9-2 鈴目
エスピナの森。
大きな山脈から広がる、この広大な森を、そう呼ぶらしい。広大過ぎて、名称を分けた方がいいと思うが、どこまで行ってもエスピナの森と、彼らは、呼ぶ。
そこには、彼らの中で、何かしらのこだわりや信仰があるのやもしれない。急にやって来た勇希たちが、とやかく言う事でもなかった。
勇希たち一行は、グリンウッドから北へ続く、なだらかな道を進んでいた。
エスピナの森を切り開いて作られた道は、真っ直ぐではあるが、凸凹としている。だが、通行量が少ない割には、綺麗な道だった。
グリンウッドを経由する、勇希たちが下って来たミール川が、近くを流れている。ミール川も、道に近づいたり、遠ざかったりと、大きく森の中を曲がりくねりながら、北を目指しているようだ。
「こんな大勢で移動するのは、久しぶりだな。」
ダルトンが、意気揚々と歩きながら言った。朝の陽射しを浴びて、気持ちが良さそうだ。
「そうなの?」
「いつも、二人か三人だからね。」
勇希の問いに、キールが空かさず答えた。
キールは、ガルーダのメロンの横で、心配そうに顎を上げていた。メロンの引く荷車の荷台の上で、望がステラと遊んでいるからだ。
望は、暖かくなった丸太に抱きつく様にして、寝そべっている。そのまま眠ってしまいそうなぐらい、居心地が良い。
そこで、ルートルーが、全員に聞こえるように、話し始めた。
「ダルトンたちは、二人を連れてマッチガルドを目指すんだろ?あたいたちは、ショウに着いたら別行動をするよ。そのまま、王都を目指すわ。」
春花と並んで歩いているルートルーが、逞しい腕を小さく掲げて、ガッツポーズを取った。
それを聞いた勇希は、眉唾で、春花に聞く。
「なんだよ?一緒に来ないのかよ?」
「男と子連れで、どうやって王子様と出会うのよ……。」
春花は、そうぶつぶつと呟いてから、大きな声で言う。
「わたしには、別の目的があるの!」
勇希は、目を細めて春花を見た。
「なんだ。そういうことか…。」
勇希は、分かった風な口ぶりで言った。
そんな勇希の視線に気付いた春花は、口を尖らせる。
「痛い目で見ないでよ。女の子の憧れじゃない!別にいいでしょ!」
プイッと、そっぽを向く春花を見ても、勇希は、何とも思っていないようだ。逆に楽しんでいる様にも見える。
「うん。いいよ。おれは、春花のそういうとこ。嫌いじゃないし。少女漫画とか、好きだったもんな。」
「ゆうくん…。」
分かって貰えたと、春花がしおらしくなる。
「あと、頭いいくせに、考えなしで突っ込むところとか。」
「あー。はいはい。そうですか、そうですか。」
春花は、おちょくられている事に気づいて、話を諦めた。
「しかし、再び出会えなければ、勇希の祖父の二の舞だろうに?」
二人の様子を見ていたダルトンが、髭を指で梳いて、考える素振りをしながら言った。
「確かに。帰りに、その王都に寄れば、会えるかな?」
名前も場所も分からないが、勇希は、聞いてみた。今いる所が、カストール王国だとは聞いた。だが、他の街や地名は、さっぱりだった。
これから向かう街。ショウでさえも、どんな場所だか聞いていない。
「王都から移動してる可能性もあるからね。まあ、何かあれば、王都に、伝言を残しておくよ。」
そう気軽に言う彼女に、春花は、森を見渡しながら聞く。道行く人々を警戒して、森の奥へ走り去る獣の姿が、そこにはあった。
「ずっと森だし、まだグリンウッドしか見た事ないんだけど。大丈夫なの?」
道の脇には、緑色の尖った草が、生い茂っている。
そこから、一匹の大きな天道虫が、春花の目の前を横切った。春花は、ギョッとした顔をして、不安定に羽ばたく天道虫を目で追った。ステラには、慣れたが、やっぱり虫は、苦手だった。
ルートルーがそんな春花を見て、高笑いする。
「あっはっは。カストール王国には、広大な自然が広がっててね。街と街の間は、どこもこんなもんさ。」
そこで、キールが得意げに説明する。
「カストールは、ノアのはじまりの国とも言われてるんだ。これには、さっき言ってた、十三本の柱の話が関係していてね。その一本が、カストールなんだ。」
「天を支えているって言う、あのデカい柱?レピオスだっけ?」
勇希は、頭の後ろに手を組んで、振り返って、後ろ向きに歩いた。荷台の丸太の上に座る望とステラも、勇希の視線に釣られて、空を見上げた。
森の頭のずっと上に、薄っすらと、巨大なレピオスが聳え立っているのが見える。
「ああ。レピオスやカストールだけでなく、ここから北に行けば、タウロスも見えて来るよ。他にも、ハマルやレックスとかね。旅をしていれば、近くで見られる機会が、きっとあるさ。」
あんな柱が、他に幾つもあるなんて、勇希には、信じられなかった。中は、一体どうなっているのだろう。登れば、空の上にでも行けると言うのだろうか?
眺めれば眺めるほど、勇希の妄想が膨らむ。
キールが夢の様な話を、楽しそうに語り終えると、ルートルーも、一緒になって笑みを浮かべた。
「王都ドーレを見れば、ビックリすると思うね。まあ、あまり言い過ぎると、ネタバレになってしまうから。こんなところじゃないかい?」
彼女は、嫌らしく話を切り上げる。
すると、大人しく話を聞いていた望が、残念そうな声を上げた。望は、丸太の上から、足をぶらぶらとさせている。
「えー?」
メロンは、相変わらず無関心に、ゆっくり荷車を引いていた。
「あたいは、あんたたちの驚く顔が見たいのさ。それに、王都ってのは、どの国も凄いんだ。それは、それは、水の国なんかは――。おっと。言ってしまうところだったわ。」
ルートルーは、大袈裟に口を紡いだ。
「ルートルー。意地悪ね?気になちゃうじゃない。」
ニヤニヤと笑うルートルーに、春花が文句を言った。すると、森に笑い声が溢れかえった。
それからダルトンは、真剣な表情に切り替えて、みんなに、注意を促す。
「呑気に話してないで、周りの警戒もするんだぞ?そこの木陰から、ガブッと、魔獣に喰いつかれる可能性もある。警戒は、怠らないことだ。」
全員が、木陰に視線を移す。ダルトンに言われた影響で、暗がりが不気味に見えてきた。今にも闇の中から、何かが飛び出して来るのではと、そう錯覚するほどに。
「ええ…。急に止めてくれよ……。」
恐れ慄く勇希に、キールが丁寧に教える。
「この街道沿いには、あまり凶暴な魔獣はいないけど。注意は、しておくべきだね。それに、たまには、上を気にしないといけない。スズメに襲われたら大変だからね。」
「上?」
勇希は、首を傾げた。
「スズメって、鳥のよね?でも襲われるって…?」
春花も不思議そうにする。
あの可愛らしい小鳥が、ピラニアの如く、襲いかかって来るのだろうか?想像してみると……それは、それで、怖かった。
「スズメに襲われるなんてこと、あるわけないよー。」
「キュッキュ!」
望とステラは、楽しそうに並んで笑っていた。
そこでダルトンが、後方の空を見上げて叫ぶ。
「噂をすれば、なんとやらだな。気をつけろ!急いで、木の下へ向かえ!」
ダルトンが、手を招いて指示を出す。
空から大きな影が、真っ直ぐに急降下してくる。風を切る鋭い音が鳴る。
キールと一緒に、望を丸太から降ろして走らせる。ルートルーは、春花の背を押して、木陰へと素早く潜り込んだ。
大きな巨体が、勇希に向かって突っ込んで来た。勇希は、それを横に飛び退いて避けた。両手を地面に着けてから、体を上手く回転させる。
大きなバットを振り抜いた様な音が、勇希の真横を通り過ぎた。
「あぶねっ!」
一息吐いて上を見ると、二匹目が、滑空してくるのが見えた。
「もう一羽来るぞ!急げ!」
ダルトンが叫ぶ。勇希は、這う様にして木の影へと向かう。
「マジかよ!なんでおれ!?」
それもそのはず。道には、丸くなったメロンと勇希しかいない。
丸くて茶色い鳥は、その巨体を音もなく、地面に着地させた。そして、黄色い瞳を勇希に向けると、翼を羽ばたかせながら、勇希の後を追い始めた。鋭利なクチバシを、勇希に向かって突く。
鈴の様な目で狙いを定め、勇希の足元を突く度に、地面に大きな穴を空ける。
ガン!ガン!ガン!
危うく、足を持っていかれそうになるところだった。
勇希は、なんとか木に辿り着き、その木を抱き抱えるようにして立ち上がった。そして――。
「このヤロー!」
勇希は、反撃に出た。
襲い来るクチバシを躱し、拳で思いっきり殴り飛ばす。
バキッ!
勇希の拳が、スズメの喉元へクリーンヒットする。
スズメの巨体が、ふわりと、浮き上がる。そして、もの凄い勢いで、後方に吹っ飛んだ。
「えー!すごー!」
望は、その光景に驚いて、堪らず叫んだ。
吹っ飛んだスズメは、道の反対側まで転がり、伸びている。
勇希は、自分の力が信じられずに、殴った手の握りを確認する。グローブをしていたおかげか、拳には、全く怪我か無かった。
――ありえないだろ…こんな事…。勇希は、自分でやっておきながら、夢見心地な気分となった。
そこへ、もう一羽のスズメが、凄いスピードで降りて来る。
「ルートルー。やるか?」
ダルトンは、空を見上げながら軽く眉を上げた。
「ええ!」
ルートルーは、ニヤリと笑って走り出し、スズメ目掛けて飛び上がった。
空中で、すれ違い様に、腰から剣を抜く。一筋の剣筋が、綺麗にスズメを通過した。
するとスズメは、血を吹き出して、地面へと落下し始めた。鈍い音を立て、地面に衝突し、事切れる。
ルートルーは、軽やかに着地した。
春花と望(頭の上には、ステラ)が、草の中から揃って顔を出し、口を縦に開く。
「おおー。」
と、感心しながら、盛大に拍手をした。
ルートルーは、剣に付いた血を振り払い、剣を腰に戻した。




