10-2 助太刀
「ダルトン!」
キールが、森の中から血相を変えて戻って来た。
木に手をついて持たれかかり、荒い息を吐く。そして、キールにしては、珍しく早口で喋り始めた。
「この先の森の中で、誰かが魔獣に襲われてる!多分、鳴き声から、シーカーウルフの群れだと思う。」
ダルトンは、手に持った棒に噛みつき、焼き鳥を引き千切りながら答える。
「こんな場所でか?密猟者とかじゃないだろうな?」
口の中の肉を良く噛みながら、不思議そうに首を傾げた。
焚き火の前の地面に座り込み、美味しそうに焼き鳥を頬張っていた。
隣で同じ様に食べていたルートルーが、顔を向ける。頬を膨らませて、肉を入れたままの口を、行儀悪く開く。
「どうする?助けに行くかい?」
すると、ダルトンが重い腰を持ち上げた。鎖帷子が装備に擦れ、ガチャガチャと音を鳴らす。
「仕方ない。わしとルートルーで行って来るか。キールは、ゆっくり飯でも食べてから、勇希たちと道なりに進んでくれ。後で合流しよう。」
昼食がまだのキールに配慮してから、斧を背に担いで出発の準備を整える。
ルートルーも、急いで残りの肉を口の中に詰め込み立ち上がった。
「おれも行くよ!」
そんな彼らを見て、勇希が慌てて立ち上がる。
「危険だぞ?」
ダルトンが神妙な顔をした。
「今後の為に、色々と見ておきたいんだよ。なるべく下がって見とくからさ。お願いだよ!」
勇希は、力強くダルトンに頼んだ。
今後の為と言うのは本当だが、ただこの世界の”本物の戦い“というものを見ておきたかった。昨日の練習なんかではない。命を賭けた戦いをだ。
なんたって、魔法があると分かったのだ。きっと、もの凄い物が見れるに違いない。
「見る事は、大事な事だからね。いいんじゃないかい?勇希なら、自分の身ぐらいは、守れるでしょ。」
ルートルーが出してくれた助け船に乗り、勇希は嬉しそうに頷いた。
時間がない事も兼ね合い、ダルトンは、ルートルーの提案を受け入れる事にした。
「仕方ない。いいだろう。それじゃ、キール。頼んだぞ。」
ダルトンは、そう言い残して、森の中へ足を踏み出した。
「了解。」
キールは、返事をすると、羨ましそうな顔をする望の肩を抱きしめて、焚き火の前に座らせていた。
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北へ向けて森の中を抜けて行くと、狼の遠吠えがいくつも聞こえてきた。もう何時遭遇してもおかしくはない。
エスピナの森の中は、木漏れ日が差し込み、とても明るい。至る所で光が反射し、辺りを若草色で彩っていた。
その鮮やかに輝く緑色が、遠吠え一つで薄暗く感じてしまう。
ダルトンは、背中から斧を取り上げると、走るペースを速めた。幹の太い広葉樹を避けながら、森の中をジグザグと進む。
すると、生い茂った草の中を駆け抜ける、狼たちの姿を見つけた。こちらに見向きもせず、真っ直ぐに標的を追っているようだ。
そんな狼の行動が、目的地の近さを彼らに知らせていた。
灰色の狼たちが集まる先には、鎧を着た四人の男性と一人の女性の姿が見えた。彼らは、大きな木を背にして、馬とコケッコを囲むように剣を構えている。
シーカーウルフの群れが、警戒しながら彼らの周りを取り囲む。そして、低い唸り声を上げながら、彼らに牙を剥く。
「助太刀する!」
ダルトンは、そう叫びながら、既に飛び掛かっていた。後方から襲われた狼は、斧で次々と切り裂かれる。
「助かる!」
一番立派な鎧に身を包む、豪華なロングソードを持つ兵士が答えた。金色の立った髪に、渋い髭が揉み上げから顎に向けて短く生えている。
おそらく彼が、この兵士たちの隊長だろう。
ルートルーも狼の間を縫って、彼らの輪の中に入った。
「凄い数だね。何したら、こんな数に囲まれるのさ。あんたたちは、ここに居るので全員かい?」
「ああ!こっちは、五人だ!おっと。」
四角い赤髪のノッポな男性が返事をしていたら、狼が飛び付いて来た。彼が盾で防ぐと、隣からロングソードが振り下ろされ、狼は斬り捨てられた。
「ランド!話は後だ。一旦片付けるぞ!」
隊長に注意され、ランドは気合いを入れ直す。
「はい!」
「勇希、手綱を代わってあげな。」
ルートルーが勇希に顎で示した。
「分かった!」
勇希は、兵士たちの間を潜り抜けて輪の中に入る。
そこには、三頭の馬の手綱を引く、丸い顔をした兵士がいた。馬を必死に宥めながら手綱を引いているが、今にも蹴り飛ばされそうだ。
その隣の大きなふさふさとした羽毛の鳥は、赤い鶏冠を立て、冷静に周りを警戒している。手綱は付いているが、背中に垂らしたまま逃げる素振りもない。
「ほら、お兄さん。代わるよ。」
勇希が手を伸ばすと、手綱に体重をかけて引っ張りながら、兵士が心配してきた。
「ありがとう!でも、大丈夫かい?」
「大丈夫!」
そう言って勇希は、手綱を受け取った。
兵士は、勇希に手綱を渡すと、直ぐに腰の剣を抜き、輪の中へ加わる。
勇希は、ぶるぶると荒れ狂う馬を見上げて話しかける。
「今のおれと、力比べしようってのかい?」
勇希は、手綱に力を込める。すると、手綱がピンと張り、グッと動かなくなった。馬たちが必死に抵抗するが、手綱はピクリとも動かない。
勇希がそのままニヤニヤと眺めていると、馬たちは負けを認めたのか、首を垂れて大人しくなった。
「大丈夫なのか……この少年は?」
全員が真剣な表情をしている中で、明らかに勇希だけが浮いていた様だ。勇希が手綱を渡した兵士が、心配そうに勇希を見ながら、背の低い小太りな兵士に聞いていた。
「パトス!余所見してる場合ではない!一匹も通すんじゃないぞ!」
そのコビットの様な体格の兵士が、金色のカールした髪を震わせながら怒鳴った。
注意された丸顔のパトスは、前に向き直り剣を振るう。
「分かってる!オープも怪我するなよ!」
オープは、細い剣をしなやかに突き、狼の横っ腹を切り裂いていた。
斬っても斬っても狼の猛襲が止む事がない。こんな数の群れが、森の中に存在するとは思えない。それはまるで、下水道に蔓延るドブネズミの如く…。
勇希は、馬の顔を撫でながら辺りの様子を伺っていた。隣の白い二羽の鳥は、キョロキョロと首を動かしてはいるが、暴れ出す心配はなさそうだ。
そして、勇希から比較的に近い場所に、薄い緑髪の女性がいた。彼女は、レイピアに近い細長い剣を振って戦っている。
若草色に煌めく長い髪は、白い猫の顔の付いた髪留めで、綺麗に纏められている。そして、細身の身体は、白を基調とした軽鎧を身に纏う。胸や腕を守るための金属のプレート。脛を隠す鉄のロングブーツ。どれもが頑丈そうで、傷一つない。
彼女の真っ白で綺麗な肌から、汗が跳ねる。しなやかに身体を回転させて、シーカーウルフを捌く。彼女が可憐な動きで剣を振る度に、殺伐とした森の空気を浄化する。
いつのまにか勇希の目は、彼女の動きに釘付けだった。時が止まった様に眺めていると、青空の様に鮮やかな彼女の瞳が勇希を捉えた。
勇希は、ギクりとして咄嗟に目を逸らす。澄ましたように、馬を撫で続ける。しかし、恥ずかくした表情が隠せずに、彼女にクスりと笑われてしまった。
それに気付いた勇希は、無言で頬を赤らめた。
ふと、馬の足元を見ると、そこに小型の動物がいた。カワウソ?イタチ?何だろうか。茶色い毛並みの四足歩行の動物が、そこに居た。
勇希には、どちらも本物を見た事がないため、判断がつかなかった。
その動物には、ほんのりと緑がかった後光が射している様に見える。今にも儚く消えてしまいそうな雰囲気だ。
イタチの様な動物は、その小さな顔を持ち上げて、女性の方へと視線を向けた。
すると、次の瞬間。体が砂で出来ていたかの様に、さらさらと風に流されて、本当に消えてしまった。
勇希は、目を疑った。周りの人達へ伝えようとするが、今はそれどころではなかった。
勇希は、イタチが消えて行った先を見る。そこでは、女性が背中を向けて戦っていた。彼女が動く度に、長い髪が波打つ。
それから、勇希は、彼女の隣の兵士。オープを確認した。オープも見事な剣捌きで戦っている。
オープは、他の兵士たちよりも金属の防具が少ないよう見て取れる。白くてビシッとしたフォーマルな制服姿だ。その分、とても身軽な動きをする。
だが、戦っているうちに、彼女とオープの距離が開いてしまっていた。
丁度、その隙をついたように、シーカーウルフが走り込み、女性へ飛び掛かかった。女性は、目の前のシーカーウルフの相手で手一杯だ。
” 気付けば勇希は、手綱を手放していた。
彼女へ向けて、体が勝手に走り出す。
間に合うか、間に合わないか、ギリギリの距離だ。“
女性が横から襲い掛かってくる、シーカーウルフの存在に気付く。
しかし、気付いても既に遅い。彼女には、眉を上げることぐらいしか出来ない――。
灰色の狼の鋭い牙が、目と鼻の先に迫る。腕か。首元か。喰いつかれると、そう思ったその時――。狼の顔が、在らぬ方向へひん曲がった。
バキッ!
勇希の右ストレートが、シーカーウルフに炸裂した。
殴られたシーカーウルフの体は、森の奥へと飛んで行く。
真っ直ぐ突き出した勇希の拳からは、燻った湯気が立ち昇る。
「危なかったぁぁ。」
勇希は、ほっとして腕を下ろし、痛みを消し飛ばすように、殴った手をぶんぶんと振る。
「あっありがとう…。」
女性は、唖然とした表情で勇希を見る。
「――前!っ前!!」
勇希が注意すると、女性は直ぐに前を向いて剣を振った。
そこで、反対側のダルトンが叫んだ。
「なんか来るぞ!」
遠吠えが森中に響き渡り、シーカーウルフたちが距離を取って下がり始めた。
そのまま森へ帰ってくれと、兵士たちは思ったことだろう。しかし、そうはいかない。
ズーン。ズーン。
森の奥から、大きな何かがやって来る――。




