18-2 ゴゴメール
ゴキゴキと骨の鳴る音が響く。脂肪で垂れた体中の皮膚が、波を打ち揺れ動く。巨体のゴゴメールの体が、更に巨体となり、青い皮膚へと変色する。
耳は尖り、鼻は垂れ、目は丸く金色に輝く。ブヨブヨとしていた体の肉は、張り詰められた筋肉へと変貌している。
先程の兵士がゴブリンなら、ゴブリンキングとでも呼ぶべきか。しかし、ゴブリンとは、桁違いの重圧感がある。
「これは……。」
ナイツは、絶句する。――並の兵士が化物になるんだぞ?元から化物だった奴が、更に化物になるなんて反則だろ。
「ふむ。久しぶりに、血が騒ぐのう。」
ダルトンは、巨体を見上げながら楽しんでいるようだった。
「グゴオオオオオ。」
ゴブリンキングと化したゴゴメールの叫び声が、村中に振動して響き渡った。苦しそうなその咆哮は、ガタガタと、建てつけの悪い民家を揺らし続ける。叫び声だけでも、崩れてしまいそうだ。
勇希は、気を失っているビビアンを守る。屋根が降って来ないように、壁に手を突いて覆い被さる。
そして、片手に抱えるステラと一緒に、ゴゴメールの叫ぶ姿を見た。その悍ましい姿に、勇希の顔から血の気が引く。
「はは…。望が見たら大興奮だろうな……。」
青色の化物は、望が大好きな特撮物の怪獣そのものだった。身長は、五メートルは優に超えている。平屋の民家と同じぐらい大きい。こちらに背を向けるダルトンが、豆粒に見える程だ。
「奴が暴れ出す前に片付けるぞ!」
ダルトンが叫び、ゴブリンキングに向かって走り出す。
「あんなデカいのに切り傷付けて、意味なんてあるのか?」
ナイツが引き気味に尋ねた。
「デカい分、攻撃を当てやすいだろ?黙ってぶった斬るんだ!」
ゴブリンキングは、足を大きく持ち上げる。すると、近づいて来るダルトンへと、足を踏み抜いた。
ドシーーン!
衝撃と砂埃に巻かれながら、ダルトンが後方に転がった。踏み抜いた足は、地面に少し埋まり、周囲にひび割れたクレーターを作った。
ダルトンは、地面の上を回転して手を突き、起き上がる。
「凄い力だな。してやられたわい。だが、もう一度だ。」
ダルトンは、大きな巨体に怖気づく事なく、再び走り出した。
ナイツも、ダルトンの動きを見て、同じ様に走り出す。
ゴブリンキングの持つ、大きなはずのハルバードが、とても小さく見える。ゴブリンキングは、そのハルバードを、ナイフでも振るかの様に、片手で素早く横に振り払った。
――ゴゴゴウッ!
強風が窓を打つ様な音を鳴らす。二人は、難なく矛先を躱したが、後から押し寄せた突風により、体を持って行かれそうになる。
ダルトンは、斧の刃を地面に打ち付け、それを耐えた。
「タイミングを合わせるぞ!わしは、右!」
ダルトンは、突風の吹き荒れる中、顔を上げてナイツに叫んだ。ゴブリンキングの首筋の辺りに、狙いを定める。
もう奴に理性はないだろう。変形したばかりで、体の使い方にも慣れていないはずだ。早く仕留めるに越した事はない。
ダルトンが斧を地面から引き抜き立ち上がると、ナイツの返事が返ってきた。
「了解!俺は、左だな!」
ナイツは、銛を回して、体に闘気を込め始める。
ゴブリンキングは、ハルバードを持つ右手を引いた。左肩を前に出し、右脚を後方に下げて腰を低くくする。――あの体勢は…!?
ナイツの脳裏に、ゴゴメールが放った台詞がよぎった。
『あの様な姿になっても、しっかりと体が覚えている――。』
ゴブリンキングの背中に、ドス黒い炎の様な闘気が湧き上がった。周囲に、身の毛がよだつほどの気配を感じさせる。
ナイツは、必死に叫んで、回避する姿勢を見せる。
「ヤバい!来るぞ!!」
ゴブリンキングが右肩を前に出し、ハルバードを突き出した。それと同時に、右腕から凄まじい闘気が放たれる。
それは、キールを吹き飛ばした時とは、比べ物にならない程の巨大なオーラだ。紫色の隕石の様な塊が、ダルトンとナイツの二人をまとめて呑み込もうとする。
地面を削って迫り来るドス黒い塊を、ナイツは、横に飛び退き、水流を纏わせた銛で受け流した。少し触れただけで、物凄い反動が襲い掛かる。
「くっ!!」
ナイツは、顔を顰めた。
ダルトンも飛び退いて、斧で弾く。だが、想像以上の威力に、体を連れ去られてしまう。
「ぐお!!」
ダルトンは、巨大なオーラの端に呑み込まれ、宙に投げ出された。新幹線にでも轢かれたかの様な衝撃だ。
「――ダルトン!!」
勇希は、吹き飛ぶダルトンを見て叫んだ。
ドガーン!
ゴブリンキングが飛ばしたオーラは、二階建ての民家に大きな穴を開けて、その家の大半を消し去った。
正に、滅茶苦茶だ。
弾け飛んだダルトンは、崩れた平屋の壁の中に突っ込み、更に壁を粉々にした。――あのダルトンがやられるなんて!これは、本当にマズいかもしれない。
勇希は、息を呑み、ビビアンを抱えて移動する事に決めた。ここに居ては、巻き込まれてしまう。
ドスン、ドスン。と、重い足音を響かせ、ゴブリンキングがナイツに近づく。体からメラメラと、ドス黒い炎の様な闘気を沸き立たせる。
ゴブリンキングが低い声で唸る。
「グゴオオオオオ!」
物語の大魔王の様な恐ろしい雰囲気が醸し出された。
ナイツは、額から汗を流し、緊迫した表情で身構える。
――その時。
急激に流れる風の動きが、村の中を駆け抜けた。
周囲の空気を吸い込む様な力強い風の流れを肌に感じ、自然と全員の視線がそちらに向く。ゴブリンキングでさえも視線を上げ、その風の原因をその目で捉えようと顔を向けた。
風の集まる先は、遠く離れた民家の屋根の上だった。
一目で分かる程に、翠色に輝いている。その光に向かって荒ぶる風の流れが出来上がり、周囲の空気が吸い込まれて行く。
そこに物凄い力が集中していた。
その光の中心には、キールが居た。弓を引き、真剣な眼差しで、狙いを定める。鋭い矢先が眩しく輝く。
そして、キールの後ろでは、ミーファがシルフと一緒に魔法を唱えていた。キールの肩の上から左手を突き出し、弓の横で強力な風の力を発生させている。
ミーファの魔法が風を集め、二人を包み込む様な翠色の光を放つ。その集まる力の中心は、キールの矢だ。
そこで、二人の表情に力が込められた。同時に口を開く。
『翡翠の一撃』
キールが矢を解き放った。
解き放たれた矢が眩しく発光すると、光の線となり、一直線に空を飛んで行く。
すると、空気を叩く様な振動音が鳴り響く。
矢が空気の壁を貫通する度に、衝撃波を作り出す。
ドン。ドン。ドーン。
上空に、緑色に輝く三つの衝撃波が円形に拡がった。
そして、その衝撃波の中心では、一筋の翠色に輝く矢が、線を描いて走り抜ける。
ビビアンを肩に抱える勇希――瓦礫に埋もれたダルトン――ゴブリンキングと対峙するナイツ――。
全員が頭上を駆け抜ける綺麗な光線の行方を目で追った。
エメラルド色に輝く矢が、まるで流れ星の様に、ゴブリンキングの赤く爛れた胸へと、真っ直ぐに突き刺さる。
矢は、左胸に円形の穴を空けて貫通し、そのまま木々を破壊しながら森の中へと落ちた。
「――グハッ!」
ゴブリンキングは、矢を受けた反動で、一歩後ろへと、体勢を崩し始めた。森の木々は、レーザー光線でも浴びた様に、轟音を上げて倒れ始める。
今の一撃を受けても倒れないとは、どれだけ強靭な体なのだろうか。ナイツも勇希も、体勢を崩すだけのゴブリンキングに驚愕して、声が出なかった。
「今だ!」
ダルトンの叫ぶ声がしたと思えば、ダルトンが瓦礫の中から飛び出した。――この隙を逃してなるものか。
ダルトンは、瓦礫を撒き散らしながら、全速力で駆け出した。
「おっ、おう!」
ダルトンの声で我に返ったナイツは、急いで銛を構える。練り込んだ闘気を水流に変えて、銛を地面に擦り付けて振り上げる。
『 龍裂爪! 』
すると、三本の大きな斬撃が発生した。斬撃は、地を走る激流の刃と化し、ゴブリンキングの右肩へと飛んで行く。
ダルトンは、飛び上がり、小さな体で宙を舞う。
そして、目一杯に研ぎ澄まされた闘気を斧に込める。それは、静かで揺るぎない、真っ直ぐな白い線を描く。
『 世界樹の倒壊 』
ダルトンは、体を縦に大きく回転させ、斬撃を穴の空いた左胸に叩き込む。
ゴブリンキングの右肩は飛び、左肩は、ザックリと切断された。
その大きな巨体は、そのまま後方へと倒れる。
どーん。
大きな音が鳴り、地面が揺れる。
「すげー。もう倒しちゃった……?」
勇希は、あっという間な上に、見ている光景が非現実的過ぎて、信じられなかった。
しかし、勇希がフラグを立ててしまったのかもしれない。倒したはずのゴゴメールの胴体が、急にバタバタと跳ねて動き始めた。
「なんだ?」
ナイツが近づいて確認しようとするのを、ダルトンが止めた。
「駄目だ!離れろ!」
紫色に一瞬だけ光ったと思えば、ゴゴメールの体が爆発した。
ドカーン!!
地面に這い蹲った二人の周囲に、残骸が降ってくる。
ゴゴメールの居た場所は、ぽっかりと穴が空き、煙が燻っていた。
勇希は、目を丸くして放心状態だった。爆発するなんて、思いもしなかった。担いだビビアンの体がずり落ちる。
もしかすると、ゴブリンの死体も爆発するかもしれない。勇希は、気持ち少しゴブリンから離れた。




