17-1 ゴブリン?
ゴブリンは、斧を片手に持ち上げ、歪な脚を動かし駆けて来る。一歩一歩跳ねる度に、体が左右へ飛び上がる。
「ギョエエエ。」
ゴブリンがミーファに斧を振りかざす。
ミーファは、腰の剣を抜き、斧を受け止める。
ガキーン!
その想像以上に凄まじい衝撃がミーファを襲った。ミーファの体は耐え切れず、大きく後ろに吹き飛ぶ。勇希の正面にミーファの体が飛んで来て衝突する。
勇希は、ミーファの体を受け止めるが、勢いを止める事が出来ない。そのまま一緒に、後方へ吹き飛んだ。
そして、茂みの中を突っ切り、木に背中を叩きつけられる。
ドーン!
勇希は、背中の痛みに顔を歪めた。
「イテテ…。ミーファ、大丈夫か?」
頭の上のステラが、心配そうに二人の顔を覗き込む。
ミーファも顔を歪めながら、体を起こし始めた。腰に回った勇希の腕を邪魔そうに持ち上げて、ゴブリンの動きを確認しながら言う。
「ごめん。想像以上に強いわ。気をつけて!来るわよ!」
「――ええ!?」
ミーファの頭の横から前を見ると、ゴブリンが追撃しようと走って来ていた。斧を振り上げ、目前に迫る。
勇希は、咄嗟にミーファの腰に手を回す。
「ちょっと!?」
再び腰に回き付いた腕にミーファが驚いた。これでは、ゴブリンの攻撃を避ける事も防ぐ事も出来ない。
勇希は、そんなミーファを無視して、背中の木を蹴り上げた――。
ゴブリンが斧を振り下ろすと、バキバキと言う音を鳴らして、木が二つに割れていく。右腕の軍服がビリビリに破け、膨張して盛り上がった筋肉が姿を現す。ゴブリンの豪腕は、切れ味の悪そうな斧の刃を、幹の中に容易く埋める。
その時、勇希の体は、ミーファを連れて上空を飛んでいた。ミーファは、目を丸くして勇希に抱えられている。驚きが勝ち、声も出ない状況だ。
勇希は、村の中に向かって飛び去りながら、ゴブリンが木を裂く様子を見て言う。ステラも、ゴブリンの事が気になり、顔をゴブリンの方に向けている。
「うわっ。おれより力が強いんじゃないか?あいつ。」
勇希は、ゴブリンと距離を取るように着地する。
ミーファの風の魔法がサポートし、着地の衝撃もなく優しく地面に降り立つ。
そっと降ろされ、地面に足をつけたミーファは、剣を左手に持ち替える。そして、空いた右手を持ち上げた。
「マズいわ。さっきの一撃で、右手が痺れちゃったみたい。」
ミーファは、自身の震える右手を見つめた。
勇希は、ゴブリンに身構えながら、心配の目をミーファに向ける。
「魔法でどうにかならないのか?」
「やっては見るけど……魔法だって、そう万能じゃないのよ。」
「ですよねー。あの斧さえどうにかしてくれれば、殴りやすいんだけど。」
ゴブリンの豪腕の下の斧に注視した。真っ二つに砕けた大きな幹にめり込んでいる。
大木をも簡単に破壊してしまう程の威力だ。あんな物を振り回されると、近づきようがない。
そんな勇希の考えに呆れたミーファが注意する。
「なんで殴るのよ?そのナイフ使いなさいよ。」
「武器ってさ、あんまり使い慣れてなくてさ……。」
勇希は、ミーファに言われて、一応ナイフを取り出す。
このナイフで斧を止められなかったら……止められたとしてもナイフが砕け散ったら……。そんな悲惨な状況ばかりが頭に駆け巡る。
ナイフを上手く使えるかと言うよりかは、自分の体以上に、武器を信頼出来ていないと言うのが正しいだろう。
ステラがゴブリンに向かって鳴く。
「キュッキュ!」
ゴブリンは、木から斧を引き抜き、勇希たちの方に振り返った。
ミーファは、左手の剣を前にして構える。
「さあ、来るわよ!シルフ!力を貸して頂戴!」
ミーファの右肩辺りに、シルフが姿を現す。シルフは、風を操り滞空している。
「ギョエギョエア。」
ゴブリンが警戒しながら一歩ずつ近づいて来る。
ミーファは、剣の細い刀身を前に突き出し、魔法を唱える。
「ウインド・ショット!」
黄緑色に輝く二つの球が、剣の周囲をクルクル回り、弧を描きながらゴブリンに向かって発射された。風の魔法の球がゴブリン目掛けて飛んで行く。
ゴブリンは、斧を振って一つを防ぐが、もう一つは、左肩に直撃した。
しかし、ゴブリンは、痛みで顔を歪めながらも、平然として歩み続ける。魔法の球は、思ったより破壊力がないみたいだ。
勇希がナイフで斬りかかろうと、じわじわと近づく。だが、それをさせまいと、ゴブリンが斧で薙ぎ払う。
風を切る低い音が鳴り、勇希は、ビビって飛び下がる。
「うわ!」
斧の刃が、勇希の目の前を通り過ぎた。風圧がツンツンした髪とステラを襲う。
そこへ、ミーファが間合いを詰めた。しかし、ゴブリンがすぐさま斧を縦に振り下ろした。
ドーン!
ゴブリンの斧が地面に突き刺さり、ミーファはさっと後方に飛び退く。大きく距離を取ったミーファの足元の地面にまで亀裂が伸びる。
「ユーキ!やるわよ!」
ミーファは、臆する事なく勇希に合図を送った。
「了解!」
ミーファが、自身の脚の周りに風を集める。そうして、一気にゴブリンへと突っ込んだ。高速で宙を舞い、左手を伸ばし、真っ直ぐ剣を突き刺す。
しかし、その鋭い突きの剣先は、斧の刃で防がれる。交わった刃からは、火花が飛び散った。刃の押し合いが始まる。
だが、単純な押し合いだと、圧倒的にゴブリンの方が強い。その事は、ミーファにも分かっていた事だった。
ミーファは、素早く、空いた右手の手の平を下から持ち上げる様に、ゴブリンの前に翳した。翳した右手に風の力が宿る。
「エアロ・バースト!!」
小さな風の渦の塊が掌の先に現れる。その風の塊は、ゴブリンの体には届かないが、斧を握る指を飛ばすには、申し分なかった。
すると、強烈な風の刃が小さく爆発し、ゴブリンの右手を切り刻んだ。指と斧が、風に飛ばされ空を舞う。
「ギョエエエ!」
ゴブリンが痛みに驚き苦しむ最中、ミーファが叫ぶ。
「今よ!」
既に勇希は、ゴブリンの側で拳を振りかぶっていた。ゴブリンの真横に飛び上がり、勢い良く腰を捻って拳を突き出した。
「うおおおお!!」
ゴブリンの側頭部。尖った右耳に拳を埋め込む。頭蓋骨の砕ける音が鳴る。
――メキメキ!
それから勇希は、一気に拳を振り抜いた。物凄い力で頭が押され、ゴブリンの体が回転する。一瞬で体の上下が、逆となる。そして、ゴブリンの体は、側転しながら地面を跳ね、森の中へと吹き飛んだ。
ズーン。
ゴブリンは、木を破壊して、そのまま大木の下敷きとなった。
「やったな!」
「キュッキュ!」
「うん!」
これだけ暴れても、他のゴブリンや帝国兵が来ないという事は、ダルトンたちが上手くやっているという事なのだろう。
周囲を見渡すと、戦闘の跡が幾つも見られた。
矢で射抜かれたゴブリン。肩からバッサリと斬られて、仰向けに倒れた血塗れのゴブリン。
ダルトンとキールが仕留めたのだろうか。
その周囲には、点々と、村人らしき死体が転がっている。
「うわ……酷いな。これは…。」
勇希は、悲惨な光景に顔を背ける。
「後で供養しましょ。今は、生存者を探さないと。」
ミーファは、真剣な眼差しを向けて、平屋の脇に向かって歩き出した。
「ああ…。そうだけど、他にもいるかもしれない。気をつけろよ。」
二人は、無惨に転がる村人の死体を避けて、村の中央を目指した。
+
村で一番大きな家の前で、ダルトンと見知らぬ男女が協力してゴブリンと戦っていた。
長身で芝生の様な短髪の男性と、褐色で赤毛のモヒカンの女性だ。
二人とも半裸の様な格好で、鍛え上げられた筋肉が目立つ。その筋肉を気持ち程度隠す様な、カラフルな模様の入った布の服を着ている。
ダルトンは、斧を構え、その二人は、槍と言うよりかは、銛に近い武器を突き出して構えていた。
勇希とミーファが三人の所に向かって走っていると、上空から声がした。
「おい!何で来たんだよ!」
声のする方を見上げると、民家の屋根の上からキールが弓を片手に見下ろしていた。
「いや、だってさ……。」
勇希は、親指をこっそりミーファに向けた。
「来てしまったならいいよ。怪我をしない様に下がって――。」
周囲を警戒していたキールが、何かを見つけて息を呑んだ。
「ダルトン!西側から敵の増援だ!!」
呑み込んだ息を吐く様に叫んだキールは、弓を構えて矢を引いた。腰を低くして屋根で足を踏ん張る。踏み抜いて穴が空きそうな程、脆い木の軋む音がする。
そして、矢を摘んだ指を解き放つ。
バシュ!
矢が風を切って、素早く飛んで行く。
矢の目指す先には、鎧を纏った大男と二人の軍服を着た兵士がいる。軍服は、ゴブリンの着ていた物と同じデザインで、あれが帝国兵の軍服なのだと勇希にも分かった。
矢の襲来に気づいた達磨の様に太った大男は、その大きな手で側の兵士を掴み上げ、盾にした。
ドス!
兵士は、驚く間も無く矢に胸を射抜かれて絶命した。
大男は、脂肪で弛んだ顔に載った太い唇を、大きな舌で円を描くようにベロリと舐め回した。
「矢は、厄介だな。」
と、大男が呟く。
それから、左手の兵士の体を盾の様にして抱えたまま、右手に持つハルバードを、体の後ろに引き込む。すると、大男の体から、暗く重たい闘気が流れ始めた。
そして、大男は、ハルバードの切先を、一気に前に突き出した。その勢いのまま、切先から大きな闘気の塊が放たれる。
紫掛かったドス黒い闘気が、一直線にキールの居る屋根へと飛んで行く――。
キールは、避ける間も無く身構える。
「キールーー!!」
勇希もミーファも彼を心配して叫ぶ事しか出来ず、その様子を見上げるしかなかった。
バキバキバキ!
民家の屋根が粉々に破壊される。その残骸に巻き込まれながら、キールが空を舞う。
「ぐはっ!!」
キールは、痛みに苦しみながらも体勢を保とうとする姿勢を見せるが、空の上でどうすることも出来ない。キールの体は、二軒先の森の中へと飛び去り、鈍い音を村中に響かせた。




