6-1 一番星
三人は、大森林の中を、川を目指して進んでいた。
森の木々は、一本一本が太くて背が高い。空は、葉で隠されていて、ほとんど見えないが、所々から木漏れ日が射している。そのお蔭で、森の中でも、割と先を見渡せるぐらいの明るさを保っていた。
大地には、しっかりと根が張り巡らされており、低い草やコケが無造作に生えている。暗く影になった場所も多いが、そこからは、涼しい風が吹き抜け、歩き続けても、汗を掻くこともなく快適だ。重い荷物を担ぎながら、山道を少し上るだけで、くたくただったはずなのに、今は不思議と、道なき道を、意気揚々と歩けている。
望や春花も、根を上げるどころか、森林浴を楽しんでいるように見える。
やはり、こちらに来てからというもの、身体能力が向上しているようだ。
「そこ、転ぶなよ〜?」
勇希は、先を進む望を心配して、声を掛けた。
木の根が縦横無尽に伸びているため、足元には、注意しなければならない。
声を掛けられ、望が振り向いた。
「はーい。あっ!イテッ!」
言った側から躓き、手をついて倒れる。
望が転んだ鼻先には、見たこともないような虫がジッとしていた。四本足の変な虫は、望が離れるのを、小さな丸い目で命乞いをしながら待っている。
周りの植物やキノコもそうだ。見たことがあるようで、ないものが多い。
「のぞむくん。世の中には、ちょっと触れちゃっただけで、肌が被れちゃう植物もあるのよ。だから、気をつけて進みましょ?」
望に追いついた春花が、優しく注意する。春花は、髪を結んで、良く聞こえる耳に手を添えて、森の音を聞いていた。
「被れるって、どうなるの?」
春花は、顔の横に人差し指を立てて、望に教える。
「肌が痒くなって、水膨れがいっぱい出来たりするのよ。怖いでしょ〜?」
それを聞き、望は、驚いて身震いする。
「ええー。そんなの嫌だ。気をつける!」
望は、痒みを想像して、絶対に嫌だと思ったようだ。望の顔が真剣になり、真っ直ぐに歩く。
(動物も植物も駄目なら…やっぱりロボットかな。)
望が、そう呟いているのが、聞こえた気がした。その様子を見て、勇希がボヤく。
「春花の言うことは、よく聞くんだよな…。」
「ゆうくんが、いつも、ふざけてばかりいるからでしょ?」
「そんなことは、ない。と、思いたい…。」
どことなく勇希には、自信がなかった。
「そろそろ、川の音が聞こえてもいいと、思ってるんだけど。」
春花は、再び耳を澄まして音を聞いている。しかし、聞こえないようだった。すぐに諦め、困ったようにかぶりを振る。
「今何時くらいか分かるか?電子時計は、駄目みたいでさ。暗くなる前には、寝床を決めないと。」
勇希の問いに、春花は、腕の時計を覗きながら答える。
春花の時計は、小型ながら自動巻きの、電池が必要の無い時計だった。腕を振るだけで内部のネジが巻かれ、動き続ける。ただ、ずっと放ったらかしにして置いて置くと、自然と止まってしまう。たまに時間を調節する必要があるが、昔からある、とても便利な時計だ。
「時計は、四時半ね。スマホも森に入ってから、動かないの。参っちゃうわよね。」
「四時か…。え?今スマホって言ったか?いや…。でも、もっと重大な問題があるんだけど。」
勇希は、指の背に顎を乗せて、深刻そうな表情をした。
「スマホより重大なことって何よ。トイレとか?」
春花の言う通り、スマホもトイレも深刻な問題だ。現代社会に生きる者にとって、その二つが無くなると、生きていけない者も多いはずだ。だが、勇希の抱えている問題は、少し次元が違った。
勇希は、上を指差して言った。
「そら、空だよ。」
「え?空?」
春花は、見えない空を見上げる。
頭上では、沢山の木の葉が頬を寄せ合い、ひそひそと会話をしている。まるで、無知な彼らを嘲笑っている様だ。
「こんなに明るいのに、太陽が見当たらないんだよ。」
「木が邪魔で、見えないだけじゃないの?」
勇希は、首を振る。
「洞窟の前で景色を眺めてた時から、違和感は、あったんだ。さっき、木の上に飛んだ時に、確信したよ。太陽が無いんだなって。」
「じゃあ、なんで明るいのよ?」
「さあな。だから、いつ暗くなるのか、ずっと昼のままなのか。全く検討がつかないんだ。」
「それで時間を聞いたってこと?暗くなる前に、何か前触れがあるといいけど。急に暗くなったらヤバくない?」
「うん。それに、ちゃんと眠らないと、体力的に辛くなりそうだからな。」
「確かにねー。のぞむくーん。先はどおー?」
春花は、口に手を添えて前屈みになり、大きな声で呼びかけた。
望は、随分と前の、隆起した傾斜をよじ登っていた。
登りきった後、Tシャツに付いたコケを、手で掃う。それから、望も口に手を添えて、森の奥を指差しながら、二人に叫んだ。
「あっちに川があるかも!」
望は、アスレチックで遊ぶみたいに、態と困難な道を行っているようだった。今も、木の根から木の根に、飛び移っている。水膨れの件は、既に忘れ去っていた。
勇希は、望が途中で疲れて泣き出すんじゃないかと心配だったが、望ももう四年生。そんなガキでもないはずだ。それに、望が楽しそうなので、放っておくことにした。
「じゃあ、少しそっちに向いて進んでいいぞー。」
「分かったー!」
こんなに大きな声で叫んでいても、大丈夫なのだろうか。
今更ながら、勇希は、考えた。
ドラゴンや大きな猛獣が生息している森だ。他に何がいても、おかしくはない。声や匂いに、寄ってきたりするはずだ。
しかし、ヘビや大きめのリスなんかは見かけたが、これといった猛獣の類を見かけない。
「のぞむくん、張り切ってるわね。」
隣の春花が、望を見て、嬉しそうに言った。
「あいつが一番楽しみにしてたからなぁ。先に行き過ぎるなよー?」
望が振り返って、笑顔で答える。
「二人とも、早く来てよー!」
勇希と春花は、笑いながら、歩くペースを少し上げた――。
それから三人は、すぐに小さな沢を見つけた。
川とまではいかないが、野営をするのには、綺麗な水が流れているだけで十分だった。きっと、この沢の先は、川へと繋がっているはずだ。
少し沢を下った場所に、周りから良い感じに身を隠せそうな、窪んだ地形を発見した。
大きな段差が壁になり、上から注がれる沢の水が、滝の様に地面を打ちつけている。コケの生えたその土壁は、風からも身を守ってくれそうだ。
三人で周囲の安全を確認し、そこへテントを張ることにした。
テントを張ると言っても、簡易的な折りたたみの小さなテントが、一つだけだ。
残念ながら、三人の荷物の中には、これ一つしかテントがなかった。
しかし、ここは、明らかに危険な森だ。全員が、一緒に寝る訳にはいかない。夜は、交代で見張りをすることになるだろう。なので、多少小さなテントでも、問題はなさそうだった。
とりあえず勇希は、テントを設置して、火を起こす支度をする。二人には、その間に、近くで薪を集めてきて貰うことにした。
「よし。」
勇希は、焚き火に火を点け終わり、一息ついた。
小さな折りたたみのパイプ椅子の布に、腰を落ち着ける。
隣のリュックの上では、まだ大きな芋虫が居座っていた。何故かよく分からないが、あの場所が気に入ったらしい。
勇希は、芋虫の下から、スマホと携帯ゲーム機を取り出した。そして、電源をつけようとするが、どちらも全く反応が無い。春花の言った通りだった。
これでは、夜の番をしている間に、することがない。一体、朝まで何をして待てばいいんだ?
勇希は、幻滅して、スマホとゲーム機を、地面に放り投げた。
そして、勇希は、持ってきた荷物を眺めながら考える。
クーラーボックスには、氷と一緒に、肉や野菜が入っている。スーパーの袋には、ペットボトルの水もある。鍋や包丁もある。
しばらくは、食べて行けそうだが…。
「なーに、考えてんの?」
春花が、木の枝を抱えて戻ってきた。望も後ろからついて来る。
「いや、メシどうしようかと思って。」
春花は、枝の山を椅子の後ろ辺りに置いて、指先を頬に当てて考えた。
「ん?別に、食べれるなら何でもいいわよ?好き嫌いは、そんなにないと思うし。」
「そうじゃなくてさ。肉とか焼いて、美味しい匂いを漂わせて、大丈夫かってことだよ。」
「あーね。別に、明日でもいいわよ。荷物が減らなくて、大変だろうけど。」
春花は、納得したように言い、勇希の隣の椅子に座った。
「そうなんだよなぁ〜。でも、今日は、お菓子とかで我慢するか…。」
勇希は、ため息混じりに頭を降ろす。明日も大荷物を運ぶと思うと、気が滅入りそうだった。
「おれも、少し薪になりそうな物を、集めて来るよ。望とゆっくりしてて。」
勇希は、そう言って、膝を叩いて立ち上がり、芋虫を抱き抱えて、森の中へ向かった。
「はーい。」




