは次女のミエラだ。

 ふたりともぽってりと愛らしい手を握り、「絶対にやり遂げる」という熱い意思を込めてこちらを見ている。うう、まだ九歳と六歳なのに。


 とはいえ、まだ頑是(がんぜ)ない年頃の娘たちに苦労をかけるのはいかがなものか。わたくしは重々しく首を横に振った。


「いいえ。気持ちはうれしいけれど、これはお母さまが直々に申し付けられた……」

「いっちばーん!」

「ずるいわおねえさま! ミエラ、にばーん!」

「!? ああっ、ふたりとも??」


 なんてこと。

 娘たちはふわふわの栗色の髪をなびかせ、あっという間に植え込みの方向へ駆けて行った。それを慌てて追いかける。


「待って! 長い草を上から引っ張っちゃだめ。お手々が切れちゃう。せめてっ……手袋!」


 わたくしはかろうじて妖精のような幼子(おさなご)たちを捕まえ、予備の手袋を片方ずつ着けさせた。

 おとな用のぶかぶかの手袋に、ミエラはキャッキャと笑い声をあげ、エリシャはしげしげと見つめている。その間に虫除けの薄荷(ハッカ)水を取り出し、携帯霧吹きで吹きつけた。


「これでよし」

「ねえ。もう行っていい?」

「しょうがないわねえ。奥には行かないと約束して。草むらの中に入ってもだめよ」

「「はーい」」


 お利口さんなお返事がぴったりとかさなり、無邪気なエリシャとミエラは再び庭へ。それをじっと見送る。


(あの辺りは……たしか、ハーブと雑草の花が群生している、壊れた噴水かしら。木陰だし大丈夫ね)


 わたくしは小脇に抱えた籠を地面に下ろし、その場にしゃがんだ。まずは石畳の隙間にびっしり生えた草を根気強く抜いてゆく。

 晩夏の日差しが照りつけ、装飾目的ではない帽子の下、汗はじとりと蒸れた。



   ❖



 昔々。

 嫁いだばかりのころは、こんなふうではなかった。


 この婚姻は亡き父――先代パーウォール子爵とダンヴィル子爵が交わした、れっきとした契約。わたくしがまだ赤ん坊のころのこと。


 パーウォール家にはわたくししか子どもがおらず、母は産後しばらくで早逝。後妻である母を失った父は高齢の域にあり、次子は望めなかった。

 おそらくは同じ家格の貴族の次男を婿に、くらいの気持ちだったのだろう。友人の息子が相手であれば、自分が死んだあとも娘夫婦の後見をしてもらえると信じて。


 しかし、わたくしが今のエリシャくらいになったころ、両家の当主はべつべつの馬車の事故で亡くなった。ダンヴィル家の長男まで。


 ――そこからは零落の日々。


 パーウォール子爵位は野心家の叔父が継いだ。

 わたくしはデビュタントもできず、十七で結婚させられた。どうしても爵位を自身の息子に継がせたい叔父の画策だった。


 パーウォール家から手切れ金のような持参金を得て、最初だけ歓待を示したダンヴィル家の人びとはその後、見事に手のひらを返した。



 『援助がないと事業をうまく回せないわ。ね、わかるでしょう? 家族だもの。助け合わなくては』



 義母は使用人をほとんど解雇し、代わりにわたくしを働かせた。屋敷は当然のように荒れ、持参したドレスや装飾品はすべて取り上げられた。

 いっぽう、淡々と二児をもうけた夫は。



 『僕は別邸で暮らす。きみは領地(ここ)で、子どもたちの養育をしながら暮らすといい。社交は母がこなすからね。何も心配はいらないよ』



 義母譲りの華やかな容姿。甘い微笑が特徴的な――現在のダンヴィル子爵バルテ様とは、ミエラが産まれて以降ひとめも会っていない。

 出入りの商人から聞いたところ、彼は晴れて王城勤務となり、王妃宮の管理侍従としてなかなかの暮らしぶりだという。


 はて、事業とは……? と、首をひねったが、どうやら領地運営はすべて義母が担っているらしく。


(きっと、お義母様は赤字が気まずくて、うまくいかなくてもバルテ様に相談できないんだわ。外聞を気にするかただから)


 じっさい、ダンヴィル家が懇意にしている商会ですら、わたくしを単なるメイドだと思っている。


 だから――



 『知ってるかい? こちらの子爵様はたいそう色男で、王妃様のいちばんのお気に入りだってさ。王様も黙ってらっしゃるなんざ、わかんないもんだねぇ。雲の上の方々ってやつは』



 ……だから、そんな噂話をわざわざ落としてゆくのだろう。


 わたくしの思考は、いつもここまで止まり。

 だって、これ以上考えたって、どうにもならないもの。



   ❖



「さ、やっつけてしまいましょ。やることはいっぱいあるわ!」


 腰を伸ばして立ち上がり、ふん、と気合一閃。

 諦めることはとうの昔に慣れたし、時は有限。悩む時間と労力こそが、いまは惜しい。

 わたくしは雑草(くさ)に対する殲滅者よろしく、つとめて気持ちを切り替えた。




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