13-1 情報屋
一行は、ダルトンの後を追い、街の西側へと歩き出した。
「何処に行くのさ?」
勇希が聞いた。
ダルトンは、手で口を隠し周囲を警戒してから、小声で勇希に伝える。
「秘密の情報屋だ。三人には、教えるように、村長に言われてな。どうしても困った時は、そこを頼るといいぞ。金は、掛かるがな。」
「情報屋?」
勇希は、首を傾げた。自分たちに、情報屋なんて紹介されても、使う事があるのだろうか。
勇希が不思議に思っていると、ダルトンが、口元に指を立てた。
「しー。声がデカい。秘密だと言っただろう?」
周りを気にして慌てるダルトンに、勇希は、謝る。
「ごめん。」
「他の人に口外しないこと。得た情報は、自分の頭で良く考えて使うこと。それさえ守れば、多分大丈夫だ。」
そこで、春花が、ダルトンの事を、上から覗き込む様にして聞いた。
「わたしたちが、迷い人だから、村長が許可したってこと?」
「そういうことだ。」
ダルトンは、誇らしげにニッコリと笑い、胸を張って歩き出した。勇希と春花は、顔を見合わせる。ダルトンの振る舞いから、これが特別な事なのだと、察したようだ。
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ダルトンが、一軒の店の前で足を止めた。
四角い木の扉と、大きな窓枠の付いた、スタイリッシュな店だ。窓の中は、観葉植物の葉が邪魔で、よく見えない。僅かに見える隙間から、暖かい光が本棚を照らしているのが見える。
「それでは、中に入るぞ。」
扉の上部に『CAT』という文字と、猫の絵が描かれた看板が打ち付けられてある。
「え。ここに?」
勇希は、不思議に思い、店の外観を見渡す。喫茶店だと言われれば、納得する見た目のこの店は、猫カフェなのかもしれない。
刑事ドラマじゃあるまいし。喫茶店とは、ベタ過ぎないか?と、勇希は、勘繰った。
「あたいたちは、外で待ってるよ。」
ルートルーと、ステラを抱いたキールが、手を振っていた。
三人は、頷いて、店の中に入る。
店の中は、観葉植物と本棚に囲まれていた。ぽかぽかと暖かく、沢山の猫たちが、床の上で気持ち良さそうに寝転がっている。本棚の中や、カウンターのテーブルの上にも、丸くなっている猫が見える。こんなにも猫が居るはずなのに、不思議と店内は、獣臭く無かった。
喫茶店だと思って入った店内には、カウンターに椅子が二脚置かれているだけで、他に寛げる場所は、なさそうだった。
二人が外で待つと、言った時は、一緒に来れば良いのにと、勇希は、残念に思ったが、この状況を見て、今は納得がいった。猫たちが、カーペットの敷かれた床を陣取っているせいで、思ったよりも、店内が狭いのだ。
客の侵入を遮るカウンターの向こう側では、白髪のおばあさんが、椅子に揺られて、気持ち良さそうに眠っている。眼鏡は、傾き、読み掛けの本が、膝の上で開かれたままだ。
ダルトンが、猫の乗って居ない方の椅子を引くと、カウンターに向かって、陽気に語り掛けた。
「久しぶりだな。スコップ。今日は、面白い客人を連れて来たぞ。」
ダルトンが声を掛けるも、おばあさんは、眠ったままだ。
しかし、何処からともなく、返事が返ってくる。おばあさんにしては、低く、しゃがれた声だ。
「なんだい?普通の人の子じゃないか。」
勇希は、おばあさんの口元を見るも、動いた気配がしなかった。声の主は、おばあさんではなく、男性っぽい気がした。――おかしい。
勇希は、声の出所を探して、視線をおばあさんから、カウンターの上に移す。
カウンターの上には、緑色の丸い植物の生えた植木鉢。万年筆と白紙の紙が数枚。インクの入った瓶やスタンプ。それからその横に、黄色い毛並みの少し大きな猫が、丸くなっていた。
「それがな――。」
ダルトンが話を始めようとすると、しゃがれた声が、それを遮った。
「待て待て。なるほど。」
黄色い猫が顔を上げ、大きな丸い目で、ダルトンを見据える。緑色の瞳に、ダルトンの顔が反射する。
勇希の目には、猫の口が、動いて喋っている様に見えた。
勇希は、目を擦り、真意を確かめるべく、凝視する。すると、猫の緑色の瞳が、キラリと輝き、言葉を発した。
「市場での騒ぎの元凶は、彼らだな?」
今度は、はっきりと見えた。猫がダルトンに向かって、喋り掛けている。勇希は、春花と望と一緒に、思わず声を上げた。
「「「猫が喋った!?」」」
三人の子供たちは、目を丸くする。彼らのあまりの大声で、寝ていた猫たちが飛び上がった。
ダルトンは、背中の三人の顔を見なくても、どんな表情をしているか、想像が付いたみたいだ。黄色い猫の方を見ながら、楽しそうに笑っていた。
「がっはっは。言いたい事は分かるが、少し静かに待っててくれ。」
ダルトンが、手を挙げて言った。
勇希たちは、軽く頷いて静かにする。だが、顔と目だけは、正直で、キョロキョロと、五月蝿く周囲の猫たちを見渡した。――もしかして、全部の猫が喋るのか!?
しかし、店内を走り回っていた猫たちは、喋り掛けてくる様子は、一つもない。
猫たちは、しばらく走り回った後、落ち着きを取り戻す。ため息を吐く様に頭を下げると、再び床で丸くなった。
カウンターの上に座る、黄色い猫のスコップは、勇希たちを観察してから、ダルトンに向き直る。
「連れて来て置いて、我らの事を、教えていないのか……。」
呆れながらも、彼の尻尾は、カウンターの上をゆっくりと、波打っている。何処となく楽しそうだ。
「自分の目で見て、肌で感じて、判断する。そうやってコビットは、技術を学ぶもんだ。」
「小さき友よ。彼らは、コビットではないぞ。」
スコップは、目の端を下げ、猫の顔でもダルトンを哀れんでいるのが、勇希にも見て取れた。
隣の春花は、目をキラキラさせて、スコップのことを見ている。やはり春花も、喋る猫には興味をそそられる様子だ。
その隣の望は、口を開けたまま固まっていた。
「分かっとる。ボケた訳じゃないわい。」
ダルトンは、眉を潜めて反論し、早速本題に入る。
「それでだ。三老のシンジロウが、今何処に居るか聞きたくてな。態々、火の国まで出向いて、無駄足だったら困るだろう?」
「小さき友が、人の子を連れて来て。変わったコインに、シンジロウときたか。」
スコップは、少し考えてから勇希へと視線を移した。勇希のことを、真剣な表情で見つめる。
緑の大きな瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗だ。
勇希は、どうしたら良いのか分からず、恥ずかしくなって目を逸らす。そして、照れ隠しに、頭を掻いた。
逸らした視線の先でも、別の猫が本棚の上から、じっと勇希を見下ろしていた。勇希がその猫と目が合い、ドキッとしていると、スコップが落ち着いた声で言う。
「なるほど。迷い人か。」
勇希の顔が可笑しかったのか、猫の口の端が少し上がり、笑った様に見えた。
ダルトンは、前屈みになって、スコップに顔を近づける。そして、親指を立て、勇希たちを示した。
「ご明察だ。しかも、この兄弟。勇希と望は、シンジロウの親戚だ。彼に会いに、向こう側からやって来たんだ。協力してやってくれ。」
「シンジロウの……。それは、誠か?」
「うん。シンジロウは、じいちゃんの双子の弟なんだ。」
勇希がそう言うと、スコップが大きく目を見開いた。緑色の瞳の中の瞳孔までもが、大きく開いている。
「これは、驚いた。確かに。シンジロウは、迷い人で、双子の兄が存在する。その事実を知る者は、ごく僅か……。ふむ。いいだろう。我らも協力しよう。」
「やった!」
思わず口に出したのは、望だった。望は、やってしまったと、いう顔をしてから、口を両手でパッと塞いだ。
「まあ、我らが出来ることは、限られているがね。」
スコップは、大きな目を片方だけパチクリさせて、望にウィンクした。すると、何故か隣の春花が、感極まって喜んだ。
ダルトンが、横目で少し笑ってから、話を戻す。
「それで、シンジロウは?」
「我らが知る限り、マッチガルドの自宅のある街。ヒートウェルから、ここ数年は、移動していないな。世界会議の出席も、断っているくらいだ。三老のクセに、困ったものだ。急な旅に出ることも、ないだろう。」
望は、口を閉じていた手を、少し下げ、心配そうな顔をする。
「病気か何かなの?」
望は、祖父のコウイチロウの事を思い出したようだ。
スコップは、望に優しい眼差しを向ける。
「シンジロウは、健康だよ。ただ、人間も歳には勝てぬからな。旅に出るのが億劫なのだろう。」
「スコップは、どうして双子だとか知ってたの?」
勇希は、疑問に思っていた事を投げ掛けた。今なら口を挟んでも大丈夫だと、判断した様だ。
「んー。」
じーーっと、勇希の目を見て、スコップが何かを考えている。勇希は、再び猫の視線を浴びて、やってしまったと、たじろんだ。
「我らにも、渡して良い情報とそうでない情報がある。だが、いいだろう。特別に、その質問に答えよう。」
スコップは、勇希を見つめるのに疲れたのか、顔を洗う様に頬を掻いて、話を続けた。
「その昔、我らにシンジロウが依頼したのだよ。兄を探したいとね。その時の事が知りたいなら、本人に直接聞いておくれ。これ以上は、我らの口からは言えない。」
――やっぱり、シンジロウのじいちゃんも、じいちゃんの事を探してたんだ!
勇希は、そう思っただけで、胸がグッと熱くなった。
「それが聞けただけで十分だよ。な!望?後は、目指すだけだな。」
勇希は、望の肩をがっちりと掴み、望に同意を求めた。望は、兄の笑顔を見て元気に頷いた。
「うん!」
スコップは、立ち上がり、カウンターの上を歩いて行く。尻尾を立てて、インクの入った瓶を、優雅に避ける。そして、勇希たちが良く見える位置で、背筋を伸ばして腰を降ろした。
顎を上げ、丸い緑色の目で勇希たちを一望し、ゆっくりと聞き取りやすい口調で、話し始めた。
「迷い人には、過酷な運命が待ち受けると聞く。我らもシンジロウには、手を焼いたものだ。何かあれば、シンジロウの様に、我らを頼ると良い。我らは、世界の至る所に居る。勿論、代価は、頂くがな。」
スコップが言い終わると、春花が一歩前に出て、スコップに手を差し出した。
「春花よ。協力してくれて、ありがとう。スコップさん。」
スコップは、背を低く保つ春花に、片足を持ち上げて差し出す。春花は、その小さな足を、親指と、人差し指と、中指の三本で摘み、握手をした。
「どういたしまして。」
握手を終えた春花は、ご機嫌な笑みを浮かべて、元の位置に戻って行った。
「そろそろ、行くとするか。情報ありがとうよ。スコップ。」
ダルトンは、カウンターの上に、金貨を一枚置いて立ち上がる。
スコップが、その金貨を目で確認すると、口を開いた。
「餞別に、良い事を教えてやろう。」
「なんだ?」
ダルトンは、振り返って動きを止めた。スコップが、話し始めるのを待つ。
「市場の件で、兵士が捜索を始めたようだ。」
スコップが言った。
勇希には、スコップが、どうやってその情報を得たのかが分からなかった。スコップは、勿論、他の猫たちも、動いてすらいない。
何か種があると思い、周りを見渡したが、勇希には、何も見つけられなかった。
カウンターの向こうでは、未だにおばあさんが眠り続けている。寝息を立てていることから、生きてはいるみたいで安心した。
ダルトンは、ヘルメットの下部のうなじ部分を、手でボリボリと掻きながら、店の出口へと向かう。
「面倒な事になったな。こっそり街から離れるとするか。」
カウンターの上から、姿勢の良い黄色い猫が、ダルトンの背中を見送る。
「気をつけてな。」
勇希たちは、扉の前でスコップに振り返り、礼をしてから店を後にする。
「ありがとう。」
「またねー。」
カラン、コロンと、店の扉の鐘が鳴り、扉が閉まった。
「世界が騒がしくなりそうだ。」
スコップは、窓の外を見て、そう呟いた。




