8-3 宴
カレーのいい匂いが漂っている広場では、戦士たちが一対一での試合を行っていた。
春花が散歩から戻ってきた時には、丁度一試合の終わりを迎えるところだった。
ダルトンが、太めの焚き木で若いコビットの戦士の側頭部を打ち抜いた。焚き木は、鈍い音と共に粉々に砕け散る。若い戦士は、白目を剥き広場の地面へと転がった。
それと共に歓声が上がる。
「さあ、次はどいつだ?」
ダルトンは、次の焚き木を拾い上げ、黒くたくましい髭を揺らした。
すると、広場の観衆の中から、女性の声がした。
「あたいがやるよ。」
コビットにしては、背が高い女性が名乗り出た。勇希と望の丁度、真ん中あたりの身長だろうか。髪のサイドは刈り上げられ、前髪から後ろへと編んだ長い髪が、一つに編み込まれて背中へと垂れている。
「ルートルー。女だからといって容赦はせんぞ?」
彼女の引き締まった筋肉の付いた長い腕は、小さなダルトンと比べるとリーチがある。これは面白い試合になりそうだ。
「そう言って、負けちゃったら恥ずかしいわよ?」
彼女の挑発に観客が沸く。
「「おおー!」」
春花は、盛り上がっている人たちの間を通り抜け、観戦している勇希の隣へ向かった。勇希は、カレーを食べながらステラと楽しそうに応援をしていた。
ステラは、勇希の頭の上で顔を掲げ、ダルトンへ向かって必死に鳴いている。ステラのどこに目が付いているのか分からないが、きっと満面の笑みを浮かべているはずだ。
「どこの世界でも、男ってのはこういうのが好きなのね。」
周囲で応援している人達の表情を眺めながら、春花は腰掛ける。
勇希は、そんな春花をチラッと見て言う。
「でも次は女性みたいだぞ?春花も食べるか?カレー。今ならまだ残ってるぞ。」
食べる手を止めずに、近くにある鍋を顎で差した。丁度コビットの女性が、鍋からカレーを皿に盛っていた。
「これ以上食べたら太るからやめとく…。」
春花は、憂鬱そうな顔で首を振った。
焚き火の前から、木の棒が何度もぶつかり合う音が聞こえてくる。試合が始まったようだ。
コビットの小さな体では信じられないような、力強い音が鳴る。それに加え、二人は素早くトリッキーな動きを繰り出す。
コビットは、身長が低い分、もちろん手足も短い。そして、その見た目よりも体は重く、筋力がある。なので、動きが鈍いと思われがちだが、それは勘違いだ。
コビットの戦士には、距離というハンデを克服する為に、その倍以上の動きが求められるのだ。
一瞬、一瞬の動作が早く、目が追いつかない速度で攻撃を繰り出す。まるで不安定なコイルだ。棒と棒が鈍い音でぶつかる度に動きが止まり、次の瞬間には別の場所でぶつかっている。
観ている村人のほとんどが、息を呑み込んで、目が離せない。
「ルートルー。腕を上げたな。」
木の棒を交差させながら、ダルトンが声をかけた。
そして、棒を突き上げて彼女と距離を取った。続けてダルトンが語る。
「だが、まだ闘気に乱れが多い。」
ダルトンが両手で棒を握り締めて構えると、彼の周囲の空気が冷たくなったように滞留した。ドライアイスのような白い霧が、冷たい風に乗って地面を這う。
辺り一面が、瞬く間に凍りつく。
ルートルーは、口から白い息をゆっくりと吐いた。
足元は、白い霧に包まれ凍りついたように動かない。彼女は、肩の震えを我慢しながらダルトンを睨みつけた。
これは、殺気だ。
実際に冷たい訳ではなく、白い霧も存在しない。そう魅せられるほどの闘気が、彼から放たれたのだ。
こんな芸当を並の人間が出来る訳がない。まさに、達人の領域だ。
ルートルーが堪らず叫んだ。
「はああああっ!!」
ルートルーは、叫びながら走り出す。彼女の後を、編んだ長い髪が跳ねながらついて行く。ダルトンからの冷たい呪縛を追い払うように、頬を張り眉を吊る。
ルートルーは、勢いのまま左足を前に出して踏ん張った。木の棒を全力で振りかぶり、腰を回転させる。
ダルトンへ向けて、会心の一撃を叩き込む――。
顎が上がり、目の前ではドラゴン除けのロープが揺れていた。
今日も夜空は、飲み込まれるほどの綺麗な闇だ。
そんな彼女の体は、空飛ぶドラゴンの様に優雅だった。どうして自分の体が宙を舞っているのかを、一瞬忘れてしまっていた。
ああ。あたいは負けてしまったのか…。
そう悟った時には、茶色い土の上に大の字になって転がっていた。
砂塗れの地面から、大勢の歓声が響いて伝わってくる。小さな砂の粒が、その声で震えるほどだ。
彼女は、それが自分に向けられたものでない事がとても悔しかった。手の甲を眉間に乗せて顔を隠す。頬に一筋の涙がそっと流れた。
「さあ、次は誰だ?」
ダルトンは、広場の村人たちに視線を向けて言った。その手には、新しい焚き木を握り肩を叩いている。
勇希は、スプーンを片手に固まっていた。ステラが頭上で飛び跳ねる違和感を感じながらも、戦いから目が話せなかった。少し瞬きをするだけで、観ていた光景が変わってしまうのだから仕方がない。
「すっげ〜。あれ?」
勇希は、カレーの最後の一口を味わってから隣を見た。すると、さっきまで居たはずの春花の姿が消えていた。周りを見渡して彼女の姿を探ってみる。
勇希は、すぐに春花を捉えることが出来た。小さなコビットの中にいると、人の背丈はどうしても目立つ。
春花は、いつの間にかルートルーの側へ駆け付けていた。屈みながら倒れている彼女へ、手を差し出している。
ルートルーは、その手を取って立ち上がり、春花と何か会話しているようだ。
勇希は、嬉しそうに笑う春花を見て呟いた。
「なんだよ。一番楽しんでるじゃないか。」
「キュッキュ!」
これには、ステラも同意しているようだ。
再びダルトンが戦い始めた音がする。焚き火の炎が戦う二人の影を、広場の周りへ大きく映し出す。二人が動く度に、影が大きく移動する。
勇希は、空になった皿を片付けるために立ち上がる。
昼間から、なにかと食べている。流石に勇希も食べ過ぎたようだ。満腹で眠気が襲う。
片付けに向かいながら、望の姿を探してみる。見当たらないということは、楽しんでいるに違いない。心配はないだろう。
「早いけど、片付けて寝るか。」
ステラにそう言って、空へ向かって伸びをする。口が勝手に開き、大きな欠伸が出た。
ドラゴン除けの向こう側で、夜空が輝いている。
この夜空の不思議な光の正体は、飛行限界点と言う空を覆う透明な膜だった。
その名の通り飛行の限界地点で、あの膜の向こう側へは、誰も行くことが出来ないと、言う話だ。ドラゴンでさえも、あの膜には近づかない。もし近づきでもすれば、稲妻が発生して撃ち落とされるという。
膜が光る理由は、大気中のエーテルがどうとか、マナがどうこう言っていたが、コビットたちの説明が曖昧でよく分からなかった。
勇希は、星がないのは少し寂しいと感じたが、今見ている夜空の輝きも、綺麗で悪い気はしなかった。何より色が変わって見ていて飽きない。
昨日は、あまり寝た気がしなかったが、今日はゆっくり寝れそうだ。
勇希は、大きな歓声が鳴り響く中、売り切れたカレーの鍋へと向かって行く。




