二度有る事は
タルトラ族の始祖として人化したミュウを妻に迎えると約束して、そのままセナイン島の探索をする事に。
土地勘が有る訳ではないんですけど、ケロロン族の村にミュウを一人で待たせるというのも何なので。
まあ、戦力としては確かでしょうから問題は無し。
──と、そんな風に思っていた俺を殴りたい。
この世界に来て、一つ知った事が有ります。
それは──フラグは実在する、という事です。
「え~と……あの、ミュウさん?」
「何でしょうか、旦那様?」
つい、丁寧な言い方になってしまうのは、妻と言っても約束しただけの相手だから。
殆んどが、何かを始める場合は初夜の後。
つまり、俺の意識としても実感を伴っているからです。これでもかと御互いを刻み合った後なので。
だから、その前に、という事は経験が少ないんです。
はい、腕を組まれただけでドキドキしています。
「一体、何れだけの数の胸を経験してきたと?」
「いやいや! それとこれとは別だから!」
「今更、何をヘタレみたいな事を……」
──と、内なる俺達が揉めている。
……別に引っ掛けている訳では有りませんからね?
一方、声を掛けたミュウはというと笑顔で俺を見上げ、困っている俺に不思議そうに小首を傾げる。
「その……歩き難いんですけど……」
「そうですか」
そう言って──更に身体を密着させてくる。
はい、逆効果でした。
軽く絡めていただけの左腕を、がっちりと抱き締めて、胸の間に挟む様にしながら体重を預けてくる。
当然ながら動き難さは先程までと比べても悪化します。でも、男としては、よろける訳にはいきません。
些細な事が、夫婦間の力関係を決めますから。
勿論、普通は、そんな事を考える必要など有りません。ええ、普通は、要らない事です。
ですが、ミュウに限っては不安が有ります。
潜在的な怠惰臭がしますからね。
ちゃんと仕事をして貰う為にも、俺に従う事が正しいと認識させる必要性が有りますので。
最悪、子作りが自分の仕事だと言い出し兼ねないので。それだけは絶対に避けなければいけません。
そうでなければ……同志が続出しますから。
勿論、妻達の事は愛していますし、励めもしますけど、何事にも限度ってものが有りますからね。
そんな爛れたという表現が生温い生活は嫌です。全力で却下します。俺は人らしく生きたいので。
──と思っていたら、不意に右腕が包まれる。
何に? 柔らかくて暖かい神秘の塊にです。
「え?……フェリスさん?」
俺の右腕を両腕で優しくも、しっかりと抱き締めているフェリスさんの姿が其処に有った。
目が合うと──恥ずかしさから顔を真っ赤にする。
うん、何、その可愛い反応は? 狡いです。
「いや、貴女、こんなのは恥ずかしくもない位に大胆で貪欲に求めていますよね?」と言いたい。
言いたいけど──ブーメランなので言いません。
ええ、こんな事で照れている俺も同類ですから。
でも、出来れば今は遠慮して欲しいです。
村に帰ってからなら幾らでも──
「わ、私も妻であり、ハーピア族の長ですから、同じ様に権利が有ると思います!」
……そう言われてしまうと何も言えません。
ミュウは気にもしていま──すね、笑顔ですけど。
だってほら、俺の左腕が更に強く抱き締められたので。でも、あまり強くはしないで下さい。鬱血して痺れたら、いざと言う時に使えなくなりますから。
それはそれとして──俺達の背後の一団を見る。
両腕を抱えられているので可能な限り、首を捻って。
其処には、キャッキャッ、ウフフッと嬉しそうに姦しく騒いでいる女子中高生かと思う姿が有る。
はい、島の調査に同行している他のハーピア族の妻達で彼女達がフェリスさんの行動の原因です。
ええ、真面目ですけど意外と御嬢様みたいな世間知らずという一面の有るフェリスさん。
そのギャップ萌えが魅力の一つでも有りますけど。
うん、フェリスさんの事を煽っているので今直ぐにでも止めさせたいです。
止めさせたいんですけど──そんな事は言えません。
何故か? その答えは右腕に有ります。
俺を見上げてくるフェリスさんの照れながらも長として妻としてミュウに負けじと張り合っている姿が可愛い。
これに抗える男が、夫が居ると思いますか?
俺は居ない思います。居る訳が無いです。
もし、抗える奴が居たら其奴にとってはフェリスさんは妻でも女でもないでしょう。
そんな訳で両腕を何とも贅沢な拘束具で封じられたまま島の探索を行う事になった訳ですが。
まあ、容易に想像出来ますよね?
敵──モンスターが近寄っても、その拘束具に備わった自動迎撃撃滅機能が作動し、倒してしまいます。
そうです。だから、「解いて」とは言えません。
それ以外は後ろに控える面子が殺りますからね。
……コレ、俺が居る理由、有りますか?
皆の遣る気に関わる、と。了解。
日和った? 殺る気を出されると困るので。
フロッツェさん達が見たら悲哀に涙する様な姿の島には出来ませんからね。
そう出来るだけの力がウチの妻達には有りますから。
「それにしても、これと言った異常は見当たりませんね」
「そうだな。フロッツェさん達から聞いていた情報の通りという事は異常は無いって事になるから……」
地震が起きている事自体は俺達も実際に体験したので、それを疑いはしませんが。
気になるのは、セナイン島に棲息しているモンスターに異常な行動や警戒心が見られないという事。
ケロロン族が知っている状態と変わらない。
そんな事が自然下で有り得るのだろうか?
勿論、此処は異世界。更には地震という概念が無い。
そういう意味では、異常な事だとは認識していない?
……いや、それこそ有り得ない事でなのでは?
自分の命の、種族の存続に直結するのだから。
「…………あの地震が故意だから?」
「アイク様?」
「ミュウ、モンスターにとって、他のモンスターが起こす事象──揺れなんかは気にならないものなのか?」
「時と場合と内容にも因るとは思いますが、気にはしない場合が多いと思います」
「気にする場合は?」
「直接的な身の危険を感じる場合です」
「それじゃあ、ただ揺れるだけなら?」
「……モンスターにもよりますが、気にもしないかと」
「成る程、だからか……」
セナイン島に棲息しているモンスターは鳥型か両生類型ばかりだから逃げようと思えば逃げられる。
それなのに平然としているのは、直接的な害が無い事を理解しているから。
一方で、ケロロン族には、その感覚が無い。
無いから、揺れる事に不安を感じてしまう。
だが、その原因も判らない為、恐怖心が生まれる。
そして、その恐怖心が、トホウク島の主だったミュウの存在と結び付き、「原因ではないか?」と考えた。
感覚によって理解する野性ではなく、思考して理解する人であるが故の落とし穴と言うべきなのか。
仕方が無いと言えば、それまでだが。
その結果、ミュウは俺に殺されてしまった訳だ。
それを考えると……何とも言えなくなるな。
「旦那様、御心配には及びません。私が旦那様に敗れた事自体は私が弱かったというだけの事。それでケロロン族を恨んだり憎んだりは致しません」
「そう言ってくれると有難いし、出来ればケロロン族にも言ってあげて貰えると助かるかな」
「それで旦那様の御役に立てるので有れば」
「有難う。宜しくね」
「はい」
ちょっと、裏を勘繰ってしまいそうな笑顔だけれど。
ミュウが嘘は言っていない事だけは判る。
面倒臭がり屋というのは、無駄な感情にはエネルギーを割かないから。
それ故に他人に無関心な者も少なくはない。
この世界に来る前までの環境では珍しくもなかったし、クラスメイトにも、そういう奴は居たから。
それに俺自身もクラスメイト──学校関係者に対しては大して関心が無かったから。
だから、今も彼等・彼女等の事は滅多に考えもしない。生きていようが死んでいようが関係が無いから。
それよりも、今は大切な存在が沢山有るのだから。
どうでもいい存在を気にする理由など有りはしない。
「それでは、アイク様。調査する対象は島を揺らしているモンスターという事で宜しいですか?」
「そうだね。周辺の海中を調査してくれている皆の方にも伝えてくれるかな?」
「畏まりました」
「それから、何人かは上空から島全体を観察して欲しい。揺れが起きた時、どういう揺れ方をしているのかを上から見た場合とで比較したいから」
「判りました。それでは──」
フェリスさんが伝令役と観察役を選び、命じる。
俺達の側に残る仲間に「後で教えてね」と言って行く。それに対して「何をだ?」と言いたくなる。
言いはしませんけどね。
セナイン島は小さいとは言え、ユイノ村が十個は入る。まあ、今のでは有るけど。
以前の大きさなら更に数が増えるし、今後の村であれば更に数が減る事は言うまでもない事です。
ケロロン族にしてもセナイン島の村とでの二拠点生活を現実的な可能性として考えていますしね。
そう簡単に故郷を捨てる事は出来無いけれど、ユイノ村での生活も魅力的過ぎる、という事で。
一族のアイデンティティと同等なのは嬉しい事です。
だから、俺達としてもケロロン族の生き方や在り方には理解を持ちたいと思っています。
まあ、それ以前から各種族の生き方や在り方を尊重する方針であり、遣っている事なんですけどね。
今までは長い間、放浪していた種族が殆んどだった為、村に定住する以外の考えが無かっただけですから。
今後は、そういう可能性も出てくるかもしれません。
積極的に妻を増やそうとしている訳では有りませんが、ダンジョンを攻略して領地を増やしていけば……ね。
其処に先住民族が居る可能性は有りますから。
だからと言って、必ずしも妻を増やす必要は無いので、出来れば増えない方がいいんですけど。
何だかんだで、今の所は出逢う種族の長が全員、年頃の独身女性ばかりですからねぇ……
何と言うか……意図的なものを感じます。
そう、世界とか、神々の、的な何かをです。
それにはローザさん達との出逢いも含まれる筈なので、文句も言えませんけど。
「もう十分です」と言いたいです。マジで。
「…………?」
「どうした、ミュウ?」
そんな事を考えていると、不意に足を止めたと思ったらキョロキョロとするミュウに声を掛ける。
一応、俺も周囲を気にするが……特に違和感は無い。
まあ、ミュウは始祖だから感覚が鋭いしな。
「旦那様、今、声が聴こえませんでしか?」
「声? いいや、聞こえなかったけど……」
「私も何も聴こえませんでした」
顔をフェリスさんに向ければ、首を横に振る。
後ろの皆の方を見ても、やはり、同じ様に首を振る。
「ミュウ、それは話し声の類いなのか? それとも叫び声や泣き声の類いなのか?」
「……独り言……いえ、寝言でしょうか?」
「寝言?」
「はい。こう……魘されているかの様な……」
「魘されて……」
そうミュウが言った時、ミュウの話が脳裏に浮かんだ。確か、ミュウも魘されていた。
……偶然か? いや、出来過ぎている。
こんな意味深な形で偶然が重なる事なんて、どんな確率だと言うのか。
「魘されている、という事は呻き声の類いですか?」
「そう、ですね。その様な感じだと思います」
ミュウに確認し、フェリスさん達が耳を澄ます。
俺よりもハーピア族の皆は聴力が優れている。
だから、周囲の音に関する情報収集は任せる。
その間、俺は俺で他の手掛かりが無いかを考える。
──とは言え、情報は少ないんだけど。
魘されている、という事は、その相手も眠っている?
眠りながら地震を起こす、となると……寝相が悪い?
魘されているのなら、寝返りを打つという程度の話では済まないだろうし、手足や尾を暴れさせている?
巨体なら、寝返りを打つだけでも考えられるが……
そんな存在が、ずっとケロロン族に気付かれずに居た?
…………いや、有り得ないよね?
同じ様に近年になって住み着いたという可能性も低い。勿論、無いとは言い切れませんけど。
考えられる可能性としては、セナイン島とトホウク島が一つだった頃から存在している場合かな?
エメみたいな例も有るから、動物とは限らないし。
……そう考えると、卵の可能性も有るのか?
今、丁度、孵化を迎えていて、とか。
……うん。自分でも無理が有る気がする。
──と言うか、本当に魘されているのかも判らない。
ミュウが嘘は吐いていなくても、例えただけなら。
自分が魘されていたから、それに引っ張られただけって可能性も有り得る事だと思う。
勿論、それに違い感じでは有るんだろうけど。
魘されているのに違い感じで、でも違う?
…………毒にでも侵されているとか?
人と同じ様に考えるのが合っているのかは判らないけど熱が出たりして意識が混濁しているとか。
そういう状態なら、魘されているのにも近い筈。
…………いや、でも、それなら気付くよね。
抑として、ずっと認識されていなかった存在だとしたら人目に触れる事は無かっただろうし、他のモンスター等に接触して毒を貰う可能性も低い。
他者と接触していないのであれば、ずっと閉鎖空間に、或いは簡単には近付けない場所に居た事になる。
ミュウでさえ、年に一度は食事をしていた。
……いや、ミイムは冬眠していたから、眠っていれば、必要としない可能性は有るか。
ただ、何にしても島を揺らしている以上、それ程は遠く離れた場所に居るとは考え難いから……島の地下か。
海底だと、もっと海に影響が出る筈だから。
でも、ミュウの居たトホウク島には影響が及んでいない事から考えても、そこまで深い場所でもない。
……フロッツェさん達、洞窟が有るって言ってたかな?
「フェリスさん、ちょっと聞──」
そう話している時だった。
島が大きく揺れ──俺達の足下の地面が崩れたのは。




