かんげい
ロール‐プレーイング【role-playing】
実際の場面を想定し、架空の状況下において、さまざまに役割【role】をふられた複数の人間が、疑似体験を通じて理想のシナリオを反復学習する方法である。
あるいは、ロールプレイングゲーム【role-playing game】、通称【RPG】の名前で知られるそれの方が、認知が高いかもしれない。
こちらは、参加者が各自に割り当てられたキャラクター(プレイヤーキャラクター)を役割演技するゲームの一種である。
ライフパスの設定すらふられた仮想の人格を演じ、互いに協力しあうことで、架空の状況下に設定された遭遇する試練・事件を乗り越えることを目的とする。
この試練の内容は、その世界観、シナリオに沿う形で設定され、何でもよい。
冒険、ミステリーを解き明かす、戦闘する、あるいは恋愛成就。
参加者はそのライフパスにそって、割り当てられたプレイヤーキャラクターを高度に役割演技することで、ゲーム自体の臨場感は増し、高く評価されることになる。
なお、本来はアメリカ発祥のテーブルゲームであり、【TRPG】の名称で知られる。
例えば、と八王子夜音は切り出した。
「架空の舞台設定を行う。
これは現実に沿った形の国を設定する。
そこに、プレイヤーを投下する。しかも、複数人。これは仮にパーティと呼ぼう。
彼らの介入により、【歴史】はある程度史実から【改変】されていくだろう。
しかも、一度や二度じゃない。
過去に何度もパーティの召喚は行われたという。
TRPGでいうセッションの度に、歪みは蓄積される。
この結果が、現在のこの世界の姿じゃないか――」
「ちょっと待ってよ!」
私は机の上に拳を叩きつけ、感情の高ぶるままに八王子夜音の話を遮った。
荒い息の下、落ち着け、と何とかこわばる肩を下ろす。
「――ごめんなさい。感情的になって」
「いや、気持ちは分かるよ。僕も何度も何度も考えて、結局分からないし、こんなこと現実と認めたくないと思う推測しか立てられなかった。僕も何度も自分で考えては否定した内容だ」
「八王子君の説は、この世界が何らかの架空の舞台設定を行った世界、仮想現実の世界ってことよね」
「いや、一つの考えでしかないよ。ただ、あの『声』を考えると、そういう推測もできるんじゃないかと思っただけだ」
八王子夜音は決して断定せず、一つの考えであると告げる。
確かに、思い込みはよろしくない。
何かを見過ごしていないか、考えなければならない。
「私は、この世界が架空、あるいは仮想のものなのか、それともきちんと存在する世界なのか、現状では判断がつかないと思う。
ただ、誰かの『恣意』により、歪みを発露している世界だというのは間違いないと思う。
干渉を受けているのは、私たちというより、世界そのものだもの。
悪意すら感じるけれど、これも――」
私はうまく言葉にすることができなかったが、八王子夜音は、私よりもずっと語彙表現には長けていた。
「悪意も、はっきり言って、これは僕らの視点レベルで感じるものでしかない。
ミクロ視点で感じる悪意は、マクロにおいては、何の意味もないってことがあると思うよ。
だから、一概に何かが僕らを害そうとしている、という結論は早計だと思う。
ただね、何がしかの『恣意』を受けたこの世界で、やっぱり何がしかの『目的』があり、それは僕らにその『目的』を遂行させようとしているように感じるんだよ。
そして、それは別に僕らじゃなくてもいいというアバウトさも感じる。
駄目なら、別のパーティでもいいんだ。
そんな、現行のパーティによる試練達成を目的としていない、杜撰なシナリオを感じるんだよ」
そう。
八王子夜音のいうとおりだった。
あの『声』は、心底システマチックで、そして最後ふざけていた。
何の真剣みも感じられない。
何故なら、『私』でなくてもいい。
『私たち』でなくてもいい。
プレイヤーを世界に投げ込む。
セッションさせる。
目的は不明。多分魔王を倒すこと?
失敗する。
じゃあ、次。
そのくらいの適当さしか感じられなかった。
はりきってろーるぷれいしてください?
ふっざけんな!!!
そしてこの世界が紛い物?
それこそふざけるなと言いたい。
紛い物の世界で人が死んでたまるか。
ならば大輔を今すぐに帰せ。そしてゲームは終了だ。元の世界に帰してくれ。
プレイヤーに離脱を許さないゲームなんて、クソゲーどころか版元を訴えて勝つレベルのお粗末さだ。
この世界は、この世界に私がいる限り、私にとって本物なのだ。
痛みも、苦しみも、喜びも、全て真実なのだ。
「八王子君、『恣意』に沿うのは癪だけれど、やっぱり一度魔王を倒さないといけないと思う」
まずは、試してみるしかない。
役割演技とやらが、何を演じさせ、何の目的を達成させようとしているのか、はっきりいって不明としかいいようがない。
しかし、確実に一つ現実世界と異なる点と言えば、この魔王だ。
違和感の正体を一つ一つ潰して行くのは、通常のゲームでも普通の手段だろう。
「……そうだね」
八王子夜音はこの点に触れると、歯切れが悪い。
私も無神経だった。
一度彼らは戦い、多分敗れた。
双子は死んだのだ。
「ごめんなさい、無神経だった」
「いや、それはいい。ただ、」
この時、八王子夜音は何かを言おうとしていた。
でも、その機会は奪われた。
もはや太陽は最後の断末魔を上げ、夕闇が押し寄せる時刻。
突然篝火が辺りを照らす。
一つではない。
複数の、いや大量の明かりが私たちを照らす。
進み出る人影は、ひょろりと高く、長い影を伸ばした。
「いやはや、こんなに簡単に引っかかるとは、私の作戦も捨てたもんじゃあないですねぇ」
ジャン。
悲鳴を飲み込んだ私は、慌てて八王子夜音に視線を走らせたが、彼の表情に全てを悟って完全に『積んだ』ことを悟った。
アンチ・プレイヤー。
盾。
私は、まだその力をうまく制御できないでいる。
つまり、無差別で、効果は持続的。
だから、現場に連れまわされるのだ。
八王寺夜音は、レジーナの精鋭に囲まれた現在、ただの普通の人間の力しかもっていない。
四方八方から突きつけられる得物に、彼は何の抵抗力も持っていない。
「よおおおおこそ、無力な勇者殿。レジーナは貴方を歓迎しますよお」
両手を開き、ジャンの言い方はいやらしいものでしかない。
笑顔ではあるが、その目はまったく歓迎ムードではない。
ジャンのばかやろう。
同情した私が馬鹿だった。
こんな男を慰めたいだなんて、頭が沸いていた。
そして、意外と元気そうで安堵しているなんて、更に頭が爆発しているとしか思えない。
だから、私は。
護身用短剣を取り出し、ぐっと自分の喉元に突きつけた。
ジャンの顔に、僅かな動揺が走るのを認め、要求する間もなく、
「いいよ、佐々木さん。貴方がレジーナの責任者かな? 僕は八王子夜音と言います。ファーデルラントからレジーナに亡命を希望します」
いきなり爆弾発言を投下した。




