つい、うっかり
火蜥蜴が甲羅を背負った様な姿。
そんなイメージを勝手にしていました。
いや、だってほら、赤い大亀で長く太い尾を持っていて頭に小さな角が有って火を吐く、となると……ねぇ?
亀よりも、火を吐く方に引っ張られますから。
何処かに破壊光線を吐く空飛ぶ大亀が居るそうですが、実物を見た事が有る訳では有りませんので。
個人的には其方よりも此方に引っ張られ易いんです。
しかし、現実は想像とは違っていました。
全体的なフォルムは海亀に近いでしょう。
“首長竜”と呼ばれるプレシオサウルス類に近い姿。
陸亀の様な象っぽい脚を想像していた四脚は、脚と鰭を兼ねた大きな“く”の字をしている。
時代劇の中で着物の裾を引き摺る様な動きを想像させる形をしていますが、それっぽい痕跡が無いのが不思議。
頭は亀。間違い無く、亀。
ただ、首は長い。キリン以上に長い上に、亀だからか、伸縮する構造になっているみたいです。
話に聞いていた小さな角というのは、本当に小さくて、長さは5センチも無いかと。
頭が70~80センチ程なので、本当に小さい。
甲羅は5メートル以上というのには納得。
普通の亀の甲羅みたいな平べったいタイプではなくて、陸亀みたいな山型。大きなプリンやゼリーみたいな感じで重量感が有る、ドッシリとした甲羅。
その表面もツルツルではなく、岩山の様なゴツゴツした威嚇と威圧も兼ねているかの様な印象。
その甲羅に赤黒い苔の様な物が着いていて、発光。
俺だったら鬱陶しくて眠れないと思います。
結構な光量を放っていますから。
しかし、尾は太く長い。首長竜とは違い、陸の草食竜を思わせます。
でも、先っぽには鰻の様な尾鰭が。生命って面白い。
身体──皮膚は亀。一見、ツルッとして見えるけれど、きめ細かい皺が沢山有る。
人化したら、皺の話は禁句でしょうけど。
その皮膚は林檎やサクランボの様な艶やかな赤。
総括すると、確かに真っ赤な大亀です。
まだ火を吐くのかは判りませんけどね。
──で、その大亀の主は洞穴の奥の地底湖みたいな所に潜った先に居た訳ですが。
周囲を見た所、外──海に出られそうには有りません。
縦50メートル程、横30メートル程の徳利型の空間。その底、中央で犬猫みたいな寝姿勢で鎮座する。
海水が入って来ている様な穴や亀裂も無し。
まあ、染み出している場合は判りませんけど。
真水の地底湖の可能性が高いと思います。
地形から考えて、この主は海から入ったのではなくて、島に上陸して、掘ったのかもしれません。
或いは、元は雨水が穿って出来た自然洞穴だったのか。まあ、現時点では定かでは有りませんけど。
ブクブクしていた気泡は、予想通りに主の呼吸による物みたいです。今も、出ていますから。
ただ、安眠という感じでは有りません。
酷く魘されている様に見えます。
その為、気泡もブクブクと沢山出ています。
しかし、寝苦しそうに寝返りを打ったりする様子は無いですし、魘されて暴れたりもしていません。
つまり、主は地震とは無関係?
無関係となると、流石に殺すのは──と思っていたら、主が急に目を覚まして、俺を喰らおうとしました。
だから、反射的に殺ってしまいました。
はい、寝所に無断で入ったのは俺なので、主の方に正当防衛の権利が有りましたよね。俺が確実に有罪です。
殺ってしまったものは仕方が有りません。
ゲームではないので遣り直しなんて出来ませんから。
亡骸を回収──したら、真っ暗に。
そうですよね、地底湖の底ですから、光源が無くなれば真っ暗になるのは当然の事ですよね。
幸いにも、ジステラの【闇眼】の御陰で全く光源が無い状況でも視界に問題が無いので助かります。
さてと、取り敢えず、洞穴を出てセナイン島に戻って、皆と話をしましょうか。
「──という訳で、主の事は俺が責任を負うから其方等に迷惑は掛けないから安心して欲しい」
「で、ですが、元はと言えば、我々が……」
「それでも、貴女達には何も出来無かった筈では?」
「それは…………はい……」
「主を殺したのは俺で、その責任は俺が負うべきものだ。ケロロン族の始祖と勇者の様にな」
「……判りました」
色々な事が重なった結果、主を殺してしまった訳ですがケロロン族が責任を負う必要は有りません。
まあ、主の死への責任を感じる事は仕方が無い事だとは思いますけど、殺ったのは俺ですからね。
俺を利用して殺させた訳でも無いので。
人化した後で、きちんと事情を説明します。
それよりも、問題は地震の方です。
主が関係無かった以上、別に要因が有る筈なので。
「まだ確定した訳ではないが、主が無関係だったとなるとセナイン島に留まるのは危険だ」
「ですが、我々には他に行く所は……」
「以前までは、そうだったかもしれないが今は──いや、これからはケロロン族もユイノ村の一員だ。だから、村に来ればいい。あと、島の事は問題が解決してから考えても遅くはない筈だ。違うか?」
そう俺が言ったら、フロッツェさんは俯かせていた顔を弾かれた様に上げて見詰めてくる。
「大丈夫、安心して」と伝える様に頷いて見せる。
それを見てフェリスさんに顔を向けると、意図を察してフェリスさんも首肯して見せる。
最後に一族の皆を見て──俺に向き直る。
「どうぞ、宜しく御願い致します」
そう言って頭を下げるフロッツェさん。
それにケロロン族の皆が一糸乱れず合わせる。
うん、判ったから。出来れば、止めて欲しいな。
そうは思っても言えませんけどね~。これも集団生活を構築する上では必要な社会性ですから。
ケロロン族には直ぐに島を出て貰います。
幸いにも、ネーレイア族が島で待機してくれていた為、護衛役としてケロロン族を守って貰います。
ケロロン族は泳ぎや潜水能力は高いので、問題無く到着出来るでしょう。戦えないだけでね。
ケロロン族は戦闘能力が低い──と言うよりも、不要な生活環境だった為、磨かれていなかったのだと思います。村の一員となれば、将来的には向上する筈です。決して、能力が低い訳ではないと思いますから。
その辺りは、これまでの経験によるものです。
あと、安全の為、幼い子供達はパーピア族が空輸。
対象となる子供達は、そんなに居ませんしね。
六歳以上は経験を積む意味も含めて泳いで貰います。
陸上でも、しっかりと動けているので、ポテンシャルは間違い無く高いと思います。戦いに不慣れなだけでね。
──で、領地内に入ったら、村に一気に転移しました。はい、驚きますよね~。でも、土下座は止めてね?
先のバニット族の時にもでしたが、こういう時に備えて臨時の住居として使える体育館みたいな建物が村には複数建てて有ります。使わなければ倉庫にも出来ますから。
二百人近いケロロン族も容易に受け入れられます。
そして、恒例となった村の食事に感動します。
セナイン島での生活を見た限り、ケロロン族は農業等も遣っていたみたいですが…………格が違うと。
まあ、此方は本職ですからね。
ええ、誉められて嫌な気はしません。
農業関係に関しては、ですけどね。
「ふむ……それが地震というものの仕組みか……」
「この世界だと、その概念自体が無いみたいだから実際に地震が起きる場合には仕組みは違うんだと思う」
皆に経緯を説明し、地震の仕組みを説明した。
フロッツェさん達も驚いてはいますけど、地震が起きた事が無い世界だと、そのメカニズム自体が当て填まらない可能性が高いので、結局の所は謎のままです。
「だから、明日からセナイン島に行って調査するつもり。ダンジョンを探し出して攻略して領地に成れば簡単だけど必ず領地になるとは限らないしね」
「最初から範囲が判っている訳ではないからな」
「それで、主様は何が原因じゃと?」
「ん~……二つの島は地下空洞が有るみたいだから、その辺りが関係しているのかもしれないかな」
「空洞が?」
「俺の知っている地震と比べて全く同じではないにしても地面が揺れるって事には変わらないから。そうなる理由を考えると原因は島の近くにある可能性が高い」
「だから、地下の空洞か……」
そう話し、皆の理解を得る。
その上で、ケロロン族の皆にも最悪の場合を想定しての覚悟をして貰わなくてはならない。
最悪、セナイン島を放棄する必要が有るかもしれない。そうはならない様にはしたいですが、そうなる可能性自体低いとは言えませんからね。
手遅れになると島が崩壊、或いは沈没する事も可能性の一つとしては考えられますから。
フロッツェさんにとっては辛い役目になりますが、皆の前で意思決定をして貰わなくてはなりません。
勿論、ちゃんと一緒に背負いますから安心して。
そんな事も有ったからなのでしょうか。
昨夜はフロッツェさん達が初夜なのに貪欲でした。
いやまあ、自分の事を棚に上げて言えませんけどね。
一夜が明け、俺はフェリスさん達、一部のパーピア族とネーレイア族と共にセナイン島へ。
ダンジョンの探索は他の皆に継続して貰いながら、島で地震の原因を探します。
──という予定でしたが、いきなり変更になりました。セナイン島に着いたら、見知らぬ女性が居たので。
「改めまして。“タルトラ族”のミュウと申します」
そう言って頭を下げる女性。
その正体が、トホウク島の主が人化した存在である事は一目見て察しました。
特徴的な薄紅色の肌は大亀だった時の名残でしょう。
黒に近い深緑のショートカット。その髪に埋もれる様に頭頂部よりも、稍前に小さな黒い角。これも名残です。
少し気怠そうな雰囲気を纏う垂れ目。だが、金色の瞳が内包する野性を感じさせます。
身長は160半ばで、胸は小さ──くはないですよね。うん、他が凄過ぎるだけで、とても立派です。
其処、寄せて張り合おうとしない。
此方等も自己紹介をして、質問に移る。
いや、子供の数とか最初は何方等が、とかではなくて、トホウク島の主になった経緯とかをね?
「あの洞穴は私が島に遣って来た時には既に在りました」
「あの地底湖も?」
「そうです。島に来た当時の私は幼く小さな身でしたが、成長しても拡張したりはしていません。寧ろ、手間が不要という所が何よりも棲み易い条件でしたので」
……どうしよう。
ミュウの背後に、「私、働きたくは有りません」と宣う笑顔の幻影が見えてしまいました。
──あ、フェリスさんも?
何て言うか……ちょっと不安になります。
まあ、だからと言って甘やかしたりはしませんけどね。村では“働かざる者、食うべからず”です。
……年一の食事で平気だとしたら問題ですけど。
それよりも、今は地震の事です。
これは決して問題の後回しや現実逃避では有りません。ええ、違いますとも。
「最近、セナイン島の方で地震──島が揺れるという事が起きていたんだけど、何か心当たりは?」
「島が揺れる、ですか? 確かに、二つの島は元は一つ。関係が有ると思われても仕方が有りませんけど、実際には各々が独立しています。勿論、より深い部分では繋がっていますが、私の方では特に何も感じませんでした」
「俺が行った時、魘されている様に見えたけど?」
「はい。夢見が悪かったので」
「いきなり俺を喰らおうとしたのは?」
「半分は寝惚けて、半分は侵入者への防衛反応です」
「あー……やっぱり……」
此方等に非が有るので素直に謝ります。
あ、はい、それは勿論。ちゃんと責任は取りますから。この場で言質を取ろうとはしないで。
大丈夫です。実績は確かですから。
因みに、奉納された作物等を焼いて食べるという知恵は人の生活を見て覚えた事なんだそうです。
島に来るまでは、それなりに各地を旅していたとか。
トホウク島はミュウの安住の地──いや、終の住処だと言える場所だったのかもしれません。
「今からでも戻る?」等とは冗談でも言いません。
冗談では済まない言葉って有りますからね。
「ミュウの方で何も感じなかった、となるとセナイン島の地下を調べた方がいいか……」
「村長、それなら海底の可能性も有るのでは?」
「あー……確かに……」
同行しているネーレイア族の男性からの意見で海底側に原因が有る可能性にも気付きます。
──いや、うっかり忘れていたんですよね。
つい、島の地下の方に意識が向いてしまったので。
「ですが、アイク様、海底の方に何か有るので有れば海に潜る事が出来るケロロン族なら気付くのでは? 昨日今日此処に来た訳でもないのですから」
「う~ん……そう言われるとねぇ……」
フェリスさんの言う事も尤もな話です。
知っているからこそ些細な変化にも気付き易い。
勿論、その逆も有り得る訳ですが。
今回の地震の様な明らかな異常が起きる様な原因なら、その変化も顕著である可能性は高いと言えます。
──という事で、海の調査は後回しにします。
一応、ネーレイア族の皆に見回って貰いますけどね。
取り敢えず、俺はセナイン島を調べる事にします。
話を聞いて直ぐにトホウク島に向かったので、此方等を調べてはいませんでしたからね。
今日明日に、とは言いませんが、出来れば、早い内に、はっきりとした原因が見付かって欲しい所です。
フロッツェさん達を安心させてあげる意味も含めて。




