14-2 遺跡
遺跡の階段を下へ降りて行くと、青く輝く明かりが見えてきた。まるで、夜の街のイルミネーションの様に、淡く輝き壁を照らしている。
ダルトンの持つランタンの灯りが、青い光と交わって、紫色に変化する。
「なんだあれ?」
螺旋階段の下の壁に、青い光を発する、宝石の様な物がいくつか埋まっていた。大きくはないが、周囲を照らすには、十分な光だ。
「あれは、魔鉱石。マナの濃い場所で光る、希少な鉱石だ。マナの濃い場所には、魔獣が棲み着く傾向がある。十分に注意するんだ。」
とは言うが、階下には、何も居なさそうだった。
「了解。」
階下の四角い部屋の中は、魔鉱石の青い光に満たされていた。青色に染められた壁には、いくつかの幾何学模様が描かれている。天井は、高く真っ暗で、魔鉱石の灯りが届いていない。
「何も無いけど…。」
勇希は、青い不思議な空間を見渡して言った。
「遠の昔に、調べ尽くされているからな。重要な物は、王都に送られとるだろうし。骨董品なんかは、金持ちが収集したりな。残っておるのは、ああいう壁の壁画だけだ。」
ダルトンは、ランタンを壁に掲げた。そこには、壁一面に絵が描かれている。
「魔鉱石は?」
「無理に引き剥がすと爆発するからな。触れない方がいいぞ?」
ダルトンがチラリと目を向ける。丁度、望が壁の魔鉱石に、手を伸ばそうとしている最中だった。手を止めた望は、ダルトンを見て、笑って誤魔化した。
勇希は、魅惑的な魔鉱石の輝きから目を離し、壁画の方に顔を向けた。
ダルトンがランタンを翳す壁には、大きな化物の姿が描かれている。ゴーレムの様な、四本腕の化物だ。足は、描かれておらず、地面に胴がくっついている。
その周りには、大勢の槍や杖を突いた人々。そして、その上空で、一人の戦士が空を舞っている。その戦士は、化物に向かって、剣を振り上げていた。
「何の壁画なの?」
望がぼーっと、壁画を見上げている。ランタンと魔鉱石の交わった、紫色の灯りの線が、赤と青の灯りを隔て、壁画の雰囲気を、より一層引き立てる。
「絶望の化身マルアルと英雄ポルクスの戦いだ。ノアの歴史の始まりの時だと言われている。」
ダルトンが四本腕の化物と、空を舞ってる英雄を示した。
「これより前は、無かったってこと?」
勇希は、ノアの始まりと聞き、疑問に思ったようだ。
すると、ダルトンは、人々の後方に描かれた瓦礫の絵に、ランタンを向けた。
「右に崩れた柱が描かれているだろ?」
「うん。」
「人間は、あの中から生まれたんだ。」
ダルトンからそう聞くと、瓦礫の中から武器を持った人達が、出てきている絵の様に見えてきた。
そこで、勇希は、グリンウッドを出た後に、キールが言っていた話を思い出した。十三本の柱の中の一つであり、ノアのはじまりの国と呼ばれる、カストールの話だ。
「柱から出てきて、この化物と戦ったってこと?」
ノアの歴史の始まりと言われる、化物との戦い。
そして、崩れた柱から出てくる人々。
カストールが崩れた事により、ノアの歴史が始まった。と、捉えて、間違いは、無さそうだ。
絶望の化身マルアルが何者なのかは、分からないが、この巨大な化け物を、討ち倒した事により、人の歴史が始まったのだろう。
「まあ、簡単に言えば、そうだな。」
勇希は、日本の昔話を思い浮かべた。
竹から生まれた、かぐや姫。桃から生まれた、桃太郎。
そう考えると、別に柱から英雄が生まれる昔話があったって、おかしくはない。
「じゃあ、他の柱を壊したら、人が出て来るかもしれないってこと?」
ノアには、グリンウッドで見たレピオスの様な柱が、十三本存在すると聞いている。一本が、この壁画のカストールだとしても、残りは、まだ沢山あるはずだ。ひょっとすれば、もう何本か、折られているかもしれない。
勇希は、本気で言ったのだが、ダルトンは、冗談と捉えて、大声で笑った。
「はっはっは。それは、面白い。人とは、限らんが、可能性は、十分にあるだろうな。壊せる物ならだがな。」
キールもダルトンと同調し、眉を上げる。
「流石、迷い人だね。柱を壊すとか、考えたことなかったよ。」
「そうなの?」
「だって柱を壊したら、天が落ちて来るだろ?そうなると、地上は、終わりだよ。」
キールは、天を指差して真面目な顔をした。冗談では、ないようだ。
「天が落ちる???」
勇希は、有り得ない事情に、首を傾げる。しかし、ふと考えてみると、ノアには、星が無く、彼らは、塔ではなく、柱と呼ぶ。柱と呼ぶのであれば、天にある何かを、支えている可能性もある。
それなら、その先に、宇宙が広がっているのでは、なかろうか。キールの言った様に、ノアが何かに包まれていると考えると、有り得ない話では、なかった。勇希は、まだ見ぬ何かを想像して、胸を膨らませた。
そこで、ステラが叫んで、勇希の背中から飛び降りた。
「キュッキュ!」
何かを見つけた様に、壁画と対面の壁に反応する。
勇希は、どうしたんだと思い、仕方なく壁を調べる。すると、ステラの鼻先が示す場所で、僅かながら魔鉱石から漂う変わった空気と、同じ流れを感じた。
見える訳ではないが、確かに何かを感じ取った。これがマナなのかどうかは、勇希には、よく分からなかった。だが、少なくともステラは、これを読み取る事が出来るという事だ。
入念に壁を触れて確認する。指の背で壁をノックすると、音の鳴り具合で、そこに空洞があることが分かった。
勇希は、すぐにダルトンに報告する。
「ここに、何かあるみたい。」
勇希がそう言うと、ダルトンが勇希の肩を掴んで前に出た。
「ちょっと退いてみろ。」
ダルトンは、薄いヤスリの様な金属の板を取り出した。それを、壁の隙間に差し込み、ノコギリの様に擦った。
「取れそうだ。」
壁から豆腐の様なブロックを、そっと抜き取ると、勇希は、ダルトンと一緒に中を覗き込んだ。
そこには、丸いビー玉の様な宝石が収められていた。狭いブロックの中の空間で、ランタンの灯りを反射して、淡く輝く。
一般的なビー玉より一回り大きい、その透明な玉は、中に宇宙が収まっているかの如く煌めいている。まるでそこには、ミニチュアの銀河系が存在しているみたいだ。キラキラと光る何かが、玉の中で渦を巻いている。
勇希は、壁の中に手を伸ばして、恐る恐る掴み取った。玉を握り締めるが、暖かくも、冷たくもない。
それから、手の平の上に乗せて、全員に見える様に、肩の高さまで持ち上げた。
「わあー。」
望が顔を突き出して言った。
「なんだこれは?エレメンタルオーブ……では、なさそうだな。少しだが、マナの流れを感じる。」
ダルトンは、訝しみ。
キールは、不思議そうに首を傾げた。
「なんでこんな物が、今まで見つからなかったんだろ?最近、誰かが置いたとか?」
その答えは、考えたって誰にも分からなかった。
「持って行っても大丈夫かな?」
「ああ。いいと思うぞ。見つけたのは、勇希だからな。旅の途中で鑑定して貰おう。重要な物なら、大金持ちになれるかもしれんぞ?」
ダルトンの綻ぶ笑顔に、勇希の顔も綻んだ。
「ホントに!?そりゃいいや!」
これは、旅の資金にもってこいの代物かもしれない。私物を売るのが手っ取り早いと、春花から聞いたばかりだ。
勇希が野宿からの解放に期待を寄せていると、ステラが頬に顔を押し付けてくる。この頭の良い芋虫は、自分の手柄だと、主張している様だ。
「分かったよ。売れたらご馳走を食べさせてやるって。」
勇希がステラの頭を手で押しやると、ステラは、大人しくリュックの上に戻った。
その時。
――バチンッ。
バチンッ。
暗く高い天井から、濡れた雑巾で壁を叩く様な音がした。
不思議な玉を囲んでいた全員が、音に釣られて、天井を見上げる。
『グルルルル――。』
天井の暗がりから、真っ黒な二本の前足と、真っ黒で二つに割れたクチバシの様な頭が現れた。ヘドロの様にベトベトとした前足で、怪物が壁に張り付いている。
「なんだ、こいつは!?」
ダルトンは、目を見開いて驚いた。
「一旦引くよ!」
そう叫ぶキールは、望の首根っこを引っ張り、既に階段を上がろうとしていた。
勇希も急いで、階段に向かう。
ベトンッ!
ヘドロの様に、天井から落下して来た怪物は、本物のヘドロの様に、地面で潰れた。そして、地面に伸び広がった体を纏め上げようと、グネグネと動く。黒いゼリー状の体が、四足の動物の形を作り出す。
「何!?キモっ!黒いスライム?」
「いいから、早く上がれ!」
振り向いてよく観察しようとする勇希を、ダルトンが急かす。ここで戦うには、流石に場所が悪すぎる様だ。
怪物は、ネバネバとした体を纏め上げると、波打つのを止めた。その液状の体は、ツルツルとした黒い光沢のある体に変化していく。
そして、怪物は、まるでキャンプ場に現れた魔獣の様な四足動物に変身した。三本の大きな爪こそ無いが、ツルツルとした体のブラックタイガーだ。背筋を張り、牙を剥き出しにして叫ぶ。
『ガオオオオオ。』
勇希は、不思議な玉をポケットに突っ込み、階段を駆け上がる。その勢いで、ステラがリュックと共に跳ね上がった。
ダルトンが叫ぶ。
「上まで上がったら、入り口まで全速力だ!ムカデなんか気にするな!」
「まじで言ってる!?」
魔獣は、壁を蹴ったり、階段を跳ねたりしながら、追って来る。先程まで、ベトベトしていた癖に、思った以上に動きが機敏だ。このままでは、すぐに追い付かれてしまう。
そこで、キールが腰に手を添えて、踏み止まった。少し悩んだ素振りをしてから、階下に振り返る。
「これは、使いたく無かったんだけど。仕方ない。」
キールは、腰の鞄に手を突っ込んだ。そして、鞄から黄色い玉を取り出して、腰のベルトに擦り付ける。すると、黄色い玉から、火花が散り始めた。
「みんな!目に気をつけて!」
キールは、火花の点いた玉を、勇希とダルトンの間へ放り投げた。
勇希は、階段を駆け上がりながら、自分の顔の横を飛んで行く玉を、目で追いたい衝動に駆られた。玉を追って、首を九十度曲げた所で、前を向かなければならなくなり、諦めた。階段を踏み外しては、大変だ。
――その時、辺りが真っ白に輝いた。
あまりの明るさに、目を瞑る。見ていなくて良かったと、思う程の閃光だった。勇希は、目を開いて胸を撫で下ろす。あのまま見ていたら、目が焼けていたかもしれない。
『グオオオオオ。』
背後から、魔獣の叫び声が響いた。
勇希が振り向くと、魔獣は、首を振りながら壁に激突していた。
「あいつ、目があったんだ。」
「良かった。それを、考えてなかったよ。」
階段の上のキールが安堵した。
勇希たちは、階段を登りきり、入り口に向かって走り出す。
そして、ムカデが蠢く通路に差し掛かった時、魔獣が地上に姿を見せた。通路の勇希たちに向けて、大きな咆哮を放つ。
『――ガオオオオオ!』
天井のムカデたちが反応する。
「げっ!?」
勇希が天井を見上げると、ムカデたちが一斉にガサガサと動き出した。
ダルトンは、上の状況を見て眉を潜めた。
「不味いな。」
ぼとぼとと、鈍い音を立てて大量の巨大なムカデたちが落下して来る。落ちないものは、魔獣から逃げる様にして、天井を這う。
勇希たちは、悲鳴を上げながらも、通路を全力で走る。落ちて来たムカデも、勇希たちと一緒に外を目指す。
そして、後方の魔獣は、そのムカデたちを蹴散らしながら、追い駆けて来る。
勇希は、目に涙を浮かべ、絶叫しながら、全力で前に向かって飛ぶか迷った。あの跳躍力の使い所かと感じたが、加減を間違えると、天井のムカデに突っ込み兼ねない。なので、諦めて走るしかなかった。悔しくも、練習が必要だ。




