18-1 ゴゴメール
「コビット族の戦士と刃を交えられるとは、こんなつまらない村でも、来た甲斐があった。」
帝国兵が、ダルトンとの間合いをはかりながら、ゆっくりと歩く。ダルトンから一切目を離さずに、刀の刃を向ける。
ダルトンは、そんな帝国兵を見てはいるが、腕を脱力した様に垂らし、斧を地面につけている。まるで戦う素振りがない様にして立ち尽くす。
「そう思って貰えるのは光栄だが、おまえさんは、まだ若い。こんな所で命を散らさなくても良いのではないか?」
「同情ですか?ここで逃げ帰れば死刑ですよ。我らが帝国は、弱肉強食。生き残るは、強者のみ。それに私は、死ぬのならば、人として死にたいのでね。」
帝国兵は、ちらりと、ゴブリンの死体を見た。
それをダルトンは、察した様だ。
「なるほどのう。悲しいが……やるしかなさそうだな。」
帝国兵は、足を跳ね上げ飛び掛かり、一太刀、二太刀と、ダルトンに斬りかかった。ダルトンは、斧で綺麗に受けきって、間合いを取る。
次は、ダルトンが帝国兵に飛び掛かり、斧を縦に振る。帝国兵は、それを受け止めて、ジリジリと刃を交えて弾き飛ばし、後方に飛び退いた。
ダルトンは、どうも負ける気がしなかった。
それには、理由がある。武器の質の違いだ。
コビット特製のダルトンの斧は、硬くて丈夫な上に、重量もある。そして、ダルトンは、この斧だけは、火の国や桃源郷の鍛治師にも負けないと、自信と信頼を置いていた。実際の所は、そんな名匠の武具に勝てる訳がないが……。
対して相手は、普通の刀だ。名刀という訳でもない。それなりの逸品だろうが、刀と言う物は、切れ味が良い反面折れ易い。
ダルトンの斧と対峙するには、余程の腕がない限り、あの刀は、直ぐに折れてしまうだろう。それが、初めの打ち合いで、ダルトンには感じ取れた。
しかし、油断は、決して良くない。ダルトンは、コビットの中でも名の知れた戦士だ。情けや手加減が死に繋がる事を、よく知っている。
ダルトンは、闘気を発して、帝国兵に向かって駆ける。蒸気の様な白い煙を体に纏い、風で煙が揺らめく。
帝国兵に近づくと、また上段から縦に斧を振り下ろした。
『 鎧砕き 』
ゆらりと、斧が闘気ごと揺れる。帝国兵も、刀に闘気を纏わせて防ごうとするが、それは敵わない。
帝国兵の刀があっさり砕かれる。斧の刃は、刀を折ると、そのまま帝国兵の体を斬り裂いた。
それからダルトンは、下げた斧を再び振り上げて、兵士の体を、もう一度斬り裂いた。
それは、瞬く間の二連撃だった――。
帝国兵は、仰向けになって倒れた。既に息は無い。
ダルトンは、斧を振り、刃に付いた血を飛ばす。
「若者よ。ゆっくり眠るといい。」
ダルトンがナイツを振り返ると、丁度、ナイツが龍人化した所だった。
「そう言えば、あの龍人族も若そうだったが、大丈夫か?女の方は、ビビアンだったか?姿が見えんが……。」
ダルトンが心配していると、破壊された民家の中から、ビビアンを担いだ勇希が出てきた。
「勇希は、上手くやっておるようだな。しかし、サイナスからの救援はまだか?」
ダルトンは、村の入り口の方を向いて考えた。村のあちこちに、死体が転がる様を見て、自身の考えが甘い事を思い知る。
「しまった!わしとした事が……サイナスや他でも、何か起きている可能性を考えてなかった!」
ダルトンは、闘気をぶつけ合っている二人の方を見る。
「悠長にしている場合じゃないか。早く終わらせねばならん。」
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ゴゴメールは、太った大きな体の割に機敏な動きをする。強大な闘気に頼り切っただけの大男かと思っていたが、そういう訳ではないようだ。
ゴゴメールは、ナイツに向かって連続で突きを繰り出す。
「龍人化しといて、そんなものかね?」
ナイツは、鋭いハルバードの突きに圧されながらも、技を繰り出す。
『 昇竜瀧 泳 』
銛を回転させながら、ゴゴメールを水流で突き刺す。
『 刺凱閃!! 』
ゴゴメールも、対抗してハルバードを突き出す。
再び、青と紫の二つのオーラがぶつかり合う――。
『 裏・昇竜瀧 影 』
そこで、銛を突くナイツの姿が、水流となって消えて行く。すると、次の瞬間、地面の影から水流が渦巻きながら現れた。
「――大技の後は、何て言ったっけ!?」
ナイツが銛をゴゴメールの胸へと突き刺す。
「なにをおおおお!」
ゴゴメールは、目一杯の闘気を体から発しながら、体を反らす。
ナイツの回転する銛が、ゴゴメールの鎧のプレートを削り、大量の火花が散る。
紫の闘気によって、なんとか貫かれず形成を保っているプレートは、熱を持ち赤く変色する。ゴゴメールは、片足を後ろに下げ、必死に体を反らした。
「――うおおおおお!」
両者が雄叫びを上げる中、ナイツの銛が、ゴゴメールの胸のプレートを弾き飛ばした。
ナイツは、銛を突き出して、ゴゴメールの胸の前を通り過ぎる。
「ちっ。浅かったか!」
ゴゴメールを振り返りながら悔しがった。
「――くぐっ。」
ゴゴメールは、歯を食い縛り、胸を押さえながら体勢を崩す。露出した胸は、赤く爛れている。
その時、ゴゴメールの鎧の隙間から、四角い小さな箱が地面に転がり落ちた。
「はぁ……。今のは、危なかった。フェイントとは、汚い奴だな。」
ゴゴメールは、胸の傷を確かめた後、地面に落ちた箱を拾い上げる。ゴゴメールが箱を拾い上げると、箱がピーピーと、電子音を鳴らし始めた。
「何だ?壊れてしまったか?」
ゴゴメールは、箱を調べながら携帯の電波を探す様に、箱を左右に翳した。すると、何故か勇希に向けると、電子音が鳴る。
「はっ!まさか、君!さっきの力は……。そういう事か!?」
ゴゴメールは、何かに気づいた様子で、箱を見るのを止めて、勇希をじっと見ている。傷の痛みなど忘れて、垂れた頬の肉を、にっと引き上げ笑みを溢す。
ゴゴメールは、箱を懐にしまい、太い足を一歩ずつ勇希の方に進めて行く。
ビビアンを民家の壁にもたれ掛けさせて、彼女の様子を見ていた勇希は、ゴゴメールの接近に気づいていない。
「おい!何処へ行く!」
ナイツが銛を突き出して近づくと、ゴゴメールがハルバードで薙ぎ払った。
「邪魔するんじゃない!!」
ゴゴメールの笑顔が一変して怒り出す。
「そういう訳にはいかないだろう。大人しく投降するか、斬られるか選べ。」
ダルトンがゴゴメールの前に立ちはだかった。
「何だと!?誰に口を聞いている!実験動物の分際で!ぐぬぬぬぬー!」
ゴゴメールの怒りのボルテージが、最高潮に達しようとしていた。ブヨブヨとした皮膚は、赤みを増し血管が浮き上がる。
これでもかと言うほどの闘気を放出し、紫の炎が天へと昇った。
「うおおおー!!!」
闘気の波が辺りに押し寄せ、ダルトンは、身を守る様に手を翳す。
「凄い量の闘気だな。」
「私は、mにj!!」
言葉にならない程の怒り。その紫色の荒れ狂う闘気を放ったまま、ハルバードを両手で構えて、ダルトンに突っ込んで来た。
その怒り狂う巨体は、まるで闘牛の様だ。雄牛の如く目は血走り、鼻から熱気のある息を噴く。角は、ハルバードの切先だ。
「散れえええええいっ!!」
怒涛の叫び声で、ダルトンを飲み込む。
ゴゴメールとの体格差によって、ダルトンがより一層小さく見える。牛に立ち向かう蟻の子なんて、いとも簡単に押し潰されてしまうだろう。
ダルトンの表情は、いつも通りだった。ビビっている素振りなど、一つもない。顔を隠す髭の所為で分からないだけかもしれないが、持ち上げた太い腕で落ち着いた様に、斧の握りを確かめる。
「まるで、魔獣だな。」
荒れ狂ったゴゴメールを見て、ダルトンは、残念そうに息を吐いた。それから、流れるような軽い足取りを、前に踏み出した。
沸かしたお湯の蒸気が、人の手で掴み取れないように。ダルトンは、紫色の闇の中を、白い湯気が漂う如く通り過ぎる。
ゴゴメールの突き出したハルバードが、どれだけ荒れ狂っていようが、ダルトンには関係が無かった。
ダルトンを突き抜けて立ち止まったゴゴメールは、体中から血を噴き出し始めた。倒れそうになるも、ハルバードの柄を地面に突き立て耐える。
「なんだと……。私がこんな小鬼に斬られた?ありえん!君……ただの小鬼じゃないな。」
「小鬼ではないわい!っふん。怒りに身を任せた闘気など、魔獣とそう変わりない。」
「これは、私の手に負える相手ではないね。っき!」
ゴゴメールが勇希を睨む。
「ええ!?」
なぜ睨まれたのか分からない勇希は、動揺した。
「仕方ない。情報だけでも持ち帰る事を優先するか。無謀な戦いをするほど、私も馬鹿じゃないんでね。」
ゴゴメールは、小刻みに震えながらも、ハルバードに体を預けて立ち上がる。
そして、捨て台詞を吐いて逃げ出そうと、口を開いたその時だった――。
「ここは、引かせてもらっうぅ!?」
ドクンッ!
ゴゴメールは、急に腹を押さえて苦しみ始めた。
ドクンッ!
それは、まるで、大きい方を限界まで我慢している様に――。
ドクンッ!
「こっこれは……。」
ゴゴメールの苦い顔に、大量の汗が滲み出る。
「……ヤタゼイめっ。くそ!この私をも実験動物に仕立て上げたなっ!くっくそぅ……。」
ゴゴメールは、腹を抱えてその場に蹲る。
ドクンッ!
ダルトンとナイツは、急に苦しみ始めたゴゴメールを、敵ながらも心配そうに眺める。
「なんだ?おっさん、何したんだ?」
「知るか!致命傷までは、与えられてないはずだぞ!?」
すると、ゴゴメールが大きく手を広げて胸を張り、醜い大きな口を開いて、天へと叫び狂った。
「ぐわあああああああ――。」




