問題は解決
探索隊が地下洞窟に入ってから約3時間。
小休止を一度挟んではいるけれど、順調に進めた。
そして、目の前には事の原因だろう存在が居る。
「これは……スコルピネス種でしょうか……」
「見た目からすると、そんな感じかな……」
フェリスさんの呟きに同意する様に俺も呟く。
“スコルピネス種”とは魔蠍種の事。
俺達が見詰める先には頭と胴だけで20メートル近くは有るだろう巨大な蠍が鎮座しています。
赤くもなく、黒くもなく、白くもない。
暗闇の中で光るクリスタルな身体。
しかし、全てが透けている訳ではなくて、水晶の身体の中心──奥の方は闇に包まれているかの様に不明。
水晶による屈折も関係しているのかもしれません。
脚も尾も畳んでいる様子から眠っているのでしょう。
ただ、通常のスコルピネス種なら体長は5メートル程。記録に残る最大の物でも10メートル未満。
その倍以上は有る訳ですから……正に主です。
そんな巨大蠍は鋏が二対、脚が五対。尾が三本。
はい、「異世界だから」と言えば、それまでです。
しかし、この世界で生まれ育った筈のフェリスさん達が見ても「え? アレが?」な訳ですから……
まあ、色々と普通ではない事は確かです。
その巨大蠍が眠っているのは擂り鉢状の底。
俺達は縁の上から岩陰に隠れて見ています。
出入りに通っている場所以外は縁は岩がゴロゴロとして身を隠し易いので助かります。
……え? 寝ている隙に殺らないのか?
いやいや、地震の原因の解明が第一目的ですからね?
それはまあ、遅かれ早かれ殺る事にはなりますけどね。こうして発見した以上は放置は出来ませんから。
「──ん?」
──と様子を窺っている時、微弱な揺れを感じて──
「────っっっ!!!???」
──なんて暢気な思考を嘲笑う様に一気に揺れる。
フェリスさん達が悲鳴を上げながら抱き付いてきたのも仕方が無いと言える位に一番の揺れです。
3分程だったでしょうか。
縦揺れ、横揺れ、波打つ様な揺れ方も有りました。
無事ですが……何人かが揺れ酔いしています。
あ、はい、見ない様にしますから、休んでてて。
「旦那様、地震の原因は間違い無くアレですね」
「そうみたいだな」
ああ、別に寝相が悪くて鋏や尾を暴れさせているとか、頻繁に寝返りを打っているという訳では有りません。
寧ろ、巨大蠍は微動だにしていません。寝相良し。
それでは、どうして巨大蠍が地震の原因なのか。
恐らくですが、あの巨大蠍の寝息が超高周波帯に有り、自身の水晶の身体と、この場所の形状が奇跡的に合致し、反響と共振を繰り返して増幅。更に、洞窟全体も加わって複雑な揺れ方をする地震を引き起こしている、と。
はい、その超高周波帯の音が聴こえるから判った訳で。普通は聴こえないので気付けもしません。
また、洞窟内に居ても気付けません。
此処に──巨大蠍の傍に居るから判った事です。
──という訳で、さくっと殺──っ?!
突如として襲った強烈な悪寒。背中に氷水を掛けられて一気に体温が奪われる様な錯覚。
考えるよりも早く反射的に防御をすれば、四方八方から展開した結界を岩の槍が襲う。
油断していた訳ではないけれど、気付いてはいなかったフェリスさん達は目の前の事態に戸惑う。
一方、先日まで現役のモンスターだったミュウは流石で俺と同じ様に防御行動を取っていた。
俺の張った結界の内側に生じた半透明な亀甲の盾。
聞いてはいたから驚きはしないけど、頼もしい。
──けど、今は感心している場合じゃない。
ミュウの亀甲盾には届かなかったものの、三重に展開をしていた俺の防御結界は二つ抜かれている。
つまり、それだけの威力の一撃を初手で繰り出した。
明らかに殺る気が高い事が判る。
まあ、ゆっくり寝ていたのに、気付いたら自分の寝室に見知らぬ存在が居たら──それは殺ろうとしますよね。
「皆は下がって。ミュウ、防御は任せた」
「──っ、判りました」
「御任せ下さい、旦那様」
「私も!」と言い掛けるフェリスさんですが、そうする理由を直ぐに理解して、感情を抑え込む。
ミュウは変わらず、飄々として了承。
俺の妻としての恩恵を受けてフェリスさん達も以前より強くは成っていますが、状況が悪過ぎます。
ハーピア族の強さは大空を舞ってこそ発揮されるので、洞窟の中では実力の二割も出せません。
此処──巨大蠍の寝床は広いですが、それなりに人数が居ますからね。御互いが邪魔になるし、巨大蠍からしたら数が多い分、当て易い的になるだけです。
だから、不本意でも安全第一で退避して貰います。
客観的に見ていたら「何故?」と思うかもしれません。今の俺なら大体の相手は一撃で殺れますから。
しかも、巨大な相手に程、有利になります。
しかし、何事にも例外は有るんです。
岩の槍による全方位攻撃は防ぎましたが、それによって生じた土煙が視界を奪っていました。
その土煙に乗じて、巨大蠍が姿を消したからです。
だからこれは集中する為の一対一です。
さて、その巨大蠍ですが、逃げた訳では有りません。
出入り口は一つしかなく、其処には念の為にと入る時に罠を仕掛けて置きましたから。
その罠が起動していないので、まだ此処に居ます。
姿が見えない、という事から地面に潜った可能性が先ず思い浮かびましたが……無いですね。
潜れる様な地面では有りません。超硬い岩盤です。
いやまあ、俺なら耕す事は出来ますけどね。
話を戻して。
岩に潜れる様な能力でも無ければ無理ですが、それなら岩の槍による全方位攻撃なんて遣りません。
遣るなら、此方等の隙を突いて奇襲している筈です。
逃げる場合でも同じです。
だから、姿が見えない理由は──透明化。
……いえ、周囲の色彩等との同化でしょう。
蠍なのにカメレオンみたいな奴です。
しかし、納得も出来ます。
あの見た目──クリスタルの身体なら、光の屈折によるカムフラージュは可能でしょうから。
「──という訳で、手っ取り早い打開策っ!」
擂り鉢状という地形を利用し、大量の水による水攻め。それも単なる水ではなくて猛毒をたっぷり混ぜだ毒水。
目には目を、毒には毒を。
──と思っていると、周囲から岩の槍が。
それを防ぐと、狙い済ました様に防御結界ごと俺を弾き飛ばす強烈な一撃が襲ってきた。
──が、それは想定内。
防御結界に触れた尾の一本を棘が襲う。
その痛みに見えない巨大蠍の叫声が響く。
尚、その棘にも猛毒がたっぷりです。
「やっぱりな……相当、慎重な奴だ」
巨大な硬い鋏ではなく、敢えて尾を鞭の様に撓らせての遠距離攻撃。迂闊に近寄らない辺り、警戒心が強い。
姿を隠して尚、攻撃的ではなく、岩の槍による遠距離を選ぶ辺りにも、その傾向が窺える。
しかし、それだけに今の一撃が悪手となる。
自ら俺を弾き飛ばした事で距離が開いた。
だけど、魔法による毒水の注入は止まらない。
寧ろ、距離が出来た事で此方等が有利になる。
そして、毒水の注入が複数箇所なら。
それらが見えない相手の動きを見る為にも役立つ。
「────其処だっ!!」
戦いよりも、自分で遣った毒水攻めの後始末が大変で、久し振りに疲れた様に思います。
まあ、あの巨大蠍が人化した際に、あのまま放置したら即死するかもしれませんから。
何より、ケロロン族の故郷を汚染で住めない場所にする訳にはいきませんから。
「ですが、何故、あの様な状況に?」
「ん~……詳しい事は本人に訊いてみないと……」
あの巨大蠍が地震の原因なのは判りました。
しかし、あの共振が最近になって起きている、という事自体には引っ掛かりを覚えます。
勿論、単なる偶然かもしれませんが。
何だかんだで、俺が引き寄せている様にも見えるので。偶然に思えても、何かしらの干渉が有った可能性は有ると言えなくはないですからね。
海の方を調査してくれていたネーレイア族の皆と合流し村へと戻って結果を報告する。
地震の原因と、事の顛末を話すと、フロッツェさん達は驚いていました。
まあ、ケロロン族の皆からすると寝耳に水でしょう。
自分達が長く暮らしていた足下に、そんな巨大な存在がずっと居た訳ですからね。
それでも、一先ずは安全になった訳です。
ただ、俺が領地化するまでは島には戻らない事に。
今後の事を考えれば、その方が良いでしょう。
領地化が出来れば、二つの島の地下洞窟も利用する事が容易になりますからね。
──という訳で、早く次のダンジョンを見付けなければなりません。
「まあ、そう簡単に見付かれば苦労はしないんだけどね」
一息吐いたら、一緒にダンジョン探しに向かう皆が俺の呟きに同意する苦笑を浮かべる。
口にはしないのは、自分達も恩恵を受けているから。
この件で愚痴れるのは俺だけ。
だから、こうして皆の前で愚痴を溢す事で、皆の抱える不満が悪い事ではないと示す。
うん、この辺りは俺の考えじゃなくて、そうアドバンスされたからなんです。
上に立つ者だからこそ、時には弱さを見せる必要も有るという事らしいです。
言われてみれば納得なんですが……難しい事です。
普通は、上に立つ者なら強く在ろうとしますからね。
「私は“アンタレア族”のコルネアです」
翌日、セナイン島のケロロン族の村に向かうと、其処に一人の女性が待っていました。
ケロロン族の女性の服を着ている事には触れません。
素っ裸で待っていられるよりかは良いですからね。
あの巨大蠍が人化したら、どんな姿になるのか。
実際に見ているフェリスさん達やミュウの意見を中心に皆と色々と予想していた訳ですが……予想外でした。
何しろ、身長は150センチに満たない小柄。
クリスタルな身体を反映したのか、とても色白。でも、病的な青白さではなく、白磁の様な艶の有る白です。
そんな白い肌と引き立て合う長く美しい漆黒の髪。
「これぞ、和美人!」と言いたくなります。
キリッとした鋭さの有る目はクールビューティーさんな印象が強いんですけど、紫紺の瞳には警戒心が。
──ああいえ、緊張が滲んでいます。
うん、心配しなくても大丈夫だからね。人化した責任はちゃんと取りますから。
そう言ったら、控え目ながら俺の胸に抱き付いてきた。身体が震えているのは不安からでしょうね。
いきなり人の姿に生まれ変わったら普通は、こんな風に不安になるものでしょう。
弱肉強食が故に俺に対する本能的な好意は有るけれど、俺が受け入れてくれるのかは判らない訳で。
強烈に惹かれる一方で、同等の不安が有るもの。
うん、これまでの皆が肉食過ぎるんです。
一見して奥手そうなジステラでさえ肉食ですからね。
そんな訳で、コルネアの反応はとても新鮮。
ついつい、優しくし過ぎそうになります。
はい、別にこういう女性が好みという訳ではないので、真似しようとしなくても大丈夫ですからね?
ちょっとした脱線は有りましたが、本筋に戻ります。
先ず、コルネアが何時から彼処に居たのか。
「……恐らくですが、千年以上は前かと」
随分と長生きですが、驚きはしません。
今でこそ戦えていますけど、アルビナスと出逢った頃の俺から見たら以前のコルネアはラスボス級です。
しかも、あの巨大さと鋏や脚や尾の数です。弱いなんて考えられませんから。
それ相応の年月を生きているのは当然の事なので。
寧ろ、知られていない方が驚きです。
「それじゃあ、島で暮らしていたケロロン族の事は?」
「種族名までは知りませんでしたが、いつの間にか、人が住んでいる事は知っていました」
「特に気にはしなかった?」
「はい。私を害そうとする訳では有りませんでしたから。此方等からも接触する気は有りませんでした」
成る程。言われてみれば確かにその通りです。
ミュウの方は偶々、接触したから御互いに必要以上には関わりはしない様にしていたけれど、認識すらしていないのであれば問題にも成らない訳です。
慎重なコルネアからすれば好奇心で接触しようとは先ず考えもしないでしょうしね。
引き籠って生きていても違和感は有りません。
あと、コルネアも一度眠ると長いそうです。
この辺りは共通する事なのかもしれません。
「寝ている時に共振によって地震を起こしていた事は?」
「正直な所、旦那様の御話で初めて知りました」
「自分が共振を起こせる事は?」
「それは知っています。洞窟内の獲物──侵入者の存在を探知する事に使っていましたから」
「寝惚けて──にしては、今更か……」
「寝惚けていた訳では有りませんが、最近、寝ている時に呼吸に違和感が有ったので、それが原因かもしれません」
「呼吸に? それは今も?」
「いいえ。それに寝ている時にだけでしたので……」
「はっきりした事は判らないか……」
偶然と言えば偶然でしょう。
何かしらの意思が介在した。
そう考える事自体が考え過ぎなのかもしれません。
取り敢えず、地震の原因は無くなった訳ですから、結果としては十分だと考えましょう。




