12-3 ショウ
「おじさん!これ何?凄く良い匂いだけど!」
丸い大きな鼻の下に、チョビ髭を生やしたおじさんが、鉄板の上で、お好み焼きの様な物を焼いていた。鉄板焼き用のコテを持つ指の間には、水掻きの膜があり、顔には、エラが付いている。
「おお、坊主!ロゼッタ焼きは、初めてか?」
おじさんは、太い眉を片方上げて、望に聞いた。そして、捲し上げた腕で、エプロンに刺さったソースを抜く。それを、鉄板の上の粉物に、ぶっ掛けた。
ジュー。と、いう音と共に、湯気が立ち昇る。付近に、香ばしいソースの匂いが漂う。
「ロゼッタ焼き?」
おじさんは、出来上がったロゼッタ焼きを、紙で造られた箱舟に、乗せていく。
「ああ、この街の郷土料理さ。渓谷で取れた卵と肉を、ふんだんに使った、お口がとろける絶品料理よ!」
これ見よがしに、箱舟に乗ったロゼッタ焼きを、客から良く見える位置に、並べていく。ほくほくしていて、とても美味しそうだ。
「うちのロゼッタ焼きは、港町の新鮮な魚と、海藻で出汁を取っててな!他では、味わえない一品だぞ?」
おじさんは、チョビ髭の上の大きな鼻を指で擦って、格好良くポーズを決めた。
そこで、背後から勇希が現れて、望の肩を掴んだ。
「おい、望!おれたち、金持って無いだろ?行くぞ?」
勇希がそう言うと、おじさんが残念そうに、ガクッと頭を下げた。
「なんだよ。文無しかよ……。」
これまでのパフォーマンスが、台無しだった。
そこで望が、勇希の制止を振り切って、前に出た。
「お金ならあるもん!ほら!」
ポケットから取り出した望の手には、五百円玉が握られていた。望は、おじさんに見える様に、高く掲げる。
しかし、それは、日本の硬貨であって、ここでそんなお金が、使えるはずがない。カストール王国には、カストール王国の通貨が、存在するはずだ。
それこそ、先程の兎の獣人が、渡していた様な銀貨が――。
「のぞむくん、そんな高価な物を出して!でも、残念ながら。それ、使えないと思うけど?」
後ろから春花が現れて、おじさんに聞こえる様、大袈裟に言った。
(――ここで、ちょい悪春花さん!?)
勇希は、心の中で驚いたが、何も言わずに、見守る事にした。
「そうなの!?」
望の素直なリアクションに、店のおじさんが、食いついた。望の掲げる手に、よーく顔を近づける。
「ほー。見たことない硬貨だな?ちょっと貸してみろ。別に取ったりは、しねえからよ。」
そう言う鉄板越しのおじさんの、水掻きが目立つ手に、望は、背伸びをしてお金を手渡した。
「はい!」
「ふむ。見事な装飾に、綺麗な円……。」
高く掲げて、隅々まで観察していたおじさんは、急に五百円玉に噛み付いた。
ガブッ!
そして、口から取り出して、再び眺める。
「硬度もいいな。よし、売った!三つ持って行って、いいぞ。」
おじさんは、五百円玉を指で弾いて、空中でクルクルと回転させてから、掴み取った。
「やった!」
望は、喜んでロゼッタ焼きを手に取り、春花と勇希に手渡した。そして、またポケットに手を突っ込んで、何かを考えている。
ふと、何かを思い付いた様に、顔を上げる。
「ねえ、おじさん!同じのをもう一枚と、小さいのも渡すから、もう三ついいかな!?」
望は、おじさんに五百円玉と百円玉を見せた。
「なんだ?見かけによらず食いしん坊だな?」
呆れるおじさんに、望が説明する。
「違うよ。向こうで三人待ってるんだよ。」
「なんだ、そういうことか。いいぞ。コレクターに持って行けば、儲かりそうだしな。どこで手に入れたとかは、聞かないが。あんまり他で、売ってくれるなよ?」
おじさんは、気前良く、追加のロゼッタ焼きを三つ、望の前に並べた。
勇希は、それを望から受け取り、お礼を言う。
「なんか、すみません。ほら、望。お礼言ったのか?」
「おじさん、ありがとう!」
望は、振り返って、元気良くお礼を言った。そして、両手にロゼッタ焼きを持ちながら、噴水の方に駆けて行く。
「ああ、うちの宣伝も頼むぞ!」
おじさんが三人の背中に叫んだ。
「はーい!」
望は、ロゼッタ焼きから立ち昇る湯気を、とても嬉しそうな顔で受け止め、返事をした。
+
おじさんは、三人の風変わりな若者を見送った後、手の平の五百円玉を眺めた。
「これは、いい物を、手に入れたぞ。」
しめしめと、大金を思い浮かべてる様な顔をしていると、隣の屋台の店主が、声を掛けてきた。
「なんだよ?そんな良い物だったのか?うちにも、見せておくれよ。」
しかし、おじさんは、すぐに手を仰いで、断った。おじさんは、澄ました顔で言う。
「あー。駄目駄目。見せびらかすなら、鑑定に出してからだ。ゴミだった時にゃあ、馬鹿にされるからな。」
その言葉に、隣の店主は、訝しむ。
「子供が持ち込んだ物だぞ?どうせ、そんな価値ないだろ。勿体、振るなよ。」
すると、おじさんは、鼻で笑った。
「そう思うだろ?しかし、こりゃ、おれの店とおんなじで。一味違うんだな。きっとこれは、天から降って来たに違いねえ。手先の器用なコビットでも、銀貨に、ここまでの装飾は、しない。それだけでも、価値があるってもんさ。」
そんなおじさんの笑みは、止めようにも、止まらなかった――。
+
ショウの街の中央は、大きな広場になっていた。その大きな広場を、立派な造りの商館や役所、豪華な宿に、レストランなど、綺麗な建物が、取り囲んでいる。
広場の真ん中には、天に向かって剣を構えた、羽根の生えた女性の像があり、その足元から、水が緩やかに流れ出ている。噴水と言っても、勢い良く水が噴き出している訳ではなかった。
「みんな。お待たせ。」
春花が、ルートルーにロゼッタ焼きを手渡して言った。
コビットの三人は、仲良く噴水の縁に、腰掛けていた。ステラは、大人しくキールの隣で、何かを食べている。
勇希は、望の後を追い、両手のロゼッタ焼きを、落とさない様、噴水に近づく。
「来たな。楽しんだか?ん?ロゼッタ焼きなんて、どうやって手に入れた?」
「買って来たに決まってるじゃん。はい!これ、ダルトンの分ね。」
ダルトンは、望が笑顔で手渡すロゼッタ焼きを取り上げ、目を瞬く。
「はいって……お前たち、金は持ってたのか?」
予想外の行動に、呆気に取られている。
「望が、おれたちの世界の硬貨を、出したんだ。春花がノリノリで、ヒヤッとしたよ。」
勇希は、ロゼッタ焼きをキールに手渡してから、胸を撫で下ろした。
すると、春花が、勇希に食って掛かった。
「お蔭で上手く交換出来たから、良いじゃない。」
ダルトンが、冷静に三人に聞く。
「その硬貨ってのは、まだあるのか?あるなら見せてみろ。」
「おれは、持ってないかな。望、まだ五百円玉あるか?」
「ううん。十円と、一円ならあるよ。」
望は、ポケットから、小銭と木の実を取り出した。望のポケットは、まるで四次元ポケットの様に、ゴミやら、何やら、入っていそうだ。
「わたしのリュックの中に、あるかも。ちょっと待ってね。」
春花は、ロゼッタ焼きを、噴水の縁に置いて、まとめて置かれてあるリュックを、漁り始めた。
「はい、これ。」
ダルトンは、手渡された硬貨を指で挟んで、隅々まで舐めまわす様に、調べた。
「ふーむ。ルートルー、キール。どう思う?」
「これは、あれだね。」
ルートルーの顔に、笑みが湧く。
そして、ルートルーの言葉の続きを、キールが言う。
「ちょっと騒ぎになるかも。」
それを聞いて、心配になった望が、おどおどしながら聞いた。
「まずかった?」
「大したことじゃないが、ささっと食べて、移動するぞ。」
「ごめーん。」
望は、悲しそうに下を向く。落ち込む望に、ダルトンが、たじたじとなる。
「いやいや、謝ることじゃない。あまり目立ちたくないだけだ。大したことないと、言っただろ?ロゼッタ焼き、ありがとうな。」
ダルトンがお礼を言うと、望が顔を上げた。
「ホントに?」
「こいつは、美味しいよ。当たりの店を引いたようだね。」
キールが、ロゼッタ焼きに付いている棒を、高く掲げて言った。口の周りには、ソースがベッタリと、付いている。
勇希は、ロゼッタ焼きを、棒で器用にひとすくいして、口に運んだ。口の中で、甘味と旨味が、じゅわっと、広がる。
「本当だ!旨い!ふわふわで、トロトロだ!」
美味しそうに食べる勇希を見た望は、堪らずロゼッタ焼きを、口にする。
「じゃあ、ぼくも。――美味しい!」
望は、落ちそうな頬を、持ち上げて喜んだ。
望がご機嫌になった所で、春花が聞く。
「それで、ロゼッタって何なの?」
「女神様の名前だよ。」
そう言ってルートルーは、ロゼッタ焼きを、豪快に口の中へと放り込んだ。頬を膨らませ、顎を大きく動かす。
「女神様って、この噴水の?彼女が作った料理とか、好物ってこと?」
ルートルーは、くっくっくっと、笑って、口の中の物を飲み込んだ。
「それは、後で分かるから、楽しみにして置きなよ。」
「また、驚かせたいってこと?もうっ。直ぐに教えてくれても良いのよ?」
春花は、ルートルーに呆れた。コビットのサプライズ好きにも、困ったものだ。
全員が食べ終えたのを確認して、ダルトンが、号令を掛ける。
「それでは、移動するぞ。市場が騒がしくなってきた。」
勇希たちがやって来た、南の市場が、がやがやと、騒がしく、人の波が滞り始めていた。




