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1)初恋を彩るローズピンク ...1

秋も終わり、冬の足音が近づいて来た頃。ジーナの工房に一人の客がやって来た。まだ下げ髪の少女は、手にしたトランクから一着のドレスを取りだした。姉の形見だと言うドレスを前に少女は、ジーナに自分の想いを話し出す。

アンバーローズ、ネールピンク、ローズタンドル、アイリス。

たくさんの色の名前がついたタグが貼られた棚。

正方形に近い形で細かく仕切られた棚は、百を越えて部屋の壁一面を埋め尽くしている。

その一つ一つには、様々な色が収められている。

赤と一言で言っても、濃い色、淡い色、様々だ。

通常であれば、ピンクと言い表される色でもここでは赤と区分されている。

細い棒に巻き付けられた色は、世界中から取り寄せられた糸だ。

一本に解せば見る事も難しい細い糸が、巻き付けられて量を増して鮮やかな色を生み出している。

ジーナは、数多の棚から糸たちを選び出す。

色褪せを防ぐために、意図して窓を塞いだ部屋は蝋燭を灯したとしても薄暗い。

わずかずつ違う色の濃度を注意深く確かめながら、一つ、また一つと色を腕に抱えた。

「……マゼンタ、これで最後ね」

最後の一つを選び終えた時には、ジーナの手は取りこぼしそうな程に糸で埋まっていた。

これで、本当に落としては大参事だ。

注意深く抱え直すと、そろそろと燭台を持ち上げる。

ジーナが明りと共に部屋を出ると、溢れる様な色を収めた部屋は暗く閉ざされる。

薄暗い部屋から出ると、眩い日の光に目が眩む。

何度経験してもこの光に包まれる感覚にはなかなか慣れない。

しばらく立ち止まって、目が慣れるのを待つ。

「ふぅ」

息を吐いて気持ちを落ち着けると、手にしていた燭台の火を吹き消した。

細かな色を収めた部屋から出ると、そこにはまた別の色の海が広がっている。

使い込まれた広い作業台には、柔らかなヒヤシンスブルーのシルク。

窓辺には、出番を待っている布が巻かれた状態で無造作に立て掛けられている。

そのすぐ脇には小さなチェストが置かれて、引き出しは無造作に開け放たれている。

中には、キラキラと輝くビーズが小さな小瓶に仕舞われている。

カチコチと音を立てる振り子時計を見て、ジーナは何度目かのため息を吐いた。

思った以上に時間が経っている。

作業場の奥にある保管庫に入るといつも時間を忘れてしまう。

気を付けなければと思っても、あの糸たちを前にすると全てが消えてしまうらしい。

抱えていた糸たちをまずは作業台に置いて、燭台もいつもの場所に戻した。

作業台には、積み木を重ねたような形の台にいくつものピンクッションが置かれている。

クッションに刺された針の数も多い。

まるでハリネズミのようだ。

年代物の椅子に腰かけると長く空けた事を咎める様な軋む音を立てる。

「はいはい、すぐに仕事に取り掛かるわ」

一人きりの作業場に、その声はやけに響いて聞こえる。

誰も居ない事を知っているのに独り呟いてしまうのは、何故だろう。

自嘲しながら放り出していた刺繍枠を取り上げる。

ヒヤシンスブルーの土台布には、春の花が縫い取られている。

淡いピンクや白、黄色で縫い取られた刺繍の花は、見事なグラデーションで咲き綻んでいるが、途中までで途絶えている。

ジーナは針を取ると新たな糸を通して、中途半端に止まっていた菫を慣れた手つきで縫う。

あっと言う間に白い菫が出来あがった。

続けて、今度は若葉の部分、次はミモザとジーナの手が止まる事はない。

布と糸に没頭していると、ジーナの集中を刈り取るようなノックの音が響いた。

ドアの窓に取り付けたスカラップのカーテンからは、来客の姿は見えない。

何より作業場を見せないように衝立を置いているのだから、ジーナの座る場所からは例えドアが開いた所で誰の姿も見えないのだけれど。

折角、集中していたのにと恨めしく思いながらも、すぐに立ち上がった。

念のためエプロンを叩いて糸くずがついていないか確認する。

「お待たせしました。エルバット刺繍工房へようこそ」

とびっきりの笑顔を浮かべて、ジーナはその日、初めてのお客を迎え入れた。



扉を開けた先に立っていたのは、緊張に顔を強張らせた少女だった。

出迎えたジーナを見て、その強張りがわずかに緩んだ。

「いらっしゃいませ」

若い女性のお客様は珍しくない。

微笑んで店内へと招き入れる。

少女のケープを受け取ってコートハンガーにかける。

その間にも少女は、物珍しそうに店内を見回していた。

エルバット刺繍工房は、小さな店だ。

玄関から全てが見渡せてしまう。

だからこそ、衝立が必要になるのだけれど。

「こちらへどうぞ」

ジーナが椅子を勧めると、少女はパッと振り返って澄ました態度で腰かける。

その時、ようやく少女がトランクを持っていた事に気付いた。

椅子の傍らに置かれたトランクは、革製のしっかりとした物だ。

「あの、表に馬車を待たせているの」

気になるのか玄関の方を見つめて口早に言う。

確かに、この辺りの道は狭い。

馬車が居たら、他の通行の邪魔になってしまうだろう。

「御者の方に移動して貰うように案内して来ます。この辺りは道が分かり辛いですから」

小走りに外に出ると、そわそわと辺りを見ていた御者に近くを流して貰うように伝える。

走りだした馬車を見送ってから店へと戻る。

椅子に腰かけていた筈の少女は、壁の前に立っていた。

どうやら壁にかけているタペストリーを見ているようだ。

「お気に召しましたか?」

「ひゃっ!」

甲高い悲鳴を上げて少女は飛び上がった。

「ごめんなさい、驚かせてしまって」

慌てて謝れば、少女は胸元に手を当てて息を整えると、不意に笑いだした。

「ごめんなさい、あはは、ひゃって。変な声が出ちゃった」

先ほどまでの澄ました態度からは一変した屈託のない笑顔だ。

「綺麗だなって、見てたんです。私、刺繍ってちゃんと見た事がなくて」

少女が見ていたのは、ジーナの祖母が残した刺繍だ。

コットンレースに四方にあしらって伝統的なデザインの刺繍を施したものだ。

良く見れば細かな刺繍の一つ一つが花を模している事が分かる。

「もう随分と昔に廃れてしまった技法を使っているんです。とても細い糸を使って何重にも刺して行くんですよ」

「へぇ、とっても綺麗」

うっとりと見上げる少女に、再度椅子を勧めた。

ジーナも向かい合う椅子に座る。

「私、スージー・アルトバークと申します」

少女、スージーは丁寧に名乗る。

「ご丁寧にありがとうございます。私は、こちらの工房の主人を務めているジーナ・エルバットでございます。主人と言っても、私一人ですが」

冗談交じりに伝えれば、スージーもクスクスと笑った。

「ふふふ、よろしくお願いしますね。ジーナさん。でも、良かった。偶然見かけて駄目もとで来てみたお店の人がジーナさんみたいな人で」

本当に嬉しそうに言うスージーに首を傾げる。

「アルトバーグ様は、どう言ったご依頼で?」

「あ、スージーで良いです。私、家名で呼ばれるのに慣れてなくて。本当はちゃんと慣れなくちゃいけないんですけど」

「では、スージー様と」

改めてスージーを見つめる。

チェリーピンクの可愛らしい散歩着だ。

くるぶしまでの裾からはレースが覗いている。

刺繍などの装飾はほとんどないが、裾にある茶色のリボンの縁飾りが唯一の装飾らしい装飾だ。

動き易さを重視した普段着なのだろう。

とは言え、ジーナの来ている服と比べれば質は段違いだ。

上品に爪先を揃えて座る所作の良さからも、アルトバーグ家がそれなりの格式の家なのだと分かる。

キラキラと輝く瞳は、瓶に詰めた蜂蜜のようだ。

まだデビュタント前の乙女らしく垂らした三つ編みが良く似合っている。

けれど、咲き綻ぶ時を今か今かと待ちかまえている様な瑞々しさも感じる。

きっと彼女を少女として留めているのは、ほんの小さな楔なのだろう。

「実は、これを見て貰っても良いですか?」

スージーが持ち上げたのは、あのトランクだ。

テーブルの上に乗せたトランクを開けると、滑らかな光沢のドレスが現れる。

夜空を染め移した様な美しいミッドナイトブルー。

慌てて、隅に置いていたトルソーを持って来るとスージーの許可を得てドレスを広げた。

トルソーに着せてみると、本当に夜空から切り取ったような濃く鮮やかな色を印象的にする。

直線的にカットされた襟に、袖口を緩めに取った細い袖には同色のレースが縁取られている。

繊細な流れる滝のようなレースには、良く見ると小さなビーズが縫い付けられていて、夜空に輝く星の様だ。

全体のラインはAラインで、袖と同じレースとビーズ飾りが裾にも施されている。

今の流行からはだいぶ離れた形だが、時代越えた上品な美しさのあるドレスだ。

「良いお品ですね。少し型は古いですが」

「姉の、形見のドレスなんです」

ジーナが世辞でもなく褒めると、スージーは嬉しそうに口元を緩めた。

「七つ上の姉が大事にしていた物で、四年前に病気で亡くなった時に私が譲り受けたんです」

「そうだったんですか」

気の効いた言葉も言えずに、当たり障りない相槌を返してしまう。

こうした時に、上手く回る舌と頭が欲しい。

一人で落ち込むジーナに気付かずに、スージーはドレスを見つめたまま話し出す。

「このドレスに手を入れて欲しいんです。でも、切ったり、大きく形を変える様な事はして欲しくないんです」

「どう言う事でしょうか?」

ドレスのリメイク自体は可笑しな話ではない。

ジーナの所にも月に何件かは、古い刺繍から新しい刺繍に刺し変えて欲しいと言う仕事が来る。

誰もが、どうせなら新しい物の様にしてくれと言って来る。

古着を着ているように見られるのは嫌だからだ。

ジーナにもその気持ちは良く分かる。

だからこそ、スージーの真逆の依頼には目を丸くした。

「お話を聞かせて貰っても良いですか?」

スージーは、まっすぐにジーナを見つめると一つ肯いた。



「姉は、ソフィアと言いました。妹の私から見ても、本当にレディと言う言葉が似合う人だったと思います」

落ち着いていて、上品で、優しい。

そんな年の離れた姉がスージーはとても好きだった。

姉の居る所には、どこにでも着いて行きたがり、家ではいつも一緒にいる。

家族でさえも、仲の良さに呆れるしまつだったと言う。

「姉が女学校に通う年になると、私は一緒に行くってすごーくごねたんです。今でも母には言われます。あの時は本当に大変だったのよって」

母親の口調を真似たのだろう、そこだけ呆れかえった口調が再現されていてジーナも思わず笑ってしまう。

「その時もね、姉が優しく言い聞かせてくれたんです。ねぇ、スージー。私が帰って来るまでに、楽しい事を五つ見つけてちょうだい。そうしたら、私も楽しい事を五つ見つけてスージーにお話してあげるわって。ちっちゃい私は、簡単に丸めこまれてしまいました。姉がびっくりするくらい楽しい事を見つけてやろうって思ったんです」

「お姉さまは、頭の良い方だったんですね」

「えぇ、私の性格が容易かっただけかもしれませんけど」

茶化して肩を竦めるスージーの語りだけで、姉妹がどれだけ仲が良く、そしてスージーが姉を慕っていたのかが良く分かった。

「私が八つになって姉と同じ女学校に通い出した頃、姉に婚約者が出来ました。家族ぐるみでお付き合いのある人で私も良く知っている人です。姉の二つ上で、二人が並ぶと本当に良くお似合いだったんです」

スージーの目が、ドレスから離れて膝に置かれた手を見つめる。

口元の笑みは変わらないのに、蜂蜜色の目だけが憂いを帯びる。

ジーナが何かを言う前に、スージーは唇を開いた。

「彼は、私の、初恋の人でした」

年上で、スージーと会えば頭を撫でておチビさんとからかって来るような人。

いつも怒る振りして拳を振りかぶれば、笑いながら逃げるような人。

ジーナの目にも、屈託のない青年の笑顔が見えて来るようだった。

「でも、姉の婚約者ですからね、どうこうなろうなんて考えられませんでした。ちょっとだけ、夜にこっそり泣いたりしましたけど」

それも、物語の悲劇のヒロインになったような気持ちで楽しんでいたのだとスージーは悪びれなく打ち明ける。

「幸せな日が終わったのは、結婚式を間近に控えた頃でした。姉が病に倒れました」

スージーの年齢を数えて、年数を振り返るとジーナにも思い当たる事があった。

「赤熱病、ですか?」

「はい」

数年前に流行った伝染病だ。

病にかかると皮膚が赤く腫れ、高熱が続く事から名づけられた。

早くに処置を受ければ死亡する事は稀だったが、感染力の高さから一時期は誰もが恐れていた病だ。

今は終息し、対応できる薬も出来ている。

だが、流行り始めの頃は、ただの風邪と判断される事も多く重篤者が続いていた。

「姉も赤熱病だと判断されるまでに時間がかかって、どうにか薬を処方された時にはほとんど意識もなかったそうです」

美しく優しかった姉は、結局楽しみにしていた日を迎える事無く逝ってしまった。

病がうつる物と言う事もあって、葬儀もひっそりと行われた。

スージーは、姉の最後を看取る事も出来なかった。

幼いスージーは、うつってはいけないと親戚の家に預けられていた。

だから、帰って来て時には、全てが終わっていた。

喪服に身を包んでも、冷たい墓石の前に立っても、スージーには理解出来なかった。

「ぼうっとしてまるで夢でも見ているみたいだわって、思ってました。きっともうすぐ姉が笑って起こしに来るんだから、早く目を覚まさなくちゃって」

笑って語るスージーに、ジーナは余計な言葉は言わずに黙って肯いた。

ジーナにも覚えのある話だった。

「でも、姉は来なくて、代わりに彼が来ました」

真っ青な顔で、スージーの顔を見るなり膝をつくと縋りついて泣き出した。

「私、男の人が泣く姿を初めて見たんです。あぁ、可哀想だなって思いました。慰めてあげなくちゃって」

きっとそうする事で、スージーも慰められたのだろう。

「今思うと、本当におかしいんですけど。頭を撫でて、子守唄まで歌ってあげたんですよ」

「あら、素敵だと思います」

「そう言って貰えると嬉しいです」

本当に嬉しそうにスージーは顔を輝かせた。

「それからは、私の方から彼を訪ねて行きました。今日は泣いてないかしらって気になってしまって。学校帰りに寄ったり、休みの日に遊びに誘ったりしてました」

最初は、毎日のようにやって来るスージーに鬱陶しそうにしていた彼も、徐々に態度は軟化していった。

いや、姉が居る頃に戻って行ったのかもしれない。

笑っている彼を見る度に、嬉しくなった。

でも、同時に見つめられると恥ずかしくなった。

ほんの些細な触れ合いに、ドキドキして落ち着かなくなる。

「気付いたら、二度目の恋に落ちました」

でも、もうスージーは幼いだけの子どもではない。

彼は姉が死んでからも恋人は作らなかった。

何度か婚約の話が持ち上がった事も知っている。

でも、彼は肯かなかった。

家族が彼の結婚について話す度に、心臓が痛いくらいに緊張して、今回も駄目だったようだとため息を吐く度にホッと安堵した。

きっと彼の心には、あの美しく優しい姉がいる。

その事を嬉しく思いながら、ほんの少し恨めしくも思った。

「私ってひどい妹ですね。死んだ姉に、今更嫉妬している」

「……そんな事」

「いえ、本当にひどいんです私」

スージーは今までとは違う微笑みを浮かべた。

「私、こうして澄まして笑っていると姉にそっくりだって言われるんです」

背筋を伸ばして、少し顎を引く。

目は伏せ気味にして、わずかに口角を上げただけの微笑み。

大人しく上品な表情は、スージーの印象とはまるで違う。

「喋ると台無しとも言われるんですけど」

そう言って、ちらりと舌を出す。

途端に、朗らかなスージーが戻って来る。

「だから、彼の前では上品に振る舞うようにしたんです。少しでも、姉に近づけるように」

笑う仕草、手を振る角度、歩く姿勢。

全てを記憶にある姉に重ね合わせた。

少しでも気に留めて貰えるように、スージーが考えた方法だった。

「これが、成功したんです。時々、彼が驚いた顔で私を見るようになりました。あぁ、思い出しているんだなって分かります。とっても分かり易い顔でしたから」

「嬉しかったですか?」

躊躇いながら切りこんだジーナに、スージーは曖昧に笑った。

「最初は嬉しかったです。思った通りだって。でも、すぐに気付きました。これじゃ、私はいつまで経っても姉の妹でしかないって」

彼の特別は、姉なのだ。

スージーではない。

そう気付いた夜は、一晩中泣いた。

馬鹿な事をした自分が情けなくて、惨めで、泣いても泣いても足りないと思った。

泣きながら眺めた朝日に、スージーは決心した。

「私、告白したんです」

「え?!」

「驚きますよね、やっぱり。何だか、泣いてる内に、もう言ってしまうしかないんじゃないかって思えてきて」

だから、その思いのまま気持ちを告げたのだと言う。

「すごいですね」

その行動力はジーナにはないものだ。

素直に感心する。

「その、お返事は?」

良い答えであれば良いと祈ってしまう。

もう終わった過去の話なのに。

「妹としか思えないって、言われました」

「……そうですか」

「半分くらい、分かっていたと思います。きっと無理だろうなって。でも言いたかったら言えて満足もしたんです。泣きましたけどね」

スッキリしたんです、そう語るスージーは晴れやかな顔だった。

だが、すぐにその笑顔は曇った。

「それから、彼の家に行く事もなくなってもう一年くらいが経ちました。私、この夏に女学校を卒業してデビュタントに出るんです」

「まぁ、おめでとうございます」

貴族の子女たちが社交界デビューする記念すべき舞踏会、デビュタント。

早い者では14歳から16歳までの子女たちが参加する晴れ舞台だ。

社交界に出れば、大人として迎えられる。

ジーナには遠い世界の話だが、憧れはもちろん持っていた。

「それで、お父さまからデビュタントに相応しい相手を紹介するからって言われたんです」

デビュタントをエスコートする相手。

それはそのまま婚約者とも言える相手だ。

スージーは父から事実上の婚約者を紹介されたのだ。

戸惑いながらも、スージーは婚約者との顔合わせに赴いた。

父の応接室。

そこで待っていたのは、彼だった。

「え?」

ジーナの方が驚きの声を上げてしまう。

「だって……」

「そうですよね!驚きますよね!」

同意を得られた事が嬉しいのか、スージーは意気込んで身を乗り出す。

「私の告白を断ったのに、彼は父からの婚約の打診には肯いてました。確かに、一度は姉の死で浮いた婚姻です。妹の私が引き継ぐのも可笑しい話ではないと思います」

「スージー様」

くしゃりとスージーは笑おうとして失敗した可笑しな表情を浮かべる。

ジーナは笑わなかった。

代わりに、そっとスージーの手を取った。

「私、姉が好きでした。優しくて、綺麗で、誰よりも自慢の姉でした。でも、私は姉じゃない。姉じゃないんです」

頭を振るスージーの目から雫が散った。

「彼とは、その時から会っていません。だって、怖いもの。またあの時と同じように姉を思い出す顔をしていたらと思うととても会いに行けない」

一度は望んだその表情も、今では恐怖だ。

「でも、それでも私が彼の婚約者になれる事が嬉しいとも思ってしまうんです。どんな形であれ、彼が手に入るのなら良いじゃないかって思ってしまう」

揺れ動く感情の儘に、スージーの瞳が揺れる。

涙の膜でゆらめくその色がとても美しい物に見えた。

「このドレスを来た姉は、本当に綺麗でした。凛として、上品な淑女その物でした。彼も、何度も褒めていたから、覚えていると思います」

だから、震える声でスージーは告げる。

「だからこそ、このドレスで私はデビュタントに出たいんです。彼の隣に、姉のドレスで立ちたい」

姉と彼の思い出に、どれだけ自分を刻めるのかスージーは試したいのだと言う。

もし、彼が姉よりもスージーにこのドレスが似合うと言ってくれたら、希望が持てる。

「ドレスの形は変えずに、私に似合うデザインにして欲しいんです。色んなお店に行ったんですけど、どのお店も駄目でした。今風にするなら袖を落として裾も裁たないと駄目だって」

それでは意味が無い。

あくまでも原型は、このドレスでなければならないのだ。

「デビュタントまで、あと一ヶ月です。もう時間がないの」

一着のドレスを仕上げるには、数か月がかかる。

一年前から用意している貴族も珍しくはない。

その間に流行りが変わってまた一年持ちこされると言う笑い話もあるくらいだ。

ジーナは、俯くスージーを見つめてから、ミッドナイトブルーのドレスを見つめる。

「少し、お日にちを頂けますか?ドレスの状態を見てから、お話をさせて頂きたいと思います」

「はい!お願いします」

本当なら、断ってしまった方が利口なのだろうと思う。

でも、スージーの話を聞いてしまったら後には引けなかった。

スージーからドレスを預かったジーナは夜のドレスと一晩向き合う事になった。



エピソード毎に前書きで「あらすじ」を入れて行く予定です。


服飾文化としては、1700年~1800年代のフランスを参考に適当にゴネゴネしてます。

個人的にはクリノリンよりもバッスルスタイルが好みです。

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