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スタート前欄外上等2


――二×××年  佐々木さつき


 専門家チームとやらは、オカルトがかっていた。

 歴史、暗号学、心霊学、電子工学、とにかく際立ったその筋の識者が顔を付き合わせたのである。

 チームは、背景を探る者と、直接ゲームを解析する者とに分かれて作業している。

 私は、ある程度過去の体験を元に解析チームに助言しつつ、同時に事件の背景について辿っていた。

 イギリスの名門バーロウ家の分家筋というアレグザンドラ・クリスティをオフィスに招き、大変美味しいと有名な佐々木式コーヒー(某洗練されない同僚曰く神と悪魔が両方見えるようになるという)を振舞って私は尋ねた。


「聖槍が、この事件のキーワードなんですか?」 


 驚くべきことに、この聖槍については、米国は世界大戦時から折込済みだった。

 つまり、アホか、と一蹴されない程度に、両国家間において認知されている事柄だったのである。

 

 ぐるぐるうずまき眼鏡とやらを現実に身に着けた変わり者のアレグザンドラ・クリスティ女史は「んだんだ」と頷いた。


「アリマタヤのヨセフがイングランドに持ち込んだっつう槍ね。

 因みに、同時期フランスにも持ち込まれらしいし、ローマにもあるっていうし、オーストリアも一本所蔵しているし、世界中にあるぞい。

 現存していて、確認が取れるもんだと、一番近いのは」

「ハプスブルク家所有の『ロンギヌスの槍』かしら?」


 ロンギヌスの槍とは、ローマの百卒長がキリストの死を確かめるためにその脇腹を刺したと伝えられる聖槍である。

 ロンギヌスは、この百卒長の名前から来ているとも、『長い』という単語から来ているともいうが、本来の出自は不明だ。

 私はすかさず合いの手を入れ、顎に指先を当てて考え込んだ。


「現在オーストリアのホーフブルク宮殿に保管されているわよね……」


 それがなんだというのだ? 


「あんなもん、ただの棒切れでしょう。まあ、棒切れ一本に必死こいて目玉血走らせて探索させたのがいたんですっけ? 

 ヨーロッパ全土を支配しようとして夢破れたナポレオンよね」

「あんた、よくご存知だねえ」

「色々私も調べたの」


 だけど、と半笑いに吐き捨てた。


「くだらない。聖槍だの聖杯だのを手に入れた者は、世界を手にする力を得る? 

 どれだけアホな権力者が本気になって踊らされたか、冗談と思っていたけれど、記録を辿るとかなり笑っちゃうわね。米国はWWワールド・ウォーから参戦ってことは、新参者ってことかしら?」


 その棒切れ一本に、米英両国血眼と言わないまでも、認知して重要性を認めているというのだから、全く世の中何が起こるかわかったもんじゃない。


「そもそも聖杯伝説なんて、中世の騎士道物語からキリスト教布教の意図も絡んで聖杯探索譚に色つけたのが始まりでしょう。

 その上、死体を放り込めば翌日蘇るケルトの大釜の神秘性なんかを取り込んだ辺りから一人歩きが酷くなったみたいだけれど」

「ああー、皆夢いっぱいに欲を託して、大判振る舞いで聖遺物に世界を支配する力だの不老不死だのオプションまでつけたもんなあ」


 アレグザンドラはうんうんと頷く。

 私は、はっきり言って人間の夢見る気持ちとやらにあきれ果てていた。 

 このクソまずいコーヒーよりも酷い。


「そこまではいいわ。ただ、本当にそれがどこかにあると信じて探索させる人間が出たのは本末転倒でしょう。

 物語の中のアイテムが現実を侵食する形で逆流ってわけ?」

「人は強欲だからねえ。自分の見たい夢を見たいように見るだけで、ただの杯も棒切れも大した聖杯や聖槍にしちまうもんだ。

 ただそれだけだ。とはいえ、その欲はらせん状に発展して、惨禍を起こす、それは歴史が証明してんだあ。

 ただ、あくまで人の欲にまつわるもの、そのはずだったんだがなあ」


 ぼりぼり、と爆発気味の頭をかくアレグザンドラ。だんだん彼女のなまりは酷くなっていく。初対面の緊張感が失せていっているのかもしれない。


「憑りつかれた人間は、何を起こすか分からんものなのよう。

 別に魔法だー幽霊だーって話じゃないのんよ。

 これって、日常でもよくあるレベルの話。

 その物に力があるわけじゃなくて、その物に力があると思い込むだけでも、人間ってのは、正負問わずにがんがるもんよ。

 たとえば、護符おまもりに力があるわけではなく、護符を有する人間がそれに力があると思って、明るい気持ちで努力する。すると、努力の分だけ暮らし向きがよくなって、それは護符の力だと思うわけ。

 それって鶏と卵のどっちが先問題なんね。

 護符のおかげなのか、その人自身の力なのか、どっちも理由足りえるのよ。

 だけど、因がなんであろうと、果である『効能』『ご利益』という結果は残るわけ。

 護符の由来がすごければすごいほど、人間の期待は高まるんよ。

 つまり、『イエスを刺し貫いた槍』に多くの人間が夢見たわけよ。それって大変なことなのよ。

 共有された幻想の力は、時に暴発するなのよね。集団パニックとか、あれ、周囲に伝播・感染するでしょ。そんな感じぃ。

 その意味で、今回仮想欧州が舞台であるゲームが媒体になったのは納得なわけなのよ」


 今かなり間をすっ飛ばして結論に至ったな、こいつ。

 何が納得なのか、私にはわからない――わけでもない。

 VRはある『感染』の非常に有力な『媒介』になり得る要素がある。


「伝播すべき媒体――近年になってきたのは、マス・コミュニケーションね。伝播するのは情報、記憶、そして『みえない因子』。

 本来、伝達されるのは言葉や文字、画像や映像や音、聴覚視覚にうったえる情報よ。

 だけど、もっと直接に人間の脳に情報を叩き込む方法が確立されて、それが若い世代に広がっている。VRMMO。本来感覚器官への刺激を通じて得る五感視覚聴覚嗅覚味覚触覚。VRは感覚器官への入力ではなく、人間の脳を直接に騙してしまうわ。

 そして、究極的に、私たちの脳が外界を認識するシステムは『現実』と『仮想』を区別していないとも言える。

 極論でいえば、目覚めぬなら、夢だとしてもそれが現実。つまり、仮想現実は現実なの」

「んん、まあ、最終的に、全部中枢系たる脳が処理すっから、そうなんのね」

「情報処理上、『仮想』であろうと脳にとって現実であるという極論においては――あのくそったれな世界も現実と定義できる。あれがこの世界の作ったゲームの世界なのか、それともどこかに存在する異世界とやらなのか、関係なく、現実なの。

 そして、そこで『死』ねば、『死』ぬ。

 『死』なないのは、『死』ななかったと、システムが脳を騙すからね。

 本人が諦めない、納得しない限り延々のループ……」

「システムはアシストしてるんね。ともあれ、貴女のいう世界は、仮想欧州の舞台なん。つまり、とても強固に私たちの現実世界とリンクしているんよ。

 いわゆる、『共感魔術』なんよ」


 知らぬわけではない。疑問視する声も多いが、十九世紀イギリスの社会人類学・神話学者フレイザーが唱えた理論である。

 その代表作『金枝篇(The Golden Bough)』を知る人も多いことだろう。


「『接触したもの同士には、なんらかの相互作用がある』、ね」


 あの酷い体験を通じて、私はその手の本にも多く目を通した。

 

「フレイザーはそれを著作の『金枝篇』において「共感呪術(Sympathetic Magic)」と呼んでるのんね」


 『共感魔術』。

 この骨子は二つ。


 ひとつは、『感染の法則』

 ひとつは、『類似の法則』


 前者『感染の法則』においては、「以前相互に接触していたり、ひとつであったものは、わかれたあとでもつながりが継続している。よって、現在離れていても、片方に起こったことは、もう一方にも影響を与える」とされる。


 この法則を使った呪術を『感染魔術(Contagious Magic)』という。

 たとえば、呪う相手の大切にしているものや、その相手の肉体の一部(以前接触していたもの、ひとつであったもの)を燃やしたり痛めつけることで、相手もまた苦しむ(影響を与える)という術である。


 後者『類似の法則』においては、「類似するもの同士においては、なんらかの相互作用がある」とされる。

  

 これは、接触の内容は問わず、物理的接触に限らず、意味的接触においてもよいとする法則である。

 つまり、類似する(似た)もの同士の間には、相互作用があるとするものだ。

 

 この法則を使った呪術を『類似魔術(Homoeopathic Magic)』または『模倣魔術(Imitative Magic)』という。


 例えば、AがBという現象を起こしたい、と思った時、B現象の模倣をすれば、Bという現象が本当に起こるという考えに基づく呪術である。一例として、雨が降るという現象を真似ることで、雷雨を招くと信じる雨乞いの儀式などが考えられる。

 逆に、Bを真似たA自身に影響を及ぼそうとすることもある。AがBの模倣をすることで、同様の性質を獲得しようとするものだ。

 具体例としては、誰かのようになりたいと己に施す『メイク』などが考えられるだろう。


 非常に広範囲で応用や併用のきく呪術のパターンであり、我々が日常にふるまう行為にちりばめられているとも言える。


「――あの世界が、この世界を模倣する『呪術』だっていうの?」


 むしろ笑い出したいような気持ちで、私はカップを手に尋ねた。 

 あの世界での惨劇は、この世界にも影響を及ぼす。

 今回の殺人事件とやらも、『現実』と『ゲーム』の世界の区別のつかない世代が起こしました、とそれが真実国家の見解だとしたら、これこそお笑い種の現実リアルというやつだ。

 だが、バーロウ家が密かに台頭しているように、この世界も大変リアルなファンタジーと言えるだろう。何しろ国家公認だ。


「逆かもしんねえよ」

「ありえるわね。で、誰が?」


 そう、誰が?

 術とは、行使するものがいてはじめて成立する。


 そして米英が大戦時から、あるいはもっと以前から捜索している『槍』について、どうからむと?


 んー、とアレグザンドラは頭をがりがりかいた。

 

「私が呼ばれた理由の第一は、うちの本家ってば、イギリスの聖槍の管理者なんのね。

 アメリカ側も折り込み済みなんなけど、せーじ的なあれこれがあって、本家が出る前に米国籍の私が呼ばれていわゆる架橋的役割を期待されとるん。

 その本家の関知せざるところで、『槍』を手に入れた者がいるのんね。そもそも、『聖槍』は魅せるものなん。

 人が槍を選ぶのか、槍が人を選ぶのか、分からんのんよ。

 本家筋の者は、本来聖杯城に閉じこもるものなん。

 危険だからね」


 周囲が、と女史は残るコーヒーをがぶ飲みした。

 それ、おいしいのか?


「危険って?」

「本家筋は、キャリア――槍の影響力の保因者で発病していないが感染力を持つ者なのよ。槍に耐性を持った連中なのね。

 この槍については、不明なところも多いけれど、周囲に低レベルで欲望の発露、高レベルで目に見える異常な怪異を引き起こすというのは、過去に証明されているのね。

 ゲームという媒体を通じて、核になっているのは間違いないのよ。

 この共有される幻想を、現実に影響を及ぼすほどにする術具として使用された、というべきなのかな。

 その辺は不明。

 ただ、槍の機能的に、何かと何かを『貫き結び付ける』という概念上、有りうべくして有りうることなのさ」

「――核」


 ふと私の頭に浮かんだのは、プロファイリングの検証法の一つである。

 犯人が被害者を選ぶ時、そのポイントとなるもの。


 ――犯人の頭の中には生々しい妄想が現実と不可分になっていて、被害者は犯人のその妄想に最も近い人間が選ばれているはず。


 ならば、核=犯人の妄想ともっとも近いもの、それがあのゲームなのか?


「ゲームはあくまで『感染』媒体なのね。今回の殺人も。仮想と現実の区別がつかなくなった輩が犯人ってオチなわけ? 文字通り、何者かの『殺人衝動』に『感染』したあくまで病気ってことね」


 使い古されたマスコミの聖句に、「んだんだ」とクリスティ女史は激しく頷いた。


「あくまで、ゲームは媒体と考えてよ。必ずそこには人の意思と欲望があるのね。今回も、故意に撒き散らした馬鹿がおんのね。それを突き止めないとあかんてな」

「実地でやるつもりよ――講釈をどうもありがとう。ぜひ本家の方ともお会いしたいわね。いずれお出ましでしょうけれど」

「んん、わがんねけど、貴女は唯一生存者サヴァイヴァーだからね」


 指摘され、私は笑顔が引きつった。散々日本でも言われた。だから、私は出生地がたまたま米国であったため、二重国籍者であったが、最終的に米国籍を取得したのだ。

 日本には、いられなかった。

 指先が小刻みに震える。


 誰が?

 なんのために? 


 再度問う。

 

 共感呪術。

 妄想も現実になり得る。あれは現実だ。

  

「――『何かに起こることは、似たものにも起こる』」


 私はじっとマグカップを睨み、人差指で弾いた。

 限られた世界の小さな黒い海は、私の一弾きでさざなみを起こし震えた。


 



フィクションです。嘘八百です。

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