新たな住人たち
「うーん、なんだか外が騒がしいな」
早起きのりょうが布団の中で外から聞こえてくる音で目覚めることは珍しい。
「旦那に会わせてくれにゃ!」
「何時だと思ってるんだ!こんなにも大勢で押し掛けてきて」
「引っ越して来たにゃ!」
「旦那様はまだお休みです」
「ニャーレ!一度落ち着け!」
「落ち着くも何ももう引っ越して来たにゃ!挨拶するにゃ!」
りょうの屋敷の外ではセバスや第一騎士団、エルフの長老達がニャーレと言い合っている。
「ふわ~!おはよう!朝っぱらからどうしたの?」
りょうが屋敷から出てくる。
「おお!森の王にゃ!おはようございますにゃ!我ら猫耳族一同500名引っ越して来たにゃ!宜しくお願い致しますにゃ!」
「「「「宜しくお願い致しますにゃ!」」」」
獣人達は一斉にかしづく。
「……え?」
りょうは目の前に広がる光景を見て、しばし固まった。
猫耳。
右を見ても猫耳。
左を見ても猫耳。
その後ろにも、さらに猫耳。
ざっと見ても百や二百ではない。
その数、五百。
しかも全員がこちらを見ている。
「……ニャーレ」
「はいにゃ!」
「……引っ越して来たって、これ全員?」
「全員にゃ!」
ニャーレが胸を張る。
「昨日の話をみんなにしたら、みんな旦那様のところに住みたいと言ったにゃ!」
「いや、話が早すぎない?」
「早くないにゃ!」
ニャーレは自信満々に答える。
「昨日、魚を食べたにゃ!」
「うん」
「ものすごく美味しかったにゃ!」
「うん……」
「だから引っ越して来たにゃ!」
「魚だけで人生決めたの!?」
りょうの声が山に響いた。
猫耳族の何人かが顔を見合わせる。
「魚は大事にゃ」
「大事にゃ」
「かなり大事にゃ」
「……そこは否定しないけど」
りょうは額に手を当てた。
その横で、セバスが静かに咳払いをする。
「旦那様。ひとまず皆様を中へ……というわけには参りませんので、まずは事情をお聞きになったほうがよろしいかと」
「そうだね……」
りょうは改めて猫耳族の列を見る。
荷車。
大きな荷物。
生活用品。
鍋。
毛布。
食器。
そして、なぜか大量の魚籠まである。
「……本当に引っ越しじゃん」
ニャーレが満面の笑みを浮かべた。
「だから言ったにゃ!引っ越して来たにゃ!」
「そこだけは本当なんだな……」
りょうは深く息を吐いた。
すると、後ろからニーニャが顔を出した。
「りょう……これ、どうするの?」
「俺が聞きたい」
ニーニャが猫耳族の姿を見渡す。
500人。
大人も子供もいる。
荷車には衣類や食器、鍋などの生活用品が積まれ、そのさらに後ろには、まだ荷物を運んでいる者たちまでいる。
「……本当に、みんな来たんだね」
「来たにゃ!」
ニャーレが胸を張る。
「みんな森の王のところで暮らしたいって言ったにゃ!」
「いや、俺のところっていうか……」
りょうが周囲を見回す。
山頂の屋敷。
そして、その先に広がる山。
その山の中腹には、先に暮らし始めたエルフたちがいる。
「とりあえず、ここで話すのもなんだから……」
りょうがそう言うと、セバスが一歩前に出た。
「旦那様。でしたら、アルカディア側の者たちも集めましょう」
「そうだな」
セバスは第一騎士団の者に指示を出す。
「アルカディアの代表者を集めてください。それと、エルフ側からも長老方に来ていただきましょう」
「はっ!」
騎士たちが走っていく。
ニャーレは首を傾げた。
「何をするにゃ?」
「話し合い」
「話し合い?」
「500人も引っ越してきたんだから、住む場所とか、生活の決まりとか、ちゃんと決めないといけないだろ」
「もう住む場所は決まってるにゃ」
「どこ?」
ニャーレは山の中腹を指差した。
「エルフたちのところにゃ!」
「……まあ、そこになるよな」
ニーニャが頷く。
「エルフたちも、もう話は聞いてるよ」
「なら、話は早いな」
しばらくすると、アルカディア側から何人もの者たちが山を上がってきた。
その中にはセバスだけではなく、第一騎士団の面々もいる。
そして、山の中腹からはエルフの長老たちが姿を見せた。
500人の猫耳族。
エルフたち。
アルカディアの人々。
それぞれが集まり、山頂近くの広場に大きな輪ができた。
りょうはその中心に立つ。
「じゃあ、まず……」
りょうが猫耳族を見る。
「ニャーレ。本当に500人全員が、ここで暮らすつもりなんだな?」
「もちろんにゃ!」
「後からやっぱり帰るとか、そういう話じゃない?」
「帰らないにゃ!」
ニャーレは即答した。
「ここで暮らすにゃ!」
その言葉に、後ろの猫耳族たちも一斉に頷く。
「暮らすにゃ!」
「ここがいいにゃ!」
「魚が美味しいにゃ!」
「そこが一番なのか……」
りょうは苦笑した。
すると、エルフの長老の一人が口を開いた。
「我々としても、猫耳族がここで暮らすことに異論はない」
「本当か?」
ニーニャが長老を見る。
「ああ。彼らとは以前から付き合いがある。共に暮らすことに問題はない」
ニャーレの耳がピンと立つ。
「エルフたちと一緒に暮らしていいにゃ?」
「もちろんだ」
「やったにゃ!」
猫耳族から歓声が上がった。
その勢いに、第一騎士団の一人が少し驚いた顔をする。
セバスはそんな様子を見ながら、静かに話を続けた。
「では、住居については山の中腹。エルフの皆様の居住区に隣接する形でよろしいでしょう」
「いいにゃ!」
「問題ない」
「次に、狩猟です」
セバスが続ける。
「山には鹿やイノシシなどがいます。ただし、無制限に狩ってしまえばいずれ数が減ります」
猫耳族の何人かが頷く。
「必要な分だけ獲るにゃ」
「それなら問題ありません」
「狩りは俺たちが得意にゃ!」
「エルフも狩りは得意だ」
両者が顔を見合わせる。
「じゃあ一緒にやるにゃ!」
「そうしよう」
自然と話がまとまっていく。
りょうはその様子を見ながら、少し安心した。
「あと、アルカディアの街に行くときのことも決めておこう」
セバスが頷く。
「街へ入ること自体に制限を設ける必要はないでしょう。ただし、住民同士の争いは禁止です」
「当然にゃ」
ニャーレが答える。
「猫耳族だからって馬鹿にされたら怒るにゃ」
「それも当然です」
セバスは静かに答えた。
「アルカディアでは、種族によって扱いを変えることはありません」
その言葉に、猫耳族の表情が少し変わった。
ニャーレも黙ってセバスを見る。
「……分かったにゃ」
やがて、ニャーレが深く頭を下げた。
「よろしくお願いするにゃ」
「こちらこそ」
セバスも頭を下げる。
すると、今度は猫耳族の後ろから声が上がった。
「森の王にはいつでも会えるにゃ?」
りょうが振り返る。
「え?」
ニャーレも振り返る。
「それは大事にゃ!」
「何が?」
「旦那様に会う時間にゃ!」
「そこをルールにするの!?」
周囲から笑い声が起きる。
セバスが苦笑しながら口を開いた。
「旦那様にもお仕事がございます。いつでも、というわけには参りません」
「じゃあ朝は?」
「駄目です」
「昼は?」
「旦那様のご予定次第です」
「夜は?」
「なおさらご迷惑でしょう」
「にゃあ……」
ニャーレの耳がしょんぼりと垂れる。
りょうは思わず笑ってしまった。
「まあ、会いたいときはセバスに聞いてくれればいいよ。ただし、今日みたいに500人で押しかけるのは禁止な」
「分かったにゃ!」
「本当に分かった?」
「分かったにゃ!」
ニャーレは元気よく答えた。
その隣で、ニーニャが小さく笑っている。
「ニーニャ」
「なに?」
「エルフのほうは大丈夫そう?」
「うん。私がみんなに伝えるよ」
ニーニャはエルフたちへ向き直った。
「猫耳族とは仲良くやろうね」
「もちろんです、姫様」
エルフたちが頷く。
その言葉を聞いて、猫耳族の表情も明るくなった。
こうして、猫耳族500人の移住は正式に認められた。
これから住居を作り、食料を確保し、生活に必要なものを揃えていかなければならない。
まだ何も整ってはいない。
エルフたちも、この場所で暮らし始めたばかりだ。
だからこそ、これからは二つの種族が互いに助け合いながら、新しい生活を作っていくことになる。
その日の夕方。
山の中腹では、さっそく猫耳族とエルフたちが集まっていた。
「ここに家を建てるにゃ!」
「その場所なら水場にも近い」
「じゃあ、ここにするにゃ!」
「木材はこっちから運ぼう」
「分かったにゃ!」
あちらこちらで声が飛び交う。
500人の新しい生活が始まった。
そして山の上からその様子を眺めていたりょうは、ぽつりと呟いた。
「……また賑やかになったな」
隣にいたニーニャが笑う。
「嫌?」
「いや」
りょうは山の中腹を見つめる。
エルフと猫耳族が一緒になって家を建てている。
子供たちは走り回り、大人たちは荷物を運んでいる。
「悪くないよ」
そう言って、りょうは笑った。
アルカディアの山に、また新しい仲間たちの暮らしが始まろうとしていた。




