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16-1 新たな同行者

 勇希たちは、ギミトランたちとできるだけ距離を取る為、街道を北に向けて走っていた。


「ミーファ様ー!」


 遠くの方から、ギミトランが叫ぶ声が聞こえてきた。


 後ろを振り向くと、天を舞う緑髪の女性の姿があった。爽やかな風に乗る妖精の様に、楽しそうに空を飛んでいる。気持ちの良い風を全身に受け、服や髪をなびかせる。彼女の笑顔は、目の前を行く標的に向かって一直線だ。

 ミーファが徐々に高度を下げ、地上目掛けて降って来る。


 羨ましいのか、見惚れているのか。

 勇希は、彼女を見上げて立ち止まった。


 そんな勇希を心配して、キールが走る速度を落として声を掛ける。


「勇希?」


 キールが足を止めるも、勇希は、ミーファからひと時も目を離さなかった。勇希は、ミーファに釘付けになりながら答える。


「先に行ってて。後で直ぐに追いつくよ。」


 キールは、頷くと勇希を置いて走り始めた。


「大丈夫かな?」


 キールは、勇希の事を気にしながらも、ダルトンの背中を追った。

 望がそんなキールに白い歯を見せた。それは、心配する事なんて一つもないと、言っている様な元気な笑顔だった。


 ミーファが高度を下げ、勇希の前に降って来る。

 イタチの様な動物が急に姿を現し、ミーファの周りを風と共に回った。すると、ミーファの体が優しく浮き上がり、地面にそっと足を着けて着地した。飛んで来た勢いが一瞬で消え去り、空を飛んでいたのが嘘みたいに清々しい。

 ――はずだったのだが、ミーファは、着地すると直ぐに、勇希に向かって捲し立てた。


「ちょっと!なんで逃げるの。あの三人にも止まるよ――。」


「凄い!今のどうやったんだよ!?」


 ミーファの怒鳴り声を掻き消す勢いで、勇希が大声を出した。勇希の目は、キラキラと大きく見開き、とても嬉しそうに興奮していた。今にも大手を振って、ミーファに抱きつきそうな勢いだ。

 勇希の予期せぬ反応に、怒っていたはずのミーファが困惑する。


「えっ!?」


 勇希は、ミーファの肩をがっしり掴み、懇願する。


「空を飛んでたじゃないか!魔法ってヤツ?おれにも教えてくれよ!」


 ミーファは、突然の勇希の行動に驚いた。勇希の体から離れようと身を引く。


「ちょっと!?何!?」


 勇希は、困った表情のミーファを見て、冷静さを取り戻す。ミーファの肩から手を離し、接近したお互いの体を離す為に一歩下がる。


「ああ。ごめん。がっつき過ぎた。」


 勇希が申し訳なさそうに謝り、地面に目を落とす。すると、そこには、ミーファの周りを舞っていたイタチが座っていた。ミーファの足元に大人しく腰掛け、無言で勇希を見上げている。

 勇希は、眉を上げて、イタチを覗き込む。背中のステラも同様だ。


「ん?お前は……森で見たイタチじゃん。」


 不思議そうにする勇希の視線を見て、ミーファも同じく眉を上げた。


「ユーキ。この子が見えるの?」


 勇希は、ミーファの発言に首を傾げつつも屈み込んだ。

 そして、イタチの顎の下を、指で掻くように撫でる。


「ん?何言ってるんだよ。お化けでもあるまいし、見えるに決まってるだろ。な?」


 同意を求めたイタチは、顎を撫でられ気持ち良さそうに目を細める。

 ステラは、珍しそうにイタチを眺めている。


「この子は、シルフ。精霊よ?普通の人には、見えないはずなんだけど……。それと、空を飛んで来たのは、精霊魔法。この子の力を借りてるの。」


 ミーファも脚を折って屈み込み、シルフを撫でる勇希の顔を不思議そうに眺めて考え始めた。


「精霊魔法!?じゃあ、おれには、ミーファみたいに飛べないってことか?」


 勇希は、驚きと共にシルフからミーファに顔を向けた。

 ミーファは、何やら考え込んでいる。


「ん〜。まあ、そうね。精霊と契約出来る人も稀なの。でも――。」


 ミーファが話し終える前に、勇希が遮る。

 勇希は、サッと立ち上がり、踵を返して言う。


「なんだよー。天から()()が降りて来たと思って、期待したのになー。」


 勇希は、興味を無くした様にミーファとシルフに背を向けた。そして、北に続く道の先を眺める。丁度、道の先で三人の姿が見えなくなる所だった。もうダルトンたちは、かなり遠くまで走り去っていた。


「――女神!?私が!?」


 何故かミーファは、女神と言うワードに反応して、頬を赤らめ恥ずかしがった。


「ん?どうかした?」


 振り返って勇希が聞くと、ミーファは、澄ました顔をして、照れた様子を誤魔化した。


「いえ。何でもないわ。」


「魔法って、いいよな。おれも使えるように成りたいよ。おっと、そろそろ行かないと。またな、ミーファ!」


 遠くの方から呼ばれた気がした勇希は、ミーファに笑顔で挨拶すると、道を全速力で走り出した。


「え!?ちょっと!」


 ミーファが止めようと声を掛けるも、勇希の姿は、もうそこには無く、飛ぶ様に走り去っていた。


+


 勇希は、先を行くダルトンたちと合流する。

 三人は、走り疲れたのか、勇希が追い付くのをゆったりと歩きながら待っていた。大きな道で仲良く横に並び、歩幅を合わせて会話をしていた。


「お待たせ。」


 勇希が追い付き声を掛けると、ダルトンが振り向いた。そして、勇希を見るや否や、直ぐに困った顔をした。


「おう、来たか。しかし、オマケが付いて来とるみたいだが?」


 勇希の直ぐ後ろには、優雅に宙を舞っているミーファがいた。勇希の背中を、追い駆ける様に飛んでくる。


「戻れって散々言ったんだけどさ。おれたちに、ついて来るんだってさ。」


 勇希が面倒臭そうに言うと、ミーファが否定する。


「違うわよ!みんなでショウに戻るの!」


 勇希の隣に着地すると、来た道を指差して、勇希に訴えた。


「ミーファは、馬鹿だなぁ。戻る訳ないだろ?」


「ちょっと!誰が馬鹿ですって!」


 聞く耳を持たない勇希に、ミーファが声を荒げた。

 ダルトンは、喧嘩する二人に呆れた顔をして言う。


「勇希。気づいてないみたいだが……ミーファは、この国の姫様だぞ?」


 勇希は、ダルトンの言葉が信じられず、顔を固めた。頭で理解出来ず、聞き返す。


「へ?」


 望もびっくりして、思わず叫ぶ。


「ええー!お姫様!?」


「ふふーん。見直した?」


 調子付いて威張るミーファ。

 そして、それを純粋に褒める望は、満面の笑みだ。


「うん!凄いよ!お姫様!」


 しかし、勇希の反応は、違った。どちらかと言うと、ミーファに呆れていた。


「いやいや。お姫様なら、尚更帰れよ。一人で来ちゃ駄目だろ?ミーファってさ。絶対、お転婆娘とか言われてるタイプだよな。」


 これが図星だったみたいで、勇希の言葉がミーファの心に刺さった。


「う……。言い返せない…。」


 悔しそうにするミーファ。

 そこで、二人の間を取り持つように、キールが提案した。


「まあまあ。そろそろ暗くなることだし、野営の準備をしようよ。今から帰す訳にも行かないからね。心配しなくても、そのうちミーファの迎えが来るはずさ。兵士たちが姫様を一人にするはずがないし。」


「それは、ミランダがどこまで暴れてるかによるな。あいつは、酒が絡むとやり過ぎるからな。」


 ダルトンは、南の空を見上げ、ギミトランたちの無事を祈った。


「ねえ!誰か倒れてるよ!?」


 望が道の脇の森の中を指差して言った。


「なんだと!?」


 全員が森に顔を向け、すぐさま駆け付ける。

 すると、そこには、うつ伏せに倒れた男性の姿があった。目で見て分かる程の切り傷があり、服の彼方此方から血が滲み出している。


「酷い怪我だ。すぐに手当てするぞ。勇希、お湯を沸かして貰えるか?」


 勇希は、ダルトンに言われて頷く。


「分かった!」


 返事をすると、急いで薪を集めに走った。


+


 街道には、誰かが以前に野営をしたであろう、草の低い空き地が至る所にある。街道を往来する人々は、そういった場所を間借りする事で、準備の手間を掛けずに野営する事が出来る訳だ。

 夜も更けて、勇希たちは、街道の脇で野営を始めていた。焚き火の明かりに照らされた小さな野営地で、焚き火を囲みながら男性の容態を看る。


 大きな木の根元に寝かせた男性をミーファが治療する。上着や荷物を取っ払った男性の体は、打撲や切り傷に塗れており、交通事故にてもあったかの様だ。古傷も多く、勇希と同じぐらいの年齢のはずなのに、鍛え上げられた引き締まった体付きをしている。

 そんな男性の胸元に両手を添えて、ミーファが魔法を唱える。


『ヒール』


 ミーファの両手から緑色のオーラが淡く輝く。ミーファの顔は、いつになく真剣だ。額から汗を流しながら、その両手の明かりを、傷口に向けてゆっくりと移動させて行く。


「これが回復魔法か……。」


 勇希は、ミーファの隣に座り、その様子を伺う。傷口の赤みが薄れ、傷口が塞がっていく。それを見て、「おー。」っと、感心した声を上げてよく観察していると、ミーファが照れたように笑った。


「ユーキ。そんなにマジマジと見られると、気が散るんだけど。」


 傷口に集中していた視線を、勇希にチラリと向ける。

 それでも勇希は、目を離さない。ミーファにもっと近づき、肩を並べる。


「いいだろ。減るもんじゃないし。これも精霊魔法なのか?」


 ミーファは、勇希を注意するのを諦めて、ため息をついた。それから、再び意識を傷口に集中する。


「んー。半々って所ね。私は、回復魔法が苦手なの。効果は、薄いけど。シルフが助けてくれてるわ。」


 シルフは、ミーファの反対側で男性を見下ろしていた。優しい瞳で、男性の事を眺めている。ミーファに力を貸しているらしいが、勇希には、どう力を貸しているかが理解出来ない。きっと、勇希の知らない力が働いているのだろう。


 勇希は、このイタチが精霊だと言う事が信じられなかった。その辺の魔獣より弱そうで、ステラと良い勝負をしそうなくらいだ。ミーファと空を飛んだり、砂の様に消えたりするのを見ていなければ、ミーファの事を笑い飛ばしていたかもしれない。

 普通の人には、精霊が見えないらしい。ダルトンやキールにも見えていないのだろうか。望が興味を示さない事から、望が見えていない事は、確からしい。


 その時、男性の体が動いた。


「う…うぅっ。」


 痛みに苦しみながら、薄っすらと瞼を開く。黒く短い髪を揺らし、顔を横に倒した。


「目が覚めた!」


 勇希は、丸めた姿勢を正し、周囲に伝えた。

 ミーファが、目覚めた男性に優しく話し掛ける。体を起こそうとする男性の肩に手を添える。


「動かないで。傷がまだ癒えてないの。」


「こ……ここは……?」


 男性は、周囲を確認する為に頭を起こそうとするが、身体中の痛みに負けて、すぐに頭を降ろした。

 それを見届けてから、ミーファが説明する。


「ここは、トロピカルショウから橋を渡って、北に進んだ街道沿いよ。そこの木の側で倒れていたの。覚えてない?」


 ミーファが真っ暗な森の中を指差した。


「わしらに発見されていなかったら、今頃、魔獣の腹の中だったかもな。運が良い。」


 ダルトンがそう言うと、ミーファが立ち上がって体を伸ばし始めた。


「よし。終わったわ。簡単な応急処置だけど。」


 ミーファは、一休みしようと、その場を離れた。


「あ…ありがとうございます。くっ…。」


 男性は、再び体を起こそうとするが、痛みで諦め地に伏せる。そこで、治療が終わった男性の体に、すり潰した野草を塗った葉っぱをキールが貼り付けた。


「無理せずに横になってると良いよ。ほら、水。起きられそうだったら、スープもあるけど。」


 キールが野草で汚れた手をズボンで拭ってから、男性にコップを手渡す。

 男性は、なんとか体を起こし、水の入ったコップを受け取った。すると男性は、余程喉が渇いていたのか、水をがぶがぶと飲み干した。


 男性が木にもたれ掛かり落ち着いた所で、キールが問う。


「何があったんだい?」


 男性は、荒げた息を整えながら、視線を地に落とした。


「はぁ。はぁ。旅をしていたら急に襲われて、何とか逃げ切ったのですが……このざまです。荷物も剣以外――僕の剣は!?」


 男性が思い出した様に顔を上げた。焚き火の明かりに照らされ、男性の整った美しい顔が栄える。


「ここにあるよ。刀なんて、格好良いな。」


 勇希が畳んだ服と一緒に、男性に手渡す。

 彼は、刀を見ると、安心した様に息を吐いて、落ち着きを取り戻した。


「良かった……。」


 男性は、腹の上で刀を大事そうに抱えた。

 ダルトンが聞く。


「それで、相手はどんな奴だった?」


「二人組の男です。咄嗟の事だったので、特徴までは……。」


 男性は、荷物に目を落とし、表情を曇らせた。彼は、重症を負いながらも、一人で逃げ延びて来たのだ。必死の行動だったに違いない。そんな状況の中で、事細かく覚えている事など不可能な事だろう。


「そうか……ふむ。そうだな。しかし、今日は、ここで休むとして、その後はどうする?この辺りに当てはあるのか?ええと、名前を聞いていなかったな。わしは、ダルトンだ。」


 勇希たちは、ショウに戻る訳にもいかず、北を目指さなければならない。そして、怪我をした彼を、一人置いて行く事も出来ない。

 翌朝、ミーファに任せてショウに送り届けるという手もある。それなら当てがなくとも、王国の兵士たちなら何とかして貰えるはずだ。


「僕は、ヒイロ。当ては……。残念ながら、特にありません。」


 落胆するヒイロに、ミーファが明るく声を掛ける。


「よろしく、ヒイロ。私は、ミーファ。彼は、ユーキ。あっちに居るのが、望とキールよ。その石は、火の国の物に見えるけど。北から来たの?」


 ミーファは、ヒイロの首に掛けられたネックレスの赤い宝石を差して聞いた。ヒイロは、ミーファに言われて宝石を指で挟み、軽く胸から持ち上げる。


「いえ、僕は、港町から森を抜けてここまで。これは、友人から頂いた、大切な物です。これから、その友人に、会いに行く所だったのですが。」


「って事は、火の国に向かうって事だよな?それなら一緒にどう?おれたちも、火の国に向かってる最中なんだ!」


 勇希が提案した。


「いえ、それは、流石に悪いですよ。怪我をしていますし、お金もありません。」


 ヒイロは、刀はあれど、鞄を所持していなかった。あとは、小さな水の入った皮袋と小刀が腰のベルトに装着されていただけだ。荷物の殆どが、襲われた際に紛失した様だ。

 落ち込むヒイロを勇希が笑い飛ばす。


「そんなの気にする事無いって。おれだって無一文だから。」


「勇希。そこは、誇る所じゃないだろ?でも、一緒に行くって言うのには、賛成だよ。その怪我じゃ、一人で帰る事すら困難だろ?狩りすらまともに出来ない上に、何日も一人で歩く気なのかい?」


 キールが尋ねると、ヒイロは、沈黙した。焚き火を見つめて、自身の置かれている状況を振り返り考え込む。

 彼には、考える時間が必要だ。そう判断したダルトンは、話を切り上げる。


「まあ今日は、ゆっくり休め。魔法で傷が癒えたとて、熱が出る可能性がある。気も動転しているはずだしな。答えは、明日でもいいだろう。」


 ミーファもダルトンの意見に賛同した。ヒイロに同情する様に、優しく語り掛ける。


「そうね。横になって、ゆっくり休んで。」


「……はい。そうさせて頂きます。」


 ヒイロは、木にもたれ掛かかったまま、焚き火を見つめ続けた。黙り込み、想いに耽る。

 静けさを保った野営地では、各々考える事がある様だった。

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