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ほん

 怒りと。

 怒りと。

 憎悪と。

 悲しみを。

 絶望に混ぜたら、こんな涙の味がするのだろうか。

 こんな色になるのだろうか。


 私の中に入り込んでくる『それ』は懐かしく、禍々しく、そして――とても哀しかった。


『おめでとうっ おめでとうっ ハッピーバースデー!!』 

 

 視界の片隅に、壊れかけた黒兜が飛び跳ね回っているのが見えた。


 心も身体も悲鳴と歓喜の声を上げ、やがて『作り変えられる』。

 おそらく私は『咆哮』している。とても醜い。美しい。ああ。

 気分がいいとか、悪いとかの問題じゃない。

 

 人間性を圧倒的『システム』補助が恐るべき速さで削り、引き剥がし、欠如させて行く。

 生まれ変わる。

 

 だから、私は決めた。

 そうだ、全部滅ぼそうと。


 なぜなら、それが『魔王』であるものの『役割演技ロールプレイ』だから。

 疑問の余地などない。

 そうしなければならない。



 そうすれば、私は――


「――いけません」


 誰かが、私を背後から引きとめた。

 『彼』は、今寝ているはずだった。何故、と思うことも今の私には酷く億劫だった。

 その二本の腕は、生まれ落ち行く新たな『魔王』を抱きしめ、不浄の媒介に『感染』していく。

 つまり、腕がぼろぼろとすさまじい速度で腐食していく。

 それでも、その腕を放そうとせずに、


「いけません。この世界に囚われてはいけません。貴女は戻ってきてしまった――何故」


 彼は腐り行く己の体を省みずに言う。


「不浄は私が全て引き受けます。――さつきちゃん、もううちに帰ろう。君だけでも」


 私は。

 私は。

 絶叫していた。


 ぱたぱたと、ドミノ倒しのように全てがつながっていく。


 大輔。

 大輔だったんだ。

 ループしている。何度も何度も繰り返す。

 だから。

 

 同一人物が。

 同じ時間上に。

 何度も繰り返し、年経た『彼』が、私を助けてくれたのだ。

 

 ――イベント発生。『愛する者の自己犠牲』。佐々木さつき、『統合』されます。

 ――『佐々木青光石らぴすらずり』が『佐々木さつき』に上書きされました。


 止めて。

 私は叫ぶ。

 心底願う。


 これは『二度目』。

 私は、初回じゃなかった。


 同じことが、同じことがあったの。


 初回、『佐々木青光石』だけが、帰って来た。

 この世界での出来事は、現実に影響を及ぼし、当時の日本では異常な殺人事件や事故が多発していた。

 それは目に見える氷山の一角でしかなく、ほかにも多くの『怪異』があったのだろう。

 有体に言えば、私のクラスは、私以外死亡した。

 修学旅行中のバスの事故。唯一生存者の女子高生。

 しかも、その事故があまりにも異常だった。

 バスは、突然ひしゃげた。ぐちゃぐちゃになった。まるで無邪気な子供が、粘土で出来たバスの模型を笑いながら丸めたように、原型がなくなるほどに破壊された。

 その異常な『怪異』の唯一の生存者、それが私だった。

 世間は面白がり、揶揄し、同情し、怒り、あざ笑い、『一人だけ生き残った現在の心境はいかがですか? 哀しいですよね? 亡くなったお友達に何か言いたいことはありますか?』とマイクを差し向けた。

 言いたいことってなに?

 何を言えばあなたたちはまんぞく?

 私も死にたかった。

(わたしだけが――)

 酷い精神状態で放った一言が、私の意図を越えて、あちこちに飛び火し、同情すべき存在から今度は不謹慎で自分勝手、命の大切さの分からない、残った遺族の気持ちを考えぬ発言と、その『祭り上げるべき存在』に塗り替えた。

『今どんなお気持ちですか?』

『この前の発言、恥ずかしいと思わないんですか?』

『残った遺族の気持ちを考えたら、とうてい口に出来ない台詞ですよね?』

『佐々木さん、性格わるっ』

『普通ああいうこと、いえる?』

『××が死んで、何であいつが――佐々木が死ねば良かったんだ!』

『辛いんですね、分かります。ところで、あの日一体何が――』

『天国のお友達に伝えたいことは?』

 お前ら、全員地獄に落ちろ――

 その顔は。

 その多くの顔は。

 まるで真っ白な仮面に三日月の形にゆがむ目と口元が大量に湧き出たようにしか見えず、私は日本にいられなかった。

 遺族は糾弾した。

 何故、自分の子供達が死に、私だけが生き残ったのかと、涙ながらに責められた。

 私は返す言葉がなかった。

 全員死亡すれば、皆悲しんだだろうが、こんな思いに苦しめられることもなかっただろう。

 たったひとりの、不自然な生存者の存在は、彼らの『何故』という思いに火を点けてしまった。

 大輔は、帰ってこなかった。

 それから、私は――『佐々木さつき』に改名し、米国に渡った。

 時が経ち、米国でも恐ろしい事件が起こり、過去の『あれ』が関わっていると知って、私は再び身を投じることを決めた。


 ヨーロピアン・オンライン。


 私は自ら志願して、再び、この世界に来た。私以外、誰にもその役目を譲るつもりはなかった。上司の強固なプッシュで、私は唯一背生存者として、再びこの世界に帰って来た。

 プロジェクト・チームは、私をアシストしてくれるはずだった。


 だが、この世界に再び取り込まれた私は――あの悪夢の日に生きた『佐々木青光石』を役割演技ロールプレイしていた。


 何故なら、この世界は――まだ、『あの日』を。まだ、『あの日』の『彼ら』が繰り返していたのだ。

 終わりのない世界を――

 そして、多分、私も終わらないあの日の登場人物として、外部侵入した瞬間、取り込まれたのだと、そう理解して。


 私は、『彼』を、





 また、『彼』を犠牲に、自分だけ、助かるの?


 

 

 



 

 八王子夜音――だったもの。おそらく、今『バーロウ家』が彼をジャックしている――

 彼が、その手に『黒い本』を開く。

 あれは、『バーロウ家』の切り札だ。古今東西、『魔』の封じの『壷』や『ランプ』や『鏡』である、うつろなるものが存在する。

 バーロウ家はそれを所持している。多くの『怪異』を生み出すもの、あるいは『怪異』を封じるものを蒐集する一族。

 それがバーロウ家なのだ。

 本が燃え上がる。

 青色の燐が八王子夜音の腕を伝い、吹きこぼし、真っ黒な触手のような手が何本も何本も沸いて出る。


「物語は閉じなければならぬ。この不自然な世界もまた」


 闇の触手は確かに『男』と『彼』を捕食すべきものとして認識し、その矛先を一斉に向けた。


『AAAaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAooooooooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』


 まずは、槍の不当な所持者である青ざめた男を。


『嫌、嫌だああああああああああああああああああああぁあああああああああああああ! 私は、特別になるのだっ 貴方がたになるのだっ 私はあああああっ!!!』


 ごうごうと風は逆巻きながら黄泉路へと続く暗黒の穴に吸い込まれていく。


 『男』の次は、『彼』を、闇の触手は捕らえる。

 魔王は、この世界のゆがみと不浄の集大成だ。

 ある意味核そのものといってもいい。

 これを残して、世界は閉じられない。


 私が背負うべき不浄を一身に引き受けて、腐り行く『彼』。

 ずるり、とその片方腕が床にもげ落ちる。

 私は必死に彼の残った指を握る。背後から抱きしめられて、顔が見えない。

 

 止めて。


 動けない。

 私は、動けない。

 その場から、動くことができない。

 がらがらと引きつれて、声が出ない。


「――て」


 止めて。お願い、抵抗して。

 

 い、や、だ。


 闇はしとどに私の手を濡らし、なお溢れ出して床を黒く染め、体中黒く汚染された。目頭が熱くてたまらない。何が起こるのか自分は知っている。口を開いた本から突風が吹き付け、私の髪と衣服をばたつかせる。




 塵は塵に。闇は闇に。炎の浄化で還るのだといわんばかりに。


 


 闇の触手は確かに『彼』を捕らえ、歓喜に身を震わせながら生贄となるものを本の中に引きずり込まんとする。

 必死に握っていた筈の指は、不浄に触れてもげ落ち、すり抜けて行った。


「――めて」


 溢れ出た闇が早巻きで逆流を始める。止めることが出来ない。

 『彼』のかけらをすくってもすくっても闇は本の中に戻って行く。その間も本は燃え続け、燐光に青く輝いている。燃え尽きてしまう。

 ロトの妻は、背徳の町を振り返ってはならぬという神の言葉を破り、背後を振り返った。

 そのために、塩の柱になったという。

 

 私は、塩の柱になってもいいと思った。


 彼は――ジャンは、笑っていた。


 裾と前髪が逆巻く風と闇の中、煽られ、一片も残さず覆い隠されて行きながら、それでも笑っていた。ぞっとするような冷酷な笑みでも、目の奥の笑っていない三日月型に孤を描く笑みでもなく、悪戯でも思いついたみたいに、嬉しそうに。






 さようなら






「い、や、だああああああああああああああああぁぁああああああああああああああ!」




――出口のない闇の世界に逆戻りだ。もう出て来られないんだよ! またさよならするの!? もう嫌だっ 嫌だああっ


 ごおっと風が最後の唸り声を上げた。魂切る絶叫とともに、開かれた『本』は最後の一滴も残さず、凄まじい勢いで闇を――そして風を吸い込むと、ばたんと閉じてしまった。

 あれだけ堂内を荒れ狂っていた豪風は一切掻き消え、もはや塵一つ舞い上がることなく、しんしんと沈黙だけが痛いほど辺りに張りつめていた。


「終わった」


 八王子夜音だったものが、私の傍までつかつかと歩いてくると、そっと私に本を差し出した。

 私は本をひったくるようにして奪った。


 火傷するのも構わず本を無理矢理開こうとしたが、ぴったりと合わさったそれは貝の口のようにだんまりを決め込んでうんともすんとも言わなかった。そうして端の方からぼろぼろと崩れ始め、新品同然だった装丁が見る間に数百年を経たかのように劣化して行き、




「ああ、ああああああぁぁああああああ」


 


 ただの炭の塊になってしまった。本の形があっけなく崩れ、指の隙間を灰が滑り落ちる。もう『死』のけはいはどこにもなく、泣き濡れて地べたに座り、咆哮した。


 まだ火の粉が赤く燻る熱い灰の塊を、倍の太さに火ぶくれした十指で掻き集め、必死に元の形に戻そうとしたが、無駄だった。




「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおお!」




――返せよ。返せよ。ジャンを、大輔を返せよ!


 かえしてよおおおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 無力な自分自身に激昂し、床に何度も拳を叩きつける。火ぶくれの出来た皮膚は気泡が爆ぜて中の赤い果肉を晒した。

 ぼだぼだと血と鼻水の混じった涙が滴り落ち、石を黒と赤に汚した。

 私は血塗れになった拳を何度も何度も叩きつけた。冷気渦巻く礼拝堂に、ただ絶叫だけが空しく反響するばかりだった。


 












「――佐々木さん」



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