6-2 一番星
勇希が薪を集めて戻ってくると、辺りは暗くなりはじめていた。
春花と望は、楽しそうに、焚き火でお湯を沸かしている。
上手く木の枝を組み上げ、鍋を吊るして、鍋底へ火が当たるように設置していた。二人で考えて組み立てたらしい。
勇希は、芋虫をリュックに降ろし、勇希のために空けてあるであろう椅子に腰掛けた。
「お客様。お飲み物は、何になさいますか?」
春花が、丁寧な口調で勇希に聞いてくる。
「え。じゃあ、コーヒーで…。」
「マスター。コーヒー入りました〜♪」
春花は、マスター(望)に顔を向ける。
「はーい!」
すると、望は、元気に答えて、インスタントコーヒーの粉を、スプーンで掬い上げる。粉が溢れ落ちるほどの山盛りだ。それをそのまま、コップの中へ投入した。
それだけでも、コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「お砂糖は、ご遠慮下さいね。」
春花はそう言うと、鍋を持ち上げて、沸騰したお湯をコップに注ぎ込む。湯気が立ち、コーヒーの匂いに重みと苦味が足される。
勇希は、春花から熱々のコップを受け取った。コップには、特に意味の無さそうな英単語が、いくつも書かれてあった。
「ブラックなの?別にいいけど……。ありがとう。」
勇希は、お礼を言い終わると、コップに息を吹きかけて、そっと口にする。しかし、まだ熱くて飲めそうになかった。勇希は、目を瞑って、素早く唇をコップから離す。
「ふふ。どういたしまして。きっとミルクは、まだ車の中ね。見当たらなかったし。」
そうだとすれば、ミルクは、今頃、暑さで発酵していることだろう。
春花は、笑顔で鍋を火に戻した。
そして、望が自分のリュックの中を、漁りながら聞いてくる。
「ねえ、ねえ。お菓子開けていい?」
「そうだな。おれもお腹空いたし、何か食べるか。」
「やったー。」
望は、ワクワクしながら、パイプオールガーンのお菓子の箱を取り出した。そして、最後にこれでもかっていうくらい、耳元で振り始めた。中身を想像するのも、楽しみの一つなのだ。
勇希は、春花と一緒に、お菓子の袋をいくつか、地面に広げた。昨日買ったポテチを、真ん中から観音開きにして、取りやすくする。
「こいつ、何食べるかな?」
勇希は、ポテチを一つ摘み上げて食べた。パリッと良い音を奏でる。
それから、足元でモゾモゾしている大きな芋虫を拾い上げ、自分の膝の上に置いた。さすがに、何か食べさせてあげないといけない。
春花は、ドーナツをかじりながら少し身を引いて、細い目で芋虫を見る。
「その辺の葉っぱでも、食べるんじゃないの?」
嫌そうに春花が言うと、望が立ち上がった。
「ねえ!見て!パイプオールガーンVr2.だった!」
望が目をキラキラさせて、オマケの小さなロボットを見せつけてくる。お菓子のオマケにしては、しっかりと作り込まれていて、腕や足が動かせる。しかも、大きさが十五センチくらいあり、思ったよりも大きかった。
勇希は、一瞬だけ望を見て笑った。
「おー。良かったな。」
そして、話題を戻す。
「それがさ。焚き木を集めてる時に試したけど、食べなかったんだよな。」
完全に、望のオモチャには、興味がなさそうだったが、望は、気にしていないようだった。それでも、嬉しそうに、ロボットの人形を眺めている。勇希がパイプオールガーンに対して興味がないことは、分かりきっていたようだ。
「じゃあ、ポテチとドーナツとビーフジャーキー。順番にあげてみたら?どれか食べるかもよ?」
春花は、目の前のお菓子を順に指差して言った。
「確かに。虫って、お菓子好きそうだもんな。ほら、食べるか?」
春花は、お菓子が好きそうと言う発言には、反対だったが、勇希がポテチを芋虫の口元へ近づけるのを、じっくり観察していた。
すると、大きな芋虫は、ガジガジと、ポテチの端を口で削り始めた。あっという間に、差し出した一枚を食べ切った。
「食べた!じゃあ、ドーナツは?」
今度は、ドーナツを口元へ持って行くと、顔を逸らされた。芋虫は、味見すらせずに嫌がった。
勇希は、首を傾げて、自分の口にドーナツを放り込んでから、ジャーキーを持って行く。芋虫が、美味しそうにジャーキーを食べ始めるのを見て、勇希は、春花に顔を向けた。
「しょっぱい物が好きなのかな?」
「みたいね。その子、名前どうするの?無いと不便でしょ?」
「名前かぁ。オスかメスかも分からないしな。ん〜。」
勇希は、悩みながら空を眺める。
いつの間にか空は、真っ暗だった。周囲には、闇が広がり、焚き火のオレンジ色の灯りをかき消す様に、闇が光を吸い込んでいる。
そんな中、夜空がキラキラと輝く。
だが、その夜空の輝きは、星ではなかった。空では、何かよく分からないモノが、ゆったりと色を変えながら輝いている。淡い輝きは、紫から金色に変化して、再び金色から薄い紫色に煌めく。オーロラでもなく、勇希の知識には無い、本当に得体が知れないモノだった。
「星がないけど、なんか綺麗だな。」
「そうね。ここが地球じゃないって、思い知らされるわ。」
望も、パイプオールガーンから空へと、顔を上げて聞いてきた。
「星じゃないなら、何が光ってるの?」
「さあ、なんだろうね。」
優秀な春花にも、さっぱり分からないようだ。
「星のない世界か……。」
勇希は、変な夜空をじっと眺めて、考えた。
夜空の光は、ギラギラと変化しているものの、煩くはなかった。星空と同じで、不思議と人の心を落ち着ける。
それから勇希は、膝の上の芋虫を持ち上げて、顔の前に持ってくる。
「決めた!おまえが、この世界の一番星になるんだ。だから、おまえの名前は、最強のステラだ!」
勇希は、芋虫と顔を突き合わせて、そう名付けた。
「最強のは、いらないでしょ?でも、可愛くていいじゃない。ステラ。」
「あはは。最強のステラ!」
望は、腹を抱えて笑っている。
「やっぱ強くないと。異世界じゃ、生きて行けないっしょ。な、ステラ!」
「キュッキュッ!」
ステラは、頭を高く上げて、喜んでいるようだった。
+
テントの中では、望が大の字になって眠っていた。笑顔で目を瞑り、気持ち良さそうに、いびきをかく。きっと、いい夢を見ているいることだろう。
そんな望の安全を確認した勇希が、テントから出てきた。
真っ暗闇の中、焚き火の炎に照らされた、春花の姿が見える。白いワンピースは、暖かい色に染まり、長い髪が夜風を受けて、さらさらと揺らめいている。
春花は、焚き火の傍らに立ち、勇希の気配に気が付いて振り向く。その手には、鍋とコップを持っていた。
「のぞむくん、ちゃんと寝た?」
「うん。ぐっすり。色々あったし、疲れてたんだろ。」
勇希は、ステラが陣取った椅子の隣の地面に、腰掛ける。名前を貰って、立場が逆転してしまったようだ。そんなステラを撫でながら、焚き火の方へ足を伸ばすようにして座った。
「はい。これ。」
春花が近づいてきて、板ガムを差し出してきた。
勇希が首を傾げると、春花が言う。
「眠気覚しよ。」
なるほどと思い、勇希は、有り難くそれを受け取ろうと、指で摘んで引き抜いた。
パチン!
「痛っ!!」
勇希の指が、何かに挟まれた。
春花の差し出したそれは、なんと板ガムではなく、悪戯グッズだった。ネズミ取りのような仕掛けが、勇希の指先を強く挟んだ。
「やったな!くっそー。油断してた!」
勇希は、指から仕掛けを外して悔しがる。
「ふふ。目が覚めたでしょ?はい、これ、どうぞ。」
春花は、成功して嬉しそうに笑いながら、暖かいお茶の入ったコップを差し出した。
勇希は、警戒しながらコップを受け取り、偽物の板ガムを返した。
「ありがとう。」
お茶なんかあったっけな?と、思いつつも、熱いお茶をすする。ズズズっと、いう音が、暗い森の中に響く。勇希は、コップの中身が、本物のお茶で安心した。
春花も勇希の隣の地面に座って、お茶をすすった。
じっと、焚き火の炎を眺める。
「…。」
焚き火の炎が、パチパチと、鳴る音。
沢の水が、ちょろちょろと、流れる小さな音。
森の木の葉が、ザワザワと、風で騒めく音。
すべてが、心を落ち着ける。
「今頃、大捜索してるかな?」
勇希は、染み染みと、両親の事を考える。
勇希の親は、異世界の扉を探しに行く事を知っていた。しかし、全く信じていなかった。だから、子供だけで行く許可を出したまである。
本当に消えてしまって、今頃、驚いているはずだ。
コップを脇に置き、勇希は、そのまま仰向けになって寝転んだ。大きな夜空が、視界いっぱいに映し出される。淡い不思議な光が、夜空を煌めいている。黄色だったり、紫だったり。まるで、レアカードのキラキラのようだ。
「そうね。パパとママは、心配してるかも。」
春花も空を見上げていた。山を作った膝を抱き抱え、腕の輪っかを手持ち無沙汰に、パチパチと引っ張っている。
「ごめんな。巻き込んで。」
勇希は、ずっと思っていたことを、口にして謝った。
「ううん。逆に感謝してるかも。」
「え?なんで。帰れないかもしれないのに。」
勇希は、驚いて体を起こした。背中にくっ付いた草が舞う。
春花は、勇希の反応を見て笑った。そして、コップに書かれた文字を、勇希に見せながら言った。コップには、大きく、『チャレンジ』と、英語で書かれていた。
「こんな経験、中々出来ることじゃないでしょ?来たからには、満喫しようと思って。帰れなかったら、帰れなかった時よ。」
「ははっ。春花は、凄いな。」
勇希は、笑ってあぐらをかき、今度は焚き火の炎を眺める。
春花が近くの木の枝を、焚き火の中に追加する。すると、水分が弾けて、大きな音が鳴る。
「先輩が最後に言ったからってのも、大きいけど……。」
春花は、左肩に手を置いた。別れの前に、健に掴まれた時を思い返しているようだ。
「先輩、駄目そうだったんでしょ?」
春花が不意に放ったその言葉に、勇希は、中々答えられなかった。
流石、幼馴染と、いったところだろうか。春花には、見透かされていたようだ。
勇希は、焚き火を見つめたまま、静かに答えた。
「…うん。」
「そっか…。」
春花が地面に寝そべり、空を見上げた。勇希には、少し目が潤んでいる様に見えた。
「でも、来れて良かったわね。」
「ん?」
――今の話の流れで、どうしてそうなるんだ?
勇希は、思わず首を傾げた。
「のぞむくん。おじいさんが死んでから、大変だったって聞いたことあるもの。」
「ああ。望は、おじいちゃんっ子だったからな。じいちゃんが死んでから、ずっと落ち込んでさ。元気を取り戻すの、大変だったな。」
勇希は、思い出したような笑顔を見せる。
「それで、毎年キャンプすることになったの?」
「そーゆーこと。入り口見つけて、向こうに行くんだってね。」
「じゃあ、大叔父さん見つけないとね。」
「ああ。春花は、何かやりたい事あるのか?」
勇希は、適当な気持ちで聞いてみたが、何かあるみたいだった。春花は、鼻と口を尖らせてシラを切った。
「それは、秘密よ。」
「なんでだよ。」
春花が体を起こして、勇希の顔を眺める。勇希の顔は、オレンジ色に染まり瞳に炎を宿していた。
そんな凛々しい顔付きをする勇希の顔を見て、春花は、何を思ったのか、笑顔で提案した。
「一つ約束しようよ。」
「なにをだよ。」
勇希は、嫌な予感がしたのか、顔をしかめた。
「みんなに心配かける分、全力を尽くすって。」
春花は、腕の輪っかを揺らして、勇希の方にコップを掲げる。
春花の提案は、意外にもまともだった。勇希は、それに乗ることに、決めたようだ。頷き、元気に力強く言う。
「そうだな。来れなかった、ケンくんの分も!」
勇希も春花に向けて、コップを掲げる。
そして、二人は、コップをぶつけ合った――。




