16-3 新たな同行者
翌朝。
ヒイロが旅に加わる事となった。
ヒイロは、杖代わりの大きな木の枝を地面に突き立て、体を支えて道をぎこちなく歩く。全員の顔を確認しながら、申し訳なさそうに話す。
「本当にいいのでしょうか?僕に合わせると進むスピードも落ちますし、お返し出来る物もありませんよ?」
ヒイロが念を押して確認するも、勇希は、能天気に答える。朝から元気に大股で歩き、ご機嫌だ。
「いいの、いいの。旅は道連れ、世は情けってね。よろしくな。ヒイロ。」
そう言って笑顔をヒイロに向けた。
ダルトンも同様だ。
「別に急ぐ旅じゃない。遅くなっても、冬までに着けりゃあいい。」
「ええ!?そんなに掛かるの!?」
勇希が、目が飛び出す程の驚きを見せると、ミーファが笑い出した。結局、ミーファは、ショウへは戻らず、一緒に北を目指していた。
「ふふ。大丈夫よ。ダルトンが大袈裟に言っただけ。」
「なーんだ。びっくりした。」
勇希は、胸に手を当てて、ほっとする。それを見て、望やキールが笑った。
みんなの笑顔でヒイロの顔も綻び、笑顔でお礼を言う。
「みなさん、ありがとうございます。」
しかし、杖を突きながら進むヒイロの体は、辛そうだ。
そんなヒイロの様子を見て、勇希が頭を悩ませる。
「せめて馬車でも一台あれば良かったんだけど……そう言えば!キール!ガルーダ置いて来て良かったの?」
ここで、勇希がメロンの事を思い出した。
思い出すには、今更だが……。
「メロンは、賢いからね。今頃、村に戻ってるはずだよ。あの子は、村の運搬役だから、旅には連れて行けないんだ。」
「へー。」
ガルーダの生態に感心する勇希は、コケッコをどうにか入手出来ないかを考え始めた。すれ違う旅人や商人は、必ずと言う程、コケッコを一羽以上は連れていた。
勇希は、徐に服の上から胸のペンダントに触れた。もしかすると、首から下げたこの不思議な玉を売れば、簡単に手に入るかもしれない。
そんな事を考え、空を見上げて歩いていると、道の先から物凄い速さで駆けて来るコケッコが目に入った。その背中には、額から血を流した男性がしがみついていた。
ダルトンたちに気がついた男性は、ダルトンたちの目の前でコケッコを止めた。
「おうおう。どうした?血相を変えて。」
ダルトンが男性に尋ねる。
すると、コケッコの上から男性が大声を荒らげる。
「気をつけろ!帝国兵だ!今っ、ナトリの村が襲われている!」
「なんだと!?」
「早くサイナスに避難した方がいい。今、サイナスにも知らせを向かわせた所だ!私は、急いでショウに知らせに行かなければならない!」
「分かった!急いでる所、知らせてくれてありがとう。今、ショウには、剣聖がいるはずだ。きっと手を貸してくれるだろう。」
剣聖がいると聞いた男性は、笑顔を見せて喜んだ。
「本当か!?それは、急がねば!では!」
男性は、手綱を握り締め、脚でコケッコに合図を送る。すると、コケッコが街道を駆け始めた。
全速力で走り去るコケッコを見送ると、ミーファが息巻いた。
「私たちは、早く助けに行きましょう!」
しかし、ダルトンが腕を組み、首を横に振った。
「駄目だ!姫様を危険な目に遭わせる訳には、行かない。」
「そんな事言ってる暇はないわ!」
ミーファが必死な顔で説得しようとするが、頑として聞かない。一国の王女を、危険な目に遭わせる訳にはいかないからだ。
「助けに行くなら、わしとキールだけで行く。お前たちは、この先の町、サイナスに避難するんだ。」
「人の生き死にが懸かってるんだ。ここは、ダルトンの言う事を聞いて欲しい。なるべく多くを助けると約束するから。」
キールが真剣な顔でミーファと目を交わした。
ミーファは、それを仕方なく受け入れると、コビットの二人を急かす。
「分かったわ。じゃあ、速く行って!」
「分かったから、ちょっと待て。」
ダルトンは、ミーファを制すると、腰の鞄や必要のない荷物を勇希たちに渡し始めた。キールも同様だ。
「勇希、ミーファの事を頼んだよ。彼女に何かあったら、ただじゃ済まないからね。」
「うん。こっちの心配は、しなくていいよ。」
勇希は、二人の荷物を受け取り、彼らを見送る。
身軽になったコビットの二人は、街道を駆け抜けて行った。
「それじゃあ、おれたちは、なるはやで行こうか。望、おれの荷物も頼む。ヒイロは、おれの背中に乗って貰えるか?」
勇希は、リュックを背から降ろして望に手渡すと、ヒイロに背中を差し出した。ステラは、鳥の巣の様な勇希の頭の上に、自然と移動した。
「わ…悪いね。」
ヒイロを背中に担いで街道沿いを歩いて行くと、左側に脇道が見えてきた。こうした街道沿いに偶にある脇道は、村へ続く道だったり、畑への道だったりするらしい。大きめの轍があるこの道は、ナトリの村への入り口だろう。
ミーファが脇道を気にしながら通り過ぎる。何事もなく通り過ぎるその様子に、勇希がほっとした瞬間、突然ミーファの足が方向を変えた。
「ミーファ!」
勇希がすぐに叫んだ。
しかし、聞こえているはずのミーファの足は、止まらない。ミーファは、ダルトンとキールの荷物を街道に放り捨てて、蔦だらけの森の中へと走り込む。
すると、背中のヒイロが勇希に叫ぶ。
「勇希!僕を降ろして追うんだ!望の事は、僕に任せて!」
「悪い!」
勇希は、ヒイロを背中からパッと降ろし、ミーファを追って走り出した。ヒイロの頭の上に居たステラは、走り出す勇希の頭に飛び乗った。
「ステラ!来ちゃ駄目だ!ったく!」
勇希は、思う様に事が進まない事に腹を立てながらも、ステラを頭に乗せたまま、どうしようもなく走り続けた。
望は、勇希が消えていった森の中を眺めて、ヒイロに言う。
「行っちゃったね。」
「うん。僕たちは、少し離れた道の向こうで待ってようか。」
ヒイロは、ミーファが放り投げた荷物を拾い始めた。
+
勇希は、ミーファの背中を追って森の中を駆ける。
「ミーファ!」
勇希がミーファに追いつき飛び付いた。
「きゃ!」
ミーファを両手で抱きしめて、草むらの中を転がる。二人は、絡み合う様に地面に体を回転させ転がった。
仰向けになったミーファが、勇希に向かって叫ぶ。
「何するのよ!危ないでしょ!」
「静かに!どこに敵が居るか分からないだろ!?」
勇希は、出来る限り声を落として言った。ミーファの上に覆い被さり、顔を突き合わせる。
すると、ミーファは、顔を背けて大人しくなった。
「離してよ……。」
勇希が思った以上に顔が近い。
勇希は、ミーファの上に馬乗りとなっていた。離したいのは、山々だが、気を抜くとまた走り出して行きそうで、直ぐには退けなかった。
「良いけど。突っ込んで行くのは、止めろよ?」
勇希は、ミーファに顔を突き合わせて訴えた。
ミーファは、そんな勇希と目を合わせて言う。
「王女を襲うのは、重罪よ?」
今のこの体勢は、第三者から見られると、そう見られてもおかしくない状況だった。
勇希は、ミーファに言われて恥ずかしくなる。お姫様に覆い被さり、しかも、綺麗な肌を押さえ付けているのだ。
「馬鹿!こんな時に冗談言ってる場合かよ!」
勇希は、慌てて飛び退く。赤く染めた頬を隠す様に背中を向けてミーファに言う。
「一旦、隠れて様子を見よう。それで、助けられそうな人が居たら助ける。それで、どうだ?」
別に勇希だって、助けに行きたくない訳ではない。どちらかと言えば、危険なんて顧みず、助けに行きたい。
しかし、事はそう簡単な事ではない。今度の相手は、言葉の通じない魔獣ではなく、自分たちと同じ人間なのだ。
「分かったわよ……。」
ミーファは、体を起こして仕方なく了承する。そして、体に付いた土を払いながら起き上がった。
+
勇希とミーファは、村の側の茂みの中から、村の様子を探る。
ナトリの村は、コビットの村より、かなり小規模な村だ。木で建てられた二階建ての家が数軒と、平屋が数軒建っているぐらいで、あとは、隅に小さな畑と家畜用の納屋が見えるだけだ。
ここからでは見えないが、村の中央の大きな二階建ての建物で、騒ぎが起こっている様だ。
その音を嗅ぎつけ、二人の目の前の平屋から、のっさのっさと、何者かが出て来る足音がする。
二人は、茂みの影から平屋の入り口を見つめる。
ミーファは、今にも飛び出しそうに、草を掻き分け身を乗り出す。勇希がそんなミーファの肩に手を乗せて、茂みの中にミーファの体を引き下げる。
まるでいつもと立場が逆だ。人の振り見て、我が振り直せとは、良く出来た言葉だ。
逸る気持ちは、分からなくはない。だが、体を曝け出されると、隠れてる意味が無い。勇希は、頼むから見つからないでくれと、祈るしかなかった。
開け放たれた平屋の扉から出て来たのは、黒い軍服を着た緑色の化物だった。手には血がべっとりと付いた斧を持つ。
彫りの深いゴツゴツとした緑色の顔は、まるでゴブリンの様だ。鼻は垂れ、耳は尖り、頭の帽子を小さな角が突き破っている。その大きな目の焦点は、合っていない。
背筋は、歪に曲がり、猫背に近い。体の筋肉のつき方が変で、太かったり細かったりしている。太い部分は、服がはち切れそうな程に膨張していた。
「何あいつ!?」
ミーファは、口を押さえて驚いた。目を見開き、ゴブリンの姿をその目に焼き付ける。
「帝国には、鬼が住むと言われているけど。あれは、鬼ではないわ。聞いてた話と違うもの。」
「じゃあ、ゴブリンってことか?」
ゴブリンの大きな丸い目がギョロッと動き、こちらを捉えた。歯並びの滅茶苦茶な歯を曝け出して、唾を撒き散らす。
「ギョエアアア!」
「バレた!」
勇希が叫んで立ち上がった。
見つかってしまったなら仕方がない。
「行くわよ!」
「ああ!」
二人は、茂みから飛び出した。




