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ふじつなとも

 男は、こう名乗った。


 自分は味方ではないが、互いの利益が一致する限り、不実な友にはなりえましょう、と。


「あたしのことは、女王陛下の忠実なる犬ジャン、略してジャンとお呼びください」


 ただのジャンでいいと思う。


 ジャンは、彼の国に私を連れ帰った。

 彼いわく、『盾』として。


 この話は、二重構造だと私は理解している。

 ひとつ、この世界の構造、異能の話。

 ひとつ、国家間のパワーバランスの話。

 その二つが複雑に絡まり、私は多分、何も知らずにただ押し流され、殺され、あるいはもっと恐ろしいものにされようとしていたのだろう。

 だから、私は知らねばならない。

 知らないことは、罪だから?

 違う。

 知らないことは、己の不利益だからだ。

 不利益を通り越して、もはや恐怖の顕現ですらある。

 船に乗って彼の国たどり着くまでの、彼とのやり取りを少し聞いてもらいたい。


「いやはや、驚きましたな、異世界人の生命力というのには、なかなかどうして我々の想像の限界を超えたところにありますな」


 私は手当てされたが、結局腕は切断した。無事な細胞まで壊死する可能性があるからとの見立てで、あるいは異世界人の生命力なら、『生えて』くることもあるかもしれませんなあ! と言われた。

 即席の義手を渡されなければ、私はバランスを崩し、うまく歩くことも難しかっただろう。逃げ回っている時は必死だったが、よく再々転倒しなかったものだ。

 人心地ついてから、男はとうとうと説明した。


「まずは、状況整理して、貴女に【自主的に】ご協力いただきたいと思います。色々疑問もつきないでしょうが、どこからとっかかりましょうかねえ」


 男がにやにやと言うのに、私が聞きたいことは決まっていた。

 何故私を保護したのか、何故自分がこのような目にあったのか、知っているなら教えて欲しいとたのむ。


「そうですな。まずは、あの低地の国ファーデルラントについて説明しましょう。

 あそこは、色々と吹き溜まりやすい土地柄でしてな。まあ世界の正の力、負のおりのようなもの、正邪問わずに色々と流れ込んでくるそうですわ。

 そうしたものが、人、特に胎児の身体に流れ込み、異能をもった人間が生まれやすいと言われます。

 あのユリア王女なんぞは筆頭ですな。異世界から人間を拉致する異能なんざあ、とんだ化け物でしょうなあ」

「……もしかして、あの触手の化け物は」

「ご賢察ですな。あれは、負の力が生きている人間の身体にたまり、限界になって爆発したもんですねぇ。

 時節に左右されるのか、私らは、『沸き』と呼んでますわ。連鎖的になりやすいもんで、沸いて出てくる時、と言います。

 もうすぐ大きな『沸き』、【大禍津日】が来るといわれてますな」

「それは、魔王、と関係ありますか?」


 ジャンは、眉根をあげた。


「うふふっ いいですねえ。自分を可哀想可哀想と自己憐憫に浸っているようならそれはそれで扱いやすいんですが、まあ必死に頭を回転させているのはなかなか好感触ですな。いやはや、身にしみたってわけですかな?」

「……質問の意図が分かりかねます」


 かみつく気力はもうない。私は本当に馬鹿だった。何も考えていなかった。

 口に出した言葉は、それ自体が一人歩きする。

 誰かが悪意をもって切り取りし、解釈し、あざ笑い、そして大きな災いとなって己に返ってくる。

 私だけではない、私の周囲も道連れにして、何もかもむちゃくちゃにしてしまう。

 もう充分身にしみた。

 もう心が折れてしまっている。

 私は所詮小娘なのだ。何の力もない、そのことを口にするほどに分かっていなかった。

 この世界が酷い世界だと糾弾して、何になるだろう。

 その酷い世界に対して無力なら、例え世界が地獄という君主でも、私はこうべを垂れ、その慈悲にすがり続けなければならないのだ。

 罪というなら、弱さが罪なのだ。弱さとは、考えぬ弱さでもある。

 そんなことも、分かっていなかった。

 だから、大輔は、死んでしまった。 

 それは、私が口にしてしまった言葉以上に、もはや取り戻せない結果なのだった。

 謝ったって、大輔はもう戻って来ない。


「いえいえ、話を逸らしてしまいましたねぇ。魔王というのは、【大禍津日】に顕現するという特大の『沸き』の核のことですわ。

 これは、自然に発生されますが、自然に任せるより、人為的に発生させた方が、被害が少なくてすむ、という意味で、歴史上ファーデルラントの連中は『聖なる儀式』により、魔王を発生させた例が確認されとりますな。これを【養殖】と言います。

 これに対し、【天然】は自然発生ですな。かなり被害が甚大になるということで、勇者が魔王退治をするわけです。

 あ、勇者というのは、貴女のお仲間のことですな。

 魔王を受け入れる器には、丈夫な異世界人が適しとるようですが、ま、失敗した際は、【天然】の発生に備え、【養殖】に適さなかった異世界人を確保したまま、いずれ始末させておるようですよ」


 そうですか、と私は無感動に頷いた。

 そうですか。

 そうだったんですか。

 百パーセント男の話を信用しているわけじゃない。

 この男は、この男の利益の追求により、嘘を言わないまでも、都合のいい部分しか話していない可能性だってある。

 でも、多分、少なくとも、真実のいったんではあるのだろう。

 

「それで、魔王にならなかった私は、『盾』になったと?」

「はいはい。『盾』ですな。ま、あたしらにとっての保険ですわ。

 勇者と呼ばれるような異世界人というのはねぇ、本当に化け物の上をいく化け物でしてね。

 対魔王ならまあ使いつぶしてちょうどよいんですが、これが対人、対国家になると、まあ生物兵器ですな。

 ファーデルラントの連中も野心家ですからねぇ。

 【養殖】に成功していたら、勇者を温存して、自国の戦力にしようという目論みがあったんでしょうなあ。何しろ六人!

 なかなかないですよお。

 おそらくユリア姫は、寿命のほとんどを費やして今回の召喚に臨んだんでしょうな。うふふ」


 ジャンはしきりに身を捩って笑い、それから「おっと」と正気に返る。


「はいはい、『盾』ですな。まあこれは対勇者への『盾』ですわ。奴らの異能を無効化する能力のことですねぇ」

「無効化?」

「まあ、後々実際に働いてもらうんで目にするでしょうが、異界人の勇者というのは、本当に化け物でしてねぇ。わけの分からん異能で風も嵐も起こし、火の球を起こすわ、氷の矢を降らすわ、回復力は凄いわで、あたしらには困りもんなんですよ。

 たった一人が戦術級の力を持っている、これじゃあ戦局は滅茶苦茶ですわ。

 一国が、そんな化け物を何人も囲っている状況、困るんですよ、そういうの」


 男は笑顔であるが、その目はまったく笑っていない。

 また同時に、この世界は、異能と呼ばれるまるで魔法使いのような人種があふれているわけではなく、やはり特殊なことなのだと推測できた。

 

「ところがどっこい、何故か魔王にならなかった異世界人というのは、この勇者の異能をキャンセルする力があるようでしてね。まあ、魔王退治でそれどころじゃあないでしょうが、あたしらは安全保障と信用のお代ということで、貴女が欲しかったんですよねぇ」

「……」

「そうそう、あなた、儀式を通じて何か啓示を受け取ったんじゃないですか? ま、あたしらは異界人じゃないんでよく分かりませんが、その辺のことは、あとであたしも聞かせてもらいたいですねぇ」


 私は頷き、そして必死に頭を巡らせた。


 多分。

 

 一緒に来た奴らが勇者=プレイヤーなら。

 私は、盾=アンチ・プレイヤー。

 

 そういうことではないのだろうか?

 

「さて、この辺が一つの世界の構造における事情。もう一つは、国家間の事情ですな。

 ファーデルラントという国の成り立ちを説明しないことには、我が国のこともお分かりいただけないでしょう。

 まずは、ファーデルラントという国は、実は歴史が大変浅く、ここ数十年でできた国なんですわ」


 え?

 私は狐につままれたような気持ちになった。

 どういうことだ?


「正確には、未だにあの国を国と認めていない国もありまして。おっと国が三回も。

 いやはや、あたしたちレジーナ国は、ファーデルラントをファーデルラント国と呼んでおりますよ。

 何しろ、かの国の建国を助けたのはあたしの偉大なる女王陛下なんですよ」


 うっとり、恍惚、ともういうべき表情を男は浮かべる。


「女王陛下万歳。さて、ファーデルラントを国として認めていないのは、イスパニアという獣人の国家ですな。

 きゃつらは、イスパニア領ファーデルラント。あるいは、イスパニア領ファーデルラント七部州とそう呼んでおります。

 といいますのも、独立したのは北ファーデルラントのみで、南ファーデルラント六部州はいまだにイスパニアの支配下にあるんですなあ」


 イスパニア。

 おそらく、レジーナと敵対している国の名前。

 つまり、ファーデルラント『国』を認めないイスパニアという脅威に対し、ユリア姫は援助者であるレジーナと関係を切れない。

 違う、レジーナの庇護をまだ必要としているのだ。

 だから、譲った。

 そう、私の所有権、殺害の権利を声高に主張せずに、男に譲らざるを得ず、ご機嫌をとったのだ!


 段々と構造が見えてきた。


 この世界は、思ったよりも、私たちの世界に近いのかもしれないと、不思議とそんな気すらしてきた。

 

「でも、何故、あなた方の国、レジーナは、ファーデルラントの庇護を?」


 何か利点があるのか。


「まあ、一つは同じ宗教であるという点ですな。我が国も北ファーデルラントも、【顕現派】なのです。対するイスパニア、ブルゴーヌ、南ファーデルラントなどは、【現界派】と言いますな」

「【顕現派】? 【現界派】?」

「んんん、簡単に言いますと、神の威光のあり方ですな。【顕現派】はこの世が煉獄であるとし、いずれ選ばれた者が救われ、神の野へゆけるという考え方、あるいはこの世に、救済が顕現するという考え方ですが、異界からの力もその救済の一つと考えます」

「では【現界派】は?」

「【現界派】はこの世は神のつくりし神聖なる世界であり、世に起こる不幸や災いは試練であるという考えですな。あなた方が来た異界は、むしろ不定形の恐ろしい世界であると考え、そこから呼び寄せるものを邪悪と考えますね」

 

 ぞっとする話だ。

 へたすると、魔女狩りのような目にあっていたかもしれない。


 なんなのだろう。

 この世界、やはり思った以上に現実的な世界なのかもしれない。

 

「もう一つ、理由が?」

「こちらは現実的な理由ですな。ファーデルラントは物理的要衝でして。ここが落ちると、我が国とイスパニア、ブルゴーヌを隔てる国がなくなっちまうんですな。あっはは!!」


 あきれるほどに現実的な話だった。


「ちなみに、あたしは、神様なんて信じてませんよお。あたしが信じてるのは、女王陛下だけ! 

 貴女は陛下へのお土産ですわ! せいぜい無礼を働かないようにしてくださいよお。

 ある程度もののどおりってのをお教えして差し上げるんで、お互いの利益が一致するようバランスとって、いつまでも楽しく不実な友でいましょうねぇ!」

「……ええ」


 この後。

 私は本当に国家間のパワーゲームの中に放り込まれ、そして勇者や魔王とも対峙することになる。

 今は嵐の前の静けさ。

 妖精海峡と呼ばれる海はその名とは裏腹に穏やかさとは無縁の黒く冷たい色をしている。

 暗き海を臨むその先に、妖精の国とも呼ばれるレジーナ王国はあった。


 

 

 


 

 

 

設定整理メモ



大陸名 ルサーカ

 西ルサーカ。 ←舞台

 中央ルサーカ。

 東ルサーカ。


顕現派

 旧顕現派 北ファーデルラント

 中道派   レジーナ 


現界派 ブルゴーヌ イスパニア 南ファーデルラント六部州 聖ヨルンド教国



妖精海峡 


ファーデルラント地方*

 北ファーデルラント王国 低地の国 よいものも悪いものもたまりやすい

 イスパニア領南ファーデルラント六部州 

 

*旧イスパニア領七部州、イスパニアにとっては現在も七部州と考え、ファーデルラント建国は認めていない。



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