12-2 ショウ
活気のある人混みの音を聞く度に、勇希の顔には、自然と笑みが湧いてきた。
そんな中、一際、大人しい存在がいた。
春花だ。
ギミトランたちと別れてから、元気がない。ミーファと仲良くなったばかりで、辛いのは、分かるが、そこまで悲観する程のことでも、ないはずだ。
これから、大陸を横断する旅をするのだ。この先、いくらでも、出会いと別れが待っている。それも、旅の醍醐味のひとつだと、勇希は思った。
「なんだよ。さっきから静かじゃん。悪い物でも、食べたのか?」
「ううん。もうすぐしたら、お別れなんだと思うとさ。しんみりしちゃって。」
春花は、顔を曇らせた。
勇希は、揶揄ったつもりだったが、春花の真面目な返答に、調子が狂う。
「そっちが、別行動したいって、言い出したんだろ?」
勇希は、口を尖らせた。
「そうだけど……。」
春花は、悲しそうに、手元に目を向ける。そして、左腕の時計と、一緒に着けている髪留めを、指の腹で転がすように触り続ける。
「らしくないな。またすぐに会えるさ。今は、楽しもうぜ。」
勇希が元気づけると、望が春花の腕を掴んだ。
「そうだよ。はーちゃん!いこっ!」
「う、うん。」
春花は、望に腕を引っ張られ、人混みの中に連れて行かれた。
通行人は、暑さの所為か、薄着の人が多い。上裸の人もいるくらいだ。太陽が無いはずのノアで、何故か肌が、焼けている。筋肉もムキムキだ。
そんな彼らは、様々な武器を携帯している。腰のナイフや剣。背中の弓矢や斧。彼らの使い古された武器の数々を見て、この辺りも割と物騒なんだと、勇希は、肌で感じた。
そして、物語に出てくる旅人や、冒険者っぽい、彼らの容姿に比べると、自分の服装が、子供っぽく、ちんちくりんに思えた。
リュックにしまったナイフだって、そうだ。あれは、キャンプ用の万能ナイフであって、武器ではない。彼らからすれば、オモチャ同然だろう。
そんな道行く人々は、お互いの武器が接触しない様、意外とパーソナルスペースを、広く取って歩く。間を開けて、一人、一人が、気を遣っている節がある。
初めは、暑いので、くっ付きたくないだけかと思ったが、そうではなさそうだった。この街特有かは、分からないが、そういったマナーが、ある様に思えた。
そもそも勇希には、何故こんなにも暑いのかすら、理解が出来なかった。森を抜けて、丘を行きだしてから、気温がどんどん高くなった。
エアコンの無いこの街の住人は、どうやって涼んでいるのだろうか……。森の中は、涼しかったし、北の国では、雪が降ると言う。――地面が、何かに温められているとか?
勇希は、暑さで使い物にならない頭を働かせ、二人の後について行く。
露店には、ルートルーの言った通り、興味深い物が、沢山売られていた。見たこともない顔をした魚や大きな貝殻。彩りの鮮やかな野菜や果物。大きな魔獣の肉や皮。
食品の大体が、市場の入り口方面で売られる。次が、薬や日用品。そして、装飾品や武器などと、よく分からない物が、次々と増えていく。その奥の街の中心地では、様々な料理の屋台が、立ち並ぶ。
全部の店の商品を、一つ一つ見ていると、噴水に着くのに、何日も掛かりそうだ。
「わー。なにこれ!はーちゃん分かる?」
望が、大きくて派手な、盾の様な物を見て言った。光沢があり、端の方が、ギザギザとしている。
「さあ?本当に、見たこともない物が、沢山あるわね。」
春花も露店の商品に、興味を惹かれ、次々と物を見て回る。勇希は、春花が楽しめている様で、ほっとした。さっきまでの泣きそうな顔が、嘘みたいに明るい。
「そいつは、ブリリアントワームの殻さ。坊主には、まだ早いぞ。」
店主がそう言って、望を厄介払いしようとするが、望は、聞かなかった。
「見るだけだよ!凄いんだもん!」
店主の言う『まだ早い』が、値段的になのか、その殻の使用用途の所為なのかは、謎だったが、喜んでいる望を見て、店主が折れた。
「あー。まあ、いいか…。」
そこで、望の隣に、客が現れた。黒い高級そうな服の袖から、白い毛を纏った腕を、持ち上げる。そして、キビキビとした丁寧な口調で、注文を始めた。
「ランナーアントの牙とハッカクの脚を、五本ずつ頼めるかい?」
そう店主に注文したのは、全身がふさふさの毛に覆われた、兎の獣人だった。きちんとした紳士服に身を包み、小さくて可愛いシルクハットを、長い耳の間に載せている。
屈んでいた望が、大口を開けて見上げると、兎の赤い瞳が、望を捉えた。
彼は、ニコリと微笑むと、何も気にせず店主に顔を戻した。
「お、ヨルルの旦那。珍しいな、うちで買い物とは。」
店主は、注文された商品を、せっせと袋に詰める。
「王都の妹に頼まれましてな。急ぎらしくて、困ったものです。」
袋と銀貨を交換すると、彼は、身を翻した。
「ありがとう。また来るよ。」
「毎度!」
靴を履いていない大きな白い足を、軽快に跳ね上げて歩く。その後ろ姿を見て、春花が騒ぎ始めた。
「可愛いー!」
キュートなお尻の尻尾を、ふりふりとして歩く姿に、目を奪われ大興奮だ。
勇希は、他にもいないか見渡したが、大勢の人がいる市場の中で、毛むくじゃらなのは、彼だけだった。
それでも、兎のヨルルは、街の人の注目を、全く浴びていない。道行く人々は、いつもの光景の様に、見向きもしなかった。彼らにとっては、コビット族の方が、珍しいみたいだ。
このショウの街には、他にも、耳の下にエラのある種族が、度々人混みに紛れている。それは、人族と、これと言った違いがなく、良く見ないと、判らない程だった。
「なにあれ!?」
また望が、別の店の商品を指差して驚いた。そこでは、瓶詰めにされた物が、いくつも置かれていた。望の指差した瓶は、タコの様な、ウネウネしたモノが、中で動いてる。
瓶の中で、それがグルッと回転して、大きな目玉がギョロリと、動いた。
「ひっ!?」
望は、瓶の中の何かに睨まれ、勇希に飛び付いた。
「なんだかよく分からないけど、凄いわね。わ!あれなんて、可愛いんじゃない?」
春花は、ブレスレットやネックレスなどを取り扱っている露店に目を付けて、駆け寄った。
春花は、腕に輪っかを着けるのが好きだった。今も相変わらず、髪留め用のゴムが、両腕にいくつもぶら下がっている。
「そう言えば、おれたち、金持ってないんだよな。これからどうするんだ?ずっと野宿って訳にも、いかないよな?」
ふと、思った事を、春花に投げ掛けてみた。
「ゆうくん、気付くの遅いわよ。そういう事は、もっと早く聞いて置かないと。」
春花は、綺麗な装飾のブレスレットを眺めつつ、答えた。
「えっ、春花は、何か聞いたのか?」
「そりゃ、勿論よ。」
驚く勇希に、振り返って、自慢げに答える。
「市場で、何か私物を売ったりするのが手っ取り早いと思うけど。こういった大きな街には、旅人の為に、依頼を出してる所が、いくつかあるみたいよ。商館だったり、役所みたいな所だったり。」
それを聞いた途端、勇希の顔が綻んだ。
「ゲームで言う、クエスト的なヤツか!?面白そうじゃん!」
「ほとんどが、雑用だったりするらしいけど、何か討伐したりするのも、あるんじゃないの?わたしは、ルートルーと、一緒に稼ぎながら、旅をする予定よ。」
計画的な春花に感心した勇希は、頭の後ろに腕を組む。
「へー。ちゃんと考えてて、偉いな。」
勇希は、他人事の様に言って、春花と並んで、市場の中を進んだ。
そんな、考え無しの勇希に、春花は、念を押して言う。
「ゆうくんも、みんなと相談して、ちゃんと予定を立てないと。お金は、いくらあっても困らないんだから。」
「ああ……。急に現実を突き付けられた気分だよ。金かぁ。男だけだから、野宿で耐えられるっちゃ、耐えられるけど。そうもいかないよなー。望も居るし……ってあれ?望は!?」
辺りを見回して、望の姿を探す。すると望は、少し先の屋台を覗いていた。




