15-2 ロゼッタの怒り
峡谷の景色を見終わり、橋を半分越した辺りだろうか。
望が後方に何かを見つけて、指を差した。
「ねえ、あれ!」
望が指し示した場所には、多くの兵士たちが集結していた。ギミトランたちだ。橋の手前の大通りで、別の部隊たちと合流している。
その中には、ミーファの姿があった。ショウの街から来た兵士たちと一緒に、ギミトランたちと合流したみたいだ。
「何だ、もう倒したのか?厄介そうな魔獣だったのにな。」
ダルトンは、期待外れの様に言うが、それほど彼らの腕が立つと言う事なのだろう。勇希が少し見ただけでも、彼らの連携は、素晴らしかった。なので、あっさり倒していたとしても、別におかしくはない。
「急ぐぞ。なるべく目立たない様にな。」
ダルトンは、落ち着いた趣きで言うと、前に向き直る。
目立つなと、言っても、北に向かっているのは、自分たちだけだ。見つからない様にするのは、少し無理がある。
それからすぐの事、ダルトンが前方に何かを見つけて、顔を顰めた。
「ちっ。また面倒事が舞い込んで来やがった。」
「どうしたの?」
望は、そんなダルトンの表情を見て、不思議に思う。正面には、行商人の荷馬車と、旅人しか居らず、一人も兵士なんて見当たらなかった。
キールは、その面倒事を見つけて、嬉しそうに眉を上げる。
「あっ。あれは――。」
キールの嬉しそうな視線の先には、背中に大きな十字架を背負った修道服を来たシスターと、同じく大きな斧を担いだ大男の旅人が並んで歩いていた。
「おまえたち。『あれ』と、絶対に目を合わせるなよ。静かに通り過ぎるんだ。いいな?」
ダルトンは、俯いて顔を隠しながら小声で言った。
勇希と望は、顔を見合わせて目を丸くするが、ダルトンの言う事に、素直に従う事にした。
「え?うん、分かったけど……ステラ、大人しくな?」
勇希は、そう言って、肩のステラの頬を撫でる。すると、ステラが元気に頭を上げた。
「キュ!」
キールは、肩を落として、ぼそりと呟く。
「残念だけど。今は仕方ないか……。」
本当に、残念そうに、床の木目を眺め始めた。
大きな荷車を引くコケッコが隣を通り過ぎ、遅れて青い髪の大人しそうなシスターと、オレンジ色の渋い髭を携えた巨漢のおじさんと、すれ違う。
シスターのお姉さんがダルトンの横を通り過ぎた時、彼女が急に背筋を伸ばして、顔を上げた。彼女が手に持つ大きな鞄の揺れが、ピタリと止まる。
「ん?」
足を止めた彼女の声に、大人しく俯いていたダルトンとキールの丸めた背中が、びくっと跳ねた。それでも、俯いて静かに通り過ぎる。
シスターは、踵をくるりと翻すと、早足でダルトンを追い駆けて来た。大股で腕を振り、大きな鞄を大きく揺らす。
それから、ダルトンの歩いた残り香を、くんくんと、鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始める。ダルトンに追いつくと、彼女が満面の笑みで言う。
「これは、これは!ダルトンさんじゃありませんか!こんな場所で会うとは、奇遇ですね!」
ダルトンは、無視を決め込もうとも考えたが、断念して嫌そうに答える。
「なんだ?ミランダ。別に追いかけて来なくても、いいだろう。」
ダルトンは、返事をしながらも歩みを止めない。シスターのミランダは、そんなダルトンの横をついて歩く。
「久しぶりに会えたのに、そんなつれない事言わないで下さい。みなさんは、どこに向かわれているのですか?」
無垢な笑顔を向けるが、ダルトンは、答えない。
ミランダは、ダルトンが答えないので、勇希に視線を向けた。
「あはは……。」
勇希は、困って愛想笑いするしかなかった。
後ろでは、キールと大男が仲良く並んで歩いている。キールが弓を持ち、大男を見上げて微笑んでいるが、話の内容までは、分からなかった。二人の身長差が凄い。
「私は、ショウの街でコビットの火酒『ドラゴンの息吹』を手に入れようと思いまして。大陸の反対側から、遠路遥々やって来たのですよ。」
ミランダが嬉しそうに語った。
「それは、残念だったな。先週出荷したところだ。街には、残っておらんだろう。今頃、王都辺りに卸されてるんじゃないか?」
ダルトンが横目でミランダを見上げると、彼女は、残念そうに肩を落とした。
「ええ!?そうなのですか……。では、村まで出向くしかなさそうですね。」
「……。先日、宴をして騒いだばかりだ。諦めろ。」
ダルトンが素っ気なく答えた。
勇希には、その宴に心当たりがあった。勇希は、悲しみの目を浮かべるミランダの表情を見て、とても気まずくなった。
村にも目当ての酒が無い事を聞いた彼女は、大声で嘆き始める。
「そんな!私に死ねと、言ってる様なものじゃないですか!ダルトンさん、どうにかなりませんか!」
ミランダは、ダルトンに縋る様に抱きついた。鞄を投げ捨て、床に膝を突き、ダルトンを抱えて離さない。
「だー!くっつくな!アル!こいつをどうにかしろ!」
ダルトンが後方に助けを求めた。しかし、ダルトンとミランダを眺めるだけで、誰も助けようとはしなかった。
後ろの大男のアルと小さなキールは、二人の様子を眺めて微笑ましく笑っていた。
そこで、橋の中央から、兵士たちの呼び止める声が聞こえてきた。
「おーい!待てー!」
ダルトンがその声に反応する。
「ああ。奴らが追いついて来てしまっただろうが!」
ダルトンがミランダに文句を言うと、抱きついた状態のまま彼女が問う。
「追われているのですか?」
「まあな。」
すると彼女は、ダルトンから距離を取り、真剣な眼差しをダルトンに向けた。
「ダルトンさん。取引です。私が足止めしますので、出して下さい。」
ミランダの透き通る様な瞳がダルトンを捉えて、離さない。
「な……何をだ?」
ダルトンの口が、への字に曲がる。これは、彼女に何を要求されているのか、分かっている表情だ。
彼女は、指を立てて、冷静に訴える。
「私の鼻は、誤魔化せませんよ?持っているのでしょう?ドラゴンの息吹を。」
彼女の要求に、ダルトンが必死に抵抗する。
「く…。駄目だ!これは、わしのとっておきだぞ!?」
そう叫んで、腰の鞄を守る様に手を置いた。
勇希は、後ろを確認しながらダルトンに言う。
「ダルトン。早く行かないと、本当に追いつかれちゃうよ?」
後方では、大勢の兵士たちが、走ってこちらに向かっている。こんな橋のど真ん中で、立ち止まっている場合ではない。
「あらあら。それは、大変!どうしましょう?」
態とらしく言うシスターは、嬉しそうに笑っていた。もうダルトンに残された選択肢は、無かった。ダルトンは、悔しそうに鞄を開く。
「くぅ……。極悪シスターめ!仕方ない……ほら!やる!」
ダルトンは、小さな小瓶をミランダに突き出した。
彼女は、小瓶に目を輝かせて、両手で受け取った。
「わぁ!これです、これです!ドラゴンの息吹!」
小瓶に熱いキスをすると、彼女がキールに顔を向けた。
「さあ。そこの小さき友も。」
キールは、飛び上がった。
「え!?俺のもかい!?」
ダルトンを見て笑っていたキールは、度肝を抜かれた。まさか、自分の酒も奪われるとは、微塵も思っていなかったようだ。キールは、渋々、鞄から小さな瓶を取り出し、ミランダに差し出した。
偉く大人しい望は、大の大人たちがシスターにカツアゲされる姿を見て、呆然としていたようだ。大人しそうに見えたミランダが、一番の破天荒だった。
ミランダは、嬉しそうに酒瓶を高く掲げながら、橋の中央を陣取った。
「すまんな。二人とも。」
大男のアルがオレンジ色の髪を掻いて、ミランダの行動を申し訳なさそうに謝った。
そんなアルに、ダルトンが言う。
「わしらは、先を行くが。しっかり頼んだぞ!」
「ああ、また今度ゆっくり話そう。」
アルは、ダルトンに別れを告げると、ミランダの後方に立った。
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「騒がしい人だったけど、任せて大丈夫なの?」
勇希は、街道を走りながら、ミランダたちを気にして振り返った。
ミランダは、兵士たちを一人も通さず、橋の上で立ちはだかる。鞄を床に置き、背中の十字架を手にしている様だ。アルは、斧も構えず離れた所で、ミランダを見守っていた。
「ああ、酒は惜しいがな……。『酔いどれシスター』と言えば、知らない人がいない程の有名人だ。」
説明するダルトンは、酒を取られて悔しそうだ。
「シスターなのに酔いどれって…。」
勇希は、呆れた声を上げた。
「ああ見えて、『剣聖』の一人でね。化物染みた強さだよ。」
キールが走りながら教えると、望が驚いた。
「えー。あんな綺麗なお姉さんが?信じられない。」
「酔って街一つ潰すぐらい危険な奴だからな。気をつけるんだぞ。」
「うん。え?街一つ……?」
望は、可笑しな話に耳を疑った。
後方では、早速、ミランダが暴れ出していた。
右手で酒を煽り、左手に大きな十字架を持っている。
彼女が「美味しい!」と、天にも昇る様な笑みをしたところで、ギミトランがミランダに訴える。
「ミランダ様!ここを通して下さい!何故、邪魔をするのですか!」
しかし、彼女は、聞く耳を持たない。
「駄目よ。友と約束したのです。破ると後が怖いじゃないですか!」
そう言って、もう一口、酒を煽った。あまりの美味しさで、笑みと共に酒気が口から立ち昇る。
「ミランダ。遊んでる場合じゃないの。そこを通しなさい。」
兵士たちの間を掻き分けて、ミーファが前に進み出た。
勇ましいミーファの姿を見て、ミランダが目を光らせて微笑む。
「もしかして!ミーファ様ですか?お久しぶりですね。大きくなられて。でも、下がっていてくださいね。怪我をさせたくありませんので。」
ミランダは、ミーファに注意をすると、大きな十字架を振り回した。急な突風を巻き起こされ、兵士たち全員がミランダから距離を取る。
物騒なミランダを見て、ミーファが閃いた様に笑う。
「いいえ。私も彼らの事を、見習おうと思うの。」
ミランダも周りの兵士たちも、意味が分からず首を傾げる。
そして、ミーファが両手を広げると、ミーファの周囲に風が舞い上がった。柔らかな風がミーファの体を、宙に持ち上げる。
「ミーファ様!?」
ミーファの不可解な行動に、ギミトランが驚いた。――嫌な予感がする。
ギミトランは、遺跡での出来事をミーファに報告したばかりだった。上空を飛び越えられて逃げられたと…。
ギミトランが止めようと手を伸ばすも、その指先は、空を切る。
ミーファが風に乗って上空に飛び立った。
ミーファの体は、大きな旋風と共に、空高く舞い上がる。それから、セルスワローの様に、優雅に羽ばたき、勇希たちの後を追い、北の街道へと飛んで行く。
「あらあら。」
ミランダの上空を、ミーファが飛び去った。
その様子を眺めるミランダの頬は、酒で少し赤く染まっていた。
「困ったわ。約束破ってしまいました。」




