9-1 鈴目
翌朝。
三人は、広場の一画に集まっていた。
勇希は、早めに寝て、たっぷり疲れを取る予定だったが、逆に寝過ぎて、体が重かった。
背中のリュックの上のステラは、そんな勇希の空気を読まずに、頭を掲げて元気に鳴いている。
そこで、春花が、勇希の前に躍り出た。
「どう?おかしくないかな?」
春花は、軽やかに体を回転させ、勇希に新しい服を見せた。艶のある綺麗な髪が、風に乗って舞い上がる。
短パンにTシャツという、体の線がはっきりとした服装だった。多くのコビットたちが着けている皮のベルトが、胸や腰、二の腕に巻かれ、軽く体を締め付ける。
その上に、丈の短い皮のジャケットを羽織り、肌の露出を抑えている。だが、前を閉じても、ヘソが出たお腹を隠せないぐらい短い。
勇希は、露わになった春花の曲線美に、目のやり場を困らせる。普段より露出度の高い、春花の見慣れない姿に、見ている勇希の方が恥ずかしくなった。
「あっああ。似合ってるよ。」
勇希は、自分のジャケットに目を移して指でいじった。革で作られた上着は、丈夫で動きやすく羽織っていても意外と暑くない。
手には、指先だけ出た、革のグローブを着けている。ナイフなどで手を切らないように手を守り、滑り止めにもなる、旅には持ってこいの優れもの。らしい。
これらは、全て、村の女性たちが、昨日の内に作ってくれた物だ。
それから、ナイフやちょっとした道具を装備する為の、革のベルトも用意してくれた。勇希は、そのベルトを、ナイフと一緒に腰に巻いているが、春花は、いろんな所へ、ファッションとして取り付けているようだ。
勇希たちは、お礼代わりと言えば聞こえはいいが、旅へ持って行けない物を、プレゼントした。
空になったクーラーボックスや折りたたみの椅子など。それに、空のペットボトルまで、喜んで引き取ってくれた。
そして、スマホや電子時計などの使えない貴重品は、大事に保管してもらう事にした。持ち歩いても邪魔なだけなので、帰りに受け取る算段だ。お蔭で、かなり身軽になった。
「あっ!ゆうくんが照れてるー!」
望が勇希をからかう。そんな望も、新しいジャケットとグローブを着けている。ジャケットの背中から、ベルトがだらしなく垂れていた。
「照れてねーよ。」
勇希がそう否定して、畑へと繋がる大きな通りを見ると、コビットの戦士たちが、見たこともない大きな動物を連れて、やって来るのが見えた。
「ガルーダだ!でかー!」
望が叫んだ。
ガルーダの大きな頭と背中には、ツルツルとした青い甲羅があり内側からオレンジ色の羽が、びっしり生えている。亀の様で鳥の様なクチバシの付いた顔は、おっとりとした優しい目で、勇希たちのことを覗いていた。
その背には、ガルーダと同じくらい大きな荷車が繋がれている。四本の像の様な太い足で、車輪をガタガタと揺らしながら荷車を引いていた。
荷車には、沢山の丸太が、ずっしりと積まれているようだ。
それを先導する老戦士ファルマスが、三人に声をかける。
「おお、客人たちよ。集まっておるようだの。」
「おはようございます。」
「おはよう。服は、気に入ってもらえたようだな。良かった良かった。」
ファルマスは、勇希たちの服装を見て、嬉しそうに笑った。
「ええ。ありがとうございます。」
春花は、優等生モードのようだ。丁寧にお礼を言った。
「それにしても、本当にもう旅に出るのか?村長は、疲れてまだ寝とるし。一週間とは言わずとも、あと数日は、ゆっくりして行けばいいと思うが。狩りやら、ほかの村やら、楽しめると思うぞ?」
ファルマスは、勇希たちに、そう言ってほのめかす。しかし、もう三人で決めたことだった。
「出来ればそうしたいんだけど。あんまり長い間こっちにいると、家族が心配するから。」
勇希は、ツンツン頭を掻きながら答えた。
「帰りにもお世話になると思うので、その時は、よろしくお願いします。」
「そうか、それは、残念だのう。」
春花の丁寧なお辞儀に、ファルマスは、本当に残念そうな顔をした。
すると、隣のダルトンが笑い出す。
「はっはっは。ファルマスの爺さん。コビットの世話焼きが出とるぞ。わしは、コビットの戦士ダルトン。おまえたちの引率を、承った。よろしくな。」
そう言ってダルトンは、太い腕を出し、一人一人と順番に、握手をして行く。
「ルートルーだ。あたいは、人間とコビットのハーフでね。変わり者だけど、よろしく頼むよ。」
勇希は、ルートルーと握手を交わしながら驚いた。
コビットの中では、背が高いとは思ってはいたが、ハーフだとは、思っていなかった。しかも、コビットの戦士の中には、女性が少ない。そんなコビットの中では、確かに変わり者なのだろう。
それに、こちらにも春花がいる。旅をしていれば、女同士にしか分からない事も、多々あるだろう。女性がいるだけで、とても安心だ。
それになにより、昨日の試合を観て、彼女の勇姿は、素晴らしかった。負けこそはしたが、とても頼りとなる旅の仲間になる。そんな気がした。
「俺は、キール。分からない事があったら、何でも聞いてよ。」
最後のキールは、コビットの戦士の中では、割と若そうだった。短めの黒く艶ある髭に、張りのある頬。体格もそれほど太くなく、身軽そうな軽装備をしている。腰に短剣を差し、背中に弓と矢筒を背負っている。
春花に色々と教えてくれた、小屋で家畜の世話をしていた彼だ。
村を一日見た感じ、弓を背負っているコビットは、キールだけだった。腕の短いコビットには、弓は、あまり向かないらしい。
しかし、昨日の明るい時間。村人たちが、槍や斧を投げて的当てをしている中、彼だけが、凄く離れた位置から、弓で的を射抜いていた。
「みなさん、よろしくお願いします。」
キールとの握手が終わり、勇希がみんなに向かって言った。
するとダルトンが、勇希に向かって手招きした。屈めと、言っているようだ。
勇希が、顔をダルトンの位置に合わせると、ダルトンが勇希と肩を組んで言う。
「あーあー。これから一緒に旅をする仲間だ。硬い言葉は、使わなくていい。もちろん、名前に『さん』なんてのもいらん。ほら、呼んでみろ。ダルトンと。」
ダルトンは、肩を組む腕に力を入れる。勇希が呼ぶまで逃さないつもりだ。
「ダルトン。」
勇希は、仕方なく名前を呼んだ。
次は、顔をルートルーとキールの方に向けられる。
「ルートルー。キール。」
勇希が口にすると、ダルトンは、勇希を解放して尻を叩く。
「そうだ。よろしくな。勇希、春花、望。あと、ステラだな?」
「キュッキュ!」
キールが苦笑いしながら近づいてきて、勇希に小声で言う。
「すまないな。あのオジサンは、行儀の良い場所が嫌いでね。いつも蕁麻疹が出るとか言って逃げるんだ。」
「おい、キール。聞こえとるぞ?」
ダルトンが、不機嫌そうに言った。そんなキールは、舌を噛んで笑って見せた。
「この動物は、なんなの?ガルーダとか言ってたけど。」
勇希は、ガルーダの顔の横に近づいて言った。
ダルトンが頭の甲羅を、バンバン叩きながら答える。ガルーダは、目を瞑り、嫌そうな顔をした。
「こいつか?こいつは、運搬用に村で飼っている魔獣だ。街へ行くついでに、資材を運び込もうと思ってな。街までは、こいつも一緒だ。」
「へー。魔獣?強いの?」
魔獣と動物の区別がよく分からないが、魔獣と言うだけあって、何か特別な力でもあるのだろうか。
勇希は、考えながら大きな背中を見上げた。
「いや、ガルーダは、比較的大人しい魔獣だよ。この子、メロンは、特にね。外敵に襲われても、この甲羅に隠れて動こうとしないくらい臆病なんだ。」
キールが嬉しそうに笑いながら説明した。メロンの大きな足に付いた汚れを、掃ってあげている。
「へー。よろしくメロン。」
勇希が、メロンの大きな瞳に顔を近づけて言うが、メロンは、無関心に、じっと見つめてくるだけだった。
そして、タイミングを見計らったように、ファルマスが口を開いた。
「では、この三人に、おまえさんたちの事を任せる。わしは、一緒には行けないが、彼らと一緒なら安心だ。旅の無事を祈っておるよ。」
ファルマスが微笑むと、春花が再びお礼を言う。
「ありがとうございました。村長にも、よろしくお伝えください。」
「お世話になりました!」
望がぺこりと挨拶をすると、ファルマスが望の肩辺りを撫でた。
「ああ。気をつけての。」
「じゃあ、山へ挨拶したら、出発するか。」
ダルトンがそう言うと、ルートルーとキールが横に並んだ。
勇希たちも、見様見真似で、彼らの後方に並ぶ。
ダルトンは、背中の斧を手に取って、地面に突き立てる。ルートルーは、片膝を突いて、剣先を地面に刺した。キールは、弓を地面に立てて待つ。
そして、彼らは、森の奥に聳え立つ山を見上げる。
「山の神に祈りを。そして、彼らの旅に祝福を。」
そうファルマスが言うと、広場に居る全員が、黙祷を始めた。
春花は、胸の前で手を握り合わせて祈っている。それを横目に、望が真似をする。
勇希は、じっと山を見つめる。山を覆う広大な森には、霧が架かっている。巨人の背骨と言われている、その山脈は、東から西へと連なり、端が見えない。
山の上の雲間には、巨大な灰色の壁が顔を覗かせていた。
「あれが何か、聞くのを忘れてたや……。」
勇希が、ぼそっと呟くと、ダルトンが反応した。
「ん?レピオスのことか?」
黙祷が終わり、コビットたちは、武器を地面から引き抜いた。
「レピオス?」
「空を支える十三本の柱の一つだよ。その話は、出発してからゆっくり話そう。」
そう言ってキールは、メロンの方に移動して行く。
「う、うん。」
内心は、驚いていたが、勇希は、素直に従った。――空を支える柱だって!?
勇希は、レピオスの天辺を見ようとしたが、空と色が一体化して、先は消えていた。
「では、出発するとしようか。」
勇希たちは、多くの村人に見送られる。
小さな子供達の中に、パイプオールガーンの人形を持って、手を振る少年もいた。望は、その子達に向けて、大きく手を振った。
「ばいばーい。またねー!」
ガルーダのメロンが、ガタガタと、車輪を鳴らしながら進んで行く。背中の荷物を、荷台に乗せるように合図され、勇希たちは、従った。
それから後ろへ振り返り、コビットたちに手を振って、最後の別れを告げる。そうして勇希たちは、グリンウッドの村を後にした。




