15-1 ロゼッタの怒り
天井。左右の壁。そして、背後。
大量のムカデに囲まれながら、遺跡の外に向かって駆ける。足を止めては、駄目だ。全速力で迫り来る黒い魔獣に、追いつかれてしまう。
「ぎゃあああ。」
静かにする意味も無く。勇希たちは、絶叫しながら通路を走っていた。それは、夢にまで出てきそうな程の悲惨な状況だった。
後ろでは、恐ろしい魔獣がブチブチと音を立て、巨大ムカデを押し潰し、緑色の体液をそこら中に撒き散らせている。
――もうすぐ、入り口の広間だ。
薄暗いT字路を曲がると、明るい外の景色が見えて来た。最後の直線の通路のムカデたちが、騒ぎで天井からボテボテと落ちる。
その奥の広間に、何故か複数の人影が見える。自分たち以外にも、遺跡に訪問する客がいた様だ。
「誰かいるよ!?」
望が広場を指を差した。
逆光で影となっているが、一緒にショウの街に来たギミトランたちの姿だと、なんとなく分かった。彼らは、驚きの表情で勇希たちの事を見ている。
ダルトンには、正面の彼らが邪魔だった様だ。顔を顰めてキールに目配せする。
「ちっ仕方ない。広間に出たら左右に避けるぞ。」
「分かった!」
全員が頷く。
それから直ぐに、ダルトンから合図が出た。
「今だ!」
勇希たちは、通路から広間に走り込むと、ダルトンの号令と共に脇に向かって飛び退いた。ダルトンと勇希は、右側に。キールと望は、左側に飛ぶ。
勇希は、肩から転がり起き上がる。そして、ムカデの群れを確認する。ムカデたちは、外に向かって真っ直ぐに通路から飛び出て走って行く。
ギミトランたちは、迫り来るムカデの大群に動揺していたが、手慣れた動きで防御陣形を整える。迫り来るムカデたちに素早く備える。
ギミトランの合図と共に、ランドが正面で盾を構えた。そして、その大きな盾に突っ込んで来るムカデを、ギミトランがロングソードで斬り裂く。パトスとオープが、そのサイドをカバーする。
ギミトランの放った斬撃で、ムカデたちが斬り裂かれ吹き飛んだ。ランドが大楯でムカデを弾き、残りのムカデたちをパトスとオープが武器を振り横へ逸らす。
「かっけー。」
勇希は、彼らの有志を見て惚れ惚れとする。それから、ミーファの姿を探した。しかし、広場に彼女の姿は見当たらない。ミーファは、ここには来ていないみたいだ。
中央のムカデを蹴散らすと、ムカデたちの進行がランドの手前で二つに割れた。ムカデの群れは、彼らを避ける様にして、遺跡の外へと出て行った。
遺跡の大きな通路の前には、黒い奇妙な魔獣だけが残っていた。ギミトランたちを警戒して立ち止まり、左右の勇希や望に顔を振る。
ギミトランが大声で叫ぶ。
「ダルトン殿!これは、どう言う事ですか!」
ダルトンは、魔獣を警戒しながら立ち上がる。そして、体に付いた埃を払い、同じく大声で返答する。
「遺跡の奥でちょっとな!お前さんたちこそ!こんな場所で何してるんだ!?」
ギミトランは、目を丸くする。
「これがちょっと?あなたたちに聞きたいことが出来ましてね!よろしいですか?」
「もう十分話して別れたとこだろう!わしらは、見ての通り、忙しいんだが?」
「我々も手伝いますよ。先日は、お世話になりましたから!」
そう言うと、ギミトランたちは、魔獣に向けて武器を構えた。
彼らの潔い姿にダルトンは、苦い顔を浮かべる。
「ちっ。三つ巴ってところか?」
そこで、勇希が何かを閃き、ダルトンに提案する。
「ねえ。ダルトン。おれに考えがあるんだけど、乗ってくれるかな?」
「別に良いが……。大丈夫なんだろうな?」
ダルトンは、勇希の笑顔を見て不安そうにした。
「任せなって!」
勇希は、元気に返事すると、直ぐにダルトンの体を持ち上げた。優にダルトンを、自身の右肩に担ぎ上げる。
これにダルトンは、困惑した。体を軽々と持ち上げられ、勇希が何を始めるのか、全く予想出来なかった。
「なっ!勇希!何をする!」
ダルトンは、肩の上でジタバタと抵抗する。だが、為す術が無い。ランタンを片手に、ズレたヘルメットを手で押さえる。
それから勇希は、反対側の二人に顔を向けた。
「のぞむ!」
勇希は、望を呼ぶと、遺跡の入り口の上の方に向かって、軽く指を差して合図をした。
望は、直ぐに理解して大きく頷き、急いで行動に移す。
「おい!降ろせ!」
勇希は、怒鳴るダルトンを無視して走り始めた。反動でダルトンの手足が上下に揺れる。そして、命一杯に助走をつけた所で飛び上がり、兵士たちを飛び越える。
「わあああああ!」
高く飛び過ぎて、叫ぶダルトンのヘルメットの先っちょが、遺跡の高い天井を擦った。背中のステラは、楽しそうに宙を舞う。
「なっ!?なんと!?」
兵士たちが見上げる顔の上を、勇希が悠々と飛び越えて行く。彼らは、呆気に取られ、飛び去る勇希を見上げる事しか出来なかった。
そして、勇希は、遺跡の出口に着地する。衝撃を吸収するように、膝を折りダルトンを支える。衝撃を緩めたにも関わらずダルトンは、肩の上で目を回していた。
それからダルトンを地面に降ろす(転がす)と、背後からキールの叫び声が近くなって来た。
「うわああああ!」
キールは、望に投げ飛ばされて宙を舞っていた。矢が散らばらないように、必死に矢筒を押さえている。
勇希は、上手くキールを体で受け止めた。
そんなキールの目も、ぐるぐると回っていた。
「うううう〜。」
キールを立たせていると、望が飛んで来た。望は、成功したのが余程嬉しかったのか、着地してそのまま周囲を駆け回った。
これで兵士たちは、魔獣の相手をしなければならず、勇希たちを追う余裕がないはずだ。少し心苦しいが、彼らなら大丈夫だろう。
「そいつの相手は、任せたよ!」
「おっおい!待てー!」
オープが振り返って勇希たちに叫ぶが、それどころではない。魔獣がランドの大きな盾に突っ込み、ギミトランが応戦を始めた。
オープは、悔しそうに魔獣と向き合った。
そうして、勇希たちは、魔獣の相手を兵士たちに任せて、ジャングルの中に逃げ込んだ。
+
ダルトンが、勇希に指を突き付けて怒鳴る。
「おい!勇希!金輪際、わしを持ち上げようなんて思うなよ!」
ダルトンは、眉間に皺を寄せて憤慨した。
勇希は、そんなダルトンに両手の平を向けて落ち着かせようとする。
「ごめんごめん!悪かったよ。でも、そんなに怒らなくてもいいじゃん。逃げられたんだしさ。」
それでもダルトンのボルテージは、鎮まらない。口から唾を撒き散らして怒る。
「コビットってのはな!地に足をつけて置かないと、駄目なんだ!」
「分かったってば。でも、馬車とかには、乗るだろ?」
勇希の反論に、ダルトンが黙る。そして、少し考えてから、都合が悪そうに答えた。
「……。乗り物は、いいんだ。乗り物は。」
「それにしても、ビックリしたよ。勇希もだけど、望も力持ちなんだね。」
キールが望を褒めると、望は、恥ずかしそうにして照れた。
「えへへ。」
ジャングルを北に抜けると、ショウから港町へと続く大きな街道に出た。グリンウッドからの道と違い、行商人や旅人が往来している。沢山いる訳ではないが、人通りがそれなりにある。
そして、東西に伸びる街道の北側の景色は、絶景だった。
そこには、大きな谷があり、向こう側までかなりの距離がある。ドラゴンに追われて飛び越えた谷とは、比べ物にならない大きさだ。
「わー!何これ!すっごーい!」
望が大興奮で街道の端に駆け寄った。
谷は、深く、霧が架っていて底が見えない。谷間の所々で、水蒸気が轟々と煙の様に昇り、対崖の景色を隠している。この蒸気の量だ。きっと谷底では、大きな川が流れているはずだ。
「ふふ。大峡谷ロゼッタの怒りだよ。短くロゼッタと呼ぶ事が多いかな。この亀裂は、遥か東から海まで続いているんだ。」
街道に沿った峡谷は、端が見えず、断崖絶壁がどこまでも続いていた。
「ロゼッタって、ロゼッタ焼きの?」
勇希は、谷間を覗き込んだ後、キールに振り返った。
「うん。遠い昔、二人の神が女神ロゼッタを取り合って、喧嘩をしたんだ。二人の喧嘩を見兼ねたロゼッタが、激怒してね。剣でズバッと。それからは、誰もロゼッタの事を怒らせなくなったらしい。」
キールは、何も持たない手で、剣を振る動作をして言った。
「そりゃ、こんな崖を創られたらね……底が見えないよ。」
勇希は、再び谷間を覗き込んだ。
崖の端に居る兄弟を見て、ダルトンが気にかける。
「端の方は、土が脆い。気をつけるんだぞ。」
「崖壁に大きな鳥の巣が、いくつも見えるのが分かるかい?あそこから卵を取ってるんだ。このセルスワローの卵と肉が、ショウの街の名産なんだ。」
勇希が崖を覗き込むと、確かに、断崖絶壁に鳥の巣がいくつも見える。そこでは、大きな鳥が羽を休めている。そして、霧の架かる谷間では、何匹ものセルスワローが霧の中を飛び交う姿も確認出来た。
「ここを行くなんて、命懸けじゃん。」
「ああ、こんな場所、わしも行きたくないな。」
勇希が眺めていたセルスワローが、巣から飛び立った。セルスワローは、谷間を優雅に滑空し、峡谷に架かる大きな橋の下へと消えて行く。
背中から覗き込むステラが、飛び去る鳥を羨ましそうに眺める。
「おれたちは、あの橋を渡るの?」
ショウの街の丁度北側に、峡谷を渡る為の大きな橋が架かっている。真っ直ぐ丈夫な橋の上で、コケッコたちが大きな荷車や客車を引いているのが分かる。
「ああ、そうだ。あの橋があるからこそ、ショウの街が交易の拠点となってる訳だ。」
ダルトンが橋に向けて足を進め始めた。
「なんで?」
勇希は、質問しながらダルトンの後をついて歩く。
「キールが言ってただろ?この亀裂が遥か東まで続くとな。わしらが北へ行くには、あの橋を渡るか、東へ抜けるかの二択だな。」
「へー。この谷がずっと向こうまであるの?ロゼッタ凄すぎない?」
剣でズバッと大地を裂くなんて、ロゼッタは、どれだけの巨体だったのだろうか。それこそ、巨人でもないと無理だろう。
勇希が空想していたら、ダルトンが後ろの二人を急かすように言う。
「とりあえず、騎士様たちが追って来る前に、橋を渡りきらないとな。」
それを聞いた望が、勇希の下に駆け寄って来た。そして、対崖を指差して口を開いた。
「ゆうくんなら、向こう側まで飛べるんじゃない?」
その発言に、コビットの二人が、ギョッと肩を上げ首を回した。
「無茶言うなって。流石にこの距離は無理だろ。」
勇希が呆れてそう告げると、ダルトンは、ふうっと、大きく息を吐いて安堵した。
「行けると思うけどなー。」
望は、谷の向こうを眺めて思い思いに歩く。
キールは、そんな望を見て困った様に笑う。
「迷い人は、みんな力が強いのかい?」
「いいや。そんなことないよ。こっちの世界に来たら、こうなってたんだ。おれたちの世界には、魔法なんてのも無いからね。」
勇希は、素直に説明した。言われてみれば、ダルトンたちに、一度も力の説明をしていなかった。何故かと言うと、ノアの人達全員が出来る事だったかもしれなかったからだ。
しかし、それは、強ち間違いでは無かった。彼らは、闘気と言われる力を使って、常人ならざる力を発揮するからだ。
すると、ダルトンが一つの仮説を立てた。
「ふむ。マナの影響かもしれんな。」
「と、言うと?」
「わしらは、剣を振ったりする時に、闘気というオーラを燃やして、力を出しているんだ。その闘気の源は、体内を巡る自身のマナと生命力だ。」
と、ダルトンが説明した。
「ん?でも、おれたちは、マナなんて持ってないけど。」
勇希は、首を傾げた。魔法も闘気も無い、別世界の住人の自分たちに、マナなんてある訳がない。何度か力を込めて、魔法を放つ真似事もしてみたが、うんともすんとも言わなかった。
「まったく。察しが悪いな。お前さんも、息をするだろう?」
ダルトンは、勇希に呆れながら、大きな橋に足を踏み入れた。木の板で組まれた床が、向こう岸までずらりと並ぶ。
息をするから、何だと言うのだろうか。勇希には、さっぱり分からない。橋に着いた事を気にも留めず、無い頭で深く考える。
「大気中のマナを体に取り入れた事で、これまでに無かった力を、発揮しているのではないのか?」
そして、ダルトンは、親指と人差し指で、空気を摘んで言う。
「しかも、ちょこっとのマナで、その威力だ。鍛えるとどうなるのか、先が恐ろしいな。シンジロウが大魔法使いになったのも、納得だ。」
勇希は、顔を上げた。上げた顔から、笑みが溢れてくる。空っぽの容器にマナを取り入れたのだから、力が強くなったのだ。と、ダルトンは、言っているようだ。それなら勇希にも、魔法が使える可能性が十分にある。
「ぼくも成れるかな?」
背後の望も、期待の眼差しを向けた。
しかし、キールが困った口ぶりで助言する。
「んー。望は、力を余り使わない方がいいかもしれないね。」
「えっ!?なんで?」
予想外の言葉に、望が驚いた。
望の疑問をキールが分かりやすく説明する。
「子供の内にマナを使うと、肉体の成長が止まると言われているんだ。重い物を普通に持ち上げるのと、闘気を使って持ち上げるのでは、体に掛かる負担が違うだろ?だから、普段から闘気を使っていると、体が成長したと勘違いを起こすんだ。これ以上、身長や筋力が必要ないってね。」
「じゃあ、両方使う!」
望は、意気込んだ。しかし、そうは、いかないらしい。
「そう簡単なものじゃないぞ?まあ、望の背がちっこいままでいいなら、わしは止めはせんがな。大人になっても、コビットと変わらないかもな!がっはっは。」
「えー!?」
望は、残念そうに全身の力を抜いた。
「十五、六歳になるまで闘気を使わないのが、この世界の習わしなんだ。」
キールが道行くコケッコを眺めて言った。すれ違ったコケッコの引く荷車の車輪が、木の床でゴトゴトと、音を立てている。
「へー。そういうこの世界の常識ってのをさ。もっと教えてよ。さっきの遺跡の絵の事も、しっかり全部聞いてないし…。変な魔獣もいるし…。」
勇希は、橋を渡って来る荷車たちを眺めながら、遠い目をした。
北からやって来る人達は多いが、今から北に向かう人は、余りいなそうだった。これから出発したとしても、すぐに暗くなる時間帯だからだろう。
「まあ、そう焦るな。一気に詰め込んでも、覚えられないだろう?」
「そうだよ。旅をしながら、ゆっくり知っていけばいいのさ。」
コビットの二人は、息を揃えてそう言うが、勇希は、あまり納得していなかった。
「分かったよ。その方が、驚きもあって楽しいって、言うんでしょ?」
「勇希も旅の良さが分かってきたね。見てみなよ。ここから見る景色も、また違っていいだろ?」
勇希と望は、キールの口車に乗せられ、橋から谷を見下ろした。
峡谷が真っ直ぐ地平線に伸び、巨大な口を開けている。所々から煙を吐き出す真っ暗な闇が、周囲の音を吸い込んでいる。一行は、谷間を飛ぶセルスワローしか観れないはずの光景を、橋の上から覗き見たのであった。




