11-1 宝石
エスピナの森の木々の奥。緑の生い茂る木陰の暗闇から、赤色の眼光が、勇希たちをギロリと覗き込む。鋭い赤い瞳が睨みを効かせる。
暗闇の額の辺りから、眼光とは別の怪しい光が、紫色に輝き始めた。邪悪な紫線をギラギラと放つ様に、森を照らす。
ずんと、大きな白い前足が、地面を踏み揺らす。綺麗なもふもふとした毛並みの隙間から、鋭く大きな爪が飛び出している。
そして、暗闇の中から、キリッと整った、狼の大きな顔が、姿を現した。歯茎を見せ、苛立った様に唸るその額には、怪しげに光る大きな宝石の様なモノが付いている。
普通のシーカーウルフの何倍もある大きな体は、全く重量を感じさせないよう、滑らかに動く。
「なんだこいつは――!?」
隊長が目線を上げて、大口を開けた。
「わしも初めて見るぞ…。」
ダルトンも、あんぐりと口を開けて、その巨体を見上げた。コビットとは、流石に体格が違いすぎる。
すると、ルートルーが、慌てて指示を出した。
「これは、マズいよ!騎士さん。先に馬を、街道まで逃して!そうすると、あたいらの連れが、居るはずだよ。」
それを聞いた隊長は、急いで指示を出す。
「パトス。ミーファ様を連れて、先に行くんだ!」
「了解です!ミーファ様は、コケッコへ!」
返事をしたパトスは、急いで馬へ駆け出した。
「だけどっ!ギミトラン!」
ミーファは、心配そうに、隊長のギミトランに訴えた。
「行って下さい!約束したでしょう?」
真剣な表情で言うギミトランに、言い返す言葉もなく。ミーファは、悲しそうにコケッコへと向かった。
勇希は、ガクガクと、今にも泡を吹いて倒れそうな馬の手綱を、パトスに手渡した。
パトスは、勇希に礼を言って馬に跨り、ミーファがコケッコに乗るのを待つ。
ミーファは、大きな鶏冠の付いたコケッコの背中に飛び乗ると、勇希に顔を向けた。
「あなたは?」
彼女にそう言われ、勇希は、少し考えた。
勇希の脳内では、『もう一羽のコケッコで、一緒に踊りませんか?』と、変換され、ダンスの誘いを受けた気分だ。
それは、とても魅力的な誘いだった。正直、コケッコには、乗ってみたい。だが、勇希の心の内で、この先の戦いを、見届ける方が大切だと、言い争いが始まった。
「おれは……。大丈夫!先に行って。この先の道沿いに、おれの弟たちがいるはずだよ。」
「分かりました。気をつけて下さいね。」
ミーファは、パトスに頷いて合図した。
合図を受け取ったパトスは、鉄のブーツで馬を蹴って駆け出した。ミーファも直ぐに、パトスの後を追う。
数匹のシーカーウルフが、二人の後を追いかけて行くのが見えた。
続けて走り出そうとするシーカーウルフたちを、赤と黄色の兵士が、足止めする。
「お前らの相手は、俺たちだ!」
「しくじるなよ、ランド。」
カールした前髪を揺らしながら、オープが格好を付けて剣を構えた。
「ああ!オープ、お前こそな!」
ランドの返事を合図に、二人は、意気揚々と、剣を振り始めた。
『 グルルルル!! 』
巨大なシーカーウルフ改め、宝石の白狼が牙を剥く。
「来るぞ!気をつけろ!」
ダルトンが叫ぶと、ジュエリーウルフが、その巨体で飛び掛かって来た。同時に、複数のシーカーウルフも、襲い掛かって来る。ダルトンは、飛び退き、攻撃を躱す。
ギミトランは、後方に飛び退きながらも、ロングソードでジュエリーウルフの爪を受けた。バチバチと、火花を散らす。それから、爪を弾いて身を翻し、距離を置く。
ルートルーは、シーカーウルフたちの処理を、優先しているようだ。群れへと突撃して、複数匹に斬りかかっていた。
蹴りを入れたり、剣で斬ったり。左へ行ったり、右へ行ったりと、縦横無尽に動き回る。
「すご…。」
勇希は、一応ナイフを構えて、その様子を見守った。
ルートルーが強いのは分かっていたが、これほどまでとは、思っていなかった。まるで、少年漫画の主人公の様な、立ち振る舞いだ。
そんなルートルーを、あっさり倒してしまうダルトンは、どれほど強いのか……勇希には、全く予測がつかなかった。
「あの額の石から、危険な気配を感じます。」
ギミトランが言った。
「んむ。それに、気付いてるか?シーカーウルフを倒しても、無限に湧き続けていることに。」
「そうですね。大量発生ではなく……何かカラクリがあるということですか。」
倒したシーカーウルフの死体は、紫色の湯気を出しながら、時間を掛けて蒸発していく。それが蒸発し終わると、新たなシーカーウルフが、暗闇から姿を現す。それを、ずっと繰り返している様だ。
二人は、ジュエリーウルフの額の大きな宝石に、目を向けた。
「それがあの石っころ、なんだろうが。他にも何か仕掛けてくる可能性が高い。ここは、慎重に行くぞ。」
「はい!」
森の中から狼の遠吠えが、沢山聞こえてくる。
ジュエリーウルフが叫び終えると、再び沢山のシーカーウルフと共に、一斉に襲い掛かって来た。
二人は、襲い来る猛襲を避けつつ、反撃を繰り出す。
シーカーウルフの数を、なるべく減らしつつ、ジュエリーウルフに斬りつける。鉄線の様に頑丈な体毛ごと、大きな体に傷を付ける。
ジュエリーウルフは、その身に傷を負いながらも、攻撃を仕掛けてくる。
ジュエリーウルフの爪の斬撃が、森の木々を裂き砕く。幹は、粉々となり、大木が枝を折りながら倒れる。森の中に、大きな音と土埃が舞う。
ダルトンは、飛び散る残骸を避けながら、離れた所に着地した。そして、ジュエリーウルフの様子を伺う。
目を細めて、よーく目を凝らす。すると、ジュエリーウルフの傷口から、湯気が立ち、見る見るうちに、傷口が塞がっていくのが見えた。
「ふむ。一筋縄では、いかないな。長期戦は、こちらに不利の様だ。どうする騎士様。本気は、出していないのだろう?それとも、わしが仕留めるか?」
ダルトンは、肩に斧を乗っけて、余裕そうに、ギミトランへ首を傾げた。
ジュエリーウルフは、眉間にシワを寄せて怒っている。グルルと、低く喉を鳴らす。
ギミトランは、肩を撫で下ろすように、ふうっと、大きく息を吐いた。
そして、豪華な金色の剣の鍔を、目の前に掲げて、両手で柄を握る。
「かの有名なコビットの戦士の目の前で、情け無い姿は、見せられませんな。ここは、私にお任せ下さい。」
ギミトランは、カッと、目を見開き、剣を構え直す。剣を顔の横に引き、剣先を真っ直ぐ、ジュエリーウルフへ向けた。
ギミトランに、何か力強い気配が、集中し始める。彼を中心に、木の枝や木の葉が、風に乗ったように円を描きながら舞い上がる。
静電気でも発生しているのか、バチバチとした空気の圧力を、風の中に感じた。
「すげぇ……。」
勇希は、吸い寄せられないように、後退りしながら、呆気に取られていた。
ギミトランの力に呼応するように、ジュエリーウルフの額の宝石が、光り輝く。邪悪な光が、森の中を照らし出す。
その光を体に覆いながら、ジュエリーウルフは、大きく顎を上げて、上空に吠えた。
『 ワオーーーーーン! 』
遠吠えと共に、大きな紫色の四本の雷が、周囲に落ちる。
バーン!
と、いう轟音から、バチバチと、強烈な紫電を発生させた。大きな四つの紫電から、細かい無数の紫電が地を這う。
そして、大きな紫電は、実体を持つ様に、変形する。それぞれが、同じ大きさのジュエリーウルフへと――。
「そんなのありかよ!?」
勇希は、驚きのツッコミを入れた。
その瞬間には、五匹のジュエリーウルフが、ギミトランに飛び掛かっていた。紫の電撃が跳ねるように、ギミトランに襲い掛かる。
しかし、ギミトランは、一切動じない。
全く動かず、剣先を、今も真っ直ぐに向けたまま、正面のジュエリーウルフを睨んでいる。
ギミトランの周囲に渦巻く風の中に、ジュエリーウルフたちが侵入した。
『 剣技 哀愁漫譚 』
ギミトランのロングソードの間合いは、広いが、ギリギリまで、ジュエリーウルフを引き付ける。
一匹は、牙を剥き、一匹は、爪を振り下ろす。そうして、五匹の攻撃と紫の稲妻が、ギミトランに接触する寸前。
ギミトランは、体を回転させ、ロングソードを一周させた。張り詰めた空気を解放し、ジュエリーウルフたちを、一気に断ち切る。
平原を駆け抜ける様な優しい風が、音楽を奏ながら過ぎ去った。
それと同時に、大きな雷が落ちたような轟音が、森中に響き渡る。
バーン!!
ギミトランは、体を低くして腕を振り抜き、ロングソードを静止させた。
森が、悲鳴を上げているかのような断末魔が、木々の間を通り抜ける。
ジュエリーウルフは、白目を剥いて、地面に無残に倒れ込む。足を折り、舌をベロンと出したまま、顔を土に埋めた。
そして、切り裂かれた、ジュエリーウルフの分身体は、紫電となって、空気中へ分散する。
ギミトランは、倒れたジュエリーウルフに近づいて、剣を持ち上げる。ジュエリーウルフは、煙を上げながら回復を行っている最中のようだ。
「トドメだ。」
ギミトランは、剣を突き刺して、ジュエリーウルフの息の根を止めた。額の宝石から、禍々しい紫色の光が、消えて無くなる。
すると、周囲のシーカーウルフたちは、霧の様に消えてしまった。
戦っていたルートルーと兵士たちは、目の前で急に消え去った狼に驚き、辺りを見渡していた。
「さっきから、凄いしか言ってない気がするけど。すごっ!これなら、馬を逃さなくても倒せたんじゃないか?」
興奮の色を隠せない勇希に、ギミトランが言う。
「守りながら戦うというのは、想像以上に難しいものなのだよ。」
落ち着いた口調のギミトランは、剣を大きな鞘に納めている所だった。
「まあ。確かに、そうかも。」
勇希は、大きな独り言を聞かれて、恥ずかしくした。
「みんな無事の様で、なによりだな。」
ダルトンが、集まる兵士たちに向かって言った。
「お蔭様で助かりました。コビットの戦士と一緒に戦えるなんて、運が良い。」
小さなオープが、髪と目を輝かせた。
これに、背の高いランドも同意する。
「ですね。帰ったら、同僚に自慢出来ますよ。」
「しかし、こいつは、一体何なんだい?シーカーウルフの上位種なんて、初めて見るわよ?」
ルートルーが困った顔をして、編まれた髪の間を、ボリボリと指で掻いている。
「我々もです。密猟者がいないか巡回していた所。急に襲われましてね。あなたたちの助けが無ければ、何名か、やられていたことでしょう。」
ギミトランが、思い返すようにして言った。
「たまたま近くにいたもんでな。助けになれて良かったよ。それにしても…こいつ以外にもいないだろうな?村は、爺さまがいるから大丈夫だろうが……。この額の石は、何だ?」
ダルトンが近づいて、宝石を眺めると、全員が宝石に注目した。
大きなクリスタルは、突き刺さった様な形で、額に侵食している様に見えた。
ギミトランが、腕を組んで考え始める。
「誰かが取り付けたのでしょうか?最近は、密猟者の数も減って、安心していた所でしたが…。これは、調査が必要か。」
まじまじと観察し、不審点を探す。
勇希には、何が異常で、何が普通か、さっぱりだった。とりあえず、こんな巨大な狼が、滅多に居ないと分かっただけで、十分だ。
そこで、ランドがギミトランに進言した。
「隊長。とりあえず、死体を処理して、ミーファ様と合流しましょう。野営の準備も、しなければなりません。」
「ああ。そうだな。」
考えても埒があかないと悟った男達は、手分けして片付けを始めた。




