10-1 助太刀
一段落した所で、丸くなったメロンの横に集合した。
ルートルーは、周囲の警戒を始め、キールは、丸くなったメロンの様子を確認する。
メロンの向こうでは、スズメがひっくり返ったまま、足をピクピクとさせていた。
「勇希が倒した奴は、あのまま逃してやろう。無駄に殺すのは、良くないからな。あと、こいつは、解体するから、良くやり方を見ておくんだぞ。今後の旅で、必要なスキルだ。」
ダルトンは、ナイフをくるりと回して取り出した。
スズメに近づいて、スズメの体にナイフを当てる。ナイフをどう入れるか、考えているようだ。
「こいつ食べれるの?」
勇希は、鈴の模様をした瞳を持つ、大きな鳥を指差した。ふさふさとした羽に包まれ、一回り大きく見えるその体からは、大量の血液が滴っていた。
ダルトンは、スズメに刃を入れながら答えた。
「何言ってんだ。昨日、食ってただろうが?」
「昨日?」
勇希は、昨日の宴の席を思い返す。
みんなで囲んだ焚き火の中に、巨大な鳥肉が焼かれていた。そこから香る、香ばしい匂いを思い出し、勇希は、生唾をゴクリと飲み込んだ。
「スズメがこんなに大きくて凶暴だなんて…。もっと早く言ってよー。また、ドラゴンでも来たのかと思ったぁ。」
春花が、両腕を脱力しながら、ゾンビみたいに歩いている。一気に気が抜けたらしい。
「おれたちの世界の雀はさ。手の平サイズの小さな鳥なんだよ。」
勇希は、春花の様子を、不思議そうに観察していたルートルーに教えた。
「なるほど。それで、笑っていた訳か。てっきり、スズメぐらい余裕なのかと。山から下りて来たと聞いていたからね。」
パッと、謎がひとつ解けたような顔をしたルートルーは、春花を宥めに向かった。
勇希は、ハーフのルートルーが、一番のコビットの世話焼きではと、彼女の揺らす三つ編みを、見送りながら思った。
あっという間に、解体を終えたダルトンが言う。
「少し早いが、ここらで昼食とするか。キール、周囲に魔獣がいないか確認を頼む。」
「ああ、メロンが落ち着いたら行ってくるよ。」
「みんな手慣れてるなぁ。」
阿吽の呼吸で作業をこなす、彼らの姿に、勇希が感服していたら、元気を取り出した春花が、ルートルーと一緒にやって来た。
春花が心配そうに、勇希の腕を見る。
「みんなが凄いのは、分かるんだけど。腕は、大丈夫そう?素手で殴り飛ばすなんて、馬鹿なの?」
少し見て心配無いと分かれば、呆れたように笑った。
笑われる勇希も、自分に呆れて笑っていた。
「不思議だよなー。おれもビックリだよ。春花にも出来るんじゃないか?」
「……え。いやいやいや、出来ないわよ!」
今度は、殴る練習でもさせられると思ったのか、春花は、全力で否定した。
ルートルーが笑いながら、慌てる春花に短剣を差し出した。
「ほら、春花。素手じゃなくても、武器ぐらいは、持っといた方がいいわよ。」
春花は、ぽかんと口を開けたまま両手を出して、手の平の上にナイフを載せた。春花の手首では、鮮やかな髪留めの束が揺れている。
「ルートルー。いいの?」
ルートルーは、腰に手を当てて、頼もしい顔を春花に向ける。
「多少は、戦えるようになって貰わないと。いざという時に、困るからね。」
春花は、手の平の上のナイフと、ルートルーの顔を、交互に見て慌て出す。
「ええー!?わたし、武器なんて持った事もないのにっ。戦えないわよ!?」
「大丈夫。後で教えてあげるわよ。」
ルートルーは、慌てる春花の肩を叩いて、優しく言った。
「何事も経験って言うし、いいんじゃないか?」
勇希がそう言うと、春花は、納得したのか、ナイフを見つめて大人しくなった。
それからすぐに勇希たちは、道の脇の空き地で、昼食の支度を始めた。薪を集め、座れるように地面を平す。
ダルトンが、木の枝で焚き木を組み、その中へ手を向けた。
「大地の精の溢れ出る力よ――。ここに――。スパーク。」
そう小さな声で唱えると、枝の山の中で、小さな火花が発生した。ほんの瞬く間の火花が、一本の枝に、小さな火を灯した。
その火が段々と燃え広がり、焚き火に火が点いた。
「なに今の!?魔法!?」
勇希は、その一瞬の出来事を見逃さなかった。
ダルトンの指先から、火花が散った。一瞬だったが、間違いない。
勇希は、急いで焚き火に近づき、魔法の残り香を探した。這う様に地面に手をついて、枝から枝へ燃え移る火の様子を、じっと眺める。
昨日の宴では、マナという言葉は耳にしたが、一度もこういった現象を見られなかった。もしかすると、魔法は、この世界に無いのかもしれないと、勇希は、諦め気味に思っていた所だ。
ゲームやアニメみたいに、人が使う姿を想像出来なかった部分も大きい。マナという物は、魔獣や空の飛行限界点といった、自然の為にあるのだろう。そう勝手に思い込んでいた。
「あー。いや…。大きな声で言うなよ。内緒だぞ?」
ダルトンは、困ったように、頭をボリボリと掻きだした。
ダルトンの返答を聞いて、勇希は、確信を得たようだ。勇希の顔に、期待と喜びの笑みが込み上げてくる。――この世界には、魔法がある!
そう分かっただけで、今にも空まで飛び上がりそうだった。しかし、足が痛くなるので、そんなことはしない。
「しまったな。いつもの癖で、油断してたわい。」
「なんで!?知られるとマズいことなの?」
勇希は、焚き火に近づけた顔を、ダルトンに向けた。秘密にしなければならない理由を考える。
「そういう訳じゃないが。力って物は、あまりひけらかす物ではないからな。」
そう言いつつダルトンは、焚き火の周りに手で土を集めて山を作り始めた。
「おれにも使えるかな!?」
勇希は、食い入るようにダルトンに、顔を近づける。
オモチャを眺める望と同じ様に、目を輝かせた。もっと見たい。もっと知りたい。そんな欲求が、勇希の心を押し進める。
ダルトンは、面倒くさそうにしながらも、焚き火の左右に、土で壁を作り上げる。
「あーっと、どうだろうなぁ。わしのは、ちょこっと火を点けるぐらいだ。ちゃんとした魔法使いに、習った方がいいだろう。ほら、退いてくれ。料理の邪魔だ。」
痺れを切らせたダルトンは、腹を空かせた犬を追い払う様に、手を振った。
それを見ていたルートルーが、面白おかしく腹を抱えて笑った。
「あっはっは。ダルトンが慌てるのは、珍しいよ。いいね、勇希。」
木の傍に立つルートルーは、腰に下げている剣や小袋を、カタカタと震わせている。
その木の根元では、春花が大人しく座って、話を聞いていた。平静を保っているが、興味がありそうに、耳を欹てている。
「ルートルーは、使えるの?」
勇希は、期待の眼差しを彼女に向けたが、彼女は、笑いながらも被りを振った。
そこでダルトンが、再び魔法を唱え始めた。
「大地の精よ……。」
その後は、ごにょごにょと、口をこごもらせたため、聞き取れなかった。
ダルトンが唱え終わると、土壁から蒸気が発生した。ジューっと、水分が蒸発する音が鳴る。
勇希は、もちろんのこと、静かに座って眺めていた春花も、驚きのあまり、目を大きく見開いていた。
「残念ながら、あたいに魔術の才はないね。勇希は、シンジロウの親類なんだろ?」
「うん、そうだけど。」
返事をする勇希は、ダルトンの仕草から目を離せない。また何かをするのではと、期待して待っている。
ダルトンは、恥ずかしそうに、眉の辺りを指で擦っていた。
「なら、もしかしたら、魔法が使えるかもしれないわね。なんたって、シンジロウは、炎の大魔法使いって言われるほどの達人なんだからね。」
「そうなの!?」
勇希は、ダルトンから咄嗟に目を離して、ルートルーに顔を向けた。
――大魔法使い!?
三老とか言ってはいたが、大魔法使いと言うのは聞いていなかった。昨日は、三老が何かと、聞く雰囲気ではなかったからだ。
シンジロウが魔法を使えるなら、勇希や望にもその可能性があるということになる。
勇希は、夢に一歩どころか、数歩は近づいた気がした。自分にも魔法が使えるかもしれない。そう期待して胸が熱くなる。
「ダルトンも、シンジロウから教わったんでしょ?」
ルートルーが、ダルトンに振り返って聞いた。
ダルトンは、硬くなった土壁の間に、肉の刺さった棒で橋を架けていた。火が肉を炙り、香ばしい匂いが立ち始める。
「さあ。どうだったかな。」
ダルトンの目が斜め上を向き、唇がへの字になった。ダルトンは、嘘が付けないタイプの様だ。
勇希は、そんなダルトンの顔を見て笑った。
それから、街道沿いに居るメロンの方に目をやる。そこでは、望がメロンに何かの果物を食べさせていた。
この話を望が知ったら、どんな顔をして驚くだろう。勇希は、食事をするメロンを眺めている望に、早く教えたくて堪らなかった。




