ぎしき
―― は を 選択しま
―― 権放棄の に
――【折れた心】
――隠し××ルートへの布石が
――
―
「【養殖】に失敗しました」
そんな、声が聞こえた。
止まった時間が動き出す。
気がつけば、私は多くの武装した人間に包囲されていた。
円陣に組まれた人々の間から、あの女――巫女であるユリア姫がしずしずと出てくる。
その表情は、嘘ではない悲しみに彩られていた。
「――残念です」
彼女はいっそ、慈悲深いとすらいえる悲しみに満ちた表情で告げた。
「異界よりの客人よ、お許しください。そして、ご理解ください。我々も本意ではなかった。貴女に恨みも何もなかったし、貴女に罪はなかった。罪というならばこの世界」
ほろほろと白い頬を滑り落ちる宝石のような涙に、私は呆然と座り込んだまま目を見開いた。
何を。
何を言ってるの。
この女のいっていることが分からない。意味が分からない。
それに、化け物はどこに行った。
「そして、【養殖】に失敗した以上は、貴女の存在を放置できません」
「あ、あんた何を言ってるの?」
うまく言葉にできたのか、もつれる舌で問いただした。歯がぐらぐらして、私は痛みより何より、いっそ惨めで恥ずかしかった。
私のこの格好はなんなんだろう。
この透明で美しい女を前に、歯抜けで髪も引き抜かれてざんばらで、頭から血を振りかぶって、腕は皮一枚でつながっている。
制服はかぎ裂きで、身体を隠すには物足りないが、今の私を見て欲情するような物好きはいないだろう。
そう、私は、この世界の幼女をして、「気持ち悪いお姉ちゃん」呼ばわりされるような酷い外見なのだ。
湧き上がる羞恥心とともに、混乱でめまいがしてくる。
何を尋ねたらいいのかも分からないし、現状把握すら容易ではないこの状況で、いったい何を口にすればいい。
まして、私のこの半ば血と汚物まみれ、ぼろぼろの身体を見て、その加害者であるところのこの女は、何を言い出した?
すまない? 申し訳ない?
は?
いまさらなに?
理由があるんですってか?
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるなぁっ!!!!
「そうですね。貴女に、理解せよと言ってもそれこそ無理な話だと思います。少なくとも、この【聖なる儀式】は貴女の肉体を痛めつけ、心を折り、そして仕上げに貴女をこの世界の咎を一身に背負う異存在へと転生させることが目的でした。我々は、その存在を人の手で作り出す【養殖】と呼んでいます」
養殖って、私はマグロかよ。そうつっこむ気力もなかった。ただ今にも倒れそうな自分を必死に支え、加害者の言い分とやらを聞くのだけでせいいっぱいだった。
「この手順は、不透明で、素体や運にも左右される。私たちにも確実なことは分からない。ただ過去の経験則によって儀式を行うのです。あまりにも惨い儀式です。でも、惨いからと避けて通れば、もっと惨い結果をもたらす。言い訳はしません。私は、貴女よりも、民を大事に思うのです。異界人数人の犠牲で、この世界が救われるなら、私は後悔しません。私はおそらくやり遂げ、儀式がほとんど成功したと思っていました」
彼女の顔に浮かぶ、いっそ苦痛とすら呼べる感情の揺らぎに、私は全身悪寒が走る思いだった。彼女は、ふと声の調子を落とす。
「でも、貴女はそれを選ばなかった。そして、選ばなかったがゆえに、また我々にとって不利益な存在として今ここにある。貴女でなくてもよかった。たまたま貴女が条件を満たし、それにも関わらず失敗した。これほどの犠牲を強いながら、それが無駄になってしまった。残念です。また申し訳なく思います。でも私は、巫女。そしてこの国の王女です。ゆえに、責務を果たさねばなりません。もう、許してとは言いません。貴女を滅します」
多分、意味は半分も分からなかったし、理解したいとも思わなかった。
よくよく聞けば、「貴女にはデッドオアデッドというくそったれな選択肢しか準備してませんでした」というどっちみち死んでください的な身勝手極まりないその内容に気づいたのだろうけれど、この時は分からなかった。
ただ、私に分かったのは。
この女が、本当に申し訳なく思っているということ。
心底申し訳なく思う自分という免罪符を抱いている限り、この女は他者にも自分にも容易に許されてしまうということ。
高慢で残酷な悪者なんかより、もっと性質が悪い。
善意による力の行使、そして賛美すら引き連れ、反省されずに繰り返されるそれ。
虫けら扱いされるよりもっと酷い。
こいつら、私を人間と認めて、そう分かって踏みにじり、痛めつけ、そうしたことを、本意ではなかったと。
そう言うのだ。
そう悲しむのだ。
ふざけんな。
「ごめんなさい」
そう彼女はいい、周囲の武装した男達に指示した。
つまり、私を殺せと。
安全なルートって、これなわけ?
どこが安全なの?
そうか、今なら暗黒の力が使えるのかも。
ふふっ はははっ
私はうつむいて、ぶるぶると震える指先で、スカートを引きちぎるほどに握り締めた。
布地に、黒い染みが広がる。大粒の涙がいくつもいくつも染みを作っていく。
私はさっきから願っていた。必死に願っていた。
こいつらを八つ裂きにしてと。
でも、ははっ
何も応えない。
先ほどの不思議な声すらぱったりと音沙汰が途絶えた。
黒い影が落ちる。
もう、何も見たくない。
怖いものは見たくない。
せめてひとおもいにころしてよ。




