たいとる
この世界にも、一つ、せめて理解の及ぶ法則があった。
死は平等だ。
死に方は色々あるかもしれないが、『死』だけは、平等だ。
あるいは、私はその法則から免れてしまったのかもしれない。
それは、多分、特別というより、呪いでしかないけれど。
頭髪をつかまれる。
思いっきり引っ張られる。
ぶちぶちと頭皮ごと引き抜かれるようなそんな痛みで、私は奇妙な悲鳴を上げる。
「このアマァっ よくもナターシャさんを!!」
誰それ。もしかしてあのお母さん?
ごめんなさい、許して。謝るから、もう痛いことをしないでよ。
悪夢は終わらない。引き倒され、半回転して、地面に顔面を叩きつけられる。
もう許して。もういっそ死なせてよ。
全部諦めるから、いっそ殺してよ。
お母さん。おかあさん。助けて、大輔。
ぶぎゃ、と変な悲鳴が聞こえた。
地面にごりごりと思い切り押しつけられる圧力が急に失せる。
ぼたぼたと、生温かい何かが降り注ぐ。
何だこれ。
私は、首をねじ切るようにして振り仰ぎ、多分悲鳴を上げたかもしれないし、もしかすると絶句したかもしれない。
私を押さえつけていた男は。
その男の顔は。
「うげえっ」
吐いた。私は吐いた。
逆流し、むせる。
胃液を吐き出す。
男の顔は、左右の耳のあたりからすっぱりと。横半分に。
断面は見えなかった。せめてもの救い。
ぐらり、と男の身体が倒れ込む。
あ、断面が。う、あ。
「しまった! 『湧き』の時間だ!!! 皆家の中に!!」
「護符を持たぬ奴は早く家の中に入れぇ!!!!!!」
必死の悲鳴、怒号が飛び交う。
私は、見た。
空中を舞う触手を。
私は、見た。
触手が、人々を貫くのを。
私は、見た。
触手が、人々の頭蓋に突き刺さるのを。
私は、見た。
触手は、中世ヨーロッパ風とアラブ風を足してニで割ったような民族衣装の中から、四方八方に伸びていた。
まるで、突然、人間が、触手になったみたいに、服の中から、伸びていた。
私は、わたしは、わたしは……
この世界は、なんなんだろう。
これってやっぱり夢だよね。
大輔は死んでない。私は五体満足。
御願い、御願い、御願い。夢だといってよ。
誰か、夢だといってよ。
私に覆いかぶさる男の死体。断面が、蠢いている。
白い何かが、蠢いている。
「ひぃいいいいいい!!」
私は、突き飛ばした。右手で必死に突き飛ばしたつもりだった。
突き飛ばせない。
左腕がないから、バランスが取れない。
嫌だ。
嫌だ!!
――条件が満たされました。
その時、変な声が聞こえた。
――【アンチ・プレイヤーの意思表明】
――【仲間の裏切り】
――【密告される人】
――【初期ステージにおける狩人との敵対】
――【殲滅する狩人ルート】
――【××(秘匿されます)する王族】
――【王族の××(秘匿されます)】
――【プレイヤーの強化システム捨石ルート】
――【迫害される異邦人】
――【人族の殺傷】
――【復讐者への道程】
――【失われた肉体の一部】
――【偽りの名前】
――【思×××××××(秘匿されます)】
――【『湧き』時間の接触】
――お見事。完璧です。
は? え? 何?
固まる私の目の前で、周囲もまるで時間が止まったかのように動きを止めた。
あれか、ようやく目覚めたか、私の暗黒パワー。
――ルートを選択してください。
声は淡々と促す。
――一、魔王ルート。
――二、魔王の眷属ルート。
――三、潜伏する異界人。
意味が分からない。
私は、震える唇で呟いた。
「かえりたい」
おうちにかえりたい。
大輔と一緒に帰りたい。
――条件を満たしていません。選択ルートにありません。
もう私は、考えることを放棄したかった。
自分の頭がおかしくなったのかもしれない。
幻聴かもしれない。
でも、もう他に、何の光明も見えない。
だから、ない知恵絞って必死に説明を求めた。
――補足説明は開示されません。
無情で、機械的なその回答に、私は、言葉を失う。
何、そのむちゃくちゃな選択。
どれが正しいの?
止めてよ。
ガンガンと痛む頭で、必死に考える。考えろ。
そして、恐る恐る願った。
「一番、安全なルート」
これで、通用するのか。
死刑宣告を待つ虜囚のように、私はその回答を待つ。
――受理しました。
喝采をあげなかった自分をほめてやりたい。
通じた。
ああ。私は、目先の安全を取った。
卑怯だと罵りたくば、罵ってください。
私は、平和な日本に生きてきた、普通の女子高生です。
復讐なんてできない。
力なんていらない。
もう嫌だ。
もう嫌。
御願いだから、これ以上痛いのは嫌だ。
大輔ごめんね。
弱虫でごめんね。
あんたの敵を討ってやりたいけれど、もう心が折れてしまったの。
心も身体も萎縮してしまって、もうどうしようもないんだよ。
無理。
もう無理だよ。
怖いよ。
怖いよ。
怖いのもいたいのももうこれ以上耐えられないよ。
頬を熱い涙が零れ落ちる。
止まった時間が動き出す。
――さあ、はりきって。
――ろーるぷれいしてください。




