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せいたん




 ――バーロウ家とリンク。侵入第一フェーズ……クリア。転送します。第二フェーズクリア。『The Book』の転送可能です。


 暗い箱である礼拝堂に、光が差した。

 一瞬そんな錯覚があった。扉は開け放たれている。


 八王子夜音。


 彼だった。


「ぎゃっははははは! 御大のお出ましってか!」


 跳ね回る黒兜を一瞥し、八王子夜音は、周囲をぐるり見渡すと、口元に笑みを浮かべた。


「お出ましはそちらだろう。僕を隔離してくれてどうもありがとう」

「うっとぉおおおおおしいいいいいぃいいいいいお前は舞台にふさわしくなあああああああああい!! その辺で犬畜生とじゃれてろっと魔王陛下は仰せであるうううううう!」

「僕をのけ者にして、さぞ楽しい舞台見物だっただろう? だけど、罠にかかったのはどちらかな? 絶対に主賓は『見物』にお出ましだと思ったよ」


 ざわ、と空気が動き、八王子夜音は、いつの間にか携えていた一冊の黒い『本』を開いた。

 黒兜が「まさか!?」と宙に固まる。


「なぜそれが持ち込まれ――止めろおおおおおおおおぉぉおおおおおお!」


 黒兜は焦ったように絶叫する。しかし、


「ビショップ!」


 その声は堂内に鋭く響いた。それからは何もかもがゆっくりと停滞して時間が止まっているかのようだった。


 彼は本を右手に持っていた。開いた本から、黒いリボンが何本も螺旋状に虚空へと巻き上がる。


 リボンが見えない人物の体を取り巻いていくように徐々に人の形を作った。


「行け、ビショップ」


 彼は静かに命じた。


 本から現れた非生命体は、漆黒の――いや、鈍い金色の冠帽と暗紅色の法衣を来ており、ビショップという呼び名の通り聖職者の格好をしていた。顔と思しき部分は、マネキンのような白い無地の仮面で覆われている。


 その手には錫杖を携え、一気に正面部のステンドグラスまで跳躍した。


 頭上を肩にかけた金色の房のついた細長い首掛け(ストール)が彗星となって尾を引く。どうしたわけか、縫い取られた十字のシンボルと、黒と金の対比が鮮やかに目蓋の裏に焼きついた。


 ビショップと呼ばれた正体不明の何かは音もなく空中の見えざる舞台に降り立ち、す、と錫杖を構えた。


 その時、私は確かに見た。


 マギの礼拝。


 描かれた三人の賢者たち――それぞれ幼子イエスに、黄金、乳香(燃やすとよい匂いのする樹枝)、没薬(もつやく)(死体を埋葬する際の防腐剤)を贈り物として捧げもつ、老人と壮年と青年。


 『死』を暗示、象徴する贈り物を持つ男。


 そのステンドグラスの男が、ぎろり、とビショップを睨む。


「――ッ!?」


 悲鳴を飲み込む私の前、ビショップは、色とりどりの硝子を――錫杖が正しい者の峻厳さで断罪する。

 

「そうだ、『没薬』は将来の受難や死を象徴する贈り物だ」


 八王子夜音が静かに告げる。


「粉砕しろ――『死』すべき男を」


 ステンドグラスにくもの巣状の皹が走り――ぼっと青白い炎に包まれた。

 同時にまるで動脈からほとばしる鮮血か、黒いインクに似た闇色が凄まじい勢いで放出し始める。


 霧状になったその黒い液体から、一人の青ざめた男が姿を現した。色あせた黒髪の男だ。

 途端に、大輔の顔をした『魔王』は、がくん、と膝をつき、まるで人形であるかのように動かなくなる。


 いったい何が起こっているのか。


 現れた男は、ぼたぼたと黒インクのような液体を拭きこぼしながら、うれしげに顔面を歪めた。

 まるで憧れのスターに会えた少女が歓喜するかのように。


『あああああ、お懐かしい。あなたは、バーロウ家のお方。私の憧れ。永遠の生。私はあ、貴方がたになりたかった。そして力を手に入れました』


 男はにやりと笑って、その手に没薬ではなく、槍を握っていた。


『懐かしぃのブレッチェリー。色鉛筆、グラフ。ドイツのシャークどもぉおおお。私は、エニグマ暗号を解析しぃいい、後にぃ、ドイツ帝国の財宝を手にいれました』


 ロンギヌスの槍ぃ、と男は愛しげに槍の柄に指を何度も滑らせる。


『貴方はきっと私のことなど覚えておられぬでしょう。特別な貴方がたの特別で長い生の中でぇ、たまたますれ違いぃ、とおりすがった路傍の石とだけしか思っておられぬでしょう。でも私は忘れられなかった。貴方は特別な方だ。貴方がたは、特別なのだ』


 凡庸、平凡、何者にもなれぬ生。

 そう、男は呪詛した。


『何者でもない、何の力もない、ただ老いて行く。そんな人生など耐えられぬ。私は特別になりたい。私はっ 私は貴方がたになりたいっ 槍の守護者! 選ばれた者ぉおおおお!!! そして槍は私を選んだのだあああぁあああ!!!』

 

 私には意味がわからなかった。

 ただ、男が、凡庸であること呪い、死ぬほど唾棄し、今ここに存在しているということだけを理解していた。


 彼は何者なのだろう。

 一体この世界にどう関係するのだろう。

 ただ、本能だけが、この男が『根源』であろうと警鐘を鳴らす。


 いや、正確には――その手に持つ『槍』の形をした何か。


「――憐れな」


 八王子夜音は痛ましいものを見るかのように目を眇めた。

 違う。

 違う。

 そう私は直感でしかありえない否定を即座に思い浮かべる。

 もっと年老いてもっと叡智に近いもの。

 八王子夜音じゃない。

 彼は――何?


「槍はお前を選んだのではない。お前は槍の媒介になったに過ぎない。槍はシステムでしかない。その本性ほんせいは、長きもの。攪拌するもの。刺し貫かれたイエスの血を受けし聖杯。乳海攪拌によるソーマ、アムリタ。泥を攪拌して大地を形作りしあまのぬぼこ。あるいは蟲毒。世界中に散らばる『接触攪拌し、作り出すもの』の概念形態だ。お前はただ苗床になったに過ぎぬ」


 八王子夜音の姿をした何かは呟く。


「槍はただ生み出す、己の果たすべき使命の形、もっとも最適な環境を。お前の願いとこの仮想欧州はとても相性がよかった。この世界は概念世界である。人々の精神が交差する世界。もっとも霊性が高まりやすい世界。槍は攪拌を望んでいる。この多重に交差する世界において、非常に効率的なシステムを確立した。人々の魂を投げ込み、極限状況に置き、生と死を繰り返させ、最も『霊性高いもの』を作り出す。勇者に魔王か。すなわち、どちらでもよい」


 槍にとっては――と彼は笑った。


「お前は、ただ槍の『キャリア(運び手)』になっただけ。システムをアシストしたに過ぎない。つまり、交換のきく歯車に過ぎん」

  

 酷く、嘲るように彼はいい、対する男はぽかんとした次の瞬間、


『お、おおおぉおおおおぉoooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOoooooooOoooooooooooAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 絶叫した。

 否定された怒りと羞恥と原色の感情に翻弄され、己の姿を保てぬほどにねじ切れた。


 私は、わからないなりに、八王子夜音の言葉を必死に噛み砕いていた。


 このわけのわからない世界。

 この酷い世界。


 地獄のような世界。


 私たちをぶち込んで、チーズを作るようにぐるぐる攪拌して、そして、そして――


 勇者を。


 魔王を。


 つくる?


 何?


 わたしたち、は。


 原材料?


 純度の高い液体を作るために、フラスコを火であぶり、何度も何度もろ過させる実験をしたことがある。

 

 ああ、あれか。


 あれかよ。


 は


 ふざ、


 っけるなああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!



 そんなわけのわからないことのためにぃッ


 わたしは、わたしはあああああああああっ


 思い出す。封じていた蓋がずれる。マグマのように噴出す。

 

 閉じ込めていた『それら』が生誕の産声を上げる。

 


 にくい。怖い。あいつらを! あいつらをぐちゃぐちゃにしてやりたいッ


 許せないッ


 許せるもんかッ


 全部嘘っぱちだ!!!!!!


 許せるわけがないッ


 抑圧して、必死に忘れたふりして、押さえつけて押さえつけて頭を下げて小さくなって、私は無害だというふりをしなければっ

 

 そうしなければ!

 あっという間にこの世界に潰されていたんだ!!!!!!!!


 殴られた。蹴られた。叩き折られた。何度も何度も何度も切り付けられ、笑われ、また切られて、刺し貫かれて。

 引きずり倒され、頭髪が抜けるほどに痛めつけられ、悪夢の『沸き』を体験し、腕を切り落とし、歯を何本も折り、

 

 あれをぉおおお、どうして忘れられるんだよおおおおおお!!!


 がくがくと身体が震えてきて、私は座り込んだまま痙攣する手指で石畳に爪を立てた。

 頬を次々に熱い涙が滑り落ちて来る。


 無害な自分、誰も恨まぬ自分、世界に敵対せずにこうべを垂れる自分――役割演技ロールプレイしなければ、生きられなかった。

 

 わたしは、


 わたしは、

 

 わたしはぁああああ!!!


 こんなわけのわからない理由のためにぃ!!!


 

 凍りついた大輔の姿がぶれる。

 黒い鎧が空中に気化するかのように解けていく。

  

 そして、それは。


 『わたし』の元へと。


 


 ――『沸き』の時、はきたり。




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