表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

1)初恋を彩るローズピンク ...2

一晩、ドレスを前にして考えた。

手にとってみれば、ひんやりとしたシルクはとても上質な物だった。

裾を捲ると、中は総レースのペチコートが覗いた。

ペチコートもドレスと同じ紺色だ。

見えない所にも手抜きのない仕事ぶりが窺えた。

このドレスに手を加える事を考えると頭が痛い。

過不足なく既に整えられているデザインだ。

刺繍を加えるにしても、同色の糸を使って元を壊さないようにとするのが一般的だろう。

だが、それではスージーのイメージとは合わない。

今日彼女が着ていた華やかなピンク色。

あの色が良く似合っている彼女には、ミッドナイトブルーは重すぎる。

「ピンク、チェリーピンク、オペラ、ガーネット、カメリア……」

ドレスの周りを回りながら額を指で叩く。

考え事をする時のジーナの癖だった。

紺色に合わせるオーソドックスな色は、白や黒以外には同色の青系や茶色、あとは金糸だろうか。

だが、ピンクと言うのはあまり聞かない組み合わせだ。

ドレスを摘まんで手近にあった糸を並べてみる。

少しピンクの色が強すぎる。

もっと淡く、でも弱すぎない色。

呟きながら次々と合わせて行っている内に、作業場は白々とした光が差し込み始める。

朝だ。

ドレスに熱中するあまりに徹夜してしまったらしい。

仕事中には儘ある事だが、朝日の眩しさに疲れが襲って来る。

しばつく目を瞬かせながら、床に転がっている糸を最後にしようと手に取る。

それは、咲き初めの薔薇の花を模した色。

華やかさよりも無垢な可憐さを添える色だ。

「……ローズピンク」

その色を見た時に、スージーの笑顔が浮かんだ。

導かれるように糸を伸ばして、ドレスに当てる。

濃い色の中でも、浮かびあがる柔らかな色。

「これだ」

囁くように呟く。

隠し切れない喜びが言葉に滲む。

仕事をしていると、時々だがこんな風に何もかもが定められているのではと言う気持ちを味わう時がある。

全てがぴったりとあるべくして収まるような、清々しい気持ち。

身体は疲れでぐったりしているが、頭は冴えわたるようだ。

こんな気持ちになる時の仕事は上手くいく。

経験から分かっていた。

「良し、後はデザインを決めないと、ふわぁ」

勢い込んだ言葉は、欠伸に変わる。

仮眠を取った方が良いようだ。

昼前に起きてから、それからスージーに連絡を取ろう。

一度自覚した眠気が波状攻撃を仕掛けて来る。

丸め続けて引きつる背中を無理やり伸ばして、よろよろと寝室へと向かうと倒れるように眠りに就いた。



スージーは、昨日と同じような時間にやって来た。

ついつい寝過して知らせを送る事が出来なかったジーナはホッと胸を撫で下ろした。

「あの、昨日はごめんなさい!」

顔を合わせてすぐにスージーは、ガバッと頭を下げた。

「え?どうされました?」

慌てたジーナの前で、スージーは両手を組み合わせている。

「昨日、私とっても失礼だったでしょう。勝手にべらべらと喋ってしまって。いつもお母様に注意されているの、貴方はお喋りが過ぎるのよって」

しょんぼりと表情を曇らせているスージーに、悪いと思いつつ笑ってしまう。

「いいえ、スージー様とのお喋りは楽しかったです。それに、お話を聞けて良かったです。おかげで、イメージが湧きましたから」

「本当?ありがとう」

パッと笑顔が輝いた。

やっぱりスージーには曇り顔は似合わない。

昨日初めて出会っただけのジーナにもそう思わせるだけの輝きをスージーは持っている。

「こちらこそ、昨日はお茶も出さずに失礼をしました。今日は、紅茶を用意しましたので召し上がって行かれて下さい」

「えぇ、ぜひ!」

両手を打ち鳴らして嬉しさを示したスージーを昨日と同じ椅子へと案内する。

香り高い紅茶には、甘さ控えめのハーブクッキー。

ジーナは紅茶はストレートを好んでいるが、客人のために角砂糖とミルクも用意した。

スージーは、角砂糖を二つ落として、ミルクは入れなかった。

甘い物が好きらしい。

ほうっと幸せそうな息を吐いている姿に、ジーナも癒される。

「こちらを見て頂けますか?」

一度、作業台の方へ寄って一枚の紙を持って来る。

スージーが来る前に書き上げたデザイン画だ。

簡単な素描にパステルで色を付けてある。

普段は、刺繍の下書き程度にしか絵は描かない。

お陰で線はよれているし、お世辞にも上手い物ではない。

だが、スージーはそれを見て目を輝かせた。

「基本の形は変えずに、刺繍で色を足すようにしてみました」

図面を指し示しながら説明する。

ジーナが一晩かかって考えたデザインだ。

元の形を最大限残す方向で、そして夜会にも相応しい華やかさを演出する。

長い袖と襟のあるドレスは、夜会それもデビュタントには向かない。

仕立屋でもないジーナにはこれが最大だ。

スージーの反応を緊張しながら待つ。

「……すごい」

「え?」

吐息交じりの言葉を最初は聞きとれなかった。

「すごいです、ジーナさん!とっても可愛い。それに、本当にどこにも鋏を入れてないなんて思えない」

スージーはほとんど涙ぐんですらいた。

「ぜひ、ぜひお願いします!私、このドレスを着てみたいわ」

「……そうですか!では、今日から作業に入らせて頂きますね。デビュタントの三日前までにはお渡しできるようにしますから」

「時間がなくてごめんなさい。でも、楽しみにしてます」

それから、実際のドレスと糸を出して来て、細かい所の確認をしていった。

ビーズや造花の為の資材はスージーがいくつか持ち寄ってくれる事になる。

小さな工房の為、すぐに動かせるようなお金はない。

スージーの申し出は、本当にありがたかった。

楽しく話を進めているとノッカーが叩かれる音が響いた。

「あら、お客様かしら。申し訳ありません、こちらでお待ち頂けますか?」

スージーに断って衝立から出ると扉を開けに向かう。

「いらっしゃいませ……」

いつもの口上で招き入れようとした所で、言葉は止まってしまった。

玄関に立っていたのは、刺繍工房に用があるとは思えない立派な身なりの青年だった。

しかも、あまり麗しいご機嫌ではないようだ。

「こちらに、アルトバーグ子爵令嬢がいらしている筈だ」

「あの?」

切り口上で店に入ろうとする青年をどうにか止める。

年の頃はジーナよりも上だろう。

体格も立派な人物だ。

もしかしたら、騎士などの仕事についているのかもしれない。

伸びた背筋からも揺るぎなさを感じる。

だが、それと店への立ち入りを許すかは別問題だ。

この勢いで乗り込まれては、店を壊されてしまいそうな懸念も抱く。

それ程に、荒々しい雰囲気だった。

「当工房へのお客様ではないのですか?」

尖った空気に手が震えるが、毅然として、ジーナとしては毅然とした態度であったと思う、問いかける。

青年の方は、更に苛立った空気を醸し出す。

ジーナの肩に手を掛けて、無理やり脇にどかそうとする。

「きゃっ」

小さな悲鳴を上げると、後ろからスージーが走り寄って来た。

「乱暴な事をしないで、アラン兄さま!」

「スージー、やっぱりここに居たのか」

ジーナを庇うように立ったスージーを見て、招かざる客人である青年はホッと安堵を浮かべる。

「どうして、ここが分かったの?」

対してスージーの表情は硬い。

「ベックから聞いた。一体、何をしているんだ?デビュタントを控えた令嬢が共も付けずに歩き回るなど」

「ここまで家の馬車で来たわ。一人でも買い物くらい出来るもの」

「そう言う問題じゃない。万が一があったらどうする!」

「……アラン兄さまには関係ないわ」

頭ごなしに叱る青年、アランにスージーはすっかりへそを曲げてしまったらしい。

確かにアランの態度は、年ごろの少女を相手にするには不味いとしか言いようが無い。

とは言え、スージーの態度もまた良くない。

傍で見るしかないジーナには、ハラハラする場面だ。

「関係がない訳がないだろう!君は、私の婚約者だ!」

思わずと言った風の言葉に、ジーナの方が驚きで声を上げそうになった。

慌てて両手で口を塞ぐ。

スージーの話に何度も出て来た「彼」。

話の中だけの人物が目の前にいる。

想像していた容姿とは、違っている。

もっと穏やかで落ち着いた容貌の人だと思っていた。

だが、今スージーを叱っているのは、切れ長の目で近寄りがたい容貌もしている青年だ。

確かに見目は良い方だろう。

ジーナは苦手な部類の人ではあるが。

「良いから、今日は帰るぞ」

無理やりスージーの腕を掴んで店を出ようとする。

止めるべきかどうか迷って、その場で可笑しな行動を取ってしまった。

そんなジーナに気付いたスージーが、大丈夫という風に笑って見せた。

「ごめんなさい、騒いでしまって。今日は帰りますから。あの、お願いします!」

扉が閉まる間際に、スージーから縋る視線を受けて、しっかりと頷き返した。

二人が去ってしまうと、シンッとした静寂が冴えわたるようだった。

飲み残しの紅茶を片付けて、良しと気合を入れる。

スージーの為にも、ドレスは完璧に仕上げなければ。

「相手が、あの人だと思うと少し複雑だけれど」

想像していた人とはだいぶ違う。

あんなに短気な人でスージーは大丈夫だろうか。

漠然とした不安は振り払って、まずは刺繍からと作業台から刺繍枠を手に取る。

「そう言えば、ドレスは衝立の後ろに置いておいて良かったわ」

死角に入って彼の目には映らなかったようだ。

少しでもスージーが怒られる要素が減って居れば良い。

ミッドナイトブルーのドレスを前に、ジーナは今度こそ作業に集中した。



刺繍針は、普通の裁縫に使う針よりも針穴が広い。

糸を通すのはその分他の針よりも楽だ。

ひんやりとしたシルクを手にとって針を刺す。

最初の一刺しに緊張するのは、どれだけの経験を積んでも変わらない。

小皿に開けたビーズを更に針に通して、縫いつける。

襟元には、このビーズを全面に飾りつけて行く。

いくつかの色を組み合わせる事も考えたが、あまり色を足すとごちゃごちゃとしてまとまりが無くなる。

何より、スージーの朗らかな無垢さには、余計な装飾は不要だ。

シンプルに、けれど可憐に。

目指すのはそこにしよう。

余計な物は目に入れない、考えない。

ドレス自体が直線的で乱れのないデザインだから、ビーズの配置も規則的にした方が良いだろう。

頭の中に叩きこんだデザイン画を思い出しながらの作業になる。

一刺し、一刺し、丁寧に。

ジーナはやがて作業に集中し始めた。

既に、自分の手元以外は見えてはいない。

小さなビーズをこぼさないように針で掬い取っては縫いつけて行く。

幾つかを並べた所で、やはりビーズだけだと物足りない気がして、少し手を止めた。

ドレスから離れて全体のバランスを見る。

やはりビーズの部分だけが浮いている気がする。

デザイン画の時は気にならなかったが、やはり絵と実物では印象に違いが出て来る。

「確か、近い色の糸があった筈」

昨日の夜に、合わせた糸たちは片付けきれずに作業台の近くに纏めておいた。

作業台の下に置いていた箱を引っ張り出すと、思った通り探していた色の糸が紛れている。

手に取ったのは、ドレスと同じミッドナイトブルーに染められた糸だ。

シルクで出来た糸は細いが光沢があってしなやかさもある。

ピッと指で糸を伸ばすと針に通して、襟元に直線のステッチを刺して行く。

真っ直ぐに心もち長めのステッチを意識して、今度は逆から交差するように刺す。

襟元にあっと言う間に菱形の模様が現れる。

四隅にビーズを配置して、また離れてバランスを見る。

先ほどよりは、ビーズが浮いて居ない。

刺繍の光沢もあって、上品だが重たい印象のドレスが少しだけ軽やかさを持ち始める。

思った通りの効果に微笑んだジーナは、手早く針を進めて行く。

少しでも早くドレスを完成させてスージーに見せてあげたい。

彼女の悩みが、このドレスで全て解消出来る訳ではないだろうが、手助けくらいは出来る筈だ。

美しく綺麗な物には、そんな効果があるとジーナは信じている。

だからこそ、ジーナも刺繍職人として日々研鑽を積んでいるのだ。

ジーナの刺繍を見た人たちが、楽しい気持ちや幸せな気持ちを持って貰えるようにと。

その日の工房は、夜遅くまで光が絶える事はなかった。



二週間が経った。

ドレスは、だいぶ完成が見えて来た所だ。

襟周りは終わって、今はメインでもある裾の刺繍に入っている。

イメージとしては、ドレープの頂点に絹の造花をあしらってその花が散るように花びらの刺繍を施す。

舞落ちる花びらが水面に落ちるようにドレープに溜まっていく様子を縫い取る。

少し遊び心を含めた刺繍に決めたのは、スージーとお喋りをした印象からだ。

きっと彼女なら、楽しんで着こなしてくれるだろう。

姉の形見だと言う悲しさすら飲み込んで、楽しめるようにと願う。

スージーが踊る時、裾は閃いて花びらを散らすだろう。

シャンデリアの下で踊るスージーを想像して微笑んだ。

慣れた手つきで花びらを一枚縫いあげる。

一つ縫えば、後は繰り返しだ。

時折手を止めて、全体のバランスを取りながら縫い取る。

気持ちが乗っていつもより早いペースで刺繍をしていると、ノッカーが集中に水を差す。

「……はーい」

折角、楽しく作業をしていた所で集中が切れてしまった事を残念に思いながら、玄関に向かう。

出迎えの声に不服さが滲まないように、そこだけは少し注意する。

「いらっしゃいま、せ」

変な所で声が途切れたのは、扉の前に立っていたのは見覚えのある青年だったからだ。

キッチリとしたフロックコートを身に纏った立ち姿は、工房では浮いている。

これが貴族のサロンであれば、この上なく似合っただろうが、ここはジーナの工房だ。

前回の訪問が訪問だけに、身構えるジーナを前に、真っ直ぐな視線が落とされて、深々と頭を下げた。

「この前は、申し訳なかった。いきなり押し掛けて無礼を働いた事、許して欲しい」

「え、いえ!?そんな、頭を上げて下さい!」

まさか謝罪を受ける事になるとは思わず、悲鳴のような声を上げてしまった。

慌てふためくジーナに、頭を上げた青年は真摯な顔で再度過日の態度を詫びる。

何とも律儀で真面目な方だ。

そして、少々周りを見ない方でもある。

ジーナの印象は、それまでとクルリと変わった。

良いのか、悪いのかはジーナも迷う所だ。

ただ、それとは別に頭を下げる様子が昨日のスージーと重なった。

婚約者同士、もしかしたら似てしまうのだろうか。

思いついた自分にも、思わず笑ってしまう。

「なにか?」

「あ、すみません。この前、スージー様も同じように謝罪をなさっていたので」

「スージーが」

スージーの名前を出した途端に、難しい顔になってしまう。

ひとまず、工房内に通していつかと同じ様に席に案内する。

そして、いつかと同じ様に、同じ紅茶を出した。

角砂糖とミルクも用意したが、長い指が取り上げたのはミルクだった。

砂糖は入れずにミルクだけ。そこだけが違う。

「あぁ、美味しい」

「ありがとうございます」

ジーナは、あの日と同じ様にストレートだ。

「改めて。私はアラン・ウェイシーズと申します。ウェイシーズ男爵家の二男です」

「ウェイシーズ様」

「アランで結構です。家督を継ぐ訳でもない道楽者の二男ですから」

自嘲する口ぶりながら、道楽者と言う言葉が似合わない人も珍しいだろうと思う。

「スージー様とご婚約をされたと伺っています。おめでとうございます」

「えぇ、正式な披露目はまだですが。……彼女から聞きましたか?」

形ばかりの祝福の言葉を述べれば、苦笑いが返される。

「私がアルトバーグ家へ婿入りをするのです。アルトバーグ子爵には彼女しか子どもが居ませんから」

貴族の間では儘ある事だ。

アランのように貴族の二男となると家を継ぐ訳でもない存在だ。

家に居ても厄介者でしかない。

成人すると騎士を目指す者や学者を志す者などがいるが、多くは跡継ぎのいない他家へと養子に入ったり、婿入りをする事になる。

アランなどはその中でも、幸運な部類だろう。

男爵家から子爵家へと、婚姻によって爵位が上がる事になる。

ましてや、婚約者は若く可愛らしい令嬢だ。

羨む者は多くいるだろう。

「私の前の婚約者、彼女の姉についても話を?」

わずかに迷ったが素直に頷き返した。

アランは視線を彷徨わせたが、すぐに息を吐いて目を閉じた。

「スージー様は、戸惑っていらっしゃるようでした」

「そうですか。実は、あれから彼女と会えないのです。どうも、あの日の事を怒っているようで」

「それで、謝罪にいらした?」

「えぇ、お恥ずかしい話ですが」

「お気になさらずに。むしろ、スージー様の方が心配でしたから、お元気そうで良かった」

忌憚なく理由を話すアランに、ジーナも正直な気持ちを漏らす。

「お恥ずかしいついでに、お聞きしたい事があるのです」

「スージー様の事ですか?」

「はい」

飲みかけの紅茶を手にとって、アランは一口飲む。

「彼女は、私との婚約について何かを言っていましたか?今度の婚約は、彼女にとって良い物ではありませんから」

眉間に皺を寄せたアランは深く苦悩しているように見えた。

「アラン様は、スージー様をどう思っていらっしゃるのですか?」

あまりに突っ込んだ質問だとは思ったが、どうしても止められなかった。

失礼に過ぎる問いかけに、けれどアランは怒ることなく答えてくれた。

「大事に思っています。大切な婚約者ですから」

「……それは、スージー様でなくとも良いと言う事でしょうか?」

「まさか!」

聞き過ごせない事を聞いたとアランは声を荒げる。

ジーナはその返答にホッとする。

「彼女は、優しく素晴らしい女性です。きっとこれからもっと美しく魅力的な女性に成長するでしょう。釣り合わないのは私の方だ」

最後の方は、ほとんど呟きに近いものだった。

「先ほども申し上げた通り、スージー様は戸惑っていらっしゃいました。どうして、ご婚約を貴方が受け入れたのか。家の為には仕方がないともお考えのようでした」

スージーの本当の心は、告げずにおいた。

ジーナが軽々しく告げて良い物ではない。

「一度、きちんとお話をされてみてはいかがでしょうか?お互いに見えていない物があるのだと思います」

「そうだな。そうかもしれない」

何かをふっ切った様な表情に、ジーナは微笑んだ。

きっと年上だろう人に、こんな事を思うのは可笑しいかもしれないが、可愛らしい人だ。

だからだろうか。

少しだけ手助けをしたくなったのは。

「もし、よろしければまた二週間後にいらしゃってください。少しだけ、お手伝いが出来るかもしれません」

「……手助け?」

「はい。ほんの小さな手助けですけれど。それでもよろしければ」

「ありがたい」

拝まんばかりの態度でアランが身を乗り出して来る。

そっと気付かれない程度に身を引きつつ、ジーナは残りの紅茶を飲みほした。

どこまでも真っ直ぐに大仰な動作のままアランが返って行った頃には、思った以上の疲労感にぐったりとする。

スージーの話を聞いていると、大人っぽくて頼りになる理知的な男性だと思っていたが、実際はそうでもないらしい。

残念ながら、ジーナには少々荷が勝つ相手だ。

「……続き、どうしましょうね」

アランの突然の訪問で、気持ちが切れてしまった。

このままで再開しても集中出来そうもない。

そう言えば、まだ昼食がまだだった。

丁度良いとジーナは、作業場から出て簡単な昼食を取る事に決めた。

デビュタントまで、あともう少し。

冬の足音はもう間近だ。

冷える空気に、ショールを巻き付けてジーナは静かに工房を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ